赤い宇宙の開戦
赤い宇宙。
Aサイト付近。
第一部隊母艦、指令室。
グリドーズは、巨大なスクリーンに映し出された被害状況を見ていた。
大規模前哨基地Aサイト。
主の回復食を集めるための拠点。
地球侵攻の中継地点。
器の情報を管理していた最深部。
そして、地球のセンター捕獲計画に使う装備を保管していた兵站基地。
そのすべてが、今は白く焼けただれた残骸になっている。
宇宙空間に漂う破片。
ねじ曲がった外壁。
溶けたドック。
半分消えた通信塔。
そして、食欲反応の乱れ。
超新星爆弾。
グリドが使ったそれは、Aサイトの中心を完全に抉り取っていた。
「報告します」
オペレーターが硬い声で告げる。
「Aサイトはほぼ全壊」
指令室の空気が重くなる。
「その時に停泊していた母艦が三機。第八、第九、第十部隊が消失。小型戦闘機も、ほぼ全て破壊されています」
「……」
グリドーズは黙って聞いていた。
母艦三機。
三部隊。
小型戦闘機の大半。
前哨基地の機能。
主の回復食。
器関連設備。
そしてセンター捕獲用の一部装備。
失ったものはあまりにも大きい。
だが、顔には出さない。
総長が揺れれば、部下が揺れる。
グリドーズは静かに尋ねた。
「Aサイトに一番近い部隊は?」
「第二部隊、グリガードの母艦です。既に向かっていると思われます」
「そうか」
グリガード。
第二部隊隊長。
強さも忠誠心も十分。
主への信仰も強い。
あいつなら、放っておいてもAサイトへ突っ込むだろう。
「念のために、第三、第四の部隊も派遣しろ」
「第三、第四もですか?」
「ああ。我々も一度様子を見に行く」
グリドーズはスクリーンに映る残骸を見る。
「生きている同胞が、まだいるかもしれん」
「分かりました」
指示が伝達される。
赤い宇宙図の上で、第三部隊、第四部隊の航路が変わっていく。
Aサイトへ。
焼け残った拠点へ。
主の反応を探るために。
だが、部下はまだ迷っていた。
「他の部隊は……?」
グリドーズは少しだけ目を閉じた。
予定では、地球侵攻までまだ時間があった。
主の回復。
器の完成。
戦力の集結。
センター捕獲兵器の最終調整。
全てを整えてから、地球へ向かうはずだった。
だが、その予定は崩れた。
グリドが壊した。
そして、地球側も動いている。
ならば、こちらも止まってはいられない。
「予定より少し早いが……」
グリドーズは目を開ける。
「第五、第六、第七部隊は、地球へ向けて出撃する」
指令室にざわめきが走った。
「地球へ……!」
「予定より早く攻めるのですか?」
「目標は地球全体の制圧ではない」
グリドーズは低く言った。
「目標は、宇宙のフルコースである、センターの捕獲」
センター。
地球のフルコースの一つ。
命の中心。
そして、宇宙のフルコースに名を連ねる一皿。
この宇宙に無数の星があるとしても、その星ごとに宇宙のフルコースへ至る食材は限られている。
その星が長い時間をかけて育てた、たった一つの中心。
その星でしか得られない一皿。
地球において、その一つがセンターだった。
主の回復にも、器の完成にも、そしてグリーントロルが夢見た宇宙のフルコースにも必要な食材。
地球を丸ごと手に入れる前に、まず確保しなければならない。
「だが、センターのある場所には生身では入れません」
別のオペレーターが言う。
「過去の観測結果でも、地球内部の中心部へ近づいた個体は、食欲を吸われて戻っていません。通常部隊の侵入は不可能です」
「分かっている」
グリドーズは頷いた。
「だから槍を使う」
スクリーンに、巨大な兵器の設計図が表示された。
それは、槍だった。
ただし、通常の槍ではない。
母艦の下部に装着される、山脈ほどもある巨大な杭。
食欲エネルギーを圧縮し、地殻を貫き、地球の奥深くへ突き刺さる大型槍兵器。
先端部には特殊な捕獲器官が備わっている。
地球内部へ到達し、センターの湧く層へ直接干渉するための装備。
生身で取りに行けないのなら、星そのものに槍を刺す。
それが、グリーントロルのやり方だった。
「大型槍兵器、星穿ちの調整は?」
「Aサイトにあった予備基部は破壊されましたが、第一部隊及び第五部隊母艦に搭載済みの二基は無事です」
「なら十分だ」
グリドーズは言った。
「第五部隊を槍の護衛に回せ。第六、第七は地球周辺の防衛網を崩す。地上に降りる必要はない。槍を通す穴を開ければいい」
「はっ!」
「センターを奪えば、地球側は大きく揺れる」
グリドーズは言った。
「こちらの損耗も補える。主の回復にも使える。宇宙のフルコースにも近づく」
「しかし、主が言っていたもう一つの器回収は……?」
その言葉に、指令室の空気がさらに重くなる。
器。
主が求めていたもの。
Aサイト最深部にあったはずの器ではない。
地球側で観測された、異常な数値を示す存在。
主が九百年探し続けたものに連なる可能性。
地球から、一瞬とはいえ数値四百を超える異常値が観測されていた。
地球人類の規格ではあり得ない反応。
通常のグルメ細胞反応でもない。
美食屋の成長値としても異質。
器の反応。
その可能性が高いと、主は見ていた。
「地球側の異常値個体のことか」
グリドーズは言った。
「はい。数値四百超えの反応が記録されています。目標の九十八を遥かに超えています。場所は地球内部、センター反応直後に近い時刻。主が求めていた器が、地球側に存在する可能性が……」
「分かっている」
グリドーズは短く答えた。
グリドが地球で接触した可能性のある個体。
急激な成長。
地球のフルコース。
センター反応。
数値四百超え。
それらの情報は、すでに断片的に上がっている。
「だが、主が生きているか分からない以上、器の回収は後回しだ」
「後回し……」
「最優先事項はセンターだ」
グリドーズは断言した。
「我々で主が生きていることを確認でき次第、器の回収へ向かう」
「もし地球側が、その個体を隠した場合は?」
「隠せるものではない」
グリドーズはスクリーンを見る。
「数値四百を超える食欲反応など、戦場に出れば嫌でも目立つ」
指令室が静まり返る。
「まずはセンター。次に主の確認。そして器」
「はっ!」
命令が走る。
第五部隊。
第六部隊。
第七部隊。
三つの母艦が地球へ向けて進路を変える。
赤い宇宙の中で、巨大な影が動き始めた。
グリドーズはスクリーンを見つめる。
Aサイトへ向かう部隊。
地球へ向かう部隊。
主の生死。
器の所在。
センター捕獲。
すべてが同時に動き出す。
グリド。
お前が爆ぜた光は、戦局を壊した。
だが、壊れた戦局の中でも、我々は進む。
宇宙のフルコース。
それだけは、まだ捨てていない。
・・・
第二部隊。
グリガード隊。
Aサイト跡地。
巨大な母艦が、焼け焦げた残骸の近くへ降下していく。
目の前には、黒と白が混ざった宇宙の傷跡。
かつてAサイトだったもの。
今は、ほとんど形を残していない。
ドックは裂け、壁は溶け、内部区画は宇宙空間にむき出しになっている。
その中へ、第二部隊の戦士たちが次々と降り立った。
先頭に立つのは、グリガード。
巨大な体。
鋭い目。
全身から放たれる凶暴な食欲。
だが、その目の奥には焦りがあった。
「主は、この程度では死なねえ」
グリガードは叫んだ。
「必ず見つけて救い出すぞ!!」
「オオオオ!」
部隊の咆哮が、残骸に響く。
グリガードはニヤリと笑った。
主を救う。
この混乱の中で、一番に主を見つけ出す。
それができれば。
「主を救ったとなれば、俺は出世間違いなしだ」
グリガードは小さく呟いた。
忠誠。
野心。
恐怖。
そのすべてが混ざっている。
部下たちは散開し、Aサイト跡地を探索し始めた。
生存者。
主の反応。
器の繭の痕跡。
回復食の残骸。
爆心地。
すべてを調べる。
だが、そこに漂っているのは、焼けた食欲の匂いだけだった。
逃げた食欲が残した、白い傷跡。
・・・
・・
・
赤い宇宙。
別宙域。
IGO宇宙戦艦団。
本艦、艦橋。
岩剛総司令官は、巨大なスクリーンを見据えていた。
周囲には無数の艦影。
地球防衛のために編成された、無敗の宇宙戦艦団。
その全軍が、Aサイト反応地点へ向けて進んでいる。
「状況は?」
岩剛が尋ねる。
オペレーターが即座に答えた。
「順調に進行しています。進行状況は五十%ほどです」
「ふむ」
岩剛は葉巻を咥えたまま、赤い宇宙図を見た。
敵部隊の予測航路。
地球への距離。
岩剛の眉がわずかに動く。
その時だった。
「岩剛総司令!!」
通信士が叫ぶ。
「前方からエネルギー反応が!!」
艦橋に緊張が走る。
赤い宇宙図の前方に、複数の反応が浮かび上がった。
大きい。
速い。
そして、明らかに人工的な航行反応。
母艦級。
複数。
敵。
岩剛は笑った。
「来たか」
その声は低い。
だが、艦橋全体に響く。
「各員、戦闘準備!!」
「はっ!」
「敵と見ていい。規模をすぐに調べろ」
「はい!」
オペレーターたちが一斉に動く。
主砲の充填が始まる。
艦隊陣形が変わる。
前衛艦が広がり、後衛艦が砲撃位置へ入る。
小型機発進準備。
防御フィールド展開。
食欲エネルギー反応解析。
宇宙が、戦場の形へ変わっていく。
岩剛はスクリーンの向こうを見る。
赤い宇宙。
迫る敵影。
グリーントロル。
九百年前から続く因縁。
そして今、地球を守る艦隊と、宇宙のフルコースを狙う侵略者が向かい合う。
「全艦に告ぐ」
岩剛の声が、船団全体へ響いた。
「ここを抜かれれば、敵は地球へ近づく」
誰も言葉を発しない。
「ここで削る」
岩剛は葉巻を噛む。
「ここで止める」
巨大な本艦の主砲が、赤い宇宙へ向けて角度を変えた。
「撃ち方、用意」
艦橋の空気が張り詰める。
遠方の敵影もまた、こちらを捕捉した。
グリーントロルと人類。
宇宙の戦いが、今始まる。
いよいよ最終章です。
最後まで是非よろしくお願いします!