ミカの妹が英雄になるお話   作:なすびづくめ

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プロローグ
「その時、君は変わった」


――冗談でしょ?

 

 最初にその言葉を口にしたのは、一番親しかった友達だった。

 小学生から中学生へ。

 環境が変わっても、関係は変わらないと信じていた頃。

 放課後、誰もいない教室。

 何気なく話した、将来の話。

 その中で、ぽろりと零しただけだった。

 

 ――こんなことがしたい。

 ――こんなふうになれたらいい。

 

 そんな、形にもなっていない願い。

 それを聞いた彼女は、少しだけ黙って——言った。

 

『あはは、なにそれ!オモロー!』

 

 嘲笑だった。

 まるで私が――冗談で言ったみたいに。

 彼女は笑った。

 

 ――え……。

 

『そんな子供じゃないんだからさー!』

『ウケるー!』

 

 その一言で、胸の奥にあったものが、ひび割れた。

 自分の夢を冗談みたいに笑われた。

 自分を否定された気がした。

 

 ――……。

 

 思わず押し黙る。

 本気で言ったことをあまりにも軽くあしらわれたから。

 その様子を見て友達がひとこと。

 

『え……マジ?』

 

 次に浮かべた表情は苦笑。

 何か拒否感がにじみ出た、そんな笑いだった。

 

 

  

――――

 

 

 

「――シャーレ、ですか?」

 

 陽光が差し込むバルコニー、蝶が羽ばたく神聖な場所に二人の少女がいた。

 片方の少女がおだおどした声を上げる。

 彼女がいるのはティーパーティと言われる生徒会の最高権力の集まり。1生徒である彼女とはかかわりがない場所。そして彼女を呼び出した姉の幼馴染から告げられたのは【シャーレ】という意味も分からない謎の固有名詞だった。

 

 その少女の様子をみて少し微笑みながらもう一人の少女、姉の幼馴染――桐藤ナギサは手元の紅茶を吟味する。

 やがてその紅茶を机に置き、少女をまっすぐ見据える。

 

「えぇと……すみません。シャーレというものを私はよく知らなくて……」

 

「まぁ、シャーレは最近できた部活のようですから知らないのは無理もないですか」

 

 ナギサが語り始める。

 

 いわく、「先生」を顧問として、キヴォトスで暮らすあらゆる生徒の相談に応じ、同時に所属や学籍によらず不特定多数の生徒の協力を仰ぐことのできる例外中の例外。そして連邦生徒会名義では介入の難しい諸問題にすら積極的に関与する事が可能な超法規的組織。

 

 そう、まさに――。

 

 懐かしいそれが頭をよぎりキリキリと頭痛がしてくる。

 

「ッ……」

 

 そんな事を考えてる場合ではないだろうと頭からその単語を振り払う。

 

「……大丈夫でしょうか?」

 

「あっ、すみません黙りこくってしまって。大丈夫です。」

 

「そうですか……それなら良いのですが……」

 

 コホン、とナギサが咳払いをする。

 

「話を戻します。このシャーレですが……連邦生徒会長が直々に設立した組織でもあります。」

 

「連邦生徒会長……」

 

 ――連邦生徒会長。

 

 その名前は憶えがある。

 連邦生徒会の長であり、キヴォトスの全生徒を代表する人物。その役割に恥じないほどの能力の持ち主。その功績から【超人】と呼ばれていることも。

 その連邦生徒会長が設立したとなれば彼女が注目するのも納得ができる。

 

 だが。

 

「連邦生徒会長は失踪中では?」

 

 現在その連邦生徒会長は所在がつかめない状況にある。

 

「えぇ、ですがこのシャーレは彼女が失踪する前に設立されたものです。」

 

「なるほど……」

 

 納得したようにうなずく少女。

 

「そして、あなたにはこのシャーレに所属してほしいのです。」

 

「えぇと、何故でしょうか」

 

 おずおずと少女は口を開く。

 

「何故……とは?」

 

「なんで私なのでしょうか」

 

 素朴な疑問、なぜナギサは少女を選んだのか。

 それが少女の中に浮かんだ1つの疑問だった。

 長らく政治という世界から離れていた少女は今や政治的価値はあまりにもない。そんな彼女にそれを頼む理由が少女にはわからなかった。

 

「……ふむ」

 

 それを聞いたナギサは少し考えるような仕草を見せる。

 少女はその様子を見て少し不安を覚える。

 もし――私を政治界に戻すためだとしたら。もし――私を拘束したいからだとしたら。

 

 もし――私を退学させるためだとしたら。

 

 数秒考えナギサは口を開いた。

 

「なぜなのでしょうね」

 

「――え?」

 

 その口から出てきた言葉は予想だにもしない言葉。

 

「私に近しいから……といえば部下でもいいですし、ミカさんの妹だから……といえばだからなんだという話ですし……というかまず調査するだけなら所属させる意味もないですし……なんでなのでしょうね」

 

「ええ……?」

 

 彼女ともあろうものが何も考えてもいないとは思ってもおらず、落胆の声が出てしまう。

 

「まぁ単純に――所属させたほうがいいと思ったからですかね」

 

「させたほうがいい?」

 

「えぇ。もちろん、内部からも調査をしてほしいとも思っていますよ?ですが貴方、最近……いえ、ここに入学してから何かと塞ぎこみがちではないですか」

 

「え……そんなわかりやすいですか」

 

「えぇ……ミカさんとも最近まともに話していないようですし……」

 

「――ッ」

 

 図星を突かれ言葉が詰まってしまう。

 確かに最近、彼女の姉――聖園ミカとはあまりしゃべっていない。昔は仲が良かったはずなのに時間が経つにつれて彼女とは距離が離れていった。

 いや、離してしまった。

 なぜかはわからない。

 だが年を重ねるごとに彼女と話すのが嫌になってしまった。

 だから徹底的に――距離を取った。

 それを思い出し下を向いてしまう。

 黙ることしかできない彼女を尻目にナギサは話を続ける。

 

「ただ単純に嫌いになったのか、はたまた貴方の夢が原因なのか……」

 

 容赦のない言葉が少女の胸に突き刺さる。

 

「何が原因なのかはわからないのですが……取り敢えず何か気分の変換点になればいいかなと思ったんだと思います。」

 

 ――余計なお世話だ。

 

 そんな言葉が心のうちに浮かんだが肝心な言葉が口から出ない。

 

「……わ、かりました、お受けいたします。」

 

 ゆえに彼女は何かを隠すように言葉を振り絞る。

 

「そうですか、それはよかったです。」

 

 安心したようにナギサが微笑む。

 その様子を見て少女もまた胸をなでおろす。

 

 思わず引き受けてしまったがシャーレに入るなら、トリニティでの授業もろもろとシャーレの業務の兼ね合いについて考えなければならない。

 幸い成績は優秀だから心配ないのだが、何分シャーレの業務は未知数だ。

 そこら辺のスケジュール調整もしないと。

 

 ――シャーレに行くんだったら姉様と関わる機会も減るだろうから、悪いことだけではない。

 

 最後にぬるくなった紅茶を飲み切り席を立とうとする。

 

「もう申し込みはしてあるので断られたらどうしようかと」

 

「――え?」

 

 驚愕。

 ナギサが何を言ってるのかが分からずそのまま固まってしまう。

 

「つい先ほど申し込みは受理されたそうなので今から向かってもらいます。あ、近くに下宿してもらいますね?その分の出席は免除といたしますので」

 

「え?」

 

「送迎の車が来たようです。行ってらっしゃい」

 

「――エッ!?」

 

――――――

 

 ――嘘じゃんね、そんな唐突なことないじゃんね……。

 

 半ば強制的に乗らされた送迎用の車のなかで揺られながら幾分か経った頃、着いたのはD.U地区周辺に建てられた一般マンションだった。

 流されるように案内された部屋にはご丁寧にも元々少女の部屋にあった家具が全て運び込まれており、整理整頓までされていた。

 いつの間にと呆然とするのも束の間、僅かな手荷物を持たされ、またもや送迎に引っ張られながら着いたのは連邦捜査部S.C.H.A.L.Eが入っているビルだった。

 

「ナギサ様嘘でしょ……」

 

 彼女はこんな破天荒な体質だっただろうか。もしかして自分の姉に影響されてしまったのか。いやまぁ確かに幼少期はそれなりに破天荒ではあったけども。

 この唐突な展開の原因を探しながら少女はシャーレの中に入る。

 

 連邦生徒会が建てた施設だということもあり、ビルの中はそこらのオフィスよりも綺麗だった。

 だが、そのビルには人の気配はしない。

 それはシャーレが周知され始めてからまだそんなに時間が経ってないことが影響しているのだろう。

 少女みたいな強制的に入れられない限り生徒がここに応募してくる理由は今の段階では特にないと思われる。

 

「シャーレはっと……」

 

 ここを訪れる前に送迎の使用人からもらった紙を手にエレベーターを操作し、シャーレが入っている階層へ向かう。

 ボタンを押してエレベーターを操作する。

 

 ――とりあえずシャーレの【先生】って人に挨拶かな。

 

 そこまで考えふと気づく。

 

「そういえば先生ってどんな人なんだろう」

 

 シャーレについてはナギサから説明も聞いてるし、ある程度のことはわかる。だが、先生についての情報はちっとも聞かされていなかった。

 連邦生徒会長からこんな組織を任せられるのだから有能な方だとは考えられるが、人格については未知数だ。

 

 何分昔と違い今の少女は気弱な性格だ。怖いととてもやりづらい。

 

「まぁでも……やらなきゃいけないし……」

 

 不安に駆られながらも少女はエレベーターの中に入った。

 

 

 

――――――

 

 

 

 静かな廊下だった。

 エレベーターの扉が閉じる音がやけに大きく響いた後、残ったのは自分の足音だけ。磨かれた床にその音が反射して、実際よりも広い空間にいるような錯覚を覚える。

 

 少女の前にあるのは【連邦捜査部S.C.H.A.L.E】と書いてある扉。

 

 ――――ここだ。

 

 深呼吸を1回。

 意を決するように吸って、確かめるように吐く。

 

 そして手をドアにかざし、3回ノックをする。

 

 訪れたのは――静寂。

 

 ――あれ?

 

 もう1回ノックするも反応がない。

 

 留守なのかと思いその場を離れようとした、その時。

 

「"――ごめん!作業してて気づかなかった!"」

 

 扉から一人の男性が出てきた。

 

「……えぇと、先生ですか?」

 

「"うん、私がシャーレの【先生】だよ。君が今日来る予定の?"」

 

「はい。トリニティから来ました」

 

「うん、あってるね。立ち話もなんだしなかに入って入って」

 

「……失礼します」

 

 扉をくぐり抜ける。

 中はオフィス――というよりも職員室と称したほうがいいものだった。

 無駄な装飾はなく、必要なものだけが整然と並んでいる。だが、そのなかにはソファやテレビなどなにかと寛げるものもあった。

 明らかに普通の企業とは異なるもの、生徒に寄り添うような内装。

 

「ここが、シャーレなんですね」

 

「"正確にいえば、このビル全体がシャーレなんだけどね"」

 

 そしてこの男性が先生。

 

 ――なんていうか……。

 

 普通過ぎる。

 そんな言葉が脳内に思い浮かぶ。

 身長は平均的、体型は若干痩せ気味、年齢は20代といったところか。若いという点以外は特に特別感がない。連邦生徒会長が任命したにしてはオーラというかそんな感じのものがない。

 というかどっちかというと柔らかい印象を受ける。

 

「"そんなに緊張しなくても大丈夫だよ"」

 

「あっ、はい」

 

 優しい声色に、少女の肩から力が抜ける。

 

「"ええと、取り敢えずそこらへんに座ってもらえるかな?飲めるものを用意してくるから"」

 

「はい」

 

 促され、近くのソファーに座る。

 

「"コーヒーでよかったかな?"」

 

「すみません、苦いのは苦手で……」

 

「"それじゃあ、リンゴジュースにするね"」

 

 先生はそう言うと、軽い足取りで奥の給湯スペースへ向かった。

 その背中を見送りながら、少女は息を吐く。

 

 ――なんだろう、この感じ。

 

 もっと堅苦しい人だと思っていた。

 もっと威圧的で、もっと近寄りがたい存在だと思っていた。

 けれど実際は、拍子抜けするほど普通で、優しくて、柔らかい。

 

 その“普通さ”が逆に不思議で、少女は落ち着かない気持ちになる。

 

「"お待たせ。はい、どうぞ"」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 差し出されたグラスには、透き通った琥珀色のジュース。

 受け取ると、ほんのり冷たさが指先に伝わる。

 

「"では改めて……"」

 

 先生がネクタイを整える。

 

「"シャーレの先生です。よろしくね"」

 

「よろしくお願いします。」

 

 少女が頭を下げると先生はまっすぐ少女を見据える。

 

「"それで、1つだけいいかな"」

 

 先生は手元にあったコーヒーをすこし啜り、机の上に置く。

 その表情は穏やか、だがどこか真剣な表情をしている。

 何か不手際でもしてしまっただろうかと不安になりながらもこちらを見ている瞳を見つめ直す。

 

「"君はどうしてここに来ようとおもったのかな?"」

 

「――え?」

 

 それは想定していなかった質問。

 いや想定は出来ていたのだが何分急展開すぎたので、頭から抜け落ちていたのだ。

 やらかしたと思いつつも必死にそれなりの答えを作り出そうとする。

 

「あっ……ええと、その……」

 

 だがあまりいい案が思い浮かばず、しどろもどろになってしまう。

 

「"あっ、無理に言わなくていいからね!?言いたくないことなんて誰にでもあるんだし"」

 

 その様子を見た先生が焦った顔でこちらをうかがってくる。

 

「あ、いえ!ただちょっと言いにくかっただけで……」

 

「"そ、そうなんだ"」

 

 先生の問いに答えようとする。

 だがいまだに回答が思い浮かばず、挙動不審になってしまう。

 そしてついに、あきらめたように彼女は視線を下に落としながらぽつりとつぶやく。

 

「……ないんです。志望理由」

 

「"ない?"」

 

 部屋に静寂が訪れる。

 

「驚き、ましたか」

 

 その静寂に耐え切れず言葉をこぼす。

 目を丸くしていた先生はすぐに元の表情に戻っていた。

 

「"……うん、少しね。だけど責めるようなことではないかな"」

 

「え……」

 

 思わず顔を上げる。

 呆れられると思っていた。

 けれど先生の表情は、変わらない。

 

「"理由がないまま来ること自体は、そんなに珍しいことじゃないよ"」

 

「……そう、なんですか」

 

「"うん。むしろ——"」

 

 そこで一度、言葉を区切る。

 

「"これから見つける余地があるってことだからね"」

 

「……」

 

 返す言葉が見つからない。

 そんなふうに考えたことはなかった。

 強制してこさせられたことばかりでそんなこと考えたこともなかったからだ。

 

「"よし!話はここまでにして業務説明に移ろうか"」

 

 勢いよく立ち上がる先生。

 その軽さに、少女は呆然と目を瞬かせた。

 

 ――え、そんな急に?

 

 ついさっきまで胸の奥を掘り返されるような話をしていたのに、まるでスイッチを切り替えるみたいに、先生は明るい。

 

 その落差に、ついていけない。

 

「……あの、えっと」

 

 思わず声が漏れる。

 けれど先生は振り返り、にこりと笑った。

 

「"大丈夫。難しいことはしないよ。まずはここでどう過ごすかっていう、簡単な話からだから"」

 

 その笑顔は、さっきまでと同じ“柔らかさ”を持っていた。

 急かすでもなく、置いていくでもなく。

 ただ、前に進むための手を差し出すような。

 

 少女の胸の奥で、緊張が少しだけほどける。

 

「……はい」

 

 小さく返事をすると、先生は満足そうに頷いた。

 

「"よし、じゃあまずは——"」

 

 先生が資料を取りにデスクへ向かう。

 その背中を見つめながら、少女はそっと息を吐いた。

 

 ――なんだろう、この感じ。

 

 不安はまだある。

 怖さも、消えてはいない。

 けれど。

 

「"あっそうだ!"」

 

「どうしました?」

 

「"一応知ってるんだけどさ

 

 ――名前、教えてもらってもいいかな"」

 

「え……」

 

「"いやほら!礼儀としてね"」

 

「――ふふっ」

 

 先生の焦り具合につい笑ってしまう。

 

「改めまして、これからお世話になります。

 

 ――聖園ユメです。」

 

 けれど、ここなら少しだけ変われるかもしれない。

 

 ここなら私の夢に――

 

 ――正義の、味方に。

 

 ずっと胸の奥で燻っていた言葉が、ようやく息をした気がした。

 

 

 

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