IGO宇宙戦艦団本艦。
艦橋。
そこでは、無数の計器が光を放っていた。
巨大なスクリーンには、広大な宇宙図が映し出されている。
地球。
周辺宙域。
未確認反応。
遠方の赤い星域。
警戒線。
索敵範囲。
そして、グリーントロル船団の侵攻予測ルート。
艦橋の中央には、岩剛総司令官が立っていた。
白い軍服。
黒い髭。
太い葉巻。
その姿は、まるで艦そのものの心臓のようだった。
「岩剛総司令官!!」
通信士の一人が叫ぶ。
「この座標の方から、とんでもない規模のエネルギー反応が……!」
艦橋の空気が変わった。
複数のオペレーターが一斉に端末を操作する。
スクリーンの一部が拡大され、赤い光点が表示された。
通常の戦闘反応ではない。
恒星活動でもない。
空間震動。
熱量。
食欲エネルギーの乱れ。
いくつもの波形が重なり、観測値が一瞬で跳ね上がっている。
「ああ」
岩剛は静かに言った。
「肌で感じていたぞ」
誰もが息を呑む。
宇宙の彼方で起きた反応を、肌で感じていた。
普通なら冗談に聞こえる。
だが、この男が言うと冗談ではなかった。
岩剛はゆっくりとスクリーンへ歩み寄る。
座標を見た。
「ふむ」
口元の葉巻がわずかに揺れる。
「当たりをつけていた場所の一つだな」
「はっ。現在、調査機を送る準備をしています」
副官がすぐに答える。
「反応した場所の距離……遠くありません。少なくとも、地球が十分に射程に入れられている位置です」
艦橋に緊張が走った。
地球が射程に入る。
つまり、敵がそこに大規模拠点を構えていた場合。
すでに地球は、安全圏ではない。
いつ攻撃されてもおかしくない距離。
いつ侵攻されてもおかしくない場所。
調査機を送り、情報を集める。
それが通常の判断だ。
だが、岩剛は首を横に振った。
「調査機は不要だ」
「え?」
副官が思わず聞き返す。
岩剛はスクリーンを睨んだまま言った。
「全軍、そこへ出撃する」
艦橋が一瞬、静まり返った。
次の瞬間、どよめきが広がる。
「ええ!? 全軍ですか!」
副官が声を上げる。
「その間に敵が来たらどうするんですか!!」
その心配は当然だった。
宇宙戦艦団は、地球防衛の要。
地上にグリーントロルの軍勢を降ろさないための壁。
その全軍を、未確定の座標へ動かす。
あまりにも危険な判断だった。
「総司令官、せめて先遣隊を――」
「不要だ」
岩剛は即答する。
「ですが、敵が陽動を――」
「そこにすべてがある」
岩剛の声は低かった。
だが、艦橋全体に響いた。
「いや、でも何を根拠に……」
副官が言いかける。
岩剛は、にやりと笑った。
黒い髭の下で、口元が大きく歪む。
「わしの直感が、そう言っておる!」
艦橋の空気が止まる。
そして次の瞬間、古参の乗員たちが一斉に動き出した。
その言葉を知っている者たちは、迷わない。
岩剛の直感。
宇宙戦艦団を何度も勝利へ導いてきた、理屈ではない判断。
艦隊戦において、この男の直感は時にどんな索敵機よりも早い。
どんな解析よりも深い。
「全艦、出撃準備!」
「主砲エネルギー充填開始!」
「航路計算、反応座標へ!」
「全隊へ通達! 戦闘配備!」
艦橋が一気に戦場へ変わる。
巨大な本艦の奥で、低い振動が走った。
宇宙戦艦団が目覚める。
何百もの艦が、静かに進路を変える。
地球を守る壁が、今度は自ら敵へ向かって動き出す。
副官はまだ不安そうだった。
「総司令官、本当に……」
「副官」
岩剛はスクリーンの赤い光点を見たまま言った。
「今、あそこで何かが爆ぜた」
「はい」
「敵の拠点か。味方の一撃か。事故か。罠か。それは知らん」
岩剛は葉巻を口から離す。
「だが、あの反応は、戦局が動いた音だ」
「戦局が……」
「動いた戦局を、眺めている暇はない」
岩剛は白い軍服の袖を払った。
その目は、まっすぐ赤い座標を見据えている。
「出航だ!」
艦橋の全員が一斉に応答した。
「はっ!」
「準備せよ!」
岩剛の声が、本艦に響き渡る。
IGO宇宙戦艦団。
地球防衛の最前線。
無敗の艦隊。
その全軍が、赤い宇宙へ向けて動き出した。
遠方で咲いた白い光。
それが誰のものか、彼らはまだ知らない。
だが、その光は確かに、地球側の刃を宇宙へ抜かせた。
短めだったので、本日夕方ごろにもう1話投稿します!