「私は……もう消える……」
マザーグリードは膝をついたまま、弱々しく呟いた。
体は少しずつ崩れ始めている。
グリドの怒りを乗せた拳。
そして、ここまで受け続けたダメージ。
もう回復する力は残っていないのだろう。
「ですが……よいです」
「……?」
マザーグリードは顔を上げた。
「また復活した時……今度こそ地球を……」
口元が僅かに笑う。
「そして完璧な器を……主に……」
「まだこんなこと続けるのかよ」
俺は思わず言った。
「てか、主ってなんだよ」
「……」
「グリドも知らないって言ってたぞ」
『せや! わいも知らん!』
マザーグリードは少しだけ黙った。
「器を作る」
そして、静かに答える。
「それが私の生きる意味……」
「生きる意味?」
「復活には長い年月を要します」
マザーグリードは俺を見る。
「ですが、きっと次はお前はいない」
「……」
「もう負けぬ……」
長い年月。
百年。
千年。
どれほどかは分からない。
でも。
こいつはまた戻ってくる。
そして。
また同じことをする。
「とにかく!」
俺はマザーグリードを指さした。
「また同じことをするつもりなんだな?」
「それが使命なのです」
「……そうか」
俺は少し考えた。
そして。
「なら食うわ」
「……」
「マザーグリード」
「何……?」
マザーグリードが俺を見る。
「少なくとも、俺の中にいればとりあえず復活はないだろ」
「貴様が……」
目が見開かれる。
「私を食うだと……?」
『そやでアマジン!!』
「うわっ」
グリドの声が頭の中に響く。
『こいつも招くんかい!!』
『ミルカはどちらでもいい』
「ミルカ!?」
『うん』
『いやお前! 来てすぐそうやったけど、めちゃくちゃくつろいどるな!!』
『食卓。落ち着く』
『順応早すぎるやろ!!』
「……」
マザーグリードは黙っている。
俺はしっかりとマザーグリードを見た。
「主とか使命とか、よく分からねーけどさ」
「……」
「お前は誰のために飯を食ってるんだ?」
マザーグリードの表情が止まった。
「……何?」
「自分のために食えって!」
「……」
たった一言。
その瞬間。
マザーグリードの顔から、何かが抜けた。
本当に。
何かに憑かれていたみたいに。
目元から力が抜ける。
「自分のため……」
「そうだ!」
俺は頷いた。
「飯は自分のために食う!」
「……」
「そんで、みんなで食うとうまいんだ」
父さん。
母さん。
ブラウス。
ガウンさん。
メリスタ所長。
グリド。
ミルカ。
俺は知っている。
一人で食べてもうまい。
でも。
みんなで食うと。
もっとうまい。
「そんなこと……」
マザーグリードが呟く。
「考えたこともなかった……」
「……」
「いや」
自分の手を見る。
「今まで、そんなことを考える余地など……」
言葉が止まる。
しばらく。
誰も話さなかった。
「アマジン……だったか」
「ん?」
マザーグリードが俺を見る。
「ふ……」
僅かに笑った。
「わらわのグルメ細胞が」
「……」
「おぬしになら食われてもいいと言っておるわ……」
「……」
俺は少し黙った。
「ん……?」
「なんじゃ」
「急に話し方変わったな……」
「……」
「さっきまで、私はとか言ってたよな」
「……もうやめるのじゃ」
「何を?」
「自分を偽るのは……」
「……」
なんだろう。
急に。
生きてる感じがする。
今まではマザーグリードという役目そのものが喋っているようだった。
でも。
今は違う。
「なんか急に生きてる感じが出てきたな」
「……うるさい」
「わらわの気が変わる前にはよう食え、アマジン」
「分かったよ」
マザーグリードは目を閉じた。
すると。
体が縮み始める。
「お」
ミルカの時と同じ。
小さく。
丸く。
やがて。
一つの小さな玉になった。
俺の手のひらへ落ちる。
『うわ……』
グリドが言う。
『ほんまに食うんやな』
「ここまで来てやめる方が変だろ」
『お前基準で話すな!』
俺は玉を見る。
その中。
マザーグリードは。
静かに思っていた。
アマジン。
不思議なやつじゃ。
こいつに食われる。
それで。
わらわは。
この支配線の輪廻から外れられる。
主。
器。
使命。
もう。
知らぬ。
「いただきます」
俺は玉を口へ入れた。
飲み込む。
『……ありがとう』
「……?」
『アマジン』
声。
小さい。
でも。
確かに聞こえた。
その直後。
・・・
『あー!!』
グリドの声。
『食ってもうたで!!』
食卓。
俺の中。
グリドが立ち上がっている。
ミルカは椅子に座ったまま。
そして。
ポトリ。
何かが食卓の上へ落ちてきた。
「……」
小さい。
ミルカよりさらに小さい。
幼い少女。
長い髪。
尖った耳。
小さな蝶の羽。
見た目だけなら。
どう見ても幼女だった。
グリドが覗き込む。
『あらまぁ』
「……」
『可愛い姿になりよって』
「……貴様」
少女の目が開く。
「やはりここに居たのか、グリド!!」
『うわ!』
マザーグリードが立ち上がる。
「すべては貴様からじゃ!!」
『なんでやねん!』
「自爆などしよって!!」
『お前がわいらを支配なんかしよるからやろ! 同胞もめちゃくちゃ食いよって……!』
その瞬間、マザーグリードはシュンとした表情になった。
「それは……本当に悪いと思っておる……」
『なんや急にしおらしいな』
「抗えなかったんじゃ……今ならお前らを食いたいなんて思わぬ……」
『……お前も結局支配されてる側やったんやな』
マザーグリードは何も言わずに黙っている。
『まぁ人の事は言えんわ。お前に支配される前からも結構無茶苦茶やったからなわいら!』
グリドは遠くを見ながら言う。
『お前もわいらも、やってきたことは根本的には同じや。食うために滅ぼしたりもしたしな』
『妹』
「……何?」
『これから変わればいい』
「妹じゃと……!?」
マザーグリードがミルカを見る。
「どちらかと言えば母じゃろ!!」
『でも』
ミルカが真顔で言う。
『ミルカより小さい』
「……」
『せやで!』
グリドも頷く。
『妹サイズや、それは!』
「ぐぬぬ……!」
「……」
騒がしい。
ものすごく騒がしくなった。
「はぁ……」
俺は現実で息を吐いた。
「てか……」
周囲を見る。
第二部隊母艦。
静か。
広い。
そして。
地球からかなり離れている。
俺は転送装置も。
帰還用の小型機もないことに気づいた。
「どうやって地球に戻るんだ……?」