千年後のグルメ時代   作:鳩夜(HATOYA)

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グルメウェア

「お前は許さない」

 

 グリドーズの声が低くなる。

 さっきまでとは違う。

 明らかな怒り。

 

 グリド。

 

 俺からグリドの匂いがする。

 ただそれだけで、グリドーズの食欲エネルギーが急激に高まっていく。

 

「貴様がグリドを食ったのなら……」

 

 右腕を下げる。

 

「俺が殺す」

 

 その瞬間。

 

「捕食腕――」

 

 グリドーズの右腕が膨張した。

 

「アーム・プレデター」

 

 腕。

 いや。

 本当に腕なのか?

 

 筋肉が大きくなっただけじゃない。

 輪郭が何重にもぶれている。

 

 巨大な獣の前脚。

 鋭い鉤爪。

 分厚い甲殻。

 

 別々の捕食者が持つ腕の形が、何重にも重なって見えた。

 

「アーム・プレデター……!?」

 

「遅い」

 

「え――」

 

 目の前。

 グリドーズ。

 

 右腕。

 

 次の瞬間には。

 俺の腹に拳が入っていた。

 

 バン!!

 

「がっ!!」

 

 景色が消える。

 大地を跳ねた。

 

 一回。

 二回。

 

 何回転したか分からない。

 最後は岩に背中からぶつかった。

 

「ぐ……!」

 

「これは」

 

 遠くにいるグリドーズが右腕を下ろす。

 

「さっきのお返しだ」

 

「……」

 

 まずい。

 体が動かない。

 

 グルメスモック。

 

 防いだ。

 絶対に防いだはずだ。

 

 それでも。

 

「やばい……」

 

 視界が暗い。

 

「意識が……」

 

『しっかりせえ、アマジン!』

 

「……!」

 

 声。

 

「グリド……!?」

 

『寝るな! まだ死んどらんぞ!』

 

「俺が食卓を開かなくても……会話できるのか……?」

 

『グルメ細胞に住むなんて初めてやからな!』

 

「そりゃそうだろうな……」

 

『会話できるか試してたらなんとなくできたわ!』

 

「なんとなくなのかよ……」

 

『それよりグリドーズの技や!』

 

 グリドの声が頭の中へ響く。

 

『さらに磨きがかかっとるわ』

 

「知っているのか?」

 

『知っとるも何も』

 

 グリドが言う。

 

『プレデター系統の技は、上位のグリーントロルの技や』

 

「プレデター系統……」

 

『何かしらを纏う』

 

「纏う?」

 

『せや。捕食者の威やら性質やら、食欲やら。そいつを自分に重ねるんや』

 

 重ねる。

 纏う。

 

『自分を強く見せる奴もおる。相手を騙す奴もおる。ほんまに肉体を強化する奴もおる』

 

「フェイク・プレデターも?」

 

『せや』

 

 グリドが笑う。

 

『わいは騙す方に伸ばした』

 

「グリドーズは?」

 

『あいつは殴る方や』

 

「分かりやすいな……」

 

『昔からや』

 

 グリドの声が少しだけ懐かしそうに聞こえた。

 

 だが。

 

 すぐに真剣な声へ戻る。

 

『とにかく! あいつが右腕しか使わんうちになんとかせなあかん!』

 

「右腕しか……」

 

 俺は目を開ける。

 グリドーズ。

 

 確かに。

 右腕だけ。

 

「上の技があるってことか……」

 

『ある。全身であれされたら終わりやと思え』

 

「……」

 

『アマジン?』

 

「でも」

 

 俺は自分の手を見る。

 

「なんだろう」

 

 纏う。

 

 自分へ重ねる。

 食欲を。

 

 外側へ。

 

「今の話を聞いて、一個思いついた」

 

『……は?』

 

 俺は地面へ手をついた。

 ゆっくり。

 立ち上がる。

 

「ほう」

 

 グリドーズがこちらを見る。

 

「立ち上がるのか」

 

「当たり前だ」

 

 足が震える。

 腹が痛い。

 それでも。

 

「こんなところで負けてられねーんだよ」

 

「……」

 

「俺は」

 

 グリドーズを見る。

 

「俺だけのフルコースと!」

 

 宇宙。

 

 まだ見たことのない星。

 食材。

 料理。

 

「宇宙のフルコースを集めるからな!!」

 

「……何?」

 

 グリドーズの表情が変わった。

 

「貴様……今なんと言った」

 

「だから、宇宙のフルコースも集める!」

 

「……」

 

 グリドーズが黙る。

 

 だが。

 今はいい。

 俺は目を閉じた。

 

 力を溜める。

 グルメスモック。

 

 俺がずっと使ってきた技。

 食欲を纏う。

 

 体を守る。

 人を守る。

 

 完成した技だと言われていた。

 俺もそう思っていた。

 

 でも。

 

 グリドの知識を得た。

 プレデター。

 

 何かを纏う。

 重ねる。

 

 なら。

 

「まだ行ける」

 

 俺は確信していた。

 もっと上へ。

 白い食欲が俺の体を覆う。

 

 グルメスモック。

 

 白い給食着。

 帽子。

 マスク。

 

 いつもの姿。

 

 そこへ。

 

 イメージを重ねる。

 深海オスミウム隕石。

 

 星芯。

 

 あの圧力。

 あの重さ。

 

 アナザを食べた俺が感じた。

 

 石の味。

 星の奥で押し潰され続けた時間。

 

 重い。

 もっと。

 重く。

 

 白いグルメスモックが黒く染まっていく。

 

「……!」

 

 形も変わる。

 給食着ではない。

 黒銀色の食欲が肩を大きく覆った。

 

 前腕。

 拳。

 脛。

 

 星芯の外殻が、俺の体へ食い込むように重なっていく。

 

 だが鎧とも違う。

 黒銀の外殻の隙間から、黒い食欲が流れている。

 

 背中。

 

 短い尾のような食欲。

 流星が空を走った後に残す光。

 

 その黒い残光が、ゆっくりと揺れていた。

 

「プレデター・スモック!!」

 

『どこがスモックやねん!!』

 

「え?」

 

 俺は自分を見る。

 

「……」

 

 肩。

 黒い。

 腕。

 ごつい。

 足。

 

 完全に違う。

 

「確かに……」

 

『どこに給食着要素あんねん!』

 

「じゃあ、どうしよう……」

 

『今考えることか!?』

 

「技名は大事だろ!」

 

『しゃーない! わいが決めたる!』

 

「お」

 

『グルメウェア』

 

「……」

 

 グルメウェア。

 食欲を。

 着る。

 

『そんで今の形は――』

 

 グリドが言う。

 

『グルメウェア――重星』

 

「グリド……」

 

『なんや?』

 

「めちゃくちゃいい……」

 

『せやろ?』

 

「それ採用!」

 

 なんだろう。

 すごくいい。

 

「なんか高まってきた!」

 

『せやろ! それでいってまえ、アマジン!』

 

「おう!」

 

「……」

 

 グリドーズが俺を見ていた。

 

「どうした?」

 

「ん?」

 

「何をボーッとしている」

 

「ああ」

 

 そうか。

 グリドの声。

 こいつには聞こえてないのか。

 

「ちょっと相談してただけだ」

 

「……誰とだ」

 

「秘密」

 

「ふざけているのか?」

 

 グリドーズが右腕を構える。

 

 だが。

 

 その目は俺を警戒していた。

 少年。

 

 目の前にいるのは、まだ小さな地球人。

 そう見えているはずだ。

 

 なのに。

 

 グリドーズの目には。

 別のものが映っていた。

 

 巨大な隕石。

 黒い星。

 途方もない時間、圧力に押され続けた物質。

 

 それが。

 

 少年の形をして立っている。

 

「……なんだ、あの力は」

 

 俺は腕を伸ばした。

 

「行くぞ」

 

 食欲を放つ。

 

「星芯番重――」

 

 頭上。

 黒い点。

 

 一つ。

 二つ。

 

 十。

 百。

 

 増える。

 

「流星群!!」

 

 次の瞬間。

 無数の黒銀色の番重が、グリドーズへ降り注いだ。

 

「なっ……!」

 

 ドン!!

 

 ドドドドドドドドドド!!

 

 一枚。

 その一つ一つが。

 

 重い。

 星芯。

 隕石。

 

 まるで小さな星が次々と落ちてくる。

 

「ぐ……!」

 

 グリドーズが右腕を上げる。

 

「アーム・プレデター!!」

 

 巨大な右腕。

 捕食腕。

 黒い番重を次々と弾く。

 

 一枚。

 

 二枚。

 

 三枚。

 

「この程度――」

 

 それでいい。

 

 右腕を上げた。

 俺から。

 視線が外れた。

 

「グリドーズ!」

 

「!」

 

 その隙を逃さない。

 

 両腕。

 黒銀の食欲。

 

 鋏。

 星芯。

 

 今までより。

 

 もっと重い。

 もっと鋭い。

 

「星芯鋏――」

 

 巨大な黒銀の鋏が開く。

 

「星裂き!!」

 

 閉じる。

 ザン!!

 

「グ……!!」

 

 グリドーズの目が見開かれた。

 

 腰。

 胴体。

 

 一直線。

 上半身と下半身。

 

 分かれる。

 

「……」

 

 ドサ……。

 グリドーズの上半身が地面へ落ちた。

 

「はぁ……」

 

 俺は大きく息を吐く。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 きつい。

 グルメウェア。

 

 解除。

 

 黒銀の外殻が消える。

 流星の尾も。

 星芯番重も。

 星芯鋏も。

 

 全部。

 

 消えた。

 

『ようやった、アマジン!』

 

「グリド……」

 

『あとこれな』

 

「なんだ?」

 

『話すのにも結構エネルギー食っとる』

 

「え」

 

『通話料みたいにな』

 

「通話料……」

 

『せやから一回切る!』

 

「切るって言い方でいいのか?」

 

『よう休め! ほな!』

 

「グリド!」

 

 声。

 消えた。

 

「……本当に切った」

 

 俺は少し笑った。

 

「分かった……」

 

 休む。

 本当なら。

 今すぐ寝たい。

 

 でも。

 

「まだだ」

 

 俺には。

 先にやることがある。

 

 俺は再び立ち上がった。

 そして。

 ゆっくりと歩き出す。

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