某おもちゃメーカー広報の富井。
プロ競技化成功により一部で「プロ化のパイオニア」と
評価を受けていた。
そんな富井に新たなプロ化の話が飛び込んでくる。
騎馬戦。
その懐かしさすら醸し出すテーマに動揺を隠せない
彼はいったいどうこの課題を解決するのだろうか!
「僕たちはコロコロを読んで育ってきた」に続く第2弾!
「えっ!騎馬戦をプロスポーツ化!?」
おもちゃメーカーの広報部富井は突然の申し出に思わず声を上げた。
富井は彼の会社が扱っている「ベイブレード」のプロ競技化に
成功した事で、一部から「プロ競技化のパイオニア」などと
呼ばれている事は彼自身知ってはいた。
知ってはいたのだが、
実際にそう言った相談を受けるのは初めての事だった。
「いやいや、なんですか?藪から棒に?」
相談してきたのはコロコロコミックの現編集長栗田である。
ベイブレードプロ競技化の際、スポンサーからの要望で
栗田編集長には甚大なる助力を頂いた。
出来れば力になりたいが、如何せん騎馬戦と言われても、
何が何やら訳がわからない。
栗田編集長に説明をうながす。
栗田編集長もいきなり過ぎたと反省したのか、
「いや突然申し訳ない。富井さんは騎馬戦ってご存知ですか?」
と、少し落ち着きを取り戻した様子だ。
「運動会の競技の一つですよね。私もやった事は有りませんが、アニメやマンガではお馴染みですよね。」
と学園もののアニメや昔のドラマのシーンを思い出しながら答える。
「そうなんですよ!随分前から、今どこの学校でもやってなくてね。最近は存在すら知らない読者もいる。マンガやアニメで使っても『なに?それ?』って冷めた反応しか返ってこないんですよ!」
栗田編集長はため息を吐きつつ、
「嘆かわしい」とでも言わんばかりに肩をすくめる。
「そういえば見ませんよね騎馬戦。私の子供の頃はまだやってる学校がいくつかあった気がしますが、今はやってないみたいですね。うちの子の学校でもやってるの見た事ないですわ。」
子供の頃、いとこの学校でやったと聞いて羨ましいと
思った記憶を思い出す。
「そうなんですよ!今ではフィクションの中にしか騎馬戦は残ってないと言っても過言ではないでしょう!」
ドンと机を叩いて栗田編集長が声を上げる。
「まあ仕方ないんじゃないですか?時代の流れってやつでしょ」
またしてもヒートアップしそうな気配に宥め役に回る富井。
「困るんですよ!マンガ的に!」
栗田編集長は涙目になり、私に訴えてくる。
「マンガ的に?どういう事です?」
言葉の意味がいまいち分からず聞き返す。
「騎馬戦って最高に盛り上がるんすよ!チームが一丸となって、それぞれの個性を活かしつつ、奇策や、戦略でチームの不足を補い、最後は根性と友情の勝利!これほど盛り上がる運動会の種目があるでしょうか!いや!ない!!断じて!」
興奮し過ぎて演説を始めるコロコロ編集長。
「いや、あるでしょ!リレーとか綱引きとか」
思わずツッコミを入れる富井。
「リレーなんて所詮、走ってる時は一人ですよ。それに結局は足の早い奴が勝つだけの話ですよ。綱引きは地味だし、イケメンより重量級が有利でしょ。イケメンが活躍できなきゃ!デブに花持たせてどうすんの?って話ですよ!」
「それにそれだけじゃ無いんですよ」
「と、言いますと?」
「騎馬戦のシーンは特に少女マンガで絶大なる評価があるのです!」
と乗り出してくる栗田編集長。
顔が近いなーと思いながらも、
「少女マンガで?あまり女の子と騎馬戦ってイメージ無いですよね?」
疑問を感じる富井に、
「若い男の子が一つになって騎馬を形成する!さらに、その騎馬たちが他の騎馬と組みつほぐれつ。」
ニヤリという表情をする栗田編集長に嫌な予感がする富井。
「なんか、表現が、アレですね…」
流石の富井も回答に困ってしまう。
「そうです!やらしいんです。完全なシーンで有りながら、それを読んだ少女たちは、その描写にBLを想起し、ときめくのです!」
栗田編集長はドヤ顔で力説するが納得いかない富井は、
「え、BL要素あります?騎馬戦に?」」
しかし、栗田編集長は自身ありげに、
「あります。富井さん、では想像してみて下さい。騎馬戦で、貴方は馬をやっていて、上になるのはクラスで好きな女の子!どうです!エロいでしょ!」
栗田編集長の熱弁に、仕方なく中学の時好きだったあの子を
担いで騎馬戦をしている妄想をしてみる。
腕に当たる引き締まった太もも。
時折り顔に触れるお尻の温もり。
それが激戦になればなる程、グリグリと押し付けられるのだ。
「…エロいですね。」
男としてこれは認めざるを得ないと富井は正直に言う。
「でしょ!実際少年マンガだと、だいたい騎馬戦を男女混合でやって、お尻や胸が当たって『いやんっ!』みたいなシーンが必ずありますから!」
興奮冷めやらぬ栗田編集長。
「いやいや、必ずは言い過ぎでしょ」
と富井が諭すも、
「いえ必ずです!最早様式美と言っても良い!」
と断言する。
「…は、はは」
富井はもう苦笑いしか出ない。
「これほどまでにドラマチックでエンターテイメントな競技をこのまま消えさせてしまうのは実に!惜しい!実に悔しい!そう思いませんか!」
富井の苦笑いをしつつも、コクリと頷く。
それを肯定と受け取った栗田編集長は満足気に
プレゼンを終わらせる。
確かに、富井自身、騎馬戦の消滅は寂しい気がする。
しかし、これは言わなければならない。
「それと騎馬戦が興行化、プロ化出来るかどうかは別の話ですよね」
真っ直ぐ栗田編集長の目を見てそれを告げる。
「…え」
意外そうに呆然と富井を見つめる栗田編集長。
「し、しかしですな、騎馬戦の素晴らしさは富井さんも納得してくれたじゃ無いですか!」
これまでの熱弁が通じなかった事で、
すがるような目つきで富井を見る。
「いやいやそれは競技としての面白さは認めますよ。ただ、それはやる側の選手にとっての面白さであって、興行化には見る側の楽しさが必要なんですよ。その為の第一条件が、『皆んなが知っている競技』ってところです。騎馬戦には、少なくとも今の騎馬戦にはそれが無い。」
うまくは言えないが、問題点は競技の面白さでは無く、
知名度なのだ。
フィクションの世界ですら消えつつある今の騎馬戦には
最も欠けた要素である。
「そんな…認知度を上げたくてプロ競技にしたいのに、認知度が低いからプロ競技には出来ないなんて…!」
絶望のせいか天を仰ぎ見る栗田編集長。
その様子を見て、富井は少し可哀想になる。
「だから、栗田編集長の目的を変えてみてはどうですか?プロにこだわるんじゃ無く、昔みたいに運動会で騎馬戦を見られる世の中を作り上げるとか」
慰めるつもりで富井はいう。
それを聞いて先ほどまで涙目だった栗田編集長は
富井の手を握り、
「そうですね!富井さんありがとう!そうだ!学校に騎馬戦が戻りさえすれば、それで良いんだった!考え過ぎて、少し暴走していたようです」
富井に感謝を述べる。
そして、
「そうか!運動会に騎馬戦を!良いですね!富井さん!力を合わせて作ってやろうじゃ無いですか!」
と握った手をブンブン縦に振りながら叫んでいる。
「…え?」
その叫びを聞きながら、
ワンテンポ遅れて、知らない間に騎馬戦復活運動の
仲間にされてしまっていることに気がつく富井。
「えええぇぇぇー!」
と嫌がる富井の絶叫が会議室に響いた。
「で、実際、なんで騎馬戦って運動会から消えたんですかね?」
ここは某出版社の会議室。
長い机を囲むように7、8人の男女が座っている。
「騎馬戦復活プロジェクト」のチームリーダーの富井が、
言い出しっぺの栗田編集長に話題を振る。
「実際問題、怪我ですね。2010年代に年間数千件の負傷者が問題視されて、急激に姿を消していったそうです。」
「あちゃー怪我かー!学校行事で最優先で配慮を求められる部分やからね。そりゃ事なかれ主義の日本の教育現場から締め出し喰らうのも当然やね汗」
ベイブレードのプロリーグでスポンサーとして
ご協力いただいている海原会長も
「面白そう」
と参加している。
事業としてパチンコ店を経営しているだけに、
普段から学校関係者やPTAを丸め込むのは得意だと
なかなか心強いので参加して貰った。
「なるほど、じゃあ『絶対安全です』って環境を作って置かないと学校行事で騎馬戦を復活させるのは難しそうですね。
今回、初の顔合わせになる新進気鋭の漫画家、
山岡さんが意見を言う。
彼はこのプロジェクトの一環として、
今度、コロコロコミックで騎馬戦をテーマにした
漫画を連載する事になっているから、真剣だ。
「しかし、『絶対安全』ってなると、アメフト級のプロテクターに、グラウンド全面にマットを敷き詰めるくらいしなきゃダメでしょうね」
富井が呼んだベイブレードの大会設営を担当している岡星が
イベントの安全面の観点から発言する。
「アメフト級のプロテクターですか!フル装備だと1人10万近く掛かりますよ。学校で最低2クラス分用意するのはなかなか難しいかと…」
同じくベイブレード運営で経理面を担当している大原が
パソコンでアメフトのプロテクターを検索しつつ、
その金額に悲鳴を上げる。
それを聞きながら栗田編集長が俯いている。
よく聞くと何やらブツブツ呟いている。
心配になって富井が
「栗田さん、大丈夫です?」
と声を掛けると、突然、
「エロさが無い!プロテクターなんかつけたら、せっかくのエロティシズムが失われてしまうじゃ無いですか!」
と机に乗り出し叫んだ。
この人はブレないな…と思いながらも、
運動会に騎馬戦を復活させる為には安全面は避けて通れない。
このまま議論は会議開始数分で暗礁に乗り上げてしまうのか、
そう思われた時、
「栗田編集長、これを見て貰って良いですか?」
岡星がパソコンで画像を見せようとしている。
呼ばれて栗田編集長はパソコンを覗き見る。
「お、おおお!こ、これは何ですか?」
画像を見た栗田編集長が何やら興奮している。
会議室にいた他のメンバーも岡星のパソコンに集まり
パソコンを見ると、
そこには頭と肩にアメフトのプロテクターをつけた
ビキニ姿の美女たちの画像。
「これはアメリカのランジェリーフットボールって競技です。」
説明する岡星に、食い気味に栗田編集長が、
「プロテクターの無骨さと、露わな肢体のコントラスト!良い!これは!プロテクターにこんな一面があるなんて」
と何やら褒め称えている。
「これはなかなか漫画映えしそうですね」
山岡も連載に向けて何かいい感触を掴めた様子。
「これね。見た目はお色気一辺倒って思わせておいて、プレイはなかなか本格派なんですよ。」
岡星はそういうと、今度は動画を画面に映し出す。
画面にはただのお色気要員と思われた選手達が、
ガンガンぶつかり合って、ガッチガチのアメフトの試合をしていた。
頭と肩のみのプロテクターで大丈夫なのかと心配したが、
吹っ飛ばされても、転がされても、
しっかりと選手達を守っていた。
「不完全なように見えて、首と頭はしっかりガード出来てるので、重篤な怪我はだいたいこれでも防げるみたいですよ。」
画像を見た大原がネットで調べた情報をみんなに伝える。
「なるほどな、何にがなんでもフル装備にこだわる必要は無いっちゅうこっちゃな。」
海原会長は何やら思い付いた様子。
「何、大した事やあらへん、ほれ、ムチウチで首いわした時にな、サポーターつけるやろ、あれのちょっと大きめの奴作って、騎馬戦用安全プロテクターって名前で売んねん。これやったら数千円で買えるレベルやから学校でも買えるやろ。」
海原会長がいうサポーターを調べると、
頸椎カラーという名前らしい。
これを首だけでは無く、肩から背骨の上辺りまで覆うものを作る。
それなら安価で手に入るだろうという提案だ。
「しかし、それで本当に『絶対安全』と言えますかね?」
富井は念を押すように聞く。
「騎馬戦の怪我の大半は擦り傷や落ちた時の打撲です。ただ、こんなのは正直、他のスポーツでも普通に起きる事です。まあ、ちょっと無茶しちゃったかな程度で済む話。問題なのは後遺症が残る程重篤な怪我です。単純な構造ですがある意味サポーターは首と背骨を守る事に特化出来ているので、あとは簡易なヘルメットでも被れば、かなり効果はあると思います。」
岡星が主催者側の立場から意見を言う。
「それにな、この『騎馬戦用安全プロテクター』って名前が大事やねん。学校側に、ちゃんと対策はしていましたって大義名分を与えてやる。これが学校やら役所やらには必要やねん。」
と海原会長が学校関係者と培ってきた長年の経験から
助言をくれる。
「後は、学校側が騎馬戦の導入を考えてくれるかですね」
大原が感慨深げに呟く。
しかし、そこが問題なのだ。
富井は敢えて言葉にする。
「そもそも今の運動会に騎馬戦ってニーズがあるんでしょうか?」
その一言に一瞬会議室内がシンと静かになる。
「そこは大丈夫なんじゃ無いかなと思います」
その時、会議室内の沈黙を破る声が上がる。
初めに挨拶をしたきり、
今の今まで静かに議論の様子を見ていた京極さんが
今日初めて口を開いたののだ。
彼は近所の中学校で20年以上働くベテラン教師だ。
栗田編集長が以前飲み屋で知り合って、今回、学校側の
意見も聞ければと呼んだらしい。
「運動会って、そもそも生徒達を『学校』ってところに飽きさせずに通わせる為の装置の一つなんですよ。ある意味、『ちゃんと学校通えてすごいね!今日のうんどうか楽しんでね』ってご褒美的な要素ですね。」
と一気に語ると、会議の参加者達をじっと見る。
流石は現役教師、ちゃんと相手が理解出来ているかを
確認しているのだろう。
そして、一呼吸置いて話を続ける。
「だから、生徒たち楽しめるように、少しずつ変化を加えて、毎年生徒が飽きないように気をつけています。ただ、これがなかなか難しい。生徒…子供って飽きっぽいじゃ無いですか?」
と参加者達に問いかける。
富井や他の子供のいるメンバーはうんうんと首を振っている。
皆、何かしら心当たりがあるのだろう。
他の参加者の様子に満足気な京極さんはさらに続ける。
「私なんかもねぇ、色々やりましたよ。ダンスは毎回流行曲を使うし、競技だって何か流行があればすぐに取り入れる。生徒に古臭いって思われちゃったら生徒は教師についてきてくれないですからね。競技だけじゃ無く、開催時期を秋から春に変えたり、赤組白組のチーム分けをクラス単位では無くしたり、多様性と柔軟性を見せる必要もある。それだけじゃない。前の時に下級生がやった競技をじょうきゅうせいごやる場合は、競技に他の競技を足したりしてパワーアップしたりして、なんとか保護者や生徒自身が前よりも出来るようになったという成長まで感じさせなきゃいけない。本当に大変なんですよ。」
途中から少し愚痴っぽくなってしまった事に気付いたのか、
京極さんが話を止めて、
「ちょっと愚痴になっちゃいました。」
と頭をポリポリ掻いている。
「いやいや、運動会って言っても実行する側はやっぱり大変ですよね」
と岡星も自分を重ねて共感している。
「すいません。やっと本題なんですが、要するに教師達は常に新しい運動会のネタを探しているって事が言いたかったんです。だから、今回マンガでも騎馬戦をテーマに連載が始まるという事もお聞きしましたし、先程、プロテクターの方もご準備出来るとの事。だったら開催は難しくありません。少なくとも連載とプロテクターが軌道に乗ってくれたなら、私の学校でも導入しないか教頭に掛け合ってみます」
と京極さんが嬉しい事を言ってくれる。
他の参加者は
「おおお!」
と喜びの声を上げ拍手を贈る。
その様子を見て、
「よしっ!一先ず方針は決まった!早速、連載とプロテクターの開発、進めていきましょう!」
富井は皆に号令をかける。
参加者は皆、
「おおっ!」
と叫ぶ。その声は皆、
やる気と新しいものを作り上げようという期待に満ちていた。
10年後…
富井は記者会見の場に参加させられていた。
目の前には、ベイブレードプロ化の時よりも
はるかに多い記者達の姿。
「なんでこうなった…」
富井自身にも何故この場に自分がいるのか理解が追いついていない。
この10年、ガムシャラにやってきた。
試行錯誤したプロテクター開発。
連載して間を置かずに決まったアニメ化に、
原作が追いつかれそうになり、
マンガど素人の富井まで手伝わされた。
学校にも1校1校地道に周り騎馬戦の魅力を伝えた。
芸能人やプロスポーツ選手を巻き込んで、テレビの特番で
騎馬戦をやった事もあった。
日本の騎馬戦の様子を外国のテレビが報道して、
海外で慣れない英語を交えながら説明した事もあった。
本当に慌ただしい10年だった。
おかげで今や騎馬戦を知らない日本人はいない。
いや、日本どころか世界中で知らない人の方が少ないだろう。
その結果がこれだ…。
富井はどこか間違いであってくれと現実逃避しながら
自分の後ろに掛かっている吊り看板を覗き見る。
そこには、
「騎馬戦のオリンピック競技決定記者会見」
と書いてある。
間違いでも夢でも無い。
そんな現実を目の前にして富井は再度、
「なんで、こうなった…」
と呟いた。