「いいよ!」
「いや即答かい!」
グリドの声が、緑色の球から響いた。
俺は両手でその球を包んだまま、首を傾げる。
「だって、それなら俺と一緒に飯食えるだろ?」
「……」
「どうすればいいの?」
「ほんま、ためらいないな……」
グリドは呆れたように言った。
「グリーントロルやぞ? わいは」
「でも、お前はグリドだ」
俺はそう答えた。
グリーントロル。
地球を攻めようとした種族。
グルメ細胞の悪魔に支配されていた存在。
それは分かっている。
グリドだって、昔は地球を攻めた側だった。
でも、俺が知っているグリドは違う。
零山脈で出会って、飯を食った。
修行をつけてくれた。
俺に小袋を預けた。
宇宙で一人、マザーグリードに挑んだ。
負けた。
死んだ。
それでも、今こうして俺に話しかけている。
なら、答えは決まっていた。
「グリドならいい」
「……ふ」
緑色の球から、小さな笑い声がした。
「まぁ、話は早い」
「おう」
「食うてくれ」
「ん?」
「この球を」
俺は自分の手の中にある緑色の球を見る。
ガムボールみたいな見た目。
グミみたいな柔らかさ。
ほんのり温かい。
グリドの声がする。
それを。
食う。
「えっ……」
俺は固まった。
「く、食えるのかこれ……!」
「いや、そこは迷うんかい!」
グリドが即座にツッコんだ。
「黙って食う流れやろ!」
「いや、だって! グリドと話してる球だぞ!?」
「せやけど、食わな始まらん」
「でもこれ……なんなの?」
俺は球を持ち上げる。
はむまるも興味津々で鼻を近づけている。
「さすがに分からなさすぎて怖いぞ」
「わいの臀部の肉や」
「臀部!?」
思わず叫んだ。
はむまるがびくっと跳ねる。
「臀部って、つまり……」
「そうや。お尻や」
「お尻!?」
「せや!」
グリドの声は妙に堂々としている。
「これを作るのに、自身の身体を使わなあかん」
「だからって、なんでお尻なんだよ……」
「さぁ、開示したぞ。食え、アマジン」
「いや、開示したから余計に食べづらいんだけど!」
「なんでや!」
「なんでって!」
俺は緑色の球を見る。
グリドのお尻肉。
言葉の破壊力がすごい。
さっきまで死んだとか、空席に座るとか、かなり重い話をしていたはずなのに。
今、俺の頭の中は完全にお尻肉で埋まっている。
「もっと他でもよかっただろ」
「一番柔らかくてうまそうな部位やろが!」
「自分で言うなよ!」
「大丈夫や! 食ってもなんも問題ないわ!」
「そ、そうか……」
問題ないのか。
本当に。
グリーントロルの臀部肉。
いや、グリドの肉。
食べたら、グリドが俺のグルメ細胞の空席に座る。
意味は分からない。
でも、なんとなく分かる。
センターを飲んだ時、俺の中には空いた椅子があった。
誰かが座るはずだった場所。
マザーグリードが座ろうとしていたのかもしれない場所。
そこに、グリドが座ってもいいかと聞いた。
俺はいいと言った。
なら、食べるしかない。
食べる。
感謝して食べる。
そうすれば、グリドは消えずに俺の食卓へ残る。
たぶん、そういうことだ。
でも。
「お尻肉か……」
「まだ言うか!」
その時だった。
「きゅ!」
はむまるが俺の手元に飛びついた。
「あっ、はむまる!」
はむまるは緑色の球に歯を立てた。
ガジガジ。
ガジガジ。
「おい、待て! 勝手にかじるな!」
「あ、はむまる、あかんで」
グリドの声がする。
「腹壊すで」
「いや、壊すの!?」
「そら、ちゃんと覚悟して食わなあかんやろ」
「食材側が言うことか!?」
俺は慌ててはむまるを引き離す。
はむまるは少し不満そうに「きゅう」と鳴いた。
「これは俺が食べるんだ」
「きゅ……」
「あとでちゃんと飯食わせるから」
「きゅ!」
はむまるは納得したらしい。
切り替えが早い。
俺も人のことは言えないけど。
俺は改めて、緑色の球を見る。
フニフニしている。
噛み跡が少しついている。
「……はむまるの歯型ついてる」
「先に味見されたな」
「いや、グリドがもうちょっと早く止めてくれれば」
「わいも噛まれてびっくりしとったんや」
「そうか……」
変な会話だ。
でも、これがグリドとの最後の会話かもしれない。
そう思うと、急に胸が詰まった。
笑っていたい。
最後まで、グリドとはこうして軽口を叩いていたい。
でも、手が震える。
食べたらどうなるのか分からない。
グリドが本当に残るのかも分からない。
逆に、完全に消えてしまうかもしれない。
怖い。
でも、食べなければ、グリドはもうすぐ消える。
なら、食べる。
俺の食卓に、グリドを置く。
「グリド」
「なんや」
「いただきます」
グリドは少し黙った。
それから、穏やかな声で言った。
「おう」
俺は手を合わせた。
はむまるをしっかり引き離し、俺は意を決した。
グリドのお尻肉。
緑色の球。
九百年、皿の外で生きた逃げた食欲。
俺の師匠。
俺と一緒に飯を食ってくれたグリーントロル。
その最後の一口。
俺は、ゆっくりと口へ運ぶ。
噛んだ瞬間、グミのように柔らかい弾力が歯を押し返した。
そして、すぐにほどけた。
濃い。
強い。
少し苦い。
でも、奥に笑ってしまうような旨味があった。
零山脈の寒さ。
九百年の孤独。
フェイク・プレデターの軽い嘘。
ふざけた声。
グリーントロルの誇り。
逃げた食欲。
そして、あの食卓の温かさ。
全部が、舌の上で弾けた。
うまい。
でも、ただうまいだけじゃない。
泣きそうなくらい、うまい。
俺は、グリドのお尻肉を食べた。
週末なので夜にも投稿予定!