空に羽ばたく怪鳥(1998年 ジャパンカップ) 作:ただの鉛筆
原作:ウマ娘プリティーダービー
タグ:ジャパンカップ エルコンドルパサー(ウマ娘) ウマ娘プリティーダービー スペシャルウィーク(ウマ娘) ステイゴールド(ウマ娘)
*都合上、一部沈黙の日曜日の描写がございます。ご注意ください。
1
いつだか、あるウマ娘がこう言った。「群れに答えなどない」と。事実、それが言われた当時は圧倒的な強さを誇ったウマ娘がクラシック路線を蹂躙し、見る者には希望を、そして共に走る者には絶望を与えた。
しかし数年経った今、あるウマ娘が言った。「私は、一人では強くなれなかった」と。事実、彼女はお互いを高めあえるライバルに恵まれた。のちに日本総大将と呼ばれるウマ娘や栗毛の怪物と呼ばれたウマ娘、トリックスターと呼ばれたウマ娘、世代のキングと呼ばれたウマ娘……屈指の実力を持ったウマ娘がその世代にはいた。その中でそれらすべてと戦い、そして勝ち、世界へと羽ばたいていったウマ娘が存在する。
人は彼女を、怪鳥・エルコンドルパサーと呼んだ。
2
エルコンドルパサーがクラシック期の頃、そこには眩しく輝く先輩のウマ娘がいた。
サイレンススズカ。後続を大きく引き離し、先頭を譲らず逃げ切ってしまう、そんな浪漫を詰め込んだようなウマ娘。「異次元の逃亡者」とも呼ばれ、多くが「彼女を差し切るのは不可能だ」とさえ考えてしまうほどだった。
当然エルコンドルパサーも彼女に挑み、そして敗れた。一度も影を踏ませてもらえることなく。世代を代表するエルコンドルパサーでさえも勝てなかったのなら一体誰が彼女に勝つのか、それともこのまま常勝街道を歩んでしまうのか。否応なく、サイレンススズカには多くの視線が降り注がれた。
しかし、終わりというものはいつも唐突なもので。
『サイレンススズカ減速!どうしたんだ!サイレンススズカに故障発生!』
秋晴れの東京レース場で、その星は燃え尽きた。速さにその身を焼かれたのか、それとも運命に引き寄せられてしまったのかは分からない。それでも確かに言えるのは、その星はもう二度と戻ってこないということ。
「うわーん!アタシは一体どうすればいいんデスかー!!!」
それゆえに悩んでしまうウマ娘がここに一人、確かにいた。
※
「どうしたんですかエル。そんなに大きな声を出して」
昼時のカフェテリア。多くの生徒が昼食のために利用し、繁盛しているなか、端のテーブル席で頭を抱えるエルコンドルパサーに隣で座っていたグラスワンダーは声をかけた。
「うぅ……グラス、アタシはどうすればいいんデスか。スズカ先輩に負けっぱなしで終わって……。このまま勝ってもいろいろ言われるのがオチデース……」
「もう勝った気でいるんですかエルは。……ですが、そうですね。それほどまでに強かったですからね、スズカ先輩は」
はぁ、とため息をつく二人。そんな二人を向かいに座って眺めながらごはんを食べるウマ娘……スペシャルウィークが思いついたように話しかけた。
「それなら……そう言われないだけの走りをすればいいんじゃないかな」
「ケ?どういう意味でスぺちゃん」
「どういうって……こう……スズカさんみたいにぶわーって飛ばして勝っちゃう、とか?」
「それができたら苦労なんかないデス……」
そう言いながらエルコンドルパサーは拗ねるように顔を机に突っ伏してしまった。一方のスペシャルウィークもいいことが言えなかったとうじうじするばかり。グラスワンダーもこれと言ったアドバイスを持ち合わせていなかったためか、何も言わず考え込んでしまう始末。一体どうしたものか。
「それなら……私がつけた着差と同じだけつけてみるというのはどうかしら?」
三人が一斉に声の方向に顔を向ける。視線の先には車いすに座った美しい栗毛のウマ娘……サイレンススズカとそれを押していた黄金の瞳を持つウマ娘……ステイゴールドがいた。本来サイレンススズカの退院予定日はもう少し先であったはず。それゆえにここにいるのが信じられないといった様子でスペシャルウィークは声を上げた。
「スズカさん!?もう退院してもよかったんですか?」
「思っていたよりも回復が早くて、一時的に許可が出たの。……もちろん、しばらくはリハビリのために病院に通わないといけないけど。……ただいま、スぺちゃん」
「うわーん!スズカさんおかえりなさいですー!」
余程嬉しかったのか、スペシャルウィークは顔をくしゃくしゃにしたまま、サイレンススズカに抱きついていた。そのままだとスズカの顔が鼻水やら涙やらで汚れてしまいそうなほどだったが、特に気にする様子もなく、サイレンススズカはスペシャルウィークの頭を優しく撫でていた。
しかし、先程の「同じだけの着差をつける」という発言にはどういう意味があったのだろうか。エルコンドルパサーは首を傾げながらサイレンススズカへと尋ねた。
「でもスズカ先輩……2バ身半なんて、簡単にはつけられないデスよ?」
「自信がないの?」
「……次のレースはジャパンカップデス。国内だけじゃありません。世界からも強いウマ娘がやってきます。それを思うと……身体がぞわってして」
実際、今年は6人の海外ウマ娘が参戦を表明していた。簡単に勝てる相手ではないのは確かである。ましてや、国内に目を向ければ同期のダービーウマ娘スペシャルウィークや目の前にいる善戦ウマ娘ステイゴールド、昨年の天皇賞・秋勝者であるエアグルーヴといった猛者ばかり。このなかで一着になることすら難しいのは自明の理だった。
「なら諦めるのか?」
そう声をかけたのはサイレンススズカの車いすを押してきていたステイゴールドだった。その言葉にエルコンドルパサーはかぶりを振る。
「それは絶対にないデス。私は、見る人に最高の希望を届けるコンドルデスから!諦めるなんて文字はエルにはないのデース!」
エルの発言に顔をほころばせるサイレンススズカとステイゴールド。きっとその言葉が聞きたかったのだろう。
「それだけ言えるなら問題ないな」
「ふふっ、そうね」
「ケ?」
不思議そうに首を傾げるエルコンドルパサーに、ステイゴールドは言った。
「本当に強いウマ娘っていうのは、そういう夢を持ってるものなのさ。私ならまだ見たことのない景色を見てみたいって夢がある……」
「私なら、どこまでも続くような先頭の景色を見てみたい……。そんな夢を持っているの」
「お前は見る人に最高の希望を届けるって夢があるんだろう?ならその夢を信じて走るんだ。そうすれば、2バ身半なんてあっという間だろうさ」
「ステゴ先輩……スズカ先輩……」
「ま、私は後ろからお前のことをよく見させてもらうよ。せいぜい、足元すくわれるなよ?」
「もう……駄目ですよあんまりそういうことを言っちゃ。私もテレビ越しでの応援になっちゃうけど、貴方の走りには期待しているわ。頑張ってね、エルさん」
そう言いながら、ステイゴールドは意地の悪そうな顔を、サイレンススズカは朗らかな顔を浮かべていた。
スペシャルウィークがなんとか離された後、サイレンススズカとステイゴールドは去っていった。二人に元気づけられてか、エルコンドルパサーの表情はどことなく晴れ晴れとしたものだった。
「元気になりましたねーエル」
スペシャルウィークをよしよししながら、グラスワンダーはエルコンドルパサーに話しかける。
「もちろんデス!お二人にあそこまで言われたなら、もうやるしかないデスから!」
「……なら、私の思いもあなたに託しましょうかね」
「グラス……。さすがにそれは重いデース……」
「ふふっ、冗談です」
「…………冗談はおしりの大きさだけにしてほしいデース」
「エールー?」
「……あ゛っ」
あとでエルコンドルパサーはグラスワンダーにしばかれたとか、しばかれてないとか。
そしてこの週末、歴史に残るジャパンカップの幕がついに上がる。
3
11月29日、日曜日。この日もスタンドは多くの人たちによって埋め尽くされていた。それぞれが自分の応援しているウマ娘の名を叫んでいる。
「うわぁ……今日もすごい人だね!エルちゃん!」
その光景を前に、馬場入場を終えていたスペシャルウィークは興奮気味に話していた。
「このなかで走れるんですから……グラスも言ってた、ウマ娘冥利につきるというやつデース!」
スペシャルウィークの言葉に頷くエルコンドルパサー。ファンが持つワクワクと高揚感は、確かにここにいるウマ娘たちにも伝播していた。そんな期待感に満ち溢れた後輩たちを、共に走る先輩たちは頼もしそうで、それでいて確かなライバルとして見つめていた。
「全く……普通これだけの人が集まれば緊張の一つもするだろうに……あいつらにそんなものは関係ないのか?」
呆れ交じりに言葉を紡ぐ、目元のアイシャドウが特徴の麗しきウマ娘……エアグルーヴ。
「ははっ、結構なことじゃないか。私はそういうの嫌いじゃないよ」
けらけらと笑いながら、空を見上げるステイゴールド。いずれも、ここまで多くのG1レースを走ってきた経験豊富なウマ娘だった。
「それで?女帝サマはどういうプランでいくんだい?」
「本番前に手の内を明かすバカがいると思うのか?」
「ないね」
「だろう?……そういうお前はどうするんだ?」
「いつもどおり普通に走るさ。でも、そうだな……。今日は特別いい景色が見られる予感がするよ」
ファンファーレが鳴り響く。観客の盛大な拍手と共に、緊張感が一気に高まっていく。
順番にウマ娘が誘導されていき、最後に大外枠15番のルソーがゲートの中に納まる。
一瞬の静寂。
ガコン。
ゲートが開いた。各ウマ娘が一斉に飛び出していく。全員が1コーナーを目指して内へと切り込んでいくなか、一人だけ前へ、前へと行こうとする者が。サイレントハンター。このレースで逃げを打つと予想されていたウマ娘だった。スタートでやや出負けする部分があったものの、するすると一番手のポジションにつき、1コーナーを抜けてゆく。
当然、それを見越していた者もおり。
「それなら、エルはこの位置で見させてもらます!」
エルコンドルパサーはその後ろ、二、三番手の位置につけていった。他のウマ娘では、エルコンドルパサーのすぐ後方にエアグルーヴ、その右隣にステイゴールド、スペシャルウィークと三人並ぶような形で1コーナーを過ぎていく。やがてその隊列がややばらけていき、2コーナーを抜け、バックストレッチへと入っていく。
状況を整理しよう。一番手にサイレントハンター、後方に一バ身差をつけながら快調に走っていく。二番手にドイツからやってきたウンガロ、その後ろにエルコンドルパサー。半バ身ほど離れたところに、一人抜け出たステイゴールド、さらにその半バ身後ろ、左にエアグルーヴ、右にスペシャルウィークという状況になっている。誰がどのタイミングで仕掛けていくのか、多くのウマ娘が周りを見渡しながらそのタイミングを探っていた。チャンスは一瞬。それを間違えれば、負けるのは必至だった。
バックストレッチの中盤を過ぎたころ、全体の流れに動きがあった。徐々に先頭のサイレントハンターが後続を引き離しかかっていたのだ。当然、それを察知する者たちはいる。
「このまま逃がすわけには……」
「いかないよな!」
動いたのは先輩ウマ娘であるエアグルーヴとステイゴールド。じわりじわりとエルコンドルパサーとの差を詰めにかかる。そうなると当然。
「この差がなくなったら……おしまいデス!」
縮めさせまいと動き出す。そうなれば。
「……ここで動くか!」
「させっかよ!」
「勝つのは……」
「「「私たちだ!!!」」」
周りも煽られるように一斉に動き出す。さぁ、いよいよ終盤戦だ。
※
「まだ少し、差があるわね」
トレセン学園のカフェテリアに備え付けられていたテレビでレースを見ていたサイレンススズカは、そう呟いた。それもそのはずで、3コーナーを過ぎても未だに先頭のサイレントハンターと二番手ウンガロの間には五バ身ほど間が空いていた。もし、サイレントハンターに豊富なスタミナがあった場合、逃げ切られてもおかしくない距離だった。
「どうだろう。こういう逃げを成立させられる子ってそんなにいないだろうし」
そのスズカの横に座り、レースを見ている鹿毛のウマ娘……バブルガムフェロ―は言う。
「君みたいに気持ち良く走り続けないと後ろからのプレッシャーとかに潰されちゃうだろうからね」
「ふふっ。そんなふうに言われると少し恥ずかしいですね」
「素直な感想を言っただけだよ。あの日の秋天で君の走りを後ろから見てたら、すっごくワクワクしちゃったし」
「結局差されてしまいましたけどね……」
「あの時、君の走りはまだ完成してなかったんでしょ?それならしょうがないよ。それに……もう一枚上手だった相手がいたのも事実だしね」
困ったように笑うバブルにスズカは頷いた。そう、彼女たちは目の前のモニターに写っていたエアグルーヴと一年前の秋の天皇賞で共に競い合った仲だった。そして彼女の前に共に敗れた者同士でもあった。それでも、スズカとバブルはそのことを誇っていた。一流のウマ娘にも引けを取らず、最前線で戦い続けるあのエアグルーヴに自分たちは挑んだのだと。
「それよりも……エルさん、最初からあんなに前にいたけど大丈夫かしら?」
もう一度レースに目線を戻したサイレンススズカは、不安そうにエルコンドルパサーを見つめていた。
「どうしてそう思うの?」
「だって彼女……まだマイルの距離しか走ってないはずだから……」
「スタミナが持たないだろうって?」
「はい……」
心配をするサイレンススズカをよそに、バブルガムフェロ―は笑っていた。
「そんなに心配する必要はないんじゃないかな?だって、今の彼女、とっても楽しそうだ!」
4
4コーナーを曲がり終わるころには、先頭と後方との差は二バ身、一バ身ほどに縮まっていた。位置を押し上げていたエルコンドルパサーは二番手に、最内からはエアグルーヴ、右からはウンガロを挟んでステイゴールド、スペシャルウィークと一気に並びかけてくる。ここまで来たら最後は地力がものをいう。
エルコンドルパサーはサイレントハンターに並ぶことなく、先頭に立つ。それに負けじとエアグルーヴは食らいついていく。スペシャルウィークもそこに並ぼうと内に切り込もうと脚を伸ばす。
「……っ!ステゴさん!」
「悪いなスペシャルウィーク!!!!!真剣勝負である以上、こっちも手を抜くわけにはいかないからな!!!!!」
しかし、そう簡単に行かせるわけがなかった。スペシャルウィークの隣にいたステイゴールドは、合わせるように加速していく。
「それでもっ……!!!」
引かない。負けじと再加速をしていくスペシャルウィーク。
「ははっ……まじかよ」
それを茫然と見送るステイゴールド。優勝争いは三人に絞られた。
「そうデスよね!スぺちゃん!アナタなら必ず来ると信じていました!」
「ぐ、あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
必死に近づこうと足掻くスペシャルウィーク。
「全く……とんでもない後輩が現れたものだ……だが!!!ここで負けては女帝の名が廃る!!!!!はぁぁぁぁあ!!!!!」
猛然と追い上げ、エルコンドルパサーに半バ身ほどと迫るエアグルーヴ。
その二人に追われ、心が燃えない彼女ではなかった。
(この圧……この熱量……。そうだ、これだ。このなかで勝ってこそ……エルは初めて皆を笑顔にすることができるのデス!)
「私は……私は絶対に負けない!!!!!負けるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
差は詰まらない。
「まだまだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
詰まらない。
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
さらに広げていく。
もう、彼女に追いつけるものは誰もいなかった。
『エルコンドル!エルコンドル!エルコンドルパサー!日本のウマ娘が上位独占!!!先頭は、エルコンドルパサー!!!!!マイラーと呼んだのは誰か、エルコンドルパサー2400文句なし!!!』
それは、日本のウマ娘レース史において初めての出来事だった。何年も何年も海外のウマ娘に敗れ続けたジャパンカップで、初めて上位全てを日本のウマ娘が独占したのだ。その事実は、日本中の人とウマ娘を笑顔に、熱狂させるに十分な理由だった。
その日、ターフに掲げられた右腕は、あまりにも誇らしく、西日に照らされたのだった。
ハーメルンではお初ですね。初めまして、鉛筆と申します。普段はXでTwitter風を投稿、ピクシブで小説投稿をしております。この作品で興味を持っていただけたなら、今後も応援していただけると幸いです。