千年後のグルメ時代   作:鳩夜(HATOYA)

133 / 133
2食目 オゾン草とベジタブルスカイ下層圏

 俺たちは、グルメスペースエレベーターで上空へ向かっていた。

 地上から宇宙まで続く巨大な塔。

 

 いや、塔というより空そのものに刺さった一本の道だ。

 透明な壁の向こうでは、地上がどんどん小さくなっていく。

 

 山も。

 森も。

 川も。

 街も。

 

 全部がゆっくりと遠ざかっていく。

 

「すげえな……」

 

 俺は窓に張り付くようにして外を見た。

 昔なら、空へ行くだけでも大冒険だったはずだ。

 

 それが今では、こうしてエレベーターに乗っているだけで上へ上へと運ばれていく。

 便利になったな……。

 

「アマジン、そろそろです」

 

 ブラウスが言った。

 エレベーターは宇宙まで繋がっているが、俺たちはその手前、上空二万メートル付近で止まった。

 

 扉が開く。

 

 目の前には、横に長く伸びる通路があった。

 雲の中へ突き刺さるような透明な通路。

 

 その中を、乗るだけで前へ進む移動装置が走っている。

 

「ここから横移動か」

 

「はい。ベジタブルスカイ下層圏への連絡通路です」

 

「下層圏?」

 

「ええ。今はそう呼ばれています」

 

 俺は少し首を傾げた。

 ベジタブルスカイに下層も上層もあったか?

 

 いや、千年経っているんだ。

 

 変わっていて当然か。

 俺たちは移動装置に乗り、横へ横へと進んでいく。

 

 外には白い雲が広がっていた。

 その雲の奥に、緑色の影が見える。

 

「本当に便利になったな……」

 

 俺が呟くと、ブラウスが少し笑った。

 

「僕たちは調査名目で入れますが、本来なら食べ放題二時間で三千万円前後ですね」

 

「三千万!?」

 

「はい」

 

「俺なら元は取れそうだな……!」

 

「いや、どれだけ食べるんですか……」

 

「二時間だろ? けっこういけると思うぞ」

 

「施設側が泣きますよ」

 

「元が三千万なら大丈夫だろ!」

 

「アマジン基準で考えないでください」

 

 そんなことを話しているうちに、通路の先が明るくなった。

 そして俺たちは、雲の上へ出た。

 

 ベジタブルスカイ。

 

 空気は薄いどころか、むしろ濃く感じた。

 

 緑の匂い。

 土の匂い。

 水の匂い。

 そして、野菜の香り。

 

 上空二万メートルとは思えないほど、空気に味がある。

 

 一面の緑だった。

 みずみずしい野菜が、そこら中に生えている。

 

 雲の大地の上に畑が広がり、葉が風に揺れ、実が光を受けて輝いている。

 野菜の楽園。

 

 まさにそんな場所だった。

 

 少し離れた場所では、身なりの良い人たちがテーブルについて野菜を食べていた。

 白いテーブルクロス。

 

 綺麗な皿。

 上品なナイフとフォーク。

 

 そして山のように盛られた天空野菜。

 皆、ゆっくりと味わっている。

 

「優雅に食べてるな……」

 

 俺は思わず呟いた。

 

「二時間しかないのに、もっと焦れよ!」

 

「焦って食べる場所ではないと思いますよ」

 

「三千万だぞ!?」

 

「そういう人たちは、時間より雰囲気を味わいに来ているのでは?」

 

「もったいない……」

 

「アマジンなら本当に元を取りそうですね」

 

「当然だ!」

 

 ブラウスは苦笑しながら、奥の方を指さした。

 

「とりあえず未開放地区に行きましょう。オゾン草はそこにあります」

 

「おう」

 

 俺たちは観光区画を抜け、そのまま奥へ進んでいった。

 整備された畑が少しずつ減り、代わりに自然そのままの野菜が増えていく。

 

 雲の大地は柔らかいのに、不思議と沈まない。

 葉の一枚一枚が大きく、露の粒が宝石みたいに輝いている。

 

 そして、未開放地区の境界を越えた瞬間、景色が変わった。

 

「うわ、すげえ!!」

 

 俺は思わず声を上げた。

 そこには、見渡す限りのオゾン草が生えていた。

 

 淡く光る葉。

 何層にも重なった、空の恵みそのものみたいな野菜。

 

「これ全部オゾン草ですか!」

 

 ブラウスも目を輝かせている。

 生で見るオゾン草に、俺はすごく感動していた。

 

 前世で見た。

 ずっと食ってみたかった。

 

 でも今、目の前にある。

 俺は本当に、この世界にいるんだな。

 

「臭いが強烈な葉から順に、二枚同時に剥いでいかないと駄目だな」

 

「そうですね」

 

 ブラウスはオゾン草をじっと見る。

 

「ただ、アマジンにも見えませんか? 美食物質」

 

「見える……!」

 

 オゾン草の葉の間に、きらめく線が絡んでいた。

 

 光の糸。

 味の道筋。

 

 それは、どの葉を剥ぐべきかを示している。

 

 強い匂いの葉。

 次に開く葉。

 同時に剥ぐべき二枚。

 

 全部、線が教えてくれているようだった。

 

「そういえば、サンサングラミーの道もこれが見えてるおかげでスムーズに行けたな」

 

「もうずっと見えているから、日常の光景になってしまいましたね」

 

 ブラウスが穏やかに言った。

 

「でも、しっかりと見極めることをやめてはいけませんよ」

 

「そうだな……改めて気を付ける」

 

 見えるから簡単、ではない。

 見えるからこそ、雑に扱えば食材に失礼だ。

 

 俺はオゾン草の前にしゃがんだ。

 ブラウスも隣に座る。

 

「いくぞ」

 

「はい」

 

 俺たちは、二枚同時に葉を剥いでいく。

 一枚では駄目。

 タイミングがずれても駄目。

 

 指先に食欲を通し、葉の呼吸に合わせる。

 

 ぴたり。

 

 同時に剥ぐ。

 強烈な匂いが空へ抜ける。

 

 また次の葉。

 また二枚。

 

 美食物質の線を追いながら、一枚ずつ、いや二枚ずつ、丁寧に剥いでいく。

 

 そして。

 

「出てきた……!」

 

 中心から、透き通るような緑の葉が現れた。

 

 オゾン草。

 

 天からの恵みを直に受けた、野菜の頂点とも言える食材。

 一口食べれば、地上の野菜がすべて賞味期限切れに感じるほどの瑞々しさと、新鮮な旨味を味わえると言われている。

 俺の腹が鳴った。

 

「よし、同時にかじろうぜ!」

 

「え?」

 

 ブラウスが少し驚いた顔をする。

 

「そんなことをしなくても、調理で食べられるようになりますよ」

 

「そ、そうなのか!?」

 

「はい。オゾン草の反応を保ったまま処理できます」

 

「マジか……」

 

 千年後すごいな。

 昔は二人で同時にかじる必要があったはずなのに。

 

 いや、でも。

 

「せっかくだし、同時にかじってみようぜ!」

 

「え?」

 

「早く食いたいし!」

 

 ブラウスは少し呆れたように笑った。

 

「そうですね!」

 

 俺たちはオゾン草を手に持つ。

 向かい合うようにして、同じ葉の左右へ口を近づけた。

 

「いただきます!」

 

「いただきます!」

 

 同時に、かじった。

 

「うまい!」

 

 口の中で、野菜が弾けた。

 

 水分ではない。

 空だ。

 まるで空そのものを噛んだような瑞々しさ。

 

 葉の繊維がほどけるたびに、澄んだ甘味と青い旨味が広がっていく。

 苦味すらうまい。

 青臭さすら香りになる。

 

 噛むたびに、体の中の空気が入れ替わるようだった。

 

「これは……すごいですね」

 

 ブラウスも目を見開いている。

 

「調理したものとはまた違います。直接かじることで、空気を含んだまま味わえるんですね」

 

「だろ!」

 

「これは同時にかじって正解でした」

 

「だよな!」

 

 俺たちはその後も、オゾン草やベジタブルスカイの野菜を堪能した。

 

 雲トマト。

 空豆ではなく、本当に空気を吸って膨らむ豆。

 太陽の光で甘味が変わる天空レタス。

 水滴だけで育つ透明キュウリ。

 

 どれもこれも、地上の野菜とは違う。

 空を食って育った味がした。

 しばらく食べた後、ブラウスが満足そうに息を吐いた。

 

「ベジタブルスカイ下層圏は、これで堪能できましたね」

 

「下層……?」

 

 俺は改めて聞き返した。

 

「さっきも言ってたけど、下層って何だ?」

 

「ベジタブルスカイは知っているのに、上層圏は知らないんですか?」

 

「知らなかった……」

 

 ブラウスは少しだけ真面目な顔になる。

 

「IGO美食屋専用情報もちゃんと見てくださいね」

 

「そうだな。これからしっかり見る!」

 

「本当ですか?」

 

「本当だって!」

 

「前にも似たようなことを言っていた気がします」

 

「今度こそだ!」

 

 ブラウスは軽くため息をついた。

 でも、すぐに空のさらに上を見た。

 

「現在、ここはベジタブルスカイ下層圏と呼ばれています。以前はこの高度が天空野菜の代表的な生息地でした」

 

「じゃあ、今は?」

 

「さらに上に、上層圏があります」

 

「上があるのか!?」

 

「はい。ですが、上層圏は未開拓状態です。グルメスペースエレベーターから直接入れるルートもありません」

 

「どうやって行くんだ?」

 

「巨大なツタから登っていきます」

 

 俺は笑った。

 

「いいね、それ!」

 

「危険ですよ」

 

「そういうのがしたかった!」

 

「やはりそう言うと思いました」

 

「行こうぜ、早速!」

 

「はい。ただし、下層圏とは難易度がまるで違います。油断しないでください」

 

「分かってる!」

 

 俺は空を見上げた。

 雲のさらに上。

 

 そこに、まだ知らない野菜の世界がある。

 千年前にはなかったか、あるいは誰も辿り着けなかった場所。

 

 ベジタブルスカイ上層圏。

 地球は、宇宙へ行く前からまだまだ上に伸びているらしい。

 

「行くぞ、ブラウス!」

 

「はい!」

 

「きゅい!」

 

 その時、俺の肩の上で、はむまるも元気よく鳴いた。

 そういえば、こいつはずっと俺の肩に乗ったまま、雲トマトや天空レタスを頬袋に詰め込んでいた。

 

「お前、いつの間にそんなに食ってたんだよ」

 

「きゅ!」

 

「……まぁいいか。上に行ったら、もっと見たことない野菜があるかもしれないぞ」

 

「きゅい!!」

 

 はむまるは一気にやる気を出し、俺の肩の上で空を見上げた。

 俺たちは、上層圏へ続く巨大なツタがある場所へ向かった。




自分用設定資料を文章にしたのものを、ちょこちょこ投稿させていただきます!
(第二部がスタートしてしまうと、出す機会がなさそうなので……)

また、誤字報告を頂いており本当に助かってます。
見直してるつもりが、やはり結構あるものですね……。
有難うございます!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

その美食屋、転生者につき(作者:苦笑いの妖精)(原作:トリコ)

トリコの世界を便利な3つのチートと共に生きていく。▼息抜きに書いた習作です。


総合評価:7275/評価:6.74/短編:14話/更新日時:2026年06月04日(木) 22:26 小説情報

戦国転生 4歳から始める十種影法術(作者:匿名希望)(原作:呪術廻戦)

R08.06.19完結しました。▼今後日談的なエピソードを更新していきます、3エピソード予定でしたが、長くなりそうです。▼つまみ食いのような感じなので期待せずお待ちください。▼慶長に行われる御前試合から逃げ切りたい転生者くんの話です。▼10〜14歳のどこかの影久のイメージです。AIくんありがとう・・・。▼【挿絵表示】▼下の画像はネタバレあるので気をつけてくだ…


総合評価:4274/評価:8.22/完結:65話/更新日時:2026年07月09日(木) 12:28 小説情報

グルメ界で、鹿でしかない(作者:産地直送の焼き鳥)(原作:トリコ)

起きたら背中に森が生えているシカだった。▼夢かと思ったが、しかしシカだった


総合評価:9126/評価:8.81/連載:5話/更新日時:2026年06月25日(木) 20:15 小説情報

0.1%の積み重ね(作者:仮面のカルメン)(原作:HUNTER×HUNTER)

HUNTER×HUNTERの世界に転生したフクリ。▼戦闘の才能は普通。努力もできればしたくない。▼そんな彼が作ったのは、念能力に使えるメモリが毎日0.1%ずつ増えていく能力「複利」。▼時間を味方につけ、増え続けるメモリで新たな能力を作りながら、少しずつ強くなっていく。▼これは、才能ではなく“積み重ね”で最強を目指す男の物語。▼※時系列、年齢がおかしくなってい…


総合評価:6605/評価:7.68/連載:46話/更新日時:2026年08月11日(火) 12:40 小説情報

かめはめ×ハンター(作者:波動待ち)(原作:HUNTER×HUNTER)

子供の頃、俺には夢があった。▼ かめはめ波を撃つことだ。▼ 当然、出なかった。▼ 何度構えても、何度叫んでも、掌から出るのは気合だけ。やがて俺は大人になり、かめはめ波なんて撃てないという、つまらない現実を受け入れた。▼ そして二十七歳で死んだ。▼ 気がつけば、俺は見知らぬ世界の赤ん坊に転生していた。▼ 巨大な獣、見たことのない国、妙に身体能力の高い人間たち。…


総合評価:6944/評価:7.65/連載:11話/更新日時:2026年08月15日(土) 00:05 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>