俺たちは、グルメスペースエレベーターで上空へ向かっていた。
地上から宇宙まで続く巨大な塔。
いや、塔というより空そのものに刺さった一本の道だ。
透明な壁の向こうでは、地上がどんどん小さくなっていく。
山も。
森も。
川も。
街も。
全部がゆっくりと遠ざかっていく。
「すげえな……」
俺は窓に張り付くようにして外を見た。
昔なら、空へ行くだけでも大冒険だったはずだ。
それが今では、こうしてエレベーターに乗っているだけで上へ上へと運ばれていく。
便利になったな……。
「アマジン、そろそろです」
ブラウスが言った。
エレベーターは宇宙まで繋がっているが、俺たちはその手前、上空二万メートル付近で止まった。
扉が開く。
目の前には、横に長く伸びる通路があった。
雲の中へ突き刺さるような透明な通路。
その中を、乗るだけで前へ進む移動装置が走っている。
「ここから横移動か」
「はい。ベジタブルスカイ下層圏への連絡通路です」
「下層圏?」
「ええ。今はそう呼ばれています」
俺は少し首を傾げた。
ベジタブルスカイに下層も上層もあったか?
いや、千年経っているんだ。
変わっていて当然か。
俺たちは移動装置に乗り、横へ横へと進んでいく。
外には白い雲が広がっていた。
その雲の奥に、緑色の影が見える。
「本当に便利になったな……」
俺が呟くと、ブラウスが少し笑った。
「僕たちは調査名目で入れますが、本来なら食べ放題二時間で三千万円前後ですね」
「三千万!?」
「はい」
「俺なら元は取れそうだな……!」
「いや、どれだけ食べるんですか……」
「二時間だろ? けっこういけると思うぞ」
「施設側が泣きますよ」
「元が三千万なら大丈夫だろ!」
「アマジン基準で考えないでください」
そんなことを話しているうちに、通路の先が明るくなった。
そして俺たちは、雲の上へ出た。
ベジタブルスカイ。
空気は薄いどころか、むしろ濃く感じた。
緑の匂い。
土の匂い。
水の匂い。
そして、野菜の香り。
上空二万メートルとは思えないほど、空気に味がある。
一面の緑だった。
みずみずしい野菜が、そこら中に生えている。
雲の大地の上に畑が広がり、葉が風に揺れ、実が光を受けて輝いている。
野菜の楽園。
まさにそんな場所だった。
少し離れた場所では、身なりの良い人たちがテーブルについて野菜を食べていた。
白いテーブルクロス。
綺麗な皿。
上品なナイフとフォーク。
そして山のように盛られた天空野菜。
皆、ゆっくりと味わっている。
「優雅に食べてるな……」
俺は思わず呟いた。
「二時間しかないのに、もっと焦れよ!」
「焦って食べる場所ではないと思いますよ」
「三千万だぞ!?」
「そういう人たちは、時間より雰囲気を味わいに来ているのでは?」
「もったいない……」
「アマジンなら本当に元を取りそうですね」
「当然だ!」
ブラウスは苦笑しながら、奥の方を指さした。
「とりあえず未開放地区に行きましょう。オゾン草はそこにあります」
「おう」
俺たちは観光区画を抜け、そのまま奥へ進んでいった。
整備された畑が少しずつ減り、代わりに自然そのままの野菜が増えていく。
雲の大地は柔らかいのに、不思議と沈まない。
葉の一枚一枚が大きく、露の粒が宝石みたいに輝いている。
そして、未開放地区の境界を越えた瞬間、景色が変わった。
「うわ、すげえ!!」
俺は思わず声を上げた。
そこには、見渡す限りのオゾン草が生えていた。
淡く光る葉。
何層にも重なった、空の恵みそのものみたいな野菜。
「これ全部オゾン草ですか!」
ブラウスも目を輝かせている。
生で見るオゾン草に、俺はすごく感動していた。
前世で見た。
ずっと食ってみたかった。
でも今、目の前にある。
俺は本当に、この世界にいるんだな。
「臭いが強烈な葉から順に、二枚同時に剥いでいかないと駄目だな」
「そうですね」
ブラウスはオゾン草をじっと見る。
「ただ、アマジンにも見えませんか? 美食物質」
「見える……!」
オゾン草の葉の間に、きらめく線が絡んでいた。
光の糸。
味の道筋。
それは、どの葉を剥ぐべきかを示している。
強い匂いの葉。
次に開く葉。
同時に剥ぐべき二枚。
全部、線が教えてくれているようだった。
「そういえば、サンサングラミーの道もこれが見えてるおかげでスムーズに行けたな」
「もうずっと見えているから、日常の光景になってしまいましたね」
ブラウスが穏やかに言った。
「でも、しっかりと見極めることをやめてはいけませんよ」
「そうだな……改めて気を付ける」
見えるから簡単、ではない。
見えるからこそ、雑に扱えば食材に失礼だ。
俺はオゾン草の前にしゃがんだ。
ブラウスも隣に座る。
「いくぞ」
「はい」
俺たちは、二枚同時に葉を剥いでいく。
一枚では駄目。
タイミングがずれても駄目。
指先に食欲を通し、葉の呼吸に合わせる。
ぴたり。
同時に剥ぐ。
強烈な匂いが空へ抜ける。
また次の葉。
また二枚。
美食物質の線を追いながら、一枚ずつ、いや二枚ずつ、丁寧に剥いでいく。
そして。
「出てきた……!」
中心から、透き通るような緑の葉が現れた。
オゾン草。
天からの恵みを直に受けた、野菜の頂点とも言える食材。
一口食べれば、地上の野菜がすべて賞味期限切れに感じるほどの瑞々しさと、新鮮な旨味を味わえると言われている。
俺の腹が鳴った。
「よし、同時にかじろうぜ!」
「え?」
ブラウスが少し驚いた顔をする。
「そんなことをしなくても、調理で食べられるようになりますよ」
「そ、そうなのか!?」
「はい。オゾン草の反応を保ったまま処理できます」
「マジか……」
千年後すごいな。
昔は二人で同時にかじる必要があったはずなのに。
いや、でも。
「せっかくだし、同時にかじってみようぜ!」
「え?」
「早く食いたいし!」
ブラウスは少し呆れたように笑った。
「そうですね!」
俺たちはオゾン草を手に持つ。
向かい合うようにして、同じ葉の左右へ口を近づけた。
「いただきます!」
「いただきます!」
同時に、かじった。
「うまい!」
口の中で、野菜が弾けた。
水分ではない。
空だ。
まるで空そのものを噛んだような瑞々しさ。
葉の繊維がほどけるたびに、澄んだ甘味と青い旨味が広がっていく。
苦味すらうまい。
青臭さすら香りになる。
噛むたびに、体の中の空気が入れ替わるようだった。
「これは……すごいですね」
ブラウスも目を見開いている。
「調理したものとはまた違います。直接かじることで、空気を含んだまま味わえるんですね」
「だろ!」
「これは同時にかじって正解でした」
「だよな!」
俺たちはその後も、オゾン草やベジタブルスカイの野菜を堪能した。
雲トマト。
空豆ではなく、本当に空気を吸って膨らむ豆。
太陽の光で甘味が変わる天空レタス。
水滴だけで育つ透明キュウリ。
どれもこれも、地上の野菜とは違う。
空を食って育った味がした。
しばらく食べた後、ブラウスが満足そうに息を吐いた。
「ベジタブルスカイ下層圏は、これで堪能できましたね」
「下層……?」
俺は改めて聞き返した。
「さっきも言ってたけど、下層って何だ?」
「ベジタブルスカイは知っているのに、上層圏は知らないんですか?」
「知らなかった……」
ブラウスは少しだけ真面目な顔になる。
「IGO美食屋専用情報もちゃんと見てくださいね」
「そうだな。これからしっかり見る!」
「本当ですか?」
「本当だって!」
「前にも似たようなことを言っていた気がします」
「今度こそだ!」
ブラウスは軽くため息をついた。
でも、すぐに空のさらに上を見た。
「現在、ここはベジタブルスカイ下層圏と呼ばれています。以前はこの高度が天空野菜の代表的な生息地でした」
「じゃあ、今は?」
「さらに上に、上層圏があります」
「上があるのか!?」
「はい。ですが、上層圏は未開拓状態です。グルメスペースエレベーターから直接入れるルートもありません」
「どうやって行くんだ?」
「巨大なツタから登っていきます」
俺は笑った。
「いいね、それ!」
「危険ですよ」
「そういうのがしたかった!」
「やはりそう言うと思いました」
「行こうぜ、早速!」
「はい。ただし、下層圏とは難易度がまるで違います。油断しないでください」
「分かってる!」
俺は空を見上げた。
雲のさらに上。
そこに、まだ知らない野菜の世界がある。
千年前にはなかったか、あるいは誰も辿り着けなかった場所。
ベジタブルスカイ上層圏。
地球は、宇宙へ行く前からまだまだ上に伸びているらしい。
「行くぞ、ブラウス!」
「はい!」
「きゅい!」
その時、俺の肩の上で、はむまるも元気よく鳴いた。
そういえば、こいつはずっと俺の肩に乗ったまま、雲トマトや天空レタスを頬袋に詰め込んでいた。
「お前、いつの間にそんなに食ってたんだよ」
「きゅ!」
「……まぁいいか。上に行ったら、もっと見たことない野菜があるかもしれないぞ」
「きゅい!!」
はむまるは一気にやる気を出し、俺の肩の上で空を見上げた。
俺たちは、上層圏へ続く巨大なツタがある場所へ向かった。
自分用設定資料を文章にしたのものを、ちょこちょこ投稿させていただきます!
(第二部がスタートしてしまうと、出す機会がなさそうなので……)
また、誤字報告を頂いており本当に助かってます。
見直してるつもりが、やはり結構あるものですね……。
有難うございます!