「疲れた...」
無人島試験終了から3日が経った。だが、残念なことにこの数日間、あたしは思うようにバカンスを楽しめていなかった。理由は簡単、疲れが取れていなかったからである。一日目はお風呂に入り、ずっと部屋で寝ていたら終わっていたし、二、三日目もほとんどビュッフェと部屋を行き来しかしていなかった。あと、クソザコフィジカルも相まって、筋肉痛で全身が痛く、プールなどの屋外設備で遊ぶことができなかったのも原因だろう。幸い、椎名ちゃんも殆どの時間は部屋で本を読んでいたので、孤独感というものは無かったが...
ちなみに、船に残っていた椎名ちゃんと金田によると、この一週間でCクラスの皆の不満なども良い感じに解消されたらしい。特に反龍園派の筆頭である時任も、4日目ぐらいには呑気にはしゃいでいたそうだ。結果に対しての文句も特になく、今のところは龍園の王政も順調だそうだ。
そんなわけで、あたしは部屋にてベッドに寝転がり、無人島での疲れを癒しているのだ。とはいえ暇なので、ちょくちょく本を読んでいる椎名ちゃんに話しかけている。
「ねぇねぇ椎名ちゃん、今度はなに読んでるの?」
「えっと、今回読んでいるのはアガサ・クリスティ氏の作品、『アクロイド殺し』ですね。今回のバカンスでは、アガサ・クリスティ氏の作品を重点的に読もうと思っていたので...」
なんと、驚いたことに椎名ちゃん、このバカンスでもずっと本を読んでいたのだそうだ。一度荷物を見せてもらったが、本でぎっしりで少し引いてしまったのを覚えている。
「辰見さんは、アガサ・クリスティについてご存じですか?」
「......知ってるよ、あの某有名探偵マンガに出てくる博士の...」
「それの名前の元となった人物ですね...」
椎名ちゃんが「たはは...」と言わんばかりに微妙な表情をしている。もちろん知ったかぶりで話そうとしたあたしが悪いのだが...ただ、どうせやることもないのなら、ここで本を読むというのも一つの択だ。せっかくだし椎名ちゃんに貸してもらおう。
「ねぇねぇ椎名ちゃん、良かったらあたしもその人の本読んでもいい?せっかくだしさ、この機会にそのアガサ・クリスティさん?の作品を読んでみよっかなと思ってさ。」
それを聞いた瞬間、椎名ちゃんの目が輝く。
「本当ですか!?本に興味を持ってくださる方が増えるのは良いことですから!喜んでお貸ししますよ!初めて読むのであれば、やはり有名どころの『そして誰もいなくなった』などがおすすめです!他にも、エルキュール・ポワロのシリーズなどもおすすめで...」
ノリノリでおすすめしてくれる椎名ちゃん。その熱量に若干押され気味になっていると、突如あたしたちのスマホからキーンと高い音が鳴り響く。
「うるっさいなぁ...せっかく話してる途中だったのにさ...」
「ええ。それに、これは恐らく入学時に説明のあった緊急メールの来た際の音...残念ですが、本の話はいったん中断せざるを得ませんね...」
「にしても、いったい何の用なんだろうね?こんなバカンス中に緊急のメールなんて。」
「まさか、もう一度試験が開催されるとか...?」
「まっさか~!無人島試験が終わったばっかだよ?そんな間髪入れずに試験を入れるほど、学校側も鬼じゃないでしょ~!」
そんなことを言った瞬間、船内にアナウンスが流れる。
「生徒の皆さんに連絡します。先ほどすべての生徒に学校から連絡事項を記載したメールを送信いたしました。各自携帯を確認し、その指示に従ってください。また、メールが届いていない場合には.........」
そのアナウンスを聞き、メールを開く。
『間もなく特別試験を開始いたします。各自指定された部屋、指定された時間に集合してください。10分以上の遅刻をした場合はペナルティを科す場合があります。本日20時40分までに2階208号室に集合してください。所要時間は20分ほどです。』
鬼であった。
そして、20時40分、208号室。メールに指示された場所にあたしは来ていた。ちなみに、先ほど同席していた椎名ちゃんや、その後に会った西野ちゃんとは集合時間も場所も異なっていた。この話から予想するに、この試験は同時多発的に起こるようなものなのだろうか?そう考えながら208号室に入ると、そこには既に三人、Cクラスのメンバーが居た。メンバーは、小田くん、園田くん、それと龍園だ。ちゃんと時間より早く来ていた龍園に感心しながら、一列に用意された席に座る。ほどなくして、なにか書類を持った坂上先生がやってきた。先生は、あたしたちに向かうような位置の椅子に座り、説明を始める。
「これより、特別試験『船上試験』のルール説明を行います。まずは...」
それから十何分、坂上先生による試験の説明がされた。分かりやすくまとめると、
・4クラスの生徒を12つの干支グループに分け、そのグループごとに試験を行う。ちなみにここは辰グループである。
・グループには一人、『優待者』という役職に指定される生徒がいる。それを当てるのがこの試験の内容である。
・明日から4日後の午後9時まで、一日に二度、グループのみで所定の時間と部屋に集まり、一時間の話し合いを行う。
・優待者以外の生徒は、所定のアドレスに生徒の名前を送ることで、回答を送ることができる。また、回答は一人一回までである。
・試験の解答は試験終了後の21時30分から22時までの間に送ることができる。また、その期日を待たずとも回答する事自体は可能である。
これらの回答次第で、4種類の結果が発生する。
結果①グループ内で優待者及びそのクラスメイトを除く全員の回答が正解していた場合・・・グループの生徒全員に50万プライベートポイント、優待者のいるクラスの生徒には100万プライベートポイントが支給される。
結果②優待者及びそのクラスメイトを除く全員の答えに、一人でも未正解者や不正解があった場合・・・優待者に50万プライベートポイントが支給される
結果③優待者以外の者が、試験終了を待たずして、答えを学校に告げ正解だった場合・・・正解者に50万プライベートポイントが支給され、正解者の所属クラスはクラスポイントが∔50され、正解された優待者の所属クラスのクラスポイントは―50される。
結果④優待者以外の者が、試験終了を待たずして、答えを学校に告げ不正解だった場合・・・不正解の生徒の所属するクラスは―50ポイントされ、優待者に50万プライベートポイントが支給され、優待者のクラスのクラスポイントが∔50される。
というわけだ。この説明の後、龍園はあたしにちらと目配せする。要件ははもちろん、特別試験の目指すべき結果についてだろう。他二人が去っていった後、あたしたちは人気のない廊下に向かう。
「今回の特別試験、目指す結果は分かってるな?」
「もちろん。12チームすべてが結果①でしょ?」
「ハッ、分かってるじゃねぇか。」
即答したあたしを見て、機嫌よく笑う龍園。実際、あたしたちの目指す8億ポイント計画において、この結果が一番都合がいい。
「理由としちゃあ、この結果が一番俺らの手元に来るプライベートポイントが多いからだな。」
「やっぱし?」
「あぁ、手元に2000万ポイントが来たとして、全部貯蓄する、って考えになるクラスは居ないだろう。オンカジへの出費も増えるだろうしな。」
「それは分かったんだけどさ、どうやってその状況...全員結果①にもっていくつもり?」
「問題はそこだ。少なくとも、俺たちCクラスの独力でその状況に持っていくことは難しい......それこそ、優待者を全員突き止めた、なんて状態でも無けりゃな。」
「独力で持っていくのが厳しいなら、どっかと同盟を組むってのはどうなの?」
「だが、この結果を目指す場合、クラスポイントが増えなくなる...よそのクラスは俺らほどプライベートポイントを欲しがっちゃいねぇ。利害の一致で同盟を組むのは厳しいと思うが...」
「なんか脅したりして無理やり同盟を組ませるとか?ほら、ハッタリなり間者なり使って...」
それを聞くと、龍園は何か思いついたような表情をした後、話し始める。
「となると、他クラスにいるスパイ...アイツを使うとするか。」
「あぁ、彼の事かな?」
龍園がスマホを弄り、彼との電話を始める。しばらくしないうちに、その電話の相手が現れた。
「お呼びかい?Cクラスのお二方。なにか欲しいものがある感じか?」
「話が早くて助かるぜ、橋本。ちょっと教えてほしい情報があってな。」
その間者とは、1年Aクラス・橋本正義。どこか軽薄そうな男だ。スパイをやっている以上軽薄でぺらっちい男のはその通りなのだが。彼がスパイを買って出た経緯は、数日前に遡る。
無人島試験の5日目、たしと龍園がクラスの方針について話し合っていた時、彼は現れた。
「丁度良かった、あんたらと話したいことがあってね。」
「何だテメェは、名乗りも無しに。」
警戒心をあらわにした龍園のセリフにも動じず、彼は続ける。
「悪い悪い、確かに自己紹介がまだだったな。俺はAクラスの橋本正義。よろしくな。」
「......で、その橋本が俺たちに何の用だ?」
それを聞くなり、橋本は待ってましたと言わんばかりに話しだす。
「単刀直入に言う。辰見、龍園、俺と組まないか?」
「...意味が分からねぇな。Aクラスのお前が、Cクラスの俺らと組むメリットが無ぇだろ。」
「アンタらなら知ってるだろうが、うちのAクラスは現在、二つの派閥で争いが起きてるんだ。」
「坂柳ちゃんと葛城くんだっけ?」
「そう、その二人をトップとした派閥同士で内戦のようなことになっててね、Aクラスの地位がそこまで安定してる、ってわけでもないんだ。船頭多くして船山に上るってやつだな。」
「つまりは、もしAクラスが降格したときの保険として、俺らに恩を売っておこうって魂胆か。」
「そうだな、2000万ポイントがあればクラスを移籍できるってのは知ってるか?もしあんたらCクラスがAクラスで卒業することになったら、俺を2000万で移籍させてくれってのが条件だな。」
橋本自身がAクラスで上がる確率を少しでも増やすため、というのがこの同盟の目的のようだ。
「...で、条件はどうなのさ。組むなんて言うぐらいだし、ある程度はやってくれないと困るよ?2000万ポイントって高いんだからさ。」
「あぁ、その辺は任せてくれよ。Aクラスのメンバーの情報ならいくらでもやるし、もし今回みたいな特別試験があったら、Aクラスに大被害が出ないぐらいには情報も流すぜ?」
驚いた。この男、半端な覚悟でこの話を持ち掛けてきたわけではないらしい。だとしても、一つ疑問点がある。龍園もそれは同じようだ。
「一ついいか?何故、そこまでして俺たちと組もうとする?」
「そりゃ、うちらのクラス以外にAクラスに上がれそうなのが、俺の見立てだとお前らのクラスだけだからな。」
「ありゃま、嬉しいね。どうしてそこまで買ってくれてるのやら。」
「今回の作戦と言い、須藤の暴力事件のあれこれといい、お前らは手段を選ばないからな。とんでもない奇策で大逆転...なんてことをされるかもしれないからな。」
「ククク、そこまで言ってくれると悪い気はしねぇな。いいぜ、組んでやるよ。ただし、ちゃんと役目は果たせよ?」
「その辺は任せてくれよ。すぐに信用してくれとは言わないがな。」
と、いうわけだ。実際、この契約はあたしたちにとってそこまでマイナスではない。というのも、あたしたちのプランだと8億ポイントを使ってAクラスに移籍するので、クラス自体のAクラス昇格は殆ど狙っていないからだ。橋本には悪いが、あたしらのクラスがAクラスになることはないので、契約のリターンは手に入らないだろう。
話は戻って船上。龍園は、橋本に話し始める。
「俺たちは、全グループの結果①を狙っている。そのために、Aクラスと同盟を組みたい。その交渉材料として、Aクラスの優待者を全員教えろ。」
それを聞いて、橋本は怪訝な表情を浮かべる。そりゃ当然だろう。わざわざ全グループの結果①を狙う理由が分からないからだ。
「いや、そりゃ無理だぜ!そんなこと言って、俺から優待者の情報を貰い次第、全員指名する気だろ?」
「ま、そう思うのも無理は無えか。確かに、普通なら全員の結果①を狙う必要も無いもんな。」
「だろ?」
「だが、俺らにはその理由があるんだ。実はCクラスはな、この前の無人島試験でB、Dクラスに貸しを作っててな...ポイントにして、それぞれ何百万ポイントほどの貸しがあるってわけだ。」
「確かに、俺らAクラスとも300万ほど貸しがあったな…」
「だからこそ、ここで全クラスにポイントを行き渡らせて、借金を返させたいってわけだ。」
それを聞いて、橋本はどうにか納得する。
「......分かったよ、情報が手に入り次第、優待者全員を教えてやる。ただし、これで平然と裏切った場合、俺らの契約も全部無かったことにするからな。」
「ハッ、分かってるよんな事は。」
「というかさ、龍園。この優待者の情報でどうやってAクラスと同盟を組むの?」
「ああ、その件か。俺たちはこの情報を使って、あたかも『全クラスの優待者を、とある法則によって発見した』ように見せかけて交渉をするのさ。」
確かに、そうすればAクラスとは簡単に同盟を組めるだろう。なぜなら、ここでこの提案を突っぱねた場合、優待者をあたしたちに指名されてしまうので、Aクラスのマイナスは避けられないからだ。ちなみに、ここで「内通者から知った」なんて言った場合、今後の橋本のスパイ活動に支障が出かねなかったり、同盟を組んだ後の他2クラスとの交渉でも苦戦しかねないので、存在するかも不確かな「法則」があると言う方が、何かと都合がいいわけだ。
「じゃあ、優待者の情報が手に入り次第、Aクラスのリーダーである葛城くん交渉をするってわけだね。頑張ってね、龍園!」
「何言ってんだ?お前も手伝うんだぞ。」
.........まぁ薄々分かってはいたさ。先ほどのはあくまで冗談である。