そこは、現実のどこにもない場所だ。
長いテーブル。
いくつもの椅子。
皿。
湯気。
そして、俺の中にいる者たち。
グリド。
ミルカ。
マザーグリード。
今日は珍しく、三人とも同じ食卓についていた。
「地球の食材も、まだまだうまいもんありそうやな!」
グリドが楽しそうに言った。
いつものように椅子にもたれかかりながら、皿の上に残った野菜の欠片を指でつまんでいる。
「デスフォールの魚も、空の野菜も、あの鳥の卵も、なかなかやったで」
「もっと地球を味わってもいい」
ミルカがぽつりと言った。
目の前の皿をじっと見つめている。
「地球は、まだ味が多い」
「わらわの口には合わん」
マザーグリードは腕を組み、そっぽを向いた。
「さっさと他の星へ行ってほしいものじゃ」
「とか言いながら、ビリオンバードの卵はちょっと反応してただろ」
「しておらぬ」
「してた」
「しておらぬ!」
マザーグリードはむっとした顔で俺を睨んだ。
俺は笑う。
正直、まだ色々回りたい。
メロウコーラ。
ドドリアンボム。
ビックリアップル。
他にも、挙げればきりがない。
前世で読んだ食材。
この世界に来てから知った食材。
千年経って変わった場所。
変わらず残っていた味。
全部、見たい。
全部、食いたい。
だが。
「だけど、そろそろ資金集めに注力しないと、二十歳までに宇宙へ行けないからな!」
俺がそう言うと、グリドが頷いた。
「そうやな。多少の調査報酬は出とるけど、基本観光みたいなもんやったしな!」
「ああ」
デスフォール。
ベジタブルスカイ。
ビリオンバード牧場。
アイスヘル群島。
調査として成立する場所もあった。
新しい発見もあった。
だが、俺にとってはやっぱり、聖地巡礼みたいなものだった。
宇宙へ出る前に、地球を見ておきたかった。
それだけだ。
「船の方も、少しずつ施工してくれてる。でも、資金が尽きたら止まってしまう。そうなれば大変だからな」
「宇宙へ行けない」
ミルカが言う。
「それは困る」
「困るだろ?」
「困る」
ミルカは真面目に頷いた。
その様子が少しおかしくて、俺はまた笑った。
「たまに地球に帰って、母の飯を食うぞ」
ミルカが言った。
俺は少し驚いて、それから大きく頷いた。
「そうだな。ミルカ。家の飯は最高だからな!」
「最高」
「きゅう」
どこからか、はむまるの声がした気がした。
いや、精神食卓にも普通に入ってくるのかよ。
俺は少しだけ呆れたが、まあいい。
はむまるも家の飯が好きだ。
俺も好きだ。
宇宙へ行く。
未知の星へ行く。
宇宙のフルコースを探す。
でも、帰る場所がある。
母の飯がある。
それはきっと、ものすごく大事なことだ。
俺は三人を見た。
「三人とも。これからもよろしくな」
グリドがにやっと笑う。
「おう! 任せとき!」
ミルカが小さく拳を握る。
「よろしく。アマジン」
マザーグリードだけは、ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「わらわは別に、おぬしのためにいるわけではない」
「はいはい」
「だが……」
マザーグリードは、ほんの少しだけ顎を引いた。
「退屈はせぬようじゃからな」
「それ、よろしくってことでいいか?」
「勝手に解釈するでない」
でも、頷いた。
小さく。
確かに。
俺はそれで十分だった。
「さて」
俺は椅子から立ち上がる。
「食卓を開きすぎて、カロリーがなくなってきた」
「なんや、もう行くんか」
「ああ。ブラウスのとこで飯食ってくる!」
「また食うんかい!」
「食う!」
「アマジンらしい」
ミルカが言った。
マザーグリードは呆れたようにため息を吐く。
「本当に、食ってばかりの男じゃ」
「それが俺だからな!」
そう言って、俺は目を開けた。
家の天井が見えた。
見慣れた天井。
俺の部屋。
朝の光が窓から入ってきている。
夢から覚めたような感覚だった。
いや、実際に寝ていたのかもしれない。
精神食卓を開くと、思ったよりカロリーを持っていかれる。
腹が減った。
「……飯だな」
俺は起き上がり、部屋を出た。
台所から、いい匂いがしている。
母さんの飯だ。
焼いた肉。
味噌汁。
炊きたての米。
野菜の香り。
俺は席に座り、手を合わせた。
「いただきます!」
「はい、どうぞ」
母さんは笑って皿を置いた。
俺はすぐに食べた。
うまい。
やっぱり、うまい。
宇宙食材でもない。
幻の食材でもない。
でも、家の飯は最高だ。
「今日はどこへ行くの?」
母さんが聞いてきた。
「ブラウスのところで飯食う! その後、依頼!」
「今食べたのに!?」
「これは朝食!」
俺は米をかき込みながら答える。
「ブラウスのとこでは間食!」
「ってことは、昼も食べるの!?」
「うん!」
母さんは呆れたように笑った。
「本当に、よく食べるわね」
「食わないと動けないからな!」
「はいはい。気をつけて行ってらっしゃい」
「行ってきます!」
俺は最後の一口まで綺麗に食べ、席を立った。
はむまるも俺の肩に飛び乗る。
「きゅい!」
「お前も食っただろ」
「きゅ」
「ブラウスのとこでも食う気だな」
「きゅい!」
「よし、行くぞ!」
俺は家を出た。
地球には、まだまだ食いたいものがある。
行きたい場所もある。
けれど今は、宇宙へ行くために進む時だ。
母さんの飯で腹は満ちた。
仲間たちもいる。
俺の中にも、俺の外にも。
なら大丈夫だ。
俺は空を見上げた。
この青の向こうに、いつか行く。
そのために、今日も食って、働いて、強くなる。
聖地巡礼はこれで一区切りだ。
でも、俺の食の旅はまだまだ終わらない。
地球旅編は一旦ここで終わります。
お付き合い頂きありがとうございました。
次の話は第二部の投稿になると思います。
投稿時期は未定ではあるのですが……
2~3週間に1話ペースならかなり余裕を持って投稿できそうな気がするので、
近いうちに始めようかと思っています!
また誤字報告もいつも有難うございます!
なるほど……と勉強になっております!