「お前を食えば、その技は私のものに……!」
マザーグリードは笑みを浮かべた。
ミルカが見せた食欲調律。
具現化した食欲エネルギーそのものへ干渉し、その性質を変える技。
あれが自分のものになる。
そう考えただけで、マザーグリードの顔には隠しきれない喜びが浮かんでいた。
「その技はもう効きません」
羽が広がる。
だが、今度は刃を飛ばさない。
マザーグリード自身が床を蹴った。
「……!」
一瞬でミルカとの距離が縮まる。
振り下ろされる腕。
ミルカは半歩だけ体をずらした。
攻撃が頬の横を通り過ぎる。
続けて横薙ぎ。
しゃがむ。
蹴り。
体を回す。
全部。
必要最低限の動きで避けている。
「すごい……」
俺は倒れたまま、思わずじっと見てしまった。
水みたいだ。
マザーグリードが激しく動くほど、ミルカは逆にゆっくり動いているように見える。
滑らかで。
無理がない。
攻撃を見てから避けているんじゃない。
来る場所を知っているような動きだった。
『なんやあれ……』
グリドも驚いている。
だが。
問題がある。
「ミルカの攻撃じゃ……」
致命的なダメージを与えられていない。
ミルカはマザーグリードの腕を流し、そのまま掌を腹へ当てる。
ドン!
「ぐっ……!」
マザーグリードが数歩下がる。
効いている。
でも、足りない。
「アマジン」
ミルカが攻撃を避けながら言った。
「番重貸して」
「番重?」
「うん」
俺はまだまともに立てない。
でも。
手は動く。
食欲も少し残っている。
「分かった……!」
俺は右手を上げる。
「星芯番重!」
標準的な大きさ。
黒銀色の番重を一枚、ミルカのすぐ近くに出した。
ミルカはそれを掴む。
「え?」
そのまま。
曲げた。
「いや、それ曲がるの!?」
星芯番重の形が変わっていく。
ミルカの食欲調律。
俺が作った番重の性質と形へ干渉している。
黒銀色の番重は右腕へ巻きつき、拳の周りに集まった。
見た目は。
まるで巨大なメリケンサック。
「なるほど……」
『お前より使い方うまない?』
「言うな……」
マザーグリードが再び突っ込む。
右腕。
ミルカは避ける。
ドン!!
腹へ一発。
「ぐっ!」
羽の刃。
ミルカの手が軽く触れる。
粒子になって消える。
触手のような管が伸びる。
体を横へ流して回避。
マザーグリード本人が殴りかかる。
避ける。
そして。
ドン!!
必ず一発。
回避するたびに、的確に一打を入れている。
「……」
俺より。
遥かにうまい。
格闘技術。
間合い。
体重移動。
相手の攻撃を流し、その力まで利用している。
マザーグリードは強い。
速い。
それでも。
当たらない。
逆に。
一発。
また一発。
少しずつ。
確実に。
ダメージが蓄積していく。
「く……」
マザーグリードの口元から血が流れた。
「この私が……!」
怒り。
動きが大きくなる。
右腕を振り上げた。
ミルカはその懐へ入る。
「……!」
右拳。
星芯番重を纏った拳。
腰を落とす。
踏み込む。
ドゴォン!!!
大きな一撃が、マザーグリードの腹へ入った。
「が……っ!!」
体が吹き飛ぶ。
壁へ。
激突。
そのまま床へ落ちた。
動かない。
「……」
ミルカは構えを解く。
「倒した」
「圧倒的だ……」
俺は素直に呟いた。
『お前の妹、最強やんけ』
「妹的存在な」
『出番なしやな!』
「ああ。正直驚いてる……」
ミルカは倒れたマザーグリードを見る。
そして。
俺を見る。
「アマジン」
「ん?」
「倒した」
「うん」
「食うぞ」
「……え?」
俺はミルカを見る。
「食うって……マザーグリードを?」
「うん」
「なんで?」
「殺したら食べる」
ミルカは真顔だった。
「教科書に書いてあった」
「……」
あった。
食没関連の教科書。
食材の命を奪ったのなら。
残さず。
感謝して。
食べる。
「いや、間違ってはいないけど……」
『食材ちゃうぞ、そいつ』
「でも」
俺は倒れているマザーグリードを見る。
グリドを食った。
おしりの肉だけだけど。
「すでにグリドも食ったし……」
『わいを基準にすんな!』
「なんでも食えるだろう、俺!」
『自信持つところちゃうぞ!』
俺は笑いながら、動かない体を必死に起こそうとした。
「よし……」
手を床につく。
「食うなら、いただきますを――」
「食うのは私です!!」
「……!」
声。
マザーグリード。
意識を失っていたはずの体が起きている。
「ミルカ!」
ミルカが動こうとする。
だが。
止まった。
「……?」
「ミルカ?」
腕。
足。
全く動いていない。
「器が反抗するとは……」
マザーグリードがゆっくりと立ち上がった。
「しかも二人とも……!」
口元から血を流している。
体も大きく傷ついている。
それでも。
笑っていた。
「一つ目の器を食い」
俺を見る。
「二つ目を育てるつもりでした」
次にミルカを見る。
「しかし……」
目が細くなる。
「こんな出来損ないは、きっと育たない」
「……」
「こちらを先に食うとしましょう」
マザーグリードが壁へ手を伸ばす。
そこには。
何かがあった。
黒い肉のようなもの。
管。
母艦そのものへ張りついている巨大な器官。
マザーグリードの背中がそこへ繋がる。
「何を……」
口が開く。
大きく。
そして。
ミルカの体が少しずつ動き始めた。
「ミルカ!」
「ぐ……」
自分で動いているんじゃない。
引っ張られている。
ずるずると。
マザーグリードの口へ。
「エネルギーを吸ってるのか……?」
俺も動こうとする。
だが。
「ぐぐ……!」
力が入らない。
体が重い。
さっきより。
さらに。
「欲張らずに、初めからこうするべきでした」
マザーグリードが笑う。
「支配の線」
「……!」
「味が変わってしまうので、あまり使いたくなかったのですが……」
支配の線。
グリドーズ。
あいつが言っていた。
絶対にマザーグリードを殺せなくなる。
食欲が止まる。
体が動かない。
「あれか……!」
「私はいつもそう」
マザーグリードの顔が歪む。
「一番おいしい状況を目指し」
口がさらに広がる。
「失敗する……!」
「ミルカ!!」
今までは。
わざと縛っていなかった。
ミルカの食欲。
人格。
成長。
全部。
少しでもうまくするために。
「ふざけるな……!」
立て。
ここで。
限界を超えろ。
「うおおおお!!」
俺は無理やり体を起こした。
その瞬間。
羽の刃が飛んできた。
「え――」
ザン!!
「ぐあああああ!!」
両足。
切断。
膝から下がなくなる。
「ぐ……あ……!」
痛い。
ものすごく。
頭が真っ白になる。
でも。
関係ない。
「ミルカ……!」
両腕。
床を掴む。
這う。
引きずる。
ミルカはまだ。
少しずつ。
マザーグリードへ近づいている。
「アマジン……」
「待ってろ!」
手を伸ばす。
遠い。
「くそ……!」
もう一度。
床を掴む。
進む。
指先。
ミルカの手。
「……!」
届いた。
握る。
「ミルカ!」
「無駄です!!」
マザーグリードが叫ぶ。
「入念に作り上げた器!」
支配の線。
見えない。
でも。
確かに。
ミルカを縛っている。
「絶対に、この支配の線からは逃れられません!」
ミルカの体がさらに引かれる。
「意識も!」
ミルカの目が揺れる。
「人格も!」
「やめろ!!」
「すべて消し去ります!」
「アマジン」
「ミルカ!」
頭の中が。
黒くなる。
ミルカはそう感じていた。
自分の考え。
言葉。
家。
ご飯。
アマジン。
全部が。
別の何かに塗り潰されていく。
「絶対に助けるからな……!!」
俺はミルカの手を強く握る。
「大丈夫だ!」
何が大丈夫なのか。
分からない。
方法もない。
でも。
「絶対に助ける!」
ミルカが俺を見る。
目に涙が浮かんでいた。
「アマジン」
「なんだ!」
「ミルカが、他の何かになる前に」
声が震えている。
「お願いがある」
「お願い……?」
「アマジンの食卓に」
ミルカは必死に言葉を続ける。
「ミルカを招待して」
「……!」
「こんな奴の器になりたくない」
「ミルカ……!」
「お願い」
涙。
ミルカの頬を流れる。
「意識が消える前に……」
……迷う時間はない。
俺は手を握ったまま答えた。
「分かった」
ミルカを見る。
「こいよ!」
その瞬間。
ミルカは。
笑った。
「蓄食縮身」
ちくしょくしゅくしん。
「……え?」
はむまるの小さくなる技
「それ、はむまるの――」
ミルカの体が縮んでいく。
一気に。
小さく。
丸く。
白い。
小さな玉。
「ミルカ!?」
そのまま。
飛んできた。
「うわっ!」
俺の口へ飛び込む。
「んぐっ!?」
飲み込んだ。
次の瞬間。
俺の体が光り始めた。