ミカの妹が英雄になるお話   作:なすびづくめ

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「黒い影に気をつけて」

「ユメちゃん、この書類お願いできる?」

 

「わかりました」

 

 穏やかな空気が漂うシャーレの部室の中、二人の少女が忙しい様子で手元のキーボードを叩いている。

 

 シャーレに所属してから数日、日常的になった膨大なデスクワーク。

 修理費の決算、いざこざの被害想定、その他諸々……。

 聞く話によるとこの膨大な書類の処理のために当番制というものがあるのだとか。

 トリニティにいた時もそれなりの量をこなしてきたユメがさすがにこの量は経験をしたことがなかった。

 

 さて、この書類は主に先生が処理し、その補助を生徒がするものなのだが件の先生はこの場にはいない。

 朝、『ごめん近くで喧嘩が起きたから仲裁に行ってくる!』とユメ宛にメールが届いてはや2時間、先生からの連絡はない。

 

「もう!先生はこんな忙しい時に何してるの!」

 

「ま、まぁ落ち着いてユウカさん。」

 

 そのことにユメ以上に憤慨しているのは対面にいるミレニアム所属の早瀬ユウカである。

 どうやら彼女は先生が来たばかりの時から付き合いがあるらしく、シャーレでも本当に最初からいる、いわば先輩のようなものだ。

 そんな彼女は先生の態度によく怒っているが彼女はこういいながら先生のことを割と考えている。

 先生のずさんな出費を咎めながらも何気に心配する様子は日常茶飯事になっていた。

 

「二時間よ!二、時、間!さすがにここまでかかるわけないでしょ!?」

 

「い、いざこざが長引いてるんじゃないですかね……」

 

「どんな長引き方よ!」

 

「……爆弾がドミノ連鎖爆発したとか」

 

「ドミノ連鎖爆発ってなによ!?」

 

 ユウカの口から発せられる愚痴を聞きながらも手を動かす。

 

「ユメちゃんってちゃんと学校行ってるの?」

 

 ふと思いついたようにユウカが話す。

 

「え?」

 

 思わず手を止めてしまう。

 

「あっごめんなさい!そういうの聞かれたくなかった?」

 

「あっいえ、そういうわけではないです。私、シャーレに入部するために休学をもらってるんです」

 

「わざわざ休学!?」

 

「はい。というかシャーレに入部したのも強制的な感じで……」

 

「は、はぁ……」

 

「――いやでもまってそれって」

 

 ユウカがそう言いかけた、その時だった。

 

 ――ガチャッ。

 

 勢いよく扉が開く音が部室に響く。

 ユウカとユメが同時に顔を上げる。

 

「"ただいま戻りましたー! いやぁ、大変だった……!"」

 

 息を切らしながら入ってきたのは、まさしく件の先生だった。

 制服はところどころ土埃で汚れ、髪も少し乱れている。

 どう見ても“ちょっとした仲裁”で済んだ様子ではない。

 

「せ、先生!? 本当に何してたんですかその格好!」

 

 ユウカが椅子をガタッと鳴らして立ち上がる。

 

「"いや、あのね……最初はただの小競り合いだったんだけど、途中で爆発物が見つかってさ。"」

 

 ((爆発だ……))

 

「"それが爆発したら、近くの爆弾に引火しちゃって……"」

 

((連鎖爆発だ……))

 

「"で、さらに近くのやつに引火してっていうのがどんどん続いちゃって、それの処理で長引いちゃった。"」

 

((ドミノ連鎖爆発だ……))

 

 冗談で言ったであろう予想がドンピシャで当たり二人は呆然とする。

 その様子を見た先生は首をかしげる。

 

「"……どうしたの?"」

 

「いえ、なんでも」「なんでもないです!」

 

「"お、おう……"」

 

「……まぁ先生が無事で良かったです。さ、お仕事始めましょうか」

 

「"はーい"」

 

―――――― 

 

 先生が加わり本格的に始まった本日の業務。

 先生が加わったことによりその進行速度は比べるまでもなく早くなっていた。

 ……まぁもともと先生がいることが前提のものなのだが。

 

 書類の山が少しずつ低くなっていく。

 カタカタとキーボードを叩く音が三人分になっただけで、部室の空気はどこか安心感に満ちていた。

 

「先生、そこ違います。ほら、この欄は“被害総額”じゃなくて“推定修繕費”です」

 

「"あっ、ほんとだ。似てるから間違えちゃった"」

 

「似てませんよ!?」

 

 ユウカが即座にツッコミを入れる。

 たはは、と誤魔化すように笑う先生には特に変わった変化は見られない。

 

「先生、本当に大丈夫ですよね?」

 

 ユメがそっと尋ねる。

 その声は小さく、しかし心配が滲んでいた。

 

「"ん? あぁ、大丈夫大丈夫。ちょっと転んだだけだから"」

 

「……爆発に巻き込まれたんですよね?」

 

「"爆発に巻き込まれて転んだんだ。"」

 

「それ全然ちょっとじゃなくないですか?」

 

「"これ持ってたから大丈夫"」

 

 指をさした先にあるのは平たい板、いわゆるタブレットだ。

 

「安心する要素ないんですけど……」

 

「"ま、まぁ擦り傷程度だし大丈夫だよ"」

 

「……本人が言うなら、まぁ……」

 

 どこか納得のできない様子で引き下がるユメ。

 

「……でも、本当に無事でよかったです」

 

 ユメはほっと息をつき、再び書類へ視線を戻す。

 その横顔は、疲れているはずなのにどこか柔らかかった。

 

「"ユメも無理しないでね? 最近ちょっと寝不足っぽいし"」

 

「えっ……あ、はい……」

 

 図星を突かれ、ユメは一瞬だけ手を止める。

 

「そういえばユメちゃん、目元に隈ができてるわね。」

 

「"そうそう、疲れが出てるんだよ"」

 

「……先生がユメちゃんに頼りすぎなんじゃないんですか?」

 

「"ひぇっ……"」

 

 先生は居心地悪そうに肩をすぼめる。

 ユメは書類しごとを率先してやっており、先生はそれに助かっている。

 だから、すこし心当たりがある。

 

「"――あっそういえば"」

 

 少し経った後、何かに気づいたように手を叩きユメのほうを向く。

 

「"ユメ、明日休みじゃなかった?"」

 

「えっ」

 

 手持ちの端末を確認する。

 休学の間、授業に行く必要もないのでなるべくシャーレの業務を入れていた。

 おかげで端末のスケジュール表はシャーレの業務で埋まっていたのだが、明日はぽっかりと予定が空いていた。

 

「特に何もありませんが……忙しいなら入れますけど?」

 

「"いやいや!そこまで切羽も詰まってないし息抜きに行ってきなよ!"」

 

「そうそう、逆にユメちゃんは働きすぎよ。私が当番の時いつもいるじゃない。」

 

 先生とユウカがやさしく笑いかける。

 

「それじゃあ、お休みもらいますね」

 

「"うん、行ってきな"」

 

 

――――――

 

 

 そのあと順調に進め、その日の業務を終えたユメは帰路についていた。

 

「休暇……休暇かぁ……」

 

 確認するように復唱するユメ。

 

「何しようかな……」

 

 最近シャーレに籠りっぱなしだった彼女。

 突然与えられた時間は、嬉しいはずなのにどこか扱いに困るものでもあった。

 夕暮れの街は、柔らかい橙色に包まれている。ネオンが灯り始める前の、ほんの短い静かな時間帯。人の流れは穏やかで、どこか現実が少しだけ緩んで見える。

 

「……外、こんな匂いだったっけ」

 

 ふと立ち止まり、空気を吸い込む。微かに混じるアスファルトの熱と、遠くの店から漂う甘い香り。日常の断片が、久しぶりに感覚へと流れ込んでくる。

 シャーレに入ってからはなにかと忙しくしていた。

 入った初日は緊張で。

 それからはデスクワークで忙しい日々を。

 別にそれが嫌なわけじゃなかったが、ふと余裕ができるとここまで見えてくる景色は違うのかと感嘆する。 

 

「寄り道、してみようかな」

 

 端末を起動させ、地図アプリを開いてみる。

 ここらへんの地理に関して未だ詳しくない彼女は当然、どこに何があるかは全く把握していない。

 さすが連邦生徒会が管理する地区。

 コンビニ、飲食店、ゲームセンターなど様々な施設のマークが立ち並んでいる。

 そのなかでユメは1つのアイコンに目が留まる。

 

「――スイーツ」

 

 スイーツ、スイーツ……うんいいな、スイーツ。

 食べたくなってきた。

 最近は働きづくめだったこともあり、スイーツと言う響きに妙に惹かれてしまう。

 まぁ明日は休みなのだし、少しぐらい贅沢をしても誰も怒らないだろう。

 

「ええと、詳しい道順は――うわ、こんな路地裏にあるんだ」

 

 アイコンが示していたのはビルとビルの路地裏。

 そんな場所にあることがわかり少し躊躇をしてしまうがレビューは高評価なものが多く、安全なものだと判断できる。

 少し珍しいところにあるが、隠れた名店なのだろうか。 

 

「――まぁ、行ってみような」

 

 少し悩んだ後、行くことを決意する。

 

「ここからだと――次の横路を右か。」

 

 夕暮れの光がビルの隙間に沈み、通りの影がゆっくりと伸びていく。

 大通りのこともあり、多くの住民たちが行き来しており、多くの足音が響いているが、慣れたものなので特に気にせずに歩く。

 地図の案内通りに、ビルとビルの間の狭い道に入っていく。

 

「ここのビルの間を通って――」

 

 歩く。

 

 歩く。

 

 ビルの合間に入り、スマホに視線を落としながらただ歩く。

 

「ここを抜けて左かな」

 

 歩く。

 

 歩く。

 

 ――コツリと音がした。

 

「――うわっ」

 

 風が吹いた。

 冷たい、冷たい風。

 ピンク色の髪が揺られ、思わず髪を抑えてしまう。

 

「ビル風かな……?」

 

 下を向いたまま髪を整える。

 

「あれ?」

 

 ふと何かを感じる。

 違和感というか、悪寒というか、そんな冷たい感覚が背筋を通り抜ける。

 

 その感覚でようやく気づいた。

 

 気づけば周りには誰もいない。

 音も、人すらもそこにはない。

 

「――」

 

 何か嫌な予感がする。

 その通りを抜けようと足早に歩く。

 

「――おや」

 

 ――背後で声がした。

 

「――ッ!」

 

 一気に振り返る。

 

 そこにいたのは"異常"。

 黒を基調としたスーツに革靴を履く、亀裂の入った黒い顔。

 絶対に普通ではない存在が当然のようにそこに立っていた。

 

「……ッ」

 

 緊張が奔る。

 気配がなかった。

 足音も、空気の揺れも、何も。

 

「失礼。驚かせてしまいましたか」

 

 穏やかに聞こえる声。

 だが、そこには信じきれないなにかがある。

 

「……あなた、いつからそこに」

 

 問いかける。

 無意識に、一歩下がる。

 

「おっと、警戒を解いてもらえませんか?私は貴方方とは違い、銃弾1つでも死にかけるものなので」

 

 その言葉には確かに本当が混じっているが、どこか危機感を持っていないような、余裕を感じさせられる。

 

「できないですね。こんなとこで初対面の人に話しかけるなんてどうかしてるんじゃないのでしょうか」

 

 弱気な自分を無理やり奮い立たせ高圧的にと言い切る。

 ここで相手に主導権を握らせてはいけない。

 話を穏便に済ませ、乗り切るのだ。

 

 ソイツは一瞬、沈黙した。

 否定も、反論もない。

 だが、その目線だけは違う。

 ただ、こちらをじっと"観"ている。

 体を、顔を、髪を、ヘイローを。

 そして、体の奥のなかの何かまで、観ている。

 

「……本当に神秘が小さいだけの存在?いやしかし先日のあれは……」

 

 何かを考えるように小声つぶやいた。

 その声は小さく、よくユメには聞聞き取れない。

 

「何を言って――」

 

「いえ、こちらの話ですのでお気になさらず」

 

「――……」

 

 かぶせ気味にそう返してくるソイツにユメは思わず黙ってしまう。

 ペースが乱れる。

 こいつはこちらと離しているようで別の何かと話しているような感じがする。

 

 気を取り直すため、はっと息を吐く。

 

「――それで何か用があるの?」

 

 ユメは視線を逸らさずに問いかける。

 ソイツは、ほんのわずかに沈黙した。

 

 ――改めて観測し直しているように。

 

「……いえ」

 

 先ほどまでとは違う間で、言葉が返ってくる。

 

「失礼しました――当初の予定を変更します。」

 

「……は?」

 

 唐突すぎる言葉に、思わず眉をひそめる。

 ソイツは一歩も動かない。

 だが、空気だけがわずかに緩む。

 

「あなたに関する観測は――」

 

 ほんの一瞬、言葉を区切る。

 

「現時点では“保留”とします」

 

「……何、言ってるの」

 

 意味が分からない。

 

「今の時点では記号が少なすぎる。ですので、本日はここまでに」

 

 あまりにも一方的な言葉。

 

「ちょっと――」

 

 呼び止める。

 それでも言葉を止めずに語りかけてくる。

 

「貴方がもし、そのような存在だったら

 

 ――こちらからまたお尋ねします。」

 

 その言葉には、打算のようなものがあった。

 そして、ほんのわずかに姿勢を正す"ソイツ"。

 

「――名乗っておきましょう」

 

 それは礼儀というより、何かを定まるような、まるでレーザーサイトを当てられるような嫌なもの。

 

「私は"黒服"」

 

 その名は簡潔で、きれいなほど不気味。

 

「では、良い休暇を」

 

 次の瞬間、ふっと空気が戻る。

 遠くの喧騒、足音、生活音。

 すべてが一斉に流れ込んでくる。

 

「わけがわからないじゃんね……」

 

 そこに残されたのはやるせない気持ちと、疑念だけだった。

 

  

 

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