# プロローグ 終わりを知る者
死ぬことは、怖くなかった。
いや、正確には怖いと思う時期はあった。
病名を告げられた日。
治療法が存在しないと説明された日。
身体が思うように動かなくなった日。
家族が病室で泣いていた日。
だが、数年にも及ぶ闘病生活の末に残ったのは恐怖ではなく、疲労だった。
生きることに疲れたのではない。
戦い続けることに疲れたのだ。
そして俺は、自ら選択した。
安楽死。
医師と家族の同意の下で行われる、最後の治療。
薬剤が体内へ流れ込んでいく。
意識が薄れていく。
病室の天井がぼやける。
母の泣き顔が見えた。
父は最後まで泣かなかった。
ただ俺の手を握り続けていた。
――ごめん。
心の中でそう呟いた。
そして。
世界は消えた。
◇
気付くと、俺は立っていた。
足場もない。
空もない。
光もない。
闇とも違う。
何も存在しない場所。
それでも不思議と自分が存在していることだけは理解できた。
「ここは?」
声は出た。
だが反響しない。
すると目の前に何かが現れた。
人のように見える。
だが人ではない。
男にも見える。
女にも見える。
老人にも見える。
子供にも見える。
輪郭が定まらない。
存在そのものが曖昧だった。
「狭間」
それは答えた。
直接頭の中へ響く声だった。
「死後の世界ですか?」
「違う」
「あなたは神ですか?」
少しの沈黙。
そして。
「そう呼ぶ者もいる」
俺は頷いた。
驚きはなかった。
死んだのだから、何が起きても不思議ではない。
「私は死んだのですね」
「そうだ」
「私は転生するのですか?」
「望むなら」
随分と軽い。
もっと厳かなものを想像していた。
神というものは。
「能力とか貰えたりするんですか?」
「ない」
即答だった。
少し笑った。
神も案外正直らしい。
「では何を?」
「情報」
次の瞬間だった。
世界が流れ込んできた。
◇
知らない空。
知らない大地。
巨大な樹。
山脈を貫く光。
空を飛ぶ竜。
世界を巡る龍脈。
無数の種族。
無数の文明。
そして――魔法。
魔法とは想像だ。
認識だ。
世界を書き換える行為だ。
常識に囚われる者ほど弱い。
自我が強い者ほど強い。
狂人は天才となる。
天才は怪物となる。
怪物は世界を変える。
更に情報が流れ込む。
世界樹。
龍脈。
終末。
終末。
終末。
終末。
侵略者。
菌類。
世界法則の崩壊。
超越者。
資源枯渇。
星の死。
宇宙の死。
霊長の終わり。
無数の滅亡。
無数の終焉。
無数の未来。
そして理解した。
この世界は終わる。
一度ではない。
何度も。
何度でも。
終わり続ける。
「……なるほど」
思わず呟いた。
神は能力を与えなかった。
加護もない。
チートもない。
ただ知識だけを渡した。
それだけだった。
「一つ聞いても?」
「許可する」
「次の人生は面白いですか?」
神は少しだけ沈黙した。
そして答える。
「知らない」
淡々と。
感情もなく。
期待もなく。
「だが終わりはある」
その言葉を最後に。
俺の意識は光へ落ちていった。
◇
カインとして生まれた。
デ・ヒューム共和王国。
クウィリ領。
辺境と呼ばれる土地だった。
前世の記憶は生まれた時から残っていた。
だから幼い頃から理解していた。
この世界は危険だ。
魔物がいる。
盗賊がいる。
戦争がある。
そして終末がある。
だから鍛えた。
身体を。
魔力を。
技術を。
五歳で冒険者登録。
十歳でCランク上位。
周囲からは天才と呼ばれた。
違う。
ただ死にたくなかっただけだ。
十六歳になる頃には十分な資金が貯まっていた。
俺は故郷を離れた。
首都へ向かうためだ。
公立総合学院MGA。
通称マギア。
世界有数の教育機関。
魔法。
歴史。
工学。
遺物学。
全てが集まる場所。
そこで二年間学んだ。
平穏だった。
少なくとも俺はそう思っていた。
あの日までは。
冒険者ギルドの倉庫で。
あの本を見つけるまでは。