嬉しくて不定投稿の予定が毎日投稿してしまっている……。
ブラウスと一緒に進むようになってから、食材を採るのがさらに楽しくなった。
理由は単純だ。
俺が見つけた食材たちは、すべて最高の料理に変貌するからだ。
毒雨草原は、名前だけ聞けば最悪の場所だ。
空気は毒を含み、地面はぬかるみ、空からは紫の雨が降る。
足元には毒の水たまりがあり、ところどころには底なし沼まで隠れている。
普通なら、食事どころではない。
だが、そんな場所にも食材はある。
毒雨草原に適応した食材たち。
紫の雨を吸って育つ毒抜き草。
毒沼の縁に生える酸味の強い小さな実。
泥の中から顔を出す、弾力のある根菜。
鑑定キットで確認し、食べられるものだけを選び、俺が採る。
そして、それをブラウスに渡す。
すると、それらはまるで別物になった。
俺なら、焼くか、そのままか、せいぜい胡椒ぜんまいをかけるくらいしか思いつかない。
だがブラウスは違う。
毒抜き草の苦味を下処理で抑え、酸味のある実を潰してソースにし、泥の根菜を薄く切って焼き目をつける。
ガララワニの残り肉を少しずつ使いながら、毒雨草原の食材と合わせていく。
保存食でもない。
野営飯でもない。
ちゃんとした料理だ。
毒雨が降り続く草原で、俺たちは何度も立ち止まり、食べた。
もちろん、長く休む余裕はない。
グルメスモックの消耗もある。
俺のカロリーは二人分のスモックを支えるために、どんどん削られていく。
それでも、食べれば戻る。
ブラウスの料理は、ただうまいだけではない。
体に入った瞬間、グルメ細胞が喜ぶ。
必要な熱が、必要な場所へ届く。
毒に疲れた体が整う。
食材が料理になるというのは、こういうことなのか。
俺は改めて思い知った。
美食屋に料理人が必要な理由。
トリコに小松がいた理由。
それが、少しだけ分かった気がした。
ブラウスは、俺のグルメスモックを纏いながらも、しっかりと前に進んでいた。
最初は足取りもおぼつかなかった。
毒雨に怯え、草原に足を取られ、何度も立ち止まっていた。
だが、食べて、休んで、少しずつ歩いていくうちに、表情が変わっていった。
白い給食着のようなスモック。
白い帽子。
白いマスク。
俺と同じ格好をしたブラウスは、ケースを大事に抱えながらも、確かに自分の足で歩いている。
もう、ただ大木の根元で震えていた少年ではない。
「ブラウス、足元気をつけろ。そこ、色が濃い」
「はい!」
俺が声をかけると、ブラウスは素直に頷いて進路を変える。
毒沼の見分け方も、だんだん分かってきた。
草の色。
泥の泡立ち。
雨の弾き方。
匂い。
毒雨草原は一面同じように見えて、よく見れば危険な場所と比較的安全な場所に差がある。
学園で習った知識だけでは、ここまで実感できなかった。
自分で歩き、失敗しそうになり、避けて、進む。
それが経験になる。
遠くに広がる黒い霧が、少しずつ近づいてきていた。
毒雨草原の終わり。
その先に、のろま雨の丘があるはずだ。
「もうすぐ毒雨草原を抜けるぞ!」
俺は思わず声を上げた。
ブラウスの顔にも、少しだけ明るさが戻る。
「本当ですか?」
「ああ。たぶん、あの黒い霧の向こうだ」
「エアが……」
「そうだ。地球のフルコース、エアだ」
言葉にしただけで、腹の奥が熱くなる。
まだ食べられるかどうかは分からない。
金の問題も残っている。
エア持ち帰り二千万円という現実は、何も解決していない。
それでも、まず辿り着く。
それが目標だった。
ここまで来た。
あと少し。
その時だった。
足元の沼が、不自然に膨らんだ。
「ブラウス、下がれ!」
俺が叫ぶより早く、紫黒い泥が弾け飛んだ。
沼から巨大な影が飛び出す。
長い胴体。
ぬめる鱗。
大きく裂けた口。
牙の隙間から、紫色の毒液が糸を引いている。
簡易食材鑑定キットが、自動で情報を表示した。
『毒沼蛇』
『捕獲レベル5・F』
毒沼蛇。
毒雨草原の沼地に潜み、近づいた獲物へ飛びかかる大型の蛇型モンスター。
強さはF。
ガララワニより上。
今の俺なら倒せない相手ではない。
だが、問題は狙いだった。
毒沼蛇は一直線にブラウスの方へ飛んでいた。
大きな口を開け、ブラウスを丸呑みにしようとしている。
ブラウスは料理人だ。
しかも今は、俺のスモックで守られているだけ。
単独で毒沼蛇の突進を受ければ危ない。
考えるより先に、体が動いた。
俺は大きく右手を挙げる。
食欲のエネルギーを頭上へ集める。
イメージする。
重ねる。
積み上げる。
長方形型の銀色容器。
それを、一つではなく三つ。
「三重・番重落とし!」
俺は挙げた手を、そのまま地面へ向けて振り下ろした。
毒沼蛇の頭上に、三重に重なったステンレス製の番重が出現する。
食欲のエネルギーで具現化されたそれは、ずしりとした質量を持っていた。
次の瞬間、番重が毒沼蛇の頭上から叩きつけられる。
がんっ!
金属音にも似た重い音が響いた。
一段目が頭を潰す。
二段目が首を押さえる。
三段目が勢いを殺す。
毒沼蛇の巨体が、空中から地面へ叩き落とされた。
泥が跳ねる。
毒の水しぶきが周囲に飛び散るが、グルメスモックがそれを弾いた。
地面に伏せた毒沼蛇が、まだ動こうとする。
長い胴体をうねらせ、尾を振り回し、番重を押しのけようとしていた。
「させるか!」
俺は駆け寄った。
ブラウスとの間を繋ぐ白い紐が伸びる。
離れすぎないように注意しながら、毒沼蛇の首元へ飛び込む。
腕に力を込める。
グルメスモックの白いエネルギーが、右腕へ集中する。
挟む。
断つ。
料理の前の、最初の一手。
「キッチンハサミ!」
腕を振り抜く。
食欲の刃が、毒沼蛇の急所を断ち切った。
巨大な蛇の体が、びくりと跳ねる。
そして、力を失った。
毒沼蛇はそのまま息絶えた。
周囲には、毒雨の音だけが残る。
俺はしばらく息を整えた。
思ったより消耗した。
グルメスモックを二人分維持したまま、番重落としとキッチンハサミを使ったのだ。
腹の奥から、かなりのカロリーが持っていかれた感覚がある。
だが、間に合った。
「大丈夫か、ブラウス」
振り向くと、ブラウスは青ざめた顔で立っていた。
それでも、怪我はない。
グルメスモックも破れていない。
「ありがとう……助かりました……」
「無事ならいい」
俺は笑ってみせた。
内心は少し焦っていた。
やっぱり、環境が悪い場所での戦闘はきつい。
毒雨。
泥。
足場。
二人分のスモック。
敵そのものよりも、周囲の条件が体力を削ってくる。
ただ、今回の戦闘で改めて分かった。
俺の技は、悪くない。
番重落とし。
これが俺の三つ目の技だ。
食欲のエネルギーを具現化し、狙った場所にステンレス製くらいの強度がある番重を発生させ、叩きつける。
番重を知らない?
分かりやすく言うと、給食当番で運んだことがあるであろう、コッペパンが入っていたやつだ。
四角くて、銀色で、積み重ねられていて、地味に重いあれ。
あれを上から落とす。
かなり痛い。
もうお気づきだろうが、俺の技は基本的に給食に引っ張られている。
グルメスモック。
キッチンハサミ。
番重落とし。
どう考えても、名前が美食屋っぽくない。
もっとこう、フォークとかナイフとか、釘パンチとか、王道でかっこいい方向に行ってもよかったはずだ。
なのに、なぜか給食。
多分、前世で給食が大好きだったからだろう。
小学校の給食。
コッペパン。
カレー。
揚げパン。
冷凍みかん。
給食当番で白い服を着て、番重を運んで、みんなで同じものを食べる。
今思えば、あれも一つの食卓だった。
俺の食欲の根っこに、それが残っているのかもしれない。
正直、かっこよさはない。
でも、いい。
俺はこの三つの技で、ここまで来たんだ。
なら、胸を張って使えばいい。
「アマジンさん」
ブラウスが、倒れた毒沼蛇を見つめていた。
「毒沼蛇……料理のし甲斐がありますね」
「さすがブラウス」
俺はブラウスを見た。
「もうすぐ沼地を抜ける。こいつを持って、のろま雨の丘へ行こう」
「え?」
「そして食おう」
ブラウスは一瞬きょとんとした。
それから、少しだけ笑った。
「はい。調理します」
その返事が頼もしかった。
さっきまで毒沼蛇に襲われて青ざめていた少年が、食材を前にすると料理人の顔になる。
やっぱりブラウスは、料理が好きなのだ。
俺は毒沼蛇の尾を掴んだ。
かなり重い。
ぬめっているし、毒もある。
だが、グルメスモック越しなら触れる。
「よいしょ……!」
力を込めて引っ張る。
ずるり、と巨大な毒沼蛇の体が泥の上を動いた。
長い。
重い。
かなり邪魔だ。
だが、食材だ。
置いていくにはもったいない。
この先ののろま雨の丘で、安全に休める場所があれば、ブラウスに調理してもらおう。
毒雨草原の終わりで食べる毒沼蛇料理。
想像するだけで、腹が鳴りそうになる。
「行くぞ、ブラウス」
「はい」
そうして俺は、大きな毒沼蛇のしっぽを持ち、ずるずると引っ張りながら進み始めた。
紫の毒雨は、まだ降っている。
足元の泥は重い。
体内のカロリーも減っている。
それでも、前より足取りは軽かった。
なぜなら、俺たちは食材を手に入れたからだ。
そして、この食材を最高の料理に変えてくれる料理人が、隣にいる。
毒雨草原の終わりは、もうすぐそこだった。