八月夜 分倍河原家
窓の外では蝉の声がまだ残っていた。狭い部屋の中をモール達が静かに巡回している。
カサカサ…
灰斗は机へ向かっていた。夏休み中でもやる事はほとんど変わらない。
設計、試験、修理、改良
モールの挙動ログを確認しながら新しい設計を組んでいる。ニュースでは
《ヒーロー飽和社会》
《若手ヒーローの競争激化》
《プロヒーロー事務所の経営難》
派手な特集にランキング、スポンサー。芸能人みたいなヒーロー達が取り上げられていた。
「だから現場は別だっつってんだろ!!」
ソファから仁がコンビニアイス片手にニュースへツッコんでいた。
「テレビ映る奴ばっか増えて、地味な仕事は足りてねぇんだよ!!」
「うるさい」
「冷た!?」
いつものやり取り中ニュース映像が切り替わる。
地方災害映像、土砂崩れ、搬送、瓦礫撤去をヒーロー達が対応している。
だが明らかに手数が足りていない。
「……補助不足」
「ん?」
「ヒーローはいる。でも支援役少ない」
前線、救助、交通整理、搬送、全部同時には回らない。
「お前、見る場所が完全に裏方なんだよな」
灰斗は答えず設計画面を開く。
救助支援特価型《モール・レスキュー改》
搬送補助、緊急照明、瓦礫固定、自律誘導。完全に現場支援寄り。
ピロン。スマホ通知
《発目:分倍河原さん!!》
《発目:夏休みなのに企業見学多すぎです!!》
《発目:でも楽しいです!!》
添付画像では発目が知らない大人達に囲まれていた。営業してるらしい。
《大変そう》と返信。
《発目:最高です!!》
カサッ。
一機のモールが仁のアイスゴミを回収する。
「お、気が利くなぁ」
モールは静かにゴミ箱へ向かう。学習していた。
その時ニュース速報。
《神奈川県内にてヴィラン騒動》
《複数地点で戦闘発生》
煙。破壊された道路。逃げる人々。
まだ詳細は不明。
仁の表情が、ほんの少しだけ止まった。笑顔が消えた。
《脳無らしき存在も確認》
その言葉で部屋の空気が静かになる。仁は無言でテレビを見続け、灰斗もニュース画面を見る。騒動規模が少し大きい。
「……また荒れてる」
「…………最近多いんだよな」
少し低い声だった。
ピロン。
《発目:事件すごいですねぇ!!》
《発目:現場映像見ました!?》
《発目:モールいたら便利そうです!!》
灰斗はニュース映像を見る。崩落、混乱、搬送遅延、人の流れ。ここにもしモールがいれば……もっと早く、補助できる。そんな考えが頭をよぎる。
仁が急に立ち上がった。
「……コンビニ行ってくる」
いつもの調子だけど、少しだけ早足だった。
ガチャ。
扉が閉まり静かになる部屋。灰斗はしばらく閉まった扉を見ていた。
そしてテレビへ視線を戻す。ニュースはさらに騒がしくなっていた。
《複数ヴィランによる大規模騒動》
《神奈川県神野区周辺で被害拡大》
《オールマイトが謎のヴィランと戦闘》
テレビ越しでも現場の混乱が伝わってくる。
灰斗はソファへ座りしばらくニュースを見ていた。
叔父はまだ戻らない。コンビニにしては遅い。
《プロヒーロー多数出動》
《住民避難継続中》
映像の中では救助活動が続いていた。だが明らかに追いついていない。戦闘以外の部分が詰まっている。
灰斗は無意識にモールを見る。もし現場にいれば、瓦礫搬送、誘導、支援。できる事は多い。
ガチャ。
扉が開いて仁が戻ってくる。だがコンビニ袋は持っていなかった。
「……叔父さん」
仁は返事をせずテレビを見る。その顔からいつもの軽さが消えていた。
「知り合いとか ……いる?」
「……………………昔のな。」
短く重い返事。
ニュース映像は崩壊した道路や逃げる市民を映している。部屋の空気がさらに静かになる。
仁はソファへ座り頭を掻く。
「最悪だな……」
灰斗はその横顔を知っている。叔父は完全に“普通の側”へ行けた訳じゃない。ギリギリ踏みとどまった人間だ。
ドンッ!!
ニュース映像の向こうで爆発した。悲鳴とヒーロー達の怒号が聞こえる。現場がかなり危険になっている。
「……モール出す」
「は?」
「救助補助ならできる」
「駄目だ」
「でも」
「現場がどんな場所か分かってねぇ」
仁の声が珍しく強い。
「お前はまだ学生だ」
「サポート科」
「同じだ」
でもテレビの向こうでは人が足りていない。それが見えてしまう。
「……モールだけでも」
「灰斗」
仁が真っ直ぐ見る。
「現場は“便利だから使う”で入る場所じゃねぇ」
静かな重い言葉に灰斗は少し視線を落とす。今まで支援は便利だった。役立ち効率的。でも現場は違う。失敗すれば、人が死ぬ。
ニュース速報
《神野区被害拡大》
《避難区域追加》
画面の端で崩落した建物が映る。瓦礫の下敷きになった車、救助活動、遅れている搬送。
長い沈黙の後。
「……行く」
仁が立ち上がった。
「は?」
「俺が」
空気が凍り、灰斗は初めて叔父へ強い声を出した。
「駄目だよ。叔父さんこそ行く場所じゃない」
仁は笑おうとするが、失敗する。
「はは……心配すんなって」
「する」
静かになる部屋でニュースだけが流れている。
カサッ。
モールの一機が二人の間へ来て静かに停止。青ランプ点灯待機状態。灰斗はそのモールを見る。
自分が作ってきた物、もし本当に必要なら。
灰斗は端末を開く。新しい項目《遠隔支援用簡易複製》
「……お前」
「人が足りないなら、増やせばいい」
灰斗が静かに言った。