第二部隊の母艦。
転送された俺は、しばらくその場で周囲を見回した。
「……静かだな」
兵士は全て出払っているのだろうか。
グリーントロルの母艦とは思えないほど静かで、遠くから機械の動く音が聞こえるだけだった。
だが、いる。
どこにいるのかまでは分からないが、強い食欲の気配を感じる。
マザーグリード。
多分、向こうも俺が来たことには気づいているのだろう。
「行くか」
『気ぃつけや、アマジン』
「ああ」
俺は一番強く気配を感じる方向へ歩き始めた。
センターを飲んだおかげで、グリドーズとの戦いで受けた傷はかなり回復している。
食欲エネルギーも戻ってきた。
それでも体の奥には、今まで感じたことのない重さが残っていた。
「まだ完全には戻ってないな……」
『そらそうやろ。さっき初めて使った技で、いきなりグリドーズを真っ二つにしたんやぞ』
「センター飲んだのに?」
『センターも万能やないやろ』
「そうなのか?」
『知らん』
「おい」
グリドの適当な返事に少しだけ力が抜けた。
でも、グルメウェアの負荷が相当大きいことだけは間違いなさそうだ。
今までのグルメスモックとは違う。
星芯の性質を自分の体へ重ね、それを食欲で維持する。
強い分、消耗も大きい。
「練習が必要だな」
『初回であれだけ使えた時点で大概やけどな』
しばらく通路を進むと、目の前に巨大な扉が現れた。
「ここか……」
俺が近づくと、触れてもいないのに扉がゆっくりと開き始めた。
「歓迎されてるみたいだな」
『嬉しない歓迎や』
俺はそのまま中へ入る。
広く丸い空間だった。
だが、床や壁には血がこびりつき、肉片や骨が無造作に散らばっている。
食べ残しと思われる大きな肉の塊も転がっていた。
「……ひどいな」
まるで餌場だ。
そして、その一番奥。
何かが大きな肉の塊を手に持ち、無造作に食べていた。
美しい顔。
血に汚れた口元。
尖った耳。
蝶のような羽。
以前グリドから聞いた姿に近い。
ただし完全ではない。
皮膚の一部は緑色で、腕の太さも左右で違っていた。
美しい姿の中にグリーントロルが混ざっているような、歪な見た目だった。
『……あいつや』
グリドの声が小さくなる。
『マザーグリード』
「……」
あいつが。
グリドを殺した。
「あいつが……!」
俺が拳を握った、その時だった。
「ふふ……」
マザーグリードが食べるのを止めた。
ゆっくりと顔を上げ、俺を見る。
「ふふふ……あはははは!」
「何がおかしい」
「最高です」
マザーグリードは肉の塊を放り捨てると、立ち上がった。
「最高級の器が、自ら戻ってきました」
「器……」
「あなたは私が食う」
血に濡れた口元が笑う。
「きっと……主も許してくれるでしょう」
「……主?」
俺は少しだけ眉を寄せた。
「グリド」
『なんや』
「主ってなんだ?」
『いや、知らん……』
「え?」
『主ってあいつやぞ』
「……」
俺とグリドは一瞬黙った。
「じゃあ、あいつの言う主って……」
『わいが聞きたいわ!』
マザーグリードの羽がゆっくりと広がる。
『アマジン!』
蝶のようだった羽がいくつにも分かれ、一本一本が細長い刃へと変わっていく。
『考えとる時間はなさそうや! 今は倒すことだけ考えろ!』
「分かった!」
俺はすぐに食欲を纏う。
「グルメウェア――重星!」
白い食欲が黒銀へ変わり、肩や前腕、脛を覆っていく。
その直後、無数の羽の刃が飛んできた。
ガガガガガガ!!
「ぐっ……!」
腕を前に出して受ける。
黒銀の外殻が刃を弾いてくれた。
「いける!」
『油断すんな!』
「分かってる!」
俺は両腕を上げる。
「星芯番重――流星群!!」
無数の黒銀色の番重が現れ、一斉にマザーグリードへ降り注いだ。
ドドドドドドドドドド!!
一枚一枚が、星芯の重さを持っている。
まともに当たれば、いくらマザーグリードでも無傷では済まない。
だが。
マザーグリードは羽を大きく広げた。
何重にも重なった羽が盾となり、降り注ぐ番重を受け止める。
「……やっぱり、これだけじゃ倒せないか」
『せやけど、見えへんやろ!』
「ああ!」
俺はすぐに走り出した。
グリドーズの時と同じだ。
流星群へ意識を向けさせ、その隙に距離を詰める。
「星芯鋏――」
両腕に黒銀の鋏を作る。
この距離なら。
「そんな手が通じると思ったのですか?」
「……!」
羽が横から飛んできた。
バン!!
「ぐっ!」
体を弾かれる。
その直後、羽の根元から二本の細長い管が伸びてきた。
「なんだ――」
避けるより早く、管が俺の体へ突き刺さる。
「ぐっ!!」
次の瞬間、体の中から食欲エネルギーが一気に抜け始めた。
「な、なんだこれ……!」
速い。
センターへ向かう道で食欲を吸われた時とは違う。
もっと直接的だ。
何かに食われている。
グルメウェアを維持できない。
肩を覆っていた黒銀の外殻が少しずつ薄くなっていく。
『アマジン!!』
「く……!」
力が入らない。
でも。
この感覚。
どこかで。
「……ミルカ」
初めてミルカを見つけた時。
グルメスモックを着せた瞬間、俺の食欲エネルギーをものすごい勢いで吸っていた。
「ミルカの時と……同じ感じ……」
『アマジン! しっかりせえ!』
グリドの声も遠くなっていく。
「力が……入らない……!」
膝が落ちる。
マザーグリードがゆっくりと近づいてきた。
「ふふ……終わりです」
管がさらに食欲を吸い上げる。
「やはり素晴らしい。これほどの器なら――」
その時。
空間が裂けた。
「……?」
薄い膜のようなものが開き、そこから誰かが飛び出してくる。
俺の体へ刺さっていた管を掴み、一気に引き抜いた。
「ぐっ!」
そのまま俺の体を抱え、後方へ大きく下がる。
「お前……」
緑色の髪。
白い肌。
「ミルカ……!」
ミルカは俺を床へ下ろすと、マザーグリードの前へ立った。
「アマジンのエネルギーはミルカのものだ」
「いや、俺のだぞ……」
倒れながら言う。
「どうやって来たんだ。危ないから戻れ……!」
ミルカが少しだけこちらを見る。
「ミルカのワープロードはアマジンへ一方通行しかない」
「まじかよ……」
マザーグリードは、そんな俺たちを見ていなかった。
ミルカだけを見ている。
目を大きく見開いていた。
「……貴様」
そして。
再び笑う。
「ふふ……あはははは!」
「……?」
「食運というものを、私は信じていませんでしたが……」
マザーグリードは俺とミルカを交互に見る。
「これは奇跡です」
その目には。
二つの器が並んでいるように見えていた。
一つは、九百年の間に地球の食を取り込み続け、地球のフルコースまで全て食べた最高級の器。
もう一つは。
白銀。
純白。
そうとしか表現できないほど、混じり気のない器。
「我が器」
マザーグリードがミルカへ手を伸ばす。
「こちらへ戻りなさい」
ミルカはすぐに首を横へ振った。
「器じゃない」
「……?」
「ミルカ」
自分の胸へ手を置く。
「アマジンの妹的存在」
「何を言っているのですか」
マザーグリードの笑みが薄くなる。
「私は母ですよ」
「違う」
ミルカは即答した。
「お母さんは家でうまい飯を作って待っている」
「……」
「お前じゃない」
ミルカはぷいっと顔を背けた。
マザーグリードの表情が歪む。
「器の分際で……!」
羽が一気に広がった。
「許さぬ!!」
無数の刃がミルカへ飛んでいく。
「ミルカ! 下がってろ……!」
俺は立ち上がろうとする。
だが、ミルカは下がらなかった。
それどころか一歩前へ出る。
「ミルカ!?」
ミルカは両手を前へ出した。
力を込めているようには見えない。
右手を流し、左手を添える。
円を描くような柔らかい動き。
前世で見た太極拳に少し似ていた。
羽の刃が迫る。
ミルカの指先が触れた。
その瞬間。
刃が霧散した。
「……!」
次の刃。
手のひらで軽く流す。
消える。
さらに次。
触れる。
また形を失う。
砕いているわけじゃない。
弾いているわけでもない。
羽の刃そのものが、刃として存在できなくなっている。
「な……」
マザーグリードの顔から、初めて余裕が消えた。
「それは……」
ミルカの動きを見つめる。
「食欲調律……」
「食欲調律?」
「アペタイト・チューニング……」
マザーグリードの声が僅かに震える。
「具現化した食欲エネルギーそのものへ干渉し、性質を変える技……」
硬い。
鋭い。
切る。
食欲によって与えられた性質。
ミルカは、それを直接変えている。
刃を壊しているんじゃない。
刃だった食欲を、刃ではなくしている。
「すごいな、ミルカ……!」
俺は思わず声を上げた。
ミルカは少しだけ振り返る。
「アマジン」
「ん?」
「ここは任せて」
「……」
ミルカは再びマザーグリードを見る。
家で飯を食って。
教科書を読んで。
グルメスモックから勝手に食欲を吸っていた。
俺の妹的存在。
そのミルカが今、マザーグリードの前に立っている。
「ミルカがやる」
白い手を前へ出し、静かに構えた。