夜の街はサイレンが遠くで鳴り続けている。
神野方面へ近づくほど空気が重くなっていた。
仁と灰斗は人通りの少ない裏道を進んでいた。モールケースを背負った灰斗。その足元を数機のモールがついていく。
「……まだ戻れるぞ」
何回目か分からない確認。
「戻らない」
「頑固」
「叔父さんも」
「否定できねぇ」
神野が近い。規制区域が見えると警察が避難誘導と封鎖をしていた
当然完全立入禁止な場所。灰斗は止まり状況を見る。搬送車両が詰まっている。負傷者誘導も混乱気味。前線だけじゃない、後方支援も回り切っていない。
「見ただろ」
「……うん」
「今から入るのは普通に違法だ」
無許可の個性使用も同じで完全にアウト。厳しく制限されているから。
「捕まるかもな。下手すりゃ俺もお前も」
仁が苦笑しながら冗談っぽく言う。でも半分本気だった。
灰斗は少しだけ考えた。正しいかどうか、合法かどうか、危険かどうか、全部理解している。
その上で崩落した歩道側を見る。泣いてる子供、搬送待ち、足りてない人手、全部見えてしまう。
「……見捨てる方が嫌」
「……だろうな」
仁には止めきれなかった。
その時近くで崩落音。
ガラガラッ!!
規制線近くの建物外壁が崩れる。避難中だった人達が転倒し警察も一瞬対応が遅れる。
「モール」
カサッ!!
ケースが開き蜘蛛型支援機が一斉展開。周囲がざわつく。
「お、おい君!?」
警察が振り向くがモール達は既に動いていた。
瓦礫固定、避難誘導ライト、転倒者補助、搬送補助、完全に救助動作。
瓦礫の隙間へモールが潜り込む。
《生体反応確認》
「下にいる」
灰斗が即座にしゃがむが警察が止めようとする。
「君危ない!!」
「支えます!!」
仁が瓦礫側へ入モール達が即座に固定補助。荷重を分散し崩落抑制。
「持ち上げるぞ!!」
数秒後瓦礫下から小さな子供が引き出された。泣いているが生きている。
「助かった……」
灰斗は静かに息を吐くが警察の一人が近付いてくる。
「君達、ここらの住人じゃないな」
仁が前へ出るが、灰斗が先に言った。
「分かってます」
「勝手に来ました」
「でも、間に合わなかった」
警察官は少し黙り周囲を見る。救助された子供、支えるモール、崩落現場、そして疲弊した現場状況。
完全な正解なんて、誰にも分からなかった。
神野 規制区域外縁。
煙の匂いが強くなっていた。遠くでは爆発音がまだ響いている。崩落現場周辺では避難誘導は続いていた。
だが明らかに人手が足りない。警察も現場ヒーローも全員余裕がない。
灰斗のモール達は動き続けていた。
カサカサ……
瓦礫固定、誘導灯展開、搬送補助、複数同時処理。
周囲の警察達も、もう止める余裕がない。
「こっち通せ!!」
「担架不足!!」
「まだ下に人がいる!!」
怒号が飛ぶが現場が広すぎる。明確に足りない。別方向でさらに崩落が起き悲鳴が響く。
「……っ」
遠くで建物の一部が崩れていた。避難途中だった人達が取り残される。
「モール!!」
カサッ!!
複数機が即座に走るが距離が遠い。数が足りない。
仁もそれを見ていた。その顔からはいつもの軽さは消えている。
「……足りねぇ」
小さく呟き仁は数秒黙る。そして深く息を吐いた。
「一回だけだ」
仁が自分の腕を掴む。その腕は震えていた。恐怖と迷いが全部混ざっている。
「叔父さん」
「喋んな」
「今、ちょっと怖ぇ」
そして個性を発動した。
ボコッ
泥みたいな塊が膨らむ。輪郭が形成され人型に。
ボコッ
ボコッ
数秒後そこには複数の仁が立っていた。
「うお、俺がいる!!」
「久々だなこれ!!」
「頭割れそう!!」
全員うるさいけど全員普通に動いている。灰斗は初めて見た。叔父が増える光景を。複製仁達は即座に動き出す。
「搬送行くぞ!!」
「瓦礫固定!!」
「そっち子供いる!!」
連携が速く迷いがない。
一人の仁が転倒した老人を背負う。
別の仁が避難ルートを確保。
さらに別の仁がモールと連携して瓦礫を押さえる。
警察もヒーローも完全に困惑していた。
「な、何人いる!?」
「増えた!?」
だが今は誰も止められない。現場が足りていないから。助けが必要すぎる。
灰斗は複製仁達を見る。普通に喋って、普通に笑って、普通に人を助けている“人間”だった。
一人の複製仁が灰斗の横を通る。
「ボサッとすんな!!手ェ動かせ!!」
本物と同じ声。同じ顔。同じ動き。
「……うん」
と精一杯、返した。
カサカサ……
モール達が複製仁達と連携を始める。搬送、固定、誘導、現場支援速度が一気に上がる。
だが仁本人は笑っていなかった。複製達を見ているその目だけが重い。こいつらはいずれ消えると知っているからだ。
それでも複製の仁たちは笑う。
「おい本体!!突っ立ってんな!!」
「まだ人残ってんぞ!!」
明るい
普通に
生きているみたいに。