第二部開始前の「地球旅編」として、
アマジンたちが千年前の名所や食材を巡ります!
地球旅編 1食目 サンサングラミー
マザーグリードを討伐してから、約一年が経った。
世界は少しずつ落ち着きを取り戻している。
グリーントロルとの関係も、最初はどうなることかと思ったが、メリスタ会長たちが中心となって和平へ向けた話し合いを進めている。
俺も美食屋になった。
地球のフルコースも巡った。
最上位ライセンスも手に入れた。
そして、これから俺は宇宙へ出る。
宇宙のフルコースを集め、自分だけの人生のフルコースを作るために。
でも、その前にどうしても見ておきたい場所があった。
「うお……」
目の前に広がる景色を見て、俺は思わず声を漏らした。
モルス山脈。
そこに存在する世界三大瀑布の一つ。
超巨大な滝、デスフォール。
毎分一兆リットルもの水が落ちると言われ、厚みは一キロにも及ぶ巨大な水の壁。
ミサイルを何発撃っても通過できず、リーガルマンモス級の猛獣ですら押し潰されるとされる、狂ったような滝だ。
その轟音が、山脈全体を揺らしている。
空気は水飛沫で白く濁り、風というより水の圧力そのものが体にぶつかってくる。
俺はそれを見上げながら、胸の奥が熱くなるのを感じていた。
俺の記憶と、まったく同じだ。
……いや、少し違う。
滝の一部がわずかに崩れている。
長い年月で削れたのか。
それとも、四獣が通った傷がまだ少し残っているのかもしれない。
千年経っても、残るものは残るんだな。
「すごいですね……」
隣でブラウスが呟いた。
白い髪が水飛沫に濡れている。
俺は頷いた。
「ああ。やっぱりすごいな、デスフォール」
「アマジンは、ここへ来たかったんですよね」
「そうだな」
俺は滝を見上げたまま答える。
「フルコースも巡ったし、美食屋にもなった。これから宇宙へ出る。だけどその前に、昔の美食屋が巡った場所を俺も見ておきたいんだ」
「昔の美食屋、ですか」
「ああ」
前世で読んだ物語。
トリコが巡った場所。
小松が料理した食材。
地球のフルコースだけじゃない。
あの物語には、いくつもの場所と味があった。
千年経っているから、かなり変わっている場所も多い。
むしろ、原形が残っていない場所だってあるだろう。
それでも見たい。
この世界で生きている俺が、自分の足で、その場所を巡っておきたい。
聖地巡礼みたいなものだな。
もちろん、そんな言葉はブラウスには言えないけど。
「この滝を突っ切るんですか?」
ブラウスがデスフォールを見ながら聞いてきた。
「ああ!」
「普通なら止めるところなんですが……アマジンが言うと、できそうな気がしてしまうのが困りますね」
「できるって!」
俺は食欲を練る。
「俺のスティショバイトの番重をいかだ代わりにする。そして、星芯番重を傘代わりにな!」
「なるほど……」
ブラウスは一瞬考え込んだ。
「水圧を上から星芯番重で受け、足場はスティショバイト番重で確保するわけですね」
「そういうことだ!」
「ただ、横からの水流と岩、巨木の衝突が問題ですね」
「そこは上の番重でいなす」
「分かりました。私は衝撃を見て補助します」
「頼む!」
俺はまず、スティショバイトの番重をいくつか出した。
それをいかだのように重ね、間に空気の層を作る。
水に沈まないよう、浮力を調整する。
そして、俺たちはその上に乗った。
次に、大きめの星芯番重を頭上へ展開する。
さらにその上へ、五枚ほど番重を重ねた。
重い。
さすがに重い。
星芯番重は頑丈だが、その分、俺の食欲をかなり持っていく。
これ以上増やすと、力が分散して支えきれないな。
「行くぞ!」
「はい!」
番重のいかだが、デスフォールへ近づいていく。
近づくだけで、音が変わった。
轟音。
衝撃。
水飛沫。
目の前が真っ白になる。
そして、俺たちは滝の中へ入った。
「ぐっ……!」
重い。
水が落ちているだけなのに、上から巨大な山を押し付けられているようだ。
星芯番重が軋む。
その上に重ねた番重が、水の流れを受けて震える。
さらに、水だけじゃない。
巨木が落ちてくる。
岩が混じっている。
滝の上流から巻き込まれたものが、凶器のような速度で降ってくる。
「右です!」
ブラウスの声が聞こえた気がした。
いや、ほとんど聞こえない。
だが、気配で分かる。
俺は上の番重の角度を変え、落ちてきた岩を受け流した。
岩は番重の表面を削りながら、水の流れに押されて横へ流れていく。
次に巨木。
これは受け止めず、五枚の番重をずらすように動かして、滑らせる。
衝撃が腕に来る。
だが、いける。
「さすがに人間界だから、そこまで苦労はしないな!」
俺は轟音に負けないよう叫んだ。
「とはいえ、なかなかの環境ですが……!」
ブラウスも声を張る。
だが、滝の音に半分以上かき消されている。
「サンサングラミー。実は僕、食べたことがないんですよね!」
「そうなのか!?」
「ええ! モルス油はよく使いますが、サンサングラミー自体は流通してませんからね!」
「確かに捕獲が難しいが、流通していないとはな!」
サンサングラミー。
魚自体の捕獲レベルは、一以下と言われる。
だが、生息地が問題だ。
デスフォールの裏の洞窟。
この滝を越えなければ辿り着けない場所にいる。
つまり、魚は弱くても、捕獲難度は跳ね上がる。
デスフォール突破込みなら、レベルは八十を超すと言っていい。
「多分、それ以上と考えられている食材が多いからですね!」
ブラウスが続ける。
「なんというか、人間界の食材は軽視されがちです!」
「なるほどな……この飽食時代ならではの問題だな!」
千年後の世界には、強烈な食材が山ほどある。
グルメ界の食材も、人々にとってかなり身近になった。
だからこそ、人間界の食材が昔より軽く見られているのかもしれない。
でも。
「人間界の食材も、美味しいものはたくさんあります!」
ブラウスの声には、料理人としての熱があった。
「だからサンサングラミーも気になります!」
「きっとうまいぜ!」
俺は滝の奥を見た。
白い水の壁の向こうに、黒い穴のような影がある。
「穴が見えてきた! 行こう!」
俺は番重の角度を変えた。
水流に押される力を利用し、いかだごと横へ滑らせる。
最後に、頭上の星芯番重で水の壁を押し返す。
視界が開けた。
俺たちは滝の裏側にある洞窟へ飛び込んだ。
洞窟へ入ると、外の轟音が一気に遠くなった。
それでも滝の音は聞こえる。
だが、さっきまでの体を叩き潰すような音ではない。
洞窟内には、油のような独特の香りが漂っていた。
モルス油。
サンサングラミーが泳ぐ黄金の油。
「ブラウス。待ってくれ」
「はい?」
俺はブラウスの肩を掴んだ。
ここから先は、普通に進んではいけない。
サンサングラミーは、強い気配に触れると一気に死んでしまう。
だから必要なのは、強さではなく弱さ。
「借威幻獣――フェイク・プレデター」
俺は気配を纏った。
ただし、いつものような巨大な捕食者の気配ではない。
最弱な猛獣と言われる、ヘビガエルの気配。
弱く、薄く、危険のない存在。
その気配を俺たちの周囲に広げる。
「サンサングラミーは強い気配で一気に死ぬんだ。だから、これで進んでいくぞ」
「そうなんですね!」
ブラウスが驚いたように目を開く。
「そこまで細かい資料はなかったと思うんですが……」
「ま、まぁ俺も色んなところから知識を入れてるんだよ」
「グリド達にも聞けますし、終末の食客とも知り合いですもんね……素晴らしいです」
「あ、ああ。そういうことだ」
ブラウスは勝手に納得してくれた。
助かった。
まだ俺は、前世のことをブラウスに話していない。
今はまだ、話すタイミングじゃない気がしている。
とはいえ、話すときはサクッと話そうと思っている。
俺たちは気配を殺したまま、洞窟を奥へ進んだ。
道は入り組んでいるように見えるが、俺は迷わなかった。
記憶にある。
紙越しに見た場所。
漫画で読んだ構造。
もちろん現実は違う。
千年も経っている。
それでも、最奥へ向かう道は不思議と分かった。
そして。
「いた……」
最奥の空間。
そこには、黄金色のモルス油の池があった。
その中を、優雅に魚が泳いでいる。
サンサングラミー。
見える範囲で四匹。
金色に輝く油の中で、白銀の体がゆっくりと揺れていた。
「美しい魚ですね……」
ブラウスの声が自然と小さくなる。
料理人として、食材へ敬意を払う声だった。
ブラウスはゆっくりと近づき、静かに入水した。
モルス油が少し揺れる。
「あ、ブラウス! そいつの締め方は……」
そう言いかけた時には、もう遅かった。
いや、遅くなかった。
ブラウスはすでに、四匹とも腐らせずに締めていた。
あまりにも自然な手つきだった。
水面も、いや油面も、ほとんど揺れていない。
サンサングラミーは苦しむことなく、味を損なうこともなく、完璧に締められている。
「なんですか?」
ブラウスがこちらを見る。
「いや、なんでもない」
俺は思わず笑った。
「やっぱすごい技術だな」
「ありがとうございます」
ブラウスは少しだけ照れたように笑った。
「四匹ですが、もっと捕獲しますか?」
「いや、十分だろう」
俺はサンサングラミーを見て、腹が鳴るのを感じた。
「安全なところに出て食おうぜ!!」
「はい!」
俺たちはサンサングラミーを持ち、デスフォールの外へ戻った。
安全な場所まで移動すると、ブラウスはすぐに調理の準備を始めた。
サンサングラミーをモルス油で素揚げにした。
表面はこんがりとして、幾層にも重なったウロコが煎餅のように輝いていた。
金色の皮。
その下から覗く白銀の身。
見ているだけで腹が減る。
「よし、食おう!」
俺は手を合わせかけて、ふと思い出した。
「あ、そういえばメルクの星屑をかけた方がうまいんだった」
「持ってきてます!」
ブラウスはすぐに小さな瓶を取り出した。
さすがだ。
「メルクの星屑が合うのでしたら、これもいいかもしれません」
そう言って、ブラウスがもう一つの容器を出した。
中には、赤黒い粉末が入っている。
「それは?」
「山神百味です。妖食界の香辛料を中心に、百種類以上の辛味と香りを合わせた激辛スパイスです」
「いいね!」
俺はすぐに頷いた。
「二匹ずつ、それぞれかけて食おうぜ!」
「はい!」
四匹のサンサングラミー。
二匹にはメルクの星屑。
もう二匹には山神百味。
まずは、メルクの星屑をかけた方からだ。
「いただきます!」
「いただきます」
俺はサンサングラミーへかぶりついた。
瞬間、表面がサクッと砕けた。
幾層にも重なったウロコの皮が、香ばしい煎餅のように音を立てる。
その下から、しっとりとした白身が現れた。
肉厚。
ジューシー。
噛むたびに、濃厚な旨味がじわっと溢れ出す。
モルス油で自然に揚がった表面の香ばしさと、白銀に輝く身の甘味。
そこにメルクの星屑の塩味と鉱物のような深い香りが重なる。
「うまい……!」
記憶で知っていた。
前世で読んだ時から、絶対にうまいと思っていた。
でも、実際に食べると全然違う。
原作で見た通りのうまさ。
いや、今はそれを自分の舌で味わっている。
めちゃくちゃうまい。
「これは……素晴らしいですね」
ブラウスも目を輝かせている。
「身の旨味が強いのに、全然重くありません。モルス油が身の臭みを完全に包んで、香ばしさに変えています」
「だろ!」
「これが流通していないのは、もったいないですね」
「本当にな!」
次は山神百味だ。
赤黒い粉末をまとったサンサングラミーは、見た目だけでかなり強そうになっている。
俺は迷わずかぶりついた。
最初に来たのは香りだった。
山。
火。
獣。
薬草。
鼻の奥で、いくつもの香辛料が一気に開く。
そして少し遅れて、辛味が来た。
「おお……!」
深みのある辛さ。
ただ舌を刺すだけじゃない。
後から後から、層のように辛さと旨味が広がっていく。
サンサングラミーの脂の甘味が、山神百味の辛さを受け止めている。
辛い。
でもうまい。
むしろ、辛さがあるから白身の甘味がさらに分かる。
「うまい!」
「合いますね!」
ブラウスも嬉しそうに頷いた。
「メルクの星屑は旨味を澄ませる感じですが、山神百味は旨味を深く沈める感じです」
「分かる!」
「サンサングラミーが人間界の食材だからこそ、香辛料の個性を受け止められるのかもしれません」
「やっぱり人間界の食材も最高だな!」
「はい!」
俺たちはしばらく、サンサングラミーを堪能した。
デスフォールの轟音が遠くで響いている。
千年前から残る滝。
その裏にいる、今でも変わらず美味い魚。
変わったものはたくさんある。
変わらないものも、確かにある。
俺は最後の一口を飲み込み、空を見上げた。
宇宙へ出る前に、こうして地球を巡っておいて良かった。
まだまだ、この星には食うべきものがある。
「次はどこへ行きますか?」
ブラウスが聞いてきた。
「そうだな……」
俺は笑った。
「行きたい場所は、まだまだあるからな!」
「付き合いますよ」
「ありがとう!」
俺は立ち上がる。
「全部は無理でも、行けるだけ行こうぜ!」
「はい!」
デスフォールの水音を背に、俺たちは次の目的地を考え始めた。