千年後のグルメ時代   作:鳩夜(HATOYA)

114 / 115
最終章 赤い宇宙の食卓
赤い宇宙の開戦


 赤い宇宙。

 Aサイト付近。

 第一部隊母艦、指令室。

 

 グリドーズは、巨大なスクリーンに映し出された被害状況を見ていた。

 大規模前哨基地Aサイト。

 主の回復食を集めるための拠点。

 

 地球侵攻の中継地点。

 器の情報を管理していた最深部。

 そして、地球のセンター捕獲計画に使う装備を保管していた兵站基地。

 

 そのすべてが、今は白く焼けただれた残骸になっている。

 宇宙空間に漂う破片。

 ねじ曲がった外壁。

 溶けたドック。

 半分消えた通信塔。

 そして、食欲反応の乱れ。

 

 超新星爆弾。

 

 グリドが使ったそれは、Aサイトの中心を完全に抉り取っていた。

 

「報告します」

 

 オペレーターが硬い声で告げる。

 

「Aサイトはほぼ全壊」

 

 指令室の空気が重くなる。

 

「その時に停泊していた母艦が三機。第八、第九、第十部隊が消失。小型戦闘機も、ほぼ全て破壊されています」

 

「……」

 

 グリドーズは黙って聞いていた。

 母艦三機。

 三部隊。

 小型戦闘機の大半。

 

 前哨基地の機能。

 主の回復食。

 器関連設備。

 

 そしてセンター捕獲用の一部装備。

 

 失ったものはあまりにも大きい。

 だが、顔には出さない。

 総長が揺れれば、部下が揺れる。

 

 グリドーズは静かに尋ねた。

 

「Aサイトに一番近い部隊は?」

 

「第二部隊、グリガードの母艦です。既に向かっていると思われます」

 

「そうか」

 

 グリガード。

 第二部隊隊長。

 

 強さも忠誠心も十分。

 主への信仰も強い。

 

 あいつなら、放っておいてもAサイトへ突っ込むだろう。

 

「念のために、第三、第四の部隊も派遣しろ」

 

「第三、第四もですか?」

 

「ああ。我々も一度様子を見に行く」

 

 グリドーズはスクリーンに映る残骸を見る。

 

「生きている同胞が、まだいるかもしれん」

 

「分かりました」

 

 指示が伝達される。

 赤い宇宙図の上で、第三部隊、第四部隊の航路が変わっていく。

 

 Aサイトへ。

 焼け残った拠点へ。

 

 主の反応を探るために。

 だが、部下はまだ迷っていた。

 

「他の部隊は……?」

 

 グリドーズは少しだけ目を閉じた。

 予定では、地球侵攻までまだ時間があった。

 

 主の回復。

 器の完成。

 戦力の集結。

 

 センター捕獲兵器の最終調整。

 全てを整えてから、地球へ向かうはずだった。

 

 だが、その予定は崩れた。

 

 グリドが壊した。

 そして、地球側も動いている。

 ならば、こちらも止まってはいられない。

 

「予定より少し早いが……」

 

 グリドーズは目を開ける。

 

「第五、第六、第七部隊は、地球へ向けて出撃する」

 

 指令室にざわめきが走った。

 

「地球へ……!」

 

「予定より早く攻めるのですか?」

 

「目標は地球全体の制圧ではない」

 

 グリドーズは低く言った。

 

「目標は、宇宙のフルコースである、センターの捕獲」

 

 センター。

 

 地球のフルコースの一つ。

 命の中心。

 そして、宇宙のフルコースに名を連ねる一皿。

 この宇宙に無数の星があるとしても、その星ごとに宇宙のフルコースへ至る食材は限られている。

 

 その星が長い時間をかけて育てた、たった一つの中心。

 その星でしか得られない一皿。

 

 地球において、その一つがセンターだった。

 主の回復にも、器の完成にも、そしてグリーントロルが夢見た宇宙のフルコースにも必要な食材。

 

 地球を丸ごと手に入れる前に、まず確保しなければならない。

 

「だが、センターのある場所には生身では入れません」

 

 別のオペレーターが言う。

 

「過去の観測結果でも、地球内部の中心部へ近づいた個体は、食欲を吸われて戻っていません。通常部隊の侵入は不可能です」

 

「分かっている」

 

 グリドーズは頷いた。

 

「だから槍を使う」

 

 スクリーンに、巨大な兵器の設計図が表示された。

 

 それは、槍だった。

 ただし、通常の槍ではない。

 

 母艦の下部に装着される、山脈ほどもある巨大な杭。

 食欲エネルギーを圧縮し、地殻を貫き、地球の奥深くへ突き刺さる大型槍兵器。

 

 先端部には特殊な捕獲器官が備わっている。

 地球内部へ到達し、センターの湧く層へ直接干渉するための装備。

 

 生身で取りに行けないのなら、星そのものに槍を刺す。

 それが、グリーントロルのやり方だった。

 

「大型槍兵器、星穿ちの調整は?」

 

「Aサイトにあった予備基部は破壊されましたが、第一部隊及び第五部隊母艦に搭載済みの二基は無事です」

 

「なら十分だ」

 

 グリドーズは言った。

 

「第五部隊を槍の護衛に回せ。第六、第七は地球周辺の防衛網を崩す。地上に降りる必要はない。槍を通す穴を開ければいい」

 

「はっ!」

 

「センターを奪えば、地球側は大きく揺れる」

 

 グリドーズは言った。

 

「こちらの損耗も補える。主の回復にも使える。宇宙のフルコースにも近づく」

 

「しかし、主が言っていたもう一つの器回収は……?」

 

 その言葉に、指令室の空気がさらに重くなる。

 

 器。

 

 主が求めていたもの。

 

 Aサイト最深部にあったはずの器ではない。

 地球側で観測された、異常な数値を示す存在。

 主が九百年探し続けたものに連なる可能性。

 

 地球から、一瞬とはいえ数値四百を超える異常値が観測されていた。

 地球人類の規格ではあり得ない反応。

 

 通常のグルメ細胞反応でもない。

 美食屋の成長値としても異質。

 

 器の反応。

 

 その可能性が高いと、主は見ていた。

 

「地球側の異常値個体のことか」

 

 グリドーズは言った。

 

「はい。数値四百超えの反応が記録されています。目標の九十八を遥かに超えています。場所は地球内部、センター反応直後に近い時刻。主が求めていた器が、地球側に存在する可能性が……」

 

「分かっている」

 

 グリドーズは短く答えた。

 

 グリドが地球で接触した可能性のある個体。

 急激な成長。

 地球のフルコース。

 センター反応。

 

 数値四百超え。

 それらの情報は、すでに断片的に上がっている。

 

「だが、主が生きているか分からない以上、器の回収は後回しだ」

 

「後回し……」

 

「最優先事項はセンターだ」

 

 グリドーズは断言した。

 

「我々で主が生きていることを確認でき次第、器の回収へ向かう」

 

「もし地球側が、その個体を隠した場合は?」

 

「隠せるものではない」

 

 グリドーズはスクリーンを見る。

 

「数値四百を超える食欲反応など、戦場に出れば嫌でも目立つ」

 

 指令室が静まり返る。

 

「まずはセンター。次に主の確認。そして器」

 

「はっ!」

 

 命令が走る。

 

 第五部隊。

 第六部隊。

 第七部隊。

 

 三つの母艦が地球へ向けて進路を変える。

 

 赤い宇宙の中で、巨大な影が動き始めた。

 グリドーズはスクリーンを見つめる。

 

 Aサイトへ向かう部隊。

 地球へ向かう部隊。

 

 主の生死。

 器の所在。

 センター捕獲。

 すべてが同時に動き出す。

 

 グリド。

 

 お前が爆ぜた光は、戦局を壊した。

 だが、壊れた戦局の中でも、我々は進む。

 宇宙のフルコース。

 それだけは、まだ捨てていない。

 

・・・

 

 第二部隊。

 グリガード隊。

 

 Aサイト跡地。

 

 巨大な母艦が、焼け焦げた残骸の近くへ降下していく。

 目の前には、黒と白が混ざった宇宙の傷跡。

 

 かつてAサイトだったもの。

 

 今は、ほとんど形を残していない。

 ドックは裂け、壁は溶け、内部区画は宇宙空間にむき出しになっている。

 

 その中へ、第二部隊の戦士たちが次々と降り立った。

 先頭に立つのは、グリガード。

 

 巨大な体。

 鋭い目。

 

 全身から放たれる凶暴な食欲。

 だが、その目の奥には焦りがあった。

 

「主は、この程度では死なねえ」

 

 グリガードは叫んだ。

 

「必ず見つけて救い出すぞ!!」

 

「オオオオ!」

 

 部隊の咆哮が、残骸に響く。

 グリガードはニヤリと笑った。

 

 主を救う。

 

 この混乱の中で、一番に主を見つけ出す。

 それができれば。

 

「主を救ったとなれば、俺は出世間違いなしだ」

 

 グリガードは小さく呟いた。

 

 忠誠。

 野心。

 恐怖。

 

 そのすべてが混ざっている。

 部下たちは散開し、Aサイト跡地を探索し始めた。

 

 生存者。

 主の反応。

 

 器の繭の痕跡。

 回復食の残骸。

 爆心地。

 

 すべてを調べる。

 

 だが、そこに漂っているのは、焼けた食欲の匂いだけだった。

 逃げた食欲が残した、白い傷跡。

 

・・・

・・

 

 赤い宇宙。

 別宙域。

 IGO宇宙戦艦団。

 

 本艦、艦橋。

 岩剛総司令官は、巨大なスクリーンを見据えていた。

 

 周囲には無数の艦影。

 地球防衛のために編成された、無敗の宇宙戦艦団。

 その全軍が、Aサイト反応地点へ向けて進んでいる。

 

「状況は?」

 

 岩剛が尋ねる。

 オペレーターが即座に答えた。

 

「順調に進行しています。進行状況は五十%ほどです」

 

「ふむ」

 

 岩剛は葉巻を咥えたまま、赤い宇宙図を見た。

 

 

 敵部隊の予測航路。

 地球への距離。

 岩剛の眉がわずかに動く。

 

 その時だった。

 

「岩剛総司令!!」

 

 通信士が叫ぶ。

 

「前方からエネルギー反応が!!」

 

 艦橋に緊張が走る。

 赤い宇宙図の前方に、複数の反応が浮かび上がった。

 

 大きい。

 速い。

 

 そして、明らかに人工的な航行反応。

 

 母艦級。

 複数。

 敵。

 

 岩剛は笑った。

 

「来たか」

 

 その声は低い。

 だが、艦橋全体に響く。

 

「各員、戦闘準備!!」

 

「はっ!」

 

「敵と見ていい。規模をすぐに調べろ」

 

「はい!」

 

 オペレーターたちが一斉に動く。

 

 主砲の充填が始まる。

 艦隊陣形が変わる。

 前衛艦が広がり、後衛艦が砲撃位置へ入る。

 小型機発進準備。

 防御フィールド展開。

 食欲エネルギー反応解析。

 宇宙が、戦場の形へ変わっていく。

 

 岩剛はスクリーンの向こうを見る。

 

 赤い宇宙。

 迫る敵影。

 グリーントロル。

 

 九百年前から続く因縁。

 そして今、地球を守る艦隊と、宇宙のフルコースを狙う侵略者が向かい合う。

 

「全艦に告ぐ」

 

 岩剛の声が、船団全体へ響いた。

 

「ここを抜かれれば、敵は地球へ近づく」

 

 誰も言葉を発しない。

 

「ここで削る」

 

 岩剛は葉巻を噛む。

 

「ここで止める」

 

 巨大な本艦の主砲が、赤い宇宙へ向けて角度を変えた。

 

「撃ち方、用意」

 

 艦橋の空気が張り詰める。

 遠方の敵影もまた、こちらを捕捉した。

 

 グリーントロルと人類。

 宇宙の戦いが、今始まる。

 




いよいよ最終章です。
最後まで是非よろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。