千年後のグルメ時代   作:鳩夜(HATOYA)

101 / 101
センター

 アールシは、本棚の奥へ消えた。

 いや、消えたというより、ページの向こうへ入っていったように見えた。

 食材の香りでできた入口。

 

 記録の紙が重なったような道。

 

 そこにアールシの金色の髪がするりと飲み込まれ、姿が見えなくなる。

 俺は一人、テーブルの前で待っていた。

 

 食の楽園。

 地球内部、エリア0。

 

 目の前には無限みたいに食材が広がっている。

 果実が実り、魚が泳ぎ、獣が歩き、鳥が飛ぶ。

 だが、妙に静かだ。

 

 原作で見たような、食材が爆発するみたいに湧き出す勢いはない。

 それでも、匂いは濃い。

 命の匂い。

 食材になる前の匂い。

 

 腹が減る。

 ものすごく腹が減る。

 

「センター……」

 

 最後の一皿。

 これを飲めば、俺は地球のフルコースをすべて食べることになる。

 

 美食屋になる。

 そのはずだ。

 

 でも、今はそれだけではない。

 終末の食客。

 食霊。

 

 一度捕らえられた魂。

 一つの食卓。

 

 アールシが話した言葉が、頭の中でぐるぐる回っている。

 俺は一度死んだ。

 前世で、地球の終末を見た。

 そして食霊になり、誰かに捕らえられた。

 

 フワ爺も。

 トキサダも。

 アールシも。

 

 それぞれ違う星の終末を見た。

 俺は最後の終末の食客。

 

 意味が分からない。

 

 分からないのに、どこかで知っている気もする。

 胸の奥に、空いた椅子がある。

 そこに誰かが座るはずだったような。

 

 俺が座るはずだったような。

 

 いや、違う。

 考えすぎると気持ち悪い。

 

 そんな時だった。

 

「お待たせしました」

 

 アールシの声がした。

 俺は顔を上げた。

 

 アールシが本棚の奥から戻ってくる。

 その手には、小さな透明の器があった。

 

 杯。

 

 いや、雫を受けるための皿にも見える。

 そこに、ほんの少しだけ液体が入っていた。

 

 透明。

 だが、ただの水ではない。

 

 光を受けると、赤にも、金にも、白にも、緑にも見える。

 まるで、すべての食材の色を薄く溶かし込んだような液体。

 うっすらと細胞のような模様も浮き上がる。

 それを見た瞬間、腹の奥が鳴った。

 喉が動く。

 

 飲みたい。

 今すぐ飲みたい。

 

「これが……センター?」

 

「はい」

 

 アールシは静かに器を置いた。

 

「命がどこから来て、どこへ帰るのか。それを教える食材です」

 

「復活の食材って聞いてたけど」

 

「復活とは、戻ることです」

 

 アールシは微笑む。

 

「ただし、何でも都合よく戻すわけではありません。戻るべき中心を持つ命に、その帰り道を示す。それがセンターです」

 

「帰り道……」

 

「飲めば分かります」

 

 そう言われたら、飲むしかない。

 俺は器を手に取った。

 

 軽い。

 でも重い。

 

 手のひらに乗っているのは、ほんの一口分の液体だ。

 なのに、地球の中心を持っているみたいな重さがある。

 

 俺は息を吐いた。

 手を合わせる。

 

「いただきます」

 

 そして、センターを飲んだ。

 最初は、味がなかった。

 

 水。

 いや、水よりも薄い。

 

 何もない。

 

 そう思った。

 次の瞬間。

 全身が産声を上げ、勢いよくすべてが生え変わった。

 

 それと同時にすべての味が来た。

 

「――っ」

 

 声が出なかった。

 

 甘い。

 辛い。

 苦い。

 酸っぱい。

 しょっぱい。

 うまい。

 まずい。

 

 生まれる前の味。

 死んだ後の味。

 肉になる前の味。

 

 誰かが初めて食べた味。

 誰かが最後に食べた味。

 

 すべてが一気に口の中へ流れ込んだ。

 舌では受け止められない。

 

 喉でもない。

 胃でもない。

 細胞でもない。

 

 もっと奥。

 

 俺の中心へ、味が落ちていく。

 そして、見えた。

 

・・・

 

 暗い食卓があった。

 どこまでも広いのに、どこまでも狭い。

 

 空も地面も分からない場所。

 そこに、長いテーブルが置かれている。

 

 皿が並んでいる。

 椅子が並んでいる。

 

 誰かが座るはずの席。

 誰かが食べられるはずの席。

 

 いや、違う。

 座らせるための椅子。

 入れるための器。

 

 ぼんやりとした気配がいくつもある。

 その中に、見覚えのある匂いがあった。

 

 深海の泡。

 古い定食屋。

 アナザと笑う老人。

 フワ爺。

 

 花陰のカウンター。

 三拍待てと言う老人。

 時守トキサダ。

 

 記録の紙。

 消えていく味を追う者。

 アールシ。

 

 そして、俺。

 前世の俺。

 終わった世界から拾われた魂。

 

 隕石。

 黒く赤く光る空。

 白くなる世界。

 あの日の俺。

 

 俺たちは、そこにいた。

 

 同じ食卓に並べられていた。

 

 食べるためではない。

 食べさせるためでもない。

 器に入れられるため。

 

 誰かのために成長させられるため。

 使い潰されるため。

 

 そう理解した瞬間、吐き気がした。

 だが、体は動かない。

 

 記録が流れてくる。

 俺は、それを見ているだけだった。

 

・・・

 

 次に、光が走った。

 誰かがいた。

 巨大な背中。

 いや、巨大なのは背中ではない。

 

 食欲だ。

 その人の食欲が、あまりにも大きかった。

 目の前にある暗い食卓。

 

 黒く赤い何か。

 支配する食欲。

 奪うための口。

 

 そこへ、真正面から立っている。

 

 怖くないのか。

 怖いはずだ。

 

 相手は化け物だ。

 星を食うような悪魔だ。

 

 それなのに、その人は笑っている気がした。

 

 俺には顔が見えない。

 名前も分からない。

 

 でも。

 

 見覚えがある気がした。

 前世で何度も読んだ。

 

 憧れた。

 

 その食欲に。

 その背中に。

 

「まさか……」

 

 声にならない声が漏れる。

 その人が拳を握った。

 

 いや、拳なのか。

 フォークなのか。

 釘なのか。

 

 食欲そのものなのか。

 分からない。

 

 ただ一撃。

 

 世界が揺れた。

 暗い食卓が砕ける。

 椅子が飛ぶ。

 皿が割れる。

 黒く赤い何かが、初めて苦しむ。

 

 咆哮。

 怒り。

 飢え。

 逃げるな。

 戻れ。

 

 私の皿へ。

 私の器へ。

 私の味へ。

 

 そんな声が聞こえた気がした。

 だが、光は止まらない。

 

 食卓が壊れる。

 食霊たちが散る。

 

 俺も、その中にいた。

 

 落ちていく。

 飛ばされる。

 

 逃がされたのか。

 落とされたのか。

 解放されたのか。

 

 分からない。

 ただ、その一撃がなければ、俺たちは今もあの皿の上にいた。

 

 そう思った。

 

・・・

 

 さらに記録が流れる。

 器が砕けた。

 巨大な器。

 

 誰かを入れるための器。

 誰かの食欲を座らせるための空席。

 

 それが、砕けて散っていく。

 

 粒。

 種。

 微細な欠片。

 

 それらは地球へ降り注いだ。

 

 長い時間。

 種は眠った。

 

 地球の中に潜った。

 食材の流れに混ざった。

 

 誰にも気づかれず、眠り続けた。

 

 そして。

 

 どこかで、誰かの命へ触れた。

 温かい腹。

 母の鼓動。

 父の声。

 

 生まれる前の命。

 そこへ、何かが混ざる。

 

 だが、それは俺そのものではない。

 俺を作ったものではない。

 俺の魂ではない。

 

 それは器の種。

 空席の形。

 座らせるための構造。

 

 俺は、それに重なった。

 

 普通の両親の子。

 それらが、ひとつになって生まれた。

 アマジンとして。

 

・・・

 

 次に見えたのは、家だった。

 

 普通の家。

 普通の食卓。

 母さんが料理を並べている。

 父さんが適当なことを言っている。

 小さい俺が、皿を覗き込んでいる。

 

「熱いから気をつけてね」

 

「まずは一口食べてみなさい」

 

 湯気。

 白いご飯。

 味噌汁。

 焼いた肉。

 野菜。

 

 普通の食事。

 

 でも、その普通が、胸に痛いくらい温かかった。

 

 俺は食べる。

 うまいと言う。

 母さんが笑う。

 父さんが笑う。

 

 何度も見た食卓。

 何でもない日の食卓。

 俺が俺になった場所。

 

 俺は、父さんと母さんの子だ。

 

 この食卓で育った。

 この飯で育った。

 この世界で、食べて、笑って、泣いて、腹を空かせてきた。

 

 それは、誰にも奪わせない。

 そう思った瞬間、胸の奥の空席に、温かい料理が置かれた気がした。

 

 誰かを待っていた椅子。

 そこに、母さんの味噌汁が置かれる。

 父さんの適当な言葉が乗る。

 ブラウスの料理が並ぶ。

 はむまるの頬袋が膨らむ。

 グリドの笑い声が遠くで響く。

 

 フワ爺の深海定食。

 トキサダの時調べの一杯。

 アールシの記録。

 

 全部が、俺の食卓に置かれていく。

 

・・・

 

 さらに、何かが流れてきた気がした。

 

 黒く赤い空。

 巨大な口。

 母のような声。

 

 主。

 器。

 戻れ。

 

 誰かの笑い声。

 誰かの悲鳴。

 

 俺の中の空席に、何かが無理やり座ろうとする気配。

 

 もっと奥。

 もっと深く。

 

 見なければいけない気がした。

 思い出さなければいけない気がした。

 

 だが。

 

「ストップ」

 

 アールシの声が響いた。

 次の瞬間、流れ込んでいた記録が止まった。

 

 俺は、息を吸った。

 いつの間にか、テーブルに両手をついていた。

 

 目の前にはアールシがいる。

 食の楽園。

 本棚。

 小さなテーブル。

 

 俺は戻ってきていた。

 

「今は、それ以上思い出そうとしなくていいです」

 

 アールシは静かに言った。

 

「でも……」

 

「記録は、味と同じです。順番を間違えれば、毒になります」

 

「毒……」

 

「君は今、大切なことを思い出しました」

 

 アールシは指を一本立てる。

 

「自分が一度、終末を見た食霊だったこと」

 

 二本目。

 

「捕らえられ、食卓に並べられていたこと」

 

 三本目。

 

「何かの一撃で、そこから解放されたこと」

 

 四本目。

 

「器の種が散り、それが長い時を経て君と重なったこと」

 

 そして、アールシは柔らかく笑った。

 

「それから、君が父と母の子として食卓で育ったこと」

 

 俺は唇を噛んだ。

 胸がいっぱいだった。

 

 怖い。

 分からない。

 

 でも、最後の記憶が一番強かった。

 父さんと母さんの食卓。

 俺を育てた味。

 

 それがあったから、俺はまだ立っている。

 

「そうだな……」

 

 俺は息を吐いた。

 

「今は、それでいい気がする」

 

「はい」

 

「全部知るのは……たぶん、まだ早い」

 

「そういうことです」

 

 アールシは満足そうに頷いた。

 俺は自分の腹に手を当てる。

 センターの味が、まだ中にある。

 

 無味だった。

 すべての味だった。

 命の中心だった。

 

 そして、俺の中心を教えてくれた。

 

「アールシ」

 

「はい」

 

「これで俺、センターを食べたことになるのか?」

 

「なりますよ」

 

「美食屋になれる?」

 

「制度上の手続きは外でどうぞ」

 

「急に現実的!」

 

 思わずツッコむ。

 アールシは楽しそうに笑った。

 

「そんなことより、まだまだありますよ」

 

「え?」

 

 アールシは本棚の奥から、今度は少し大きめの器を取り出した。

 そこには、先ほどより多めのセンターが入っている。

 透明なのに、光が揺れている。

 

 匂いがすごい。

 

 さっき飲んだばかりなのに、また腹が減る。

 

「飲みますか?」

 

「飲むー!」

 

 即答だった。

 自分でも早いと思った。

 

 だが、仕方ない。

 うまいのだ。

 

 まだ飲みたい。

 もっと味わいたい。

 

「ふふ」

 

 アールシが笑う。

 

「本当に素晴らしい食欲です」

 

「いただきます!」

 

 俺は再び器を受け取る。

 

 重い記憶。

 怖い真実。

 分からないこと。

 

 全部ある。

 

 でも、今は飲む。

 センターを味わう。

 

 俺の食欲で。

 俺の中心で。

 俺は二杯目のセンターを、勢いよく飲み干した。




100話まで行けたのは、見ていただいた皆様もおかげです。
感想もお返事がほぼ出来ておりませんが……見てニヤニヤさせてもらってます。

本当にありがとうございます。
引き続きよろしくお願いいたします!

次話 第102話 間話 アマジンの検査報告 夜更新します。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

その美食屋、転生者につき(作者:苦笑いの妖精)(原作:トリコ)

トリコの世界を便利な3つのチートと共に生きていく。▼息抜きに書いた習作です。


総合評価:7031/評価:6.7/短編:14話/更新日時:2026年06月04日(木) 22:26 小説情報

グルメ界で、鹿でしかない(作者:トリコ世界の料理食べたい)(原作:トリコ)

起きたら背中に森が生えているシカだった。▼夢かと思ったが、しかしシカだった


総合評価:8667/評価:8.81/連載:5話/更新日時:2026年06月25日(木) 20:15 小説情報

夜食に薔薇の毒はいかが?(作者:キャンディマン)(原作:HUNTER×HUNTER)

別に彼奴みたいに、何かを欲しいと思ったわけじゃない。ゴミ溜めの中で笑って希望を持てるほど強くないから。▼何時か出ていく、それだけの場所でも、それなりに愛着がある奴等がいた。▼皆さんが死ぬのはそれが理由です!


総合評価:4864/評価:7.99/連載:6話/更新日時:2026年07月01日(水) 22:04 小説情報

【七色弓箭】で征くポックルに転生した男のハンター道(作者:レインボウ)(原作:HUNTER×HUNTER)

唐突に前世の記憶を思い出したポックル。溢れ出した原作知識は無垢な少年を絶望に落とす。迫り来る不運の絶頂、キメラ=アント、ザザンとパイクに作中最強格のネフェルピトーの脳くちゅ、前世の記憶と原作知識を駆使して走り出す少年は今、ハンターの道を選ぶ!▼アンチヘイトは念の為です。


総合評価:5981/評価:8.24/短編:2話/更新日時:2026年03月22日(日) 02:56 小説情報

落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について(作者:緑茶山)(原作:MARVEL)

多重転生し多数の前世の記憶を持つ高村優李の元に、ある日空から地球外高度知的生命体が落ちてきた。見るからに小さなシロクマの形だが、姿が似ているだけで別物らしい。▼そのシロクマによってマジカルパワーを得た優李は、魔法少女になる……ことは無かったが、なんやかんやでアベンジャーズの仲間入りを果たすことになる。▼真面目だったり不真面目だったり、わりかしシリアスにお送り…


総合評価:9835/評価:8.95/完結:101話/更新日時:2026年05月22日(金) 20:42 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>