とある学者の話。
もし、グルメマテリアルやグルメ細胞が、この世界に存在しなかったら。
そんな仮説が、一時期、学者たちの間で議論されたことがある。
今や生活に欠かせない存在となったグルメ細胞。
そして、グルメマテリアル。
食材。
医療。
建築。
交通。
調理器具。
宇宙船。
それらの多くに、グルメ細胞やグルメマテリアルは深く関わっている。
特に宇宙へ行くとなれば、これらがなければ話にならない。
もし存在しなければ、現代の技術進化は大きく変わっていただろう。
ある学者は、こう推測した。
グルメ細胞がなければ、宇宙をまたにかける猛獣は存在しなかったのではないか。
理由はいくつもある。
宇宙を探索するには、グルメ細胞が前提となっているからだ。
グルメ細胞の再生能力がなければ、宇宙放射線と絶対零度に耐えられない。
グルメ細胞がなければ、猛獣が大量のカロリーを蓄えることも難しい。
グルメ細胞経由での進化がなければ、作用反作用の法則を利用した特殊な移動方法を獲得することもできない。
少し挙げるだけでも、これだけある。
また、宇宙船にしても同じだ。
外装にはグルメマテリアルが使われ、宇宙放射線を反射している。
これに代わる、軽くて丈夫な素材が果たして存在するのか。
その点についても、多くの学者が疑問を呈していた。
グルメ細胞がない世界。
グルメマテリアルがない世界。
そこにも技術はあったのかもしれない。
だが、今のように食欲を燃料に、生命が宇宙へ広がる世界にはならなかっただろう。
「また宇宙の話を読んでるんですか?」
ブラウスの声で、俺は顔を上げた。
「ああ。宇宙のことは、なんでも知っておかないとな!」
「すごい熱心ですね」
「そりゃもうな」
俺は手元の資料を閉じる。
宇宙。
その言葉を見るだけで、胸の奥が熱くなる。
宇宙というのは、俺にとってずっと前からの夢だ。
この世界に来てからだけじゃない。
前世からずっと、気になっていた。
空の向こう。
星の海。
知らない場所。
未知なるものには、本当にワクワクする。
俺の前世の世界にも、宇宙はあった。
当然だ。
だけど、今のこの世界の宇宙とはきっと違う。
もし、グルメビッグバンが起こらなかった今は、どんな世界になっていたんだろうな。
グルメ細胞がない世界。
グルメマテリアルがない世界。
それでも人は宇宙へ行けたのか。
猛獣は星を渡れたのか。
考えても答えは出ない。
だが、考えるだけで面白い。
「さぁ、着きますよ」
「おお!」
俺は窓の外を見た。
乗り物がゆっくりと高度を下げていく。
眼下に広がっていたのは、超巨大な牧場だった。
緑の草原。
白い柵。
広大な飼育区画。
その中心に、大きな看板が見える。
ビリオンバード牧場。
「ここが……」
俺は思わず身を乗り出した。
ビリオンバード。
かつて世界を救ったとも言える鳥。
その牧場が、千年後の今も存在している。
それだけで、なんだか胸が熱くなった。
牧場へ降り立つと、まず目に入ったのは美しい鳥たちだった。
背中に大きな羽を生やし、その羽は光を受けてきらきらと輝いている。
青。
金。
緑。
赤。
見る角度によって色が変わる。
顔立ちも、俺の記憶にあるビリオンバードとは少し違っていた。
クジャクのように美しい。
気品がある。
牧場のあちこちでは、飼育員たちがビリオンバードを抱きしめていた。
ぎゅっと抱きしめる。
頭を撫でる。
専用の道具を使って、楽しそうに遊んでいる。
ビリオンバードたちも、嫌がるどころか嬉しそうに羽を震わせていた。
「あれ……めちゃくちゃ綺麗な鳥だな。顔もクジャクみたいに美しいじゃないか」
「でも見てください」
ブラウスが少し離れた柵の中を指さした。
「ヒナはぶさかわな顔ですよ!」
「おお!」
そこには、小さなヒナたちがいた。
丸い体。
少し気の抜けたような顔。
どこか間の抜けた表情。
「この顔だ!」
思わず声が出る。
記憶にあるビリオンバードの顔。
俺が前世で見た、あの妙に愛嬌のある顔だ。
でも、よく見ると違う。
小さいながらに、羽は美しく輝いている。
まだ幼いのに、背中の羽だけは宝石みたいに光っていた。
「大昔はもっと質素な色だったそうですよ」
「へぇ……」
「長い年月をかけて、愛情を受けた個体同士が増えていった結果、羽の美しさが強く出るようになったと言われています」
「愛情で進化した鳥か」
「はい。ビリオンバードらしいですね」
俺はヒナを見つめる。
ぶさかわな顔。
でも、美しい羽。
なんだか不思議な組み合わせだ。
「卵も展示していますね。孵化装置に入っています」
ブラウスの言葉に、俺たちは展示室へ向かった。
そこには、大きな透明ケースが並んでいる。
内部は温度、湿度、食欲濃度まで管理されているらしい。
その中に、煌めく卵が入っていた。
金粉を内側に閉じ込めたような卵。
表面が薄く光り、ゆっくりと呼吸しているように見える。
「そういうことか……!」
俺は一人で納得していた。
この牧場のビリオンバードたちは、おそらく小松が愛情を注いだビリオンバードから生まれた、極上の卵の流れを受け継いでいる。
原作では、黄身が拡散して金粉のようになっていたはずだ。
あの卵を孵化させる技術が、千年の間に確立されたのだろうか。
もしそうなら、すごい。
あの一回きりの奇跡のような食材を、命として繋いできたことになる。
「やはりすごいな。技術の進歩は……」
「何を一人で感心してるんですか」
ブラウスが少し笑う。
「食べましょう! ビリオンバードの卵!」
「そうだな!」
俺たちは一通り牧場を見て回った。
ビリオンバードの成鳥。
ヒナ。
卵の展示。
ふれあいコーナー。
ふれあいコーナーでは、はむまるがビリオンバードのヒナと見つめ合っていた。
「きゅ……」
「ぴよ……」
何か通じ合っているのか。
それとも、食べ物を巡って牽制しているのか。
判断は難しい。
「はむまる、食うなよ」
「きゅ!?」
「いや、念のためだ」
ヒナは不思議そうに首を傾げていた。
そして、牧場内のレストラン。
窓の外には、幸せそうに暮らすビリオンバードたちが見える。
俺たちは席に座り、料理が運ばれてくるのを待っていた。
しばらくして、店員が大きな盆を持ってやってきた。
「お待たせしました。ビリオンバードの卵と、卵かけセットです。まずはそのまま飲んでみてくださいね」
「おおお……!」
目の前に置かれた卵を見て、俺は息を呑んだ。
透き通ったプリンのような弾力。
黄身は中心に固まっているのではなく、金粉を散りばめたように全体へ広がっている。
まさに、俺が記憶で見たやつだ。
金色の粒が、光を受けてゆらゆらと輝いている。
「いただきます!」
「いただきます」
「きゅい!」
俺はまず、そのまま飲んだ。
卵はサラリと口へ入ってきた。
だが、薄いわけではない。
喉を通った瞬間、体の中で旨味が爆発する。
「うめえええ!」
なんて喉越しだ。
飲むというより、幸せが喉を滑っていく。
卵の甘味。
コク。
金粉のような黄身の粒が舌に触れるたびに、濃厚な旨味が弾ける。
そして次の瞬間、視界の端で何かが揺れた。
髪だ。
俺の髪が伸びている。
まつ毛まで伸びている気がする。
「アマジン、すごく乙女チックになってますよ」
「マジか!」
「はい。なかなか似合っています」
「似合っても困る!」
ブラウスも飲んだ。
すると、ブラウスの白髪がさらにふわりと伸び、まつ毛も長くなった。
「ブラウスもすごいぞ」
「……本当ですね」
「なんか普通に似合うな」
「褒め言葉として受け取っておきます」
はむまるも器に顔を突っ込み、卵を飲んだ。
「きゅううう!」
直後、はむまるの毛がふわふわに伸びた。
いつもより丸い。
いや、かなり丸い。
「はむまる、毛玉みたいになってるぞ」
「きゅ!?」
慌てて自分の体を見ている。
少し面白い。
「美味しいですね!」
ブラウスが目を輝かせた。
「はい。これは飲み物として完成しています。卵なのに重くなく、でも味は濃い」
「だよな!」
そして、一緒に出てきたのは米だった。
漆黒米。
黒い。
ただ黒いだけではない。
艶がある。
炊かれた粒が光を受け、黒曜石のように輝いている。
普通の米よりも糖度が高く、焼くとパラパラ、炊くとモチモチすると言われる米だ。
「なんつー贅沢な卵かけご飯だよ……!」
俺は心の中で叫びそうになった。
漆黒米まで食えるなんて。
いや、落ち着け。
外に出しすぎると、また知識の出どころを聞かれる。
「さっそくかけるぞ」
黒い米の上へ、ビリオンバードの卵を落とす。
金粉のような黄身が、黒い米に映えた。
黒。
金。
それだけでも最高に美しい。
「そんで、これをかけるのか」
小さな器に入っているのは、白銀に輝く液体だった。
「銀塩醤油ですね!!」
ブラウスが嬉しそうに言う。
「滅多に見られない高級調味料ですよ!」
「銀塩醤油……」
「塩味が強いだけではなく、旨味を金属のように鋭く立てる醤油です。卵との相性は抜群だと思います」
「絶対うまいやつだな」
俺は銀塩醤油をゆっくりと卵かけご飯にかけた。
白銀の醤油が、金粉の卵に筋を描く。
真っ黒の米。
金の卵。
白銀の醤油。
「最高の見た目だ……!」
ごくり。
俺は喉を鳴らした。
そして、早速食べる。
「……!」
もちもちの漆黒米に、卵と醤油が絡む。
米は甘い。
噛むと、黒い米の奥からじわっと糖度の高い旨味が出てくる。
そこへビリオンバードの卵が混ざる。
金粉のような黄身が、米一粒一粒を包み込む。
さらに銀塩醤油。
白銀の旨味が、卵の甘味を引き締め、米の甘さをさらに浮かび上がらせる。
「め、めちゃくちゃうまい……!!」
俺は思わず震えた。
これはすごい。
卵かけご飯。
ただそれだけの料理なのに、食材の格が全部高い。
でも、難しい料理ではない。
米。
卵。
醤油。
それだけ。
それだけなのに、こんなにうまい。
「これは……」
ブラウスも目を閉じて味わっていた。
「悔しいくらい完成されていますね」
「ブラウスでも悔しいのか?」
「はい。単純な料理ほど、食材の良さがそのまま出ますから」
「なるほどな」
はむまるを見ると、完全に止まっていた。
器を両手で抱えたまま、目を見開いている。
「はむまる?」
「……きゅ」
「うますぎて止まってるのか」
「きゅう……」
そして次の瞬間、すごい勢いで食べ始めた。
「おい、ゆっくり食え!」
「きゅ!」
「返事しながら食うな!」
俺たちはビリオンバードの卵かけご飯を堪能した。
そのまま飲む卵。
漆黒米と合わせた卵かけご飯。
銀塩醤油の香り。
どれも最高だった。
食後、俺たちはもう一度牧場を歩いた。
ビリオンバードたちは、飼育員たちと楽しそうに過ごしている。
抱きしめられ、撫でられ、遊び、時には自分から人へ寄っていく。
かつて世界を救ったビリオンバード。
それが今は、こんなにも幸せそうに暮らしている。
本当に良かった。
俺は柵の向こうで羽を広げるビリオンバードを見ながら、胸の奥が温かくなるのを感じた。
原作で見た奇跡。
あの時の卵。
あの時の愛情。
それが千年経って、こうして牧場になっている。
食材は食べられるだけじゃない。
繋がっていく。
残っていく。
誰かが大切に育てれば、千年後にもちゃんと命が続いていく。
「アマジン、嬉しそうですね」
ブラウスが隣で言った。
「ああ」
俺は笑った。
「なんか、すごくいいものを見た気がする」
「それは良かったです」
「きゅい」
はむまるも俺の肩で満足そうに鳴いた。
まだ毛は少しふわふわのままだ。
俺は牧場を見渡す。
ビリオンバードたちは、今日も愛情を受けて生きている。
そして、その卵は誰かを幸せにする。
飯を堪能し、幸せそうに暮らすビリオンバードを見て、俺はとても幸せな気分になっていた。
次の話はセンチュリースープ関連の話の予定です!
(更新日未定)
オリジナル作品も順次更新しているので宜しければ、マイページからどうぞ!
こちらも世界観重視の作品です。