IGO第二宇宙研究所。
俺とブラウスは、メリスタ、ガウンさんの前にいた。
センターを飲んだ。
エリア0に入った。
アールシに会った。
終末の食客の話を聞いた。
捕らえられた食霊。
伝説の美食屋の一撃。
器の種。
両親の食卓。
情報量が多すぎる。
正直、まだ全部整理できていない。
でも、一つだけはっきりしている。
センターはうまかった。
めちゃくちゃうまかった。
いや、うまいという言葉だけで片づけていいのか分からない。
命の中心を飲んだ。
そんな感じだった。
「自力でエリア0に行ったのか」
メリスタが静かに言った。
その顔は、驚きと困惑と諦めが混ざったような表情だった。
「おう!」
俺は元気よく頷く。
「沢山飲んできたぜ! これ、お土産分のセンター」
そう言って、俺はたっぷりセンターの入った大型容器を手渡した。
透明な容器の中で、センターが静かに揺れている。
ただの水に見える。
でも、よく見ると光の色が変わり細胞の模様も浮かぶ。
赤。
金。
白。
緑。
すべての食材の始まりみたいな色。
メリスタは、その容器を両手で受け取った。
普段の軽さが消える。
研究者の顔になっていた。
「……本当に、持ち帰ったのだな」
「結構いっぱい飲ませてくれたんだよ。アールシが」
「アールシ……」
メリスタの眉が動く。
その名前を聞いて、ガウンさんも少しだけ目を細めた。
だが、今は深く聞いてこない。
ブラウスが横から手を上げる。
「僕も入口付近で飲みました!」
「入口付近で?」
「はい。アマジンさんが戻ってきたあと、少量分けてもらって」
「無理はしていないな?」
「はい。エリア0そのものには入っていません。僕には無理でした」
ブラウスは正直に言った。
あの場所で、ブラウスは食欲を吸われていた。
立っているだけで辛そうだった。
でも俺が戻った後、センターをほんの少し飲んだ。
その瞬間、顔色が一気に戻った。
すごかった。
センターは、やっぱり復活の食材だった。
「体調に変化はないか?」
メリスタが俺を見る。
「変化……」
俺は自分の手を握ったり開いたりした。
体は軽い。
腹の奥に力がある。
疲れがない。
というより、体の中心がしっかり定まった感じがする。
「いや、めちゃくちゃ調子がいいよ」
俺は笑った。
「確かに、生まれ変わった気分だよ」
「そうか」
メリスタは短く答えた。
ただ、その目はまだ俺を観察している。
安心しているのか。
余計に心配しているのか。
たぶん両方だ。
「おまえ!」
ガウンさんが突然、大きな声を出した。
「ほんますごいな!」
「え?」
「おい! メリスタ、よかったな!!」
ガウンさんが豪快に笑う。
「また行かんで済むんやない?」
「うむ。そこはまぁ、ありがたいのだが……」
メリスタは頭を抱えた。
「ありがたいのだが、問題が増えた気もする」
「なんでだよ。センターいっぱい持って帰ったのに」
「普通は、そこが普通ではないのだ」
メリスタは疲れたように言った。
そして、俺を見る。
じっと。
黒き饗宴の悪魔に拒否された時のこと。
センターを飲ませられないと言った時のこと。
俺がエリア0へ入ったこと。
きっと、メリスタの中でも色々つながり始めているのだろう。
でも、メリスタは少しだけ笑った。
「なんだか、この子なら大丈夫な気がしてきたよ」
「なんだよ、それ」
「いや。私も少し考えすぎていたのかもしれない」
「考えてくれるのはありがたいけどさ」
「分かっている」
メリスタは頷いた。
「ただし、検査は受けてもらう」
「えー」
「当然だ」
「はい……」
美味いものを食べて戻ってきたのに、結局検査か。
いや、仕方ないけど。
すると、ふと大事なことを思い出した。
「そうだ」
俺は身を乗り出した。
「これで俺も美食屋になれるのか!?」
エア。
ペア。
アトム。
アナザ。
ニュース。
アース。
ゴッド。
センター。
地球のフルコースを全部食べた。
天然で。
自分の足で。
なら、ついに。
メリスタは真面目な顔で頷いた。
「ああ。十分に資格はある」
「おおおおお!」
俺は思わず拳を握った。
美食屋。
ついに。
ついに美食屋になれる。
千年後の世界で、俺は地球のフルコースを食べた。
夢が一つ、形になる。
「アマジンさん、おめでとうございます」
ブラウスが笑った。
「まだ手続き前だけどな!」
「でも、資格はあると言われました」
「そうだな!」
嬉しい。
めちゃくちゃ嬉しい。
センターの重い記憶も、器の種の不安も、全部ある。
でも、それでも嬉しい。
俺は美食屋になれる。
その事実は、俺のものだ。
「ブラウス」
ガウンさんが言った。
「お前も資格もろとけ。料理人やとしても何かと役に立つしな」
「はい」
ブラウスはまっすぐ頷いた。
「そのつもりでした!」
「え、ブラウスも美食屋ライセンス取るのか?」
「はい。料理人としても、食材の現地調査や捕獲許可に関わりますから」
「おお、いいじゃん!」
ブラウスも、エアからセンターまで一緒に来た。
途中からではあるけど、実際にはほとんどのフルコースを共にした。
そして何より、ブラウスの料理がなければ、俺はここまで食材を味わえなかった。
ブラウスも資格を取る。
それが嬉しかった。
「なら、その準備を進めておこう」
メリスタが端末を操作しながら言った。
「二人とも、一週間後に、こちらではなく、第一食材宇宙研究所へ来なさい」
「第一!」
俺は思わず声を上げる。
第二宇宙研究所ではない。
第一食材宇宙研究所。
名前からして、さらに中心っぽい。
「分かった!」
「手続き、検査、登録、そしてライセンス認定をまとめて行う」
「うおお……いよいよって感じだな」
「だからこそ、一週間は無理をするな」
メリスタは強めに言った。
「アマジン、一週間くらいは家でしっかり休んでおけ」
「分かった」
「本当に分かっているか?」
「分かってるって」
「君の場合、休むと言いながら勝手にビオトープへ行きかねない」
「行かないよ!」
「今回、勝手にエリア0へ行ったばかりだ」
「正規手順だったから!」
「そういう問題ではない」
メリスタにじっと見られる。
俺は目を逸らした。
まぁ、今回は確かに少し強引だったかもしれない。
少しだけ。
「ブラウス」
ガウンさんが言った。
「フルコースを食った事、山神に報告しに行かなな」
「はい!」
ブラウスの表情が引き締まる。
天狗族。
山神。
ブラウスの料理人としての道。
彼にも彼の報告がある。
「アマジンさん!」
ブラウスが俺を見る。
「また一週間後に、第一研究所で!」
「おう!」
俺は笑って頷いた。
「また一週間後!」
はむまるが胸元で「きゅ!」と鳴いた。
ガウンさんが豪快に笑う。
メリスタはまだ頭を抱えている。
でも、少しだけ安心したようにも見えた。
そうして、俺たちは別れた。
・・・
研究所からの帰り道。
俺は一人、移動用の車両に揺られていた。
はむまるは膝の上で丸まっている。
ブラウスはガウンさんと一緒に天狗山へ向かった。
俺は家へ帰る。
久しぶりに、何もしない一週間。
いや、たぶん検査結果とか連絡は来るだろうけど。
とにかく、ビオトープには行かない。
危険地帯にも行かない。
ちゃんと休む。
「美食屋か……」
俺は窓の外を見ながら呟いた。
美食屋になれる。
そう思うだけで、胸が熱くなる。
父さんと母さんにも報告しないと。
でも、その前に少し寝たい。
センターで体調は最高にいい。
でも、頭が疲れている。
終末の記憶。
食霊。
器の種。
アールシ。
まだ整理しきれていない。
そんなことを考えていた時だった。
胸元の小さな荷物が、かすかに震えた。
「……ん?」
俺は手を入れる。
そこにあったのは、小袋だった。
零山脈で、グリドから預かった小袋。
修行の時に渡されたもの。
いつか必要になるかもしれないと言われた、あの小袋。
それが。
震えていた。
小さく。
でも、確かに。
「グリド……?」
俺は小袋を握った。
はむまるが、膝の上で顔を上げる。
「きゅ……?」
小袋は、もう一度震えた。
まるで、中から誰かが呼んでいるように。
俺の胸の奥が、ざわついた。
小袋<覚えてますか? 31話でグリドから渡された小袋です。