マザーグリードが消えたことは、ほぼ同時に全てのグリーントロルへ伝わっていた。
センター入口付近。
ガウンとメリスタの前では、つい先ほどまで襲いかかってきていたグリーントロルたちが一斉に倒れている。
「……なんやこれ」
ガウンは天狗羽団扇を構えたまま周囲を見回した。
一体だけではない。
十体。
百体。
空から降りてきた下位戦士たちも、地上で戦っていた兵士たちも、まるで糸が切れたように気を失っていた。
少し離れた場所にはグリガードも倒れている。
「何が起こったんや?」
「分からぬ」
メリスタは黒き饗宴を解き、静かに息を吐いた。
グリーントロルたちの食欲反応は残っている。
死んではいない。
ただ、それまで全身を縛っていた何かが急に消え、耐えきれず意識を失ったように見えた。
メリスタは周囲に漂う匂いを確かめるように目を閉じた。
「だが……」
「なんや?」
僅かに笑う。
「これは勝利の匂いだ」
「……そうか」
ガウンも空を見る。
「やりよったか。アマジン」
・・・
エリア0。
グリドーズは意識を失ってはいなかった。
体はまだ動かない。
アマジンとの戦いで受けた傷も完全には治っていない。
だが、それ以上に。
今まで自分の中にあった何かが消えていた。
「……」
胸に手を当てる。
食欲。
グルメ細胞。
自分自身。
全部ある。
それなのに。
ずっと体の奥へ食い込んでいた線がない。
主へ繋がる支配の線。
攻撃しようとすれば食欲を止められ、逆らおうとすれば体を縛っていたもの。
それが。
ぶち切れた。
「……アマジン」
グリドーズは天井を見る。
「まさか本当に倒すとはな……」
小さく笑った。
「グリド」
あいつが選んだ地球人。
「面白い奴を見つけたものだ」
・・・
・・
・
・
地球。
センタービオトープ。
上空に巨大な黒い母艦が姿を現した。
「……!」
ガウンとメリスタが同時に空を見る。
「敵母艦!」
「いや、待て!」
母艦の進行速度は遅い。
攻撃態勢でもない。
ゆっくりと高度を下げ、センター入口付近へ近づいてくる。
「誰が操縦しとるんや……?」
その答えはすぐに分かった。
母艦の先端。
一人の少年が立っている。
「……あいつ」
ガウンが目を細める。
「まさか……」
少年は母艦の先端から飛び降りた。
「うおおおおお!!」
「普通に降りてきよった!!」
ガウンが叫ぶ。
アマジンは空中で番重を一枚出し、足を乗せる。
すぐに蹴る。
番重は消える。
もう一枚。
さらにもう一枚。
何度か勢いを殺しながら地上へ降りた。
最後は少しだけ着地に失敗した。
「ぐっ!」
地面を転がる。
「いってぇ……」
「締まらんなぁ!」
「しょうがないだろ! まだ疲れてるんだよ!」
アマジンはゆっくりと立ち上がる。
ガウンとメリスタは、そんな少年を見ていた。
何かが違う。
見た目は同じ。
だが。
食欲の匂いが増えている。
いくつもの気配。
それなのに。
中心にいるのは間違いなくアマジンだった。
メリスタが先に口を開く。
「終わったんだな」
「ああ」
アマジンは頷いた。
「マザーグリードは倒してきた」
「……」
メリスタはしばらく何も言わなかった。
そして、ゆっくりと息を吐く。
「本当に……君には驚かされるばかりだ」
「俺一人じゃないけどな」
「そうか」
「ああ」
その時。
ガウンが周囲を見る。
「でもな」
「ん?」
「こいつら気絶しとるけど、起きたらまた襲ってくるやろ!」
「……確かに」
アマジンも倒れているグリーントロルを見る。
「その心配はない」
「……!」
声。
巨大な槍。
その内部から一体のグリーントロルが歩いてきた。
「グリドーズ!」
メリスタとガウンがすぐに構える。
だが。
グリドーズは攻撃してこない。
一歩。
また一歩。
二人の前まで進む。
そして。
膝をついた。
「我々グリーントロルは」
頭を下げる。
「全面降伏する」
「……」
ガウンが瞬きをする。
「ほんまに?」
「本当だ」
「罠ちゃうやろな?」
「主は消えた」
グリドーズは静かに答える。
「支配の線もない」
「……」
「我々は負けた。これ以上戦う理由はない」
メリスタがグリドーズを見る。
「宇宙のフルコースはどうする」
「それは……」
グリドーズは少し考える。
「また自分たちで考える」
「……そうか」
主。
命令。
支配。
それがなくなった。
グリーントロルたちは。
初めて。
自分たちで決めなければならない。
メリスタは構えを解いた。
「話は必要だな」
「ああ」
グリドーズも頷いた。
その時。
「アマジン!!」
「……!」
聞き慣れた声。
振り向く。
「ブラウス!」
白い髪。
ブラウスがこちらへ走ってくる。
「アマジンさん!」
「おお!」
そのまま目の前まで来る。
「無事でしたか!」
「ああ」
「本当に……」
ブラウスはアマジンの全身を見る。
「なんだか、また気配が変わってますね……!」
「そうか?」
「はい。前よりずっと……複雑というか」
「まぁ」
アマジンは少し考える。
「色々食べたからかな……」
「……色々?」
「色々」
ブラウスは何かを聞こうとした。
だが。
やめた。
「でも」
目に涙が浮かぶ。
「本当に無事でよかったです……!」
「ブラウス……」
ずっと。
待っていた。
宇宙研究所で。
戦況も。
アマジンの状態も分からないまま。
ブラウスは泣きながら笑った。
「本当に……よかった」
「ああ」
アマジンも笑う。
「お前の飯が食いたい」
「……」
「ブラウス」
その言葉に。
ブラウスは少し驚いた。
そして。
「ふふ」
笑った。
「変わらないですね。アマジンさん」
「だろ?」
「はい」
メリスタは二人を見る。
「ガウン」
「なんや?」
「二人を連れて研究所へ戻ってくれ」
「お前は?」
「私はこのグリーントロルと話をする」
メリスタはグリドーズを見る。
「聞かなければならないことが山ほどある」
「……そうやな」
ガウンは頷いた。
「分かった」
そして。
アマジンとブラウスの背中を叩く。
「よっしゃ!」
「痛っ!」
「二人とも帰るで!!」
「ガウンさん、もう少し優しく!」
「元気そうやからええやろ!」
三人が歩き始める。
アマジンは一度だけ振り返った。
センター。
巨大な槍。
倒れているグリーントロル。
その向こうには、静かな空が広がっている。
「……終わったんだな」
「アマジンさん?」
前を見る。
本当に。
終わった。
アマジンはブラウスと並び、研究所へ向かって歩き出した。
次回、最終話、
8月1日0時00分に更新予定です。
最後までよろしくお願いします!