「器が……器を食うなんて……」
マザーグリードの声が震えている。
怒り。
いや。
それだけじゃない。
理解できない。
そんな顔だった。
「許せませんッ!!」
マザーグリードは叫ぶと、自らの背中へ繋がっていた壁の管を一気に引き抜いた。
血のような液体が飛び散る。
同時に蝶のような羽が大きく広がり、何十もの刃へ形を変えた。
「死になさい!!」
刃が一斉に飛んでくる。
「……」
俺は動かなかった。
切断されたはずの足は元に戻っていた。
『アマジン!』
グリドの声。
でも。
大丈夫だ。
なぜか分かる。
今の俺には。
これが何なのか分かっている。
刃が体へ当たる。
その瞬間。
全ての刃が粒子となって霧散した。
「……な」
マザーグリードの目が見開かれる。
俺は自分の手を見る。
さっきまでの黒銀色ではない。
白。
純白に近い食欲が、体の外側を柔らかく覆っている。
肩や腕に明確な外殻はない。
薄い衣のような食欲が全身を流れ続け、触れたものへ静かに干渉していた。
「グルメウェア――白律」
「な……なぜ……」
マザーグリードが後ずさる。
「私の食欲調律をよくも……!」
「お前のじゃねえ。ミルカのだ」
「貴様!!」
マザーグリードが殴りかかってくる。
「……!」
速い。
だが。
見える。
右腕。
肩。
腰。
足。
次にどこへ力が流れるのか。
食欲そのものが教えてくれる。
俺は半歩だけ横へ動いた。
拳が頬の横を通る。
続く左腕。
体を沈める。
蹴り。
流すように体を回す。
「なっ……!」
避ける。
必要な分だけ動く。
さっきのミルカ。
全く同じにはできない。
でも。
体が覚えている。
俺の中にいるミルカが知っている。
水のように。
流れるように。
「くそ……!」
マザーグリードの攻撃が空を切る。
「こんなはずでは……!」
俺は拳を握った。
「マザーグリード」
「……!」
「もう終わりだ」
右腕が来る。
避ける。
懐へ入る。
そして。
腹へ拳を打ち込んだ。
ドゴン!!
「がっ……!」
マザーグリードの体が大きく吹き飛ぶ。
床を滑り。
壁へぶつかる。
「ぐ……!」
まだ立つ。
やっぱり。
しぶとい。
「なら」
俺は食欲を切り替えた。
白い食欲が揺れる。
そして。
変わる。
黒。
緑。
いや。
色だけじゃない。
匂い。
存在感。
圧。
俺の体の外側に。
巨大な何かが重なる。
『……おい』
グリドの声が小さくなる。
「グルメウェア――」
食欲が膨れ上がる。
「幻威」
グリドの力。
借威幻獣。
フェイク・プレデター。
捕食者の威を借りる技。
でも。
今は違う。
匂いだけじゃない。
存在感だけでもない。
俺は。
グリドを食べた。
味わった。
食卓へ招いた。
だから。
本物の力が乗る。
「……その匂い」
マザーグリードの顔が歪んだ。
「グリド……!」
『アマジン』
「ああ」
右腕へ力を集める。
グリドの食欲。
捕食者の圧倒的な力。
腕が大きく見える。
実際に膨張しているわけじゃない。
でも。
そこにいる。
巨大な捕食者。
その腕。
「貴様ァァァ!!」
マザーグリードが飛び込んでくる。
同時に。
俺は番重を出した。
マザーグリードの背後。
一枚。
大きな番重。
逃げ道を塞ぐ。
「なっ――」
俺は一気に拳を放った。
ドン!!!
拳。
そして。
背後の番重。
その間。
マザーグリードの体が挟まれる。
大きな衝撃が、その場で爆発した。
「が……ッ!!」
床が砕ける。
空間が震える。
マザーグリードの口から血が飛んだ。
そして。
膝を落とす。
「……」
俺は拳を下ろした。
『……』
グリドは何も言わない。
でも。
分かる。
「グリドの」
俺はマザーグリードを見る。
「怒りの拳だ」
マザーグリードは……
もう立ち上がらなかった。
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いよいよ終わりが近いです。
130話で第一部完結となります。
最後までどうぞよろしくお願いします。