千年後のグルメ時代   作:鳩夜(HATOYA)

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こちらは第二部7話ですが……宇宙へ飛び出すのは15話からとなります。


老いの洞穴 再び

 食卓には、茶菓子どころか豪華な食事が並べられていた。

 

 巨大魚の切り身を薄く炙った料理。

 香草を詰めて焼き上げた鳥の丸焼き。

 透き通った黄金色のスープ。

 星型の果実をふんだんに使ったサラダ。

 

 どれもIGO第一宇宙食材研究所で管理されている、希少な宇宙食材を使った料理らしい。

 

「うまっ!」

 

 肉を口へ入れた瞬間、濃厚な旨味が弾ける。

 噛むたびに肉汁が溢れ、その中から香草の爽やかな香りが広がってきた。

 

「キュッ!」

 

 隣では、はむまるが俺よりも速い勢いで皿を空にしている。

 うまいから仕方がない。

 

 それにしても。

 ここで食う飯は、いつも本当にうまい。

 研究所の食堂というより、高級料理店だ。

 まあ、宇宙中の食材を研究する場所なのだから、当然なのかもしれない。

 

「それでじゃ」

 

 食卓の向こう側。

 ギタウヌさんが俺を見ていた。

 

「人生のフルコースについて、もう少し詳しく聞かせてもらおうか」

 

「ああ」

 

 俺は手にしていた肉を飲み込み、姿勢を正した。

 

 さっきから俺は、いろいろ情報を聞かされ、質問されていた。

 なぜ人生のフルコースを知っているのか。

 その意味をどこまで知っているのか。

 誰から聞いたのか。

 いつから覚えていたのか。

 

 俺としては、ごく当たり前に知っていたことだった。

 

 だが……ギタウヌさんたちにとっては、宇宙全体から消されたはずの概念。

 気になるのも当然だ。

 

 そして俺は、人生のフルコースについて、知っていることを正直に話した。

 人生を通じ、自分にとって最高の八つの料理を選ぶこと。

 選んだ料理が自らの食欲を形作り、グルメ細胞に刻まれること。

 体内にグルメ悪魔がいた場合、悪魔による乗っ取りを防ぐ役割を持つこと。

 地球のフルコースを食べ、悪魔が完全復活した時にも、自分自身の食欲を保つために必要となること。

 

 だが、それ以上のことは知らなかった。

 

 人生のフルコースが宇宙全体から意図的に隠されていたこと。

 完成したフルコースが宇宙へ匂いを放ち、悪魔を呼び寄せること。

 星のフルコースを超える可能性があること。

 その辺りは、今日ギタウヌさんから初めて聞いた話だった。

 

「ギタウヌさん。なんだか期待されてたより知らなくて、ごめんな……」

 

「いやいや、十分じゃ」

 

 ギタウヌさんは笑い、手を横へ振った。

 

「おぬしが人生のフルコースを知っていた。それだけでも大きなことじゃ。そして……その理由も知りたいのう」

 

 当然、そこへ話が戻った。

 

 俺は少しだけ黙った。

 これまで誰にでも話してきたことではない。

 だけど、もう隠すようなことでもない気がした。

 

「俺は、この時代の人間じゃないんだ」

 

 ブラウスの手が止まった。

 

「この時代の人間ではない?」

 

「ああ」

 

 俺は頷く。

 

「隕石が地球へ落ちる前の時代。俺はその頃の地球で一度生きていた」

 

 メリスタ会長は黙って聞いている。

 ギタウヌさんの目が僅かに鋭くなった。

 

「その時に一度死んで、この時代の地球へ転生したんだ」

 

「転生……」

 

 ブラウスが小さく呟く。

 

「それじゃ、アマジンは前世の記憶を持っているんですか?」

 

「全部じゃないけどな。ところどころ抜けてるし、思い出せないことも多い。でも昔の地球のことはある程度覚えてる」

 

「だから、失われた食材や文化について知っていたんですね」

 

「たぶん」

 

 ブラウスは驚いた表情をしていた。

 だが、それも一瞬だけだった。

 

「なるほど」

 

 そう言うと、何事もなかったようにスープを飲み始める。

 

「反応薄くないか?」

 

「アマジンの体に何人も居たり、不思議な事はたくさん起きてますからね。今さら転生していたと言われても……」

 

「それとこれとは別じゃない!?」

 

「そうでしょうか?」

 

 ……確かに。

 

 グリド。

 ミルカ。

 マザー・グリード。

 

 現在の俺の中身を考えれば、前世があるくらい普通なのかもしれない。

 

「それと俺は――終末の食客だった」

 

 今度はギタウヌさんがはっきりと反応した。

 

「やはりか」

 

「知ってたのか?」

 

「確信はなかった。じゃが、アマジンという名は聞いたことがあった」

 

 ギタウヌさんは目を細める。

 

「終末の食客たちは、世界が滅びへ向かう中でも、食べることを諦めなかった者たち。失われる味を記憶し、未来へ残そうとした者たちじゃ」

 

「俺はそんな大層なことをしてた記憶はないけどな」

 

「本人というものは、自分の成したことを軽く考えるものじゃ」

 

 人生のフルコースについては、前世で見た本に書かれていた。

 本というか、漫画なんだけども……。

 

「結局、俺が知っているのはそのくらいだ」

 

「十分じゃと言ったじゃろう」

 

 ギタウヌさんは満足そうに頷いた。

 

「概念を残したまま転生する者が現れるとは、さすがに想定されておらんかったじゃろうな」

 

 それからギタウヌさんは、テーブルの肉料理を自分の皿へ取り分けた。

 

「そういえば、メリスタから聞いたぞ」

 

「何を?」

 

「金を貯めて、自分だけの船で宇宙を巡るそうじゃな!」

 

「ああ!」

 

 その話になると、俺は自然と身体を乗り出していた。

 自分だけのグルメシップ。

 

 誰かの任務で乗る船ではない。

 自分が行きたい時に。

 行きたい場所へ行ける船。

 宇宙を巡り。

 まだ誰も知らない食材を探し。

 自分だけのフルコースを集める。

 

 ずっと前からの目標だ。

 

「僕が全部出すと言っているのに、半分は自分で貯めると聞かなくて……」

 

 ブラウスが苦笑する。

 

「当たり前だろ。俺の船なんだから、全部出してもらうわけにはいかない」

 

「別に気にしなくていいのに」

 

「気にする!」

 

 確かにブラウスの家は金持ちだ。

 ガウンさんの会社も相当大きい。

 頼めば高性能な船を丸ごと用意してくれるかもしれない。

 だけど、それでは違う。

 

「でも、もうすぐ貯まるんだ!」

 

 美食屋の依頼。

 食材の販売。

 報奨金。

 

 無駄遣いしないように少しずつ貯めてきた。

 目標額まで、あと少し。

 

「夢のために金を貯めるのも素晴らしいことじゃ!」

 

 ギタウヌさんは楽しそうに笑った。

 

「自分で手に入れた船ならば、愛着もひとしおじゃろう」

 

「だろ!」

 

「宇宙へ出たら、まずはこの我々が住んでいる赤い宇宙。この宇宙の味をしっかりと味わうんじゃ」

 

「もちろん、そのつもりだ!」

 

 俺は即答した。

 

「俺は赤、青、緑、白、黒の宇宙で、それぞれ人生のフルコースを作るからな!」

 

 ギタウヌさんの笑顔が固まった。

 

「……何?」

 

「それぞれの宇宙には、全然違う食材があるんだろ? だったら一つずつ作りたい」

 

「おぬし……」

 

 ギタウヌさんは、信じられないものを見るような顔で俺を見た。

 

「他の宇宙のことも知っているのか?」

 

「名前くらいだけど」

 

「不思議な奴じゃ……」

 

 ギタウヌさんは髭を撫でながら、俺を観察している。

 

「人生のフルコースを複数作るという発想だけでも、以前にはほとんどなかった。それを宇宙ごとに作るつもりとは」

 

「駄目なのか?」

 

「駄目とは言わん。どんな影響が出るか分からんだけじゃ」

 

「なら、作って確かめればいいな!」

 

「おぬしは軽いのう……」

 

 ギタウヌさんは呆れたように息を吐いた。

 それでも少し楽しそうだった。

 

「だが、焦るでない。この赤い宇宙は、五つの宇宙の中では一番難易度が低い」

 

「赤い宇宙が一番簡単なのか?」

 

「比較すれば、じゃ」

 

 ギタウヌさんの表情が僅かに引き締まる。

 

「赤い宇宙だけでも、まだ知られていない食材や悪魔は無数にいる。まずはここでしっかりと経験を積むんじゃ」

 

「分かった!」

 

「返事だけはよいな」

 

「ちゃんと頑張るって!」

 

 俺がそう答えると、メリスタ会長が手元の端末へ目を落とした。

 何かの通知が入ったらしい。

 しばらく画面を確認した後、顔を上げる。

 

「アマジン、ブラウス」

 

「ん?」

 

「次の依頼があるんだが、行けるか?」

 

「もちろんだ、メリスタ会長!」

 

「僕も問題ありません」

 

「頼もしいな」

 

 メリスタ会長が端末を操作する。

 食卓の上へ立体映像が投影された。

 

 地球。

 

 そしてグルメ界に存在する一つの大陸が拡大される。

 

「調査場所はここだ」

 

 表示されたのは、エリア4。

 その一角にある巨大な洞窟。

 

「老いの洞穴」

 

 俺は、その名前に聞き覚えがあった。

 

「グルメの園へ続く洞窟か」

 

「ああ」

 

 老いの洞穴。

 

 洞窟内では、外界の通常二十万倍もの速さで時間が進む。

 中へ入れば、一秒でおよそ二日。

 一時間も過ごせば、二十年以上の時間が肉体へ降りかかる。

 

 普通の人間なら、ほんの数時間で老衰し、死に至る。

 しかも洞窟は数千キロ先まで続き、内部は巨大な迷宮のように入り組んでいる。

 普通に進めば、どれほど寿命があっても足りない。

 

「本来、攻略するにはニュースを食べ、裏の世界を使う必要がある」

 

「ああ分かってるよ。俺たちはワープキッチンもワープロードも問題なしだ」

 

「流石だな」

 

「それで、依頼っていうのは?」

 

「捜索だ」

 

 メリスタ会長の指が動く。

 一人の男の顔写真が映し出された。

 

 年齢は三十代ほど。

 

 胸元には最上位美食屋ライセンスの紋章。

 

「老いの洞穴で消息を絶った、とある美食屋を探してほしい」

 

「捜索……」

 

 ただの遭難者を探す依頼にしては、メリスタ会長の表情が重い。

 

「いつ消えたんだ?」

 

「外の時間で、百年以上前だ」

 

「百年……」

 

 ブラウスが写真を見つめる。

 

「それでは、普通ならもう……」

 

「そうだ」

 

 メリスタ会長は頷いた。

 

「すでに美食屋ではなく、悪魔になっている可能性が高い」

 

 食卓の空気が変わった。

 さっきまで料理の香りに満ちていたはずの部屋が、急に冷えたように感じる。

 

「グルメ細胞に悪魔を宿していた者なのか……」

 

 俺の言葉に、メリスタ会長は重く頷いた。

 

「ああ間違いない」

 

 人生のフルコースを決めないまま。

 地球のフルコースを集め。

 自らの悪魔を完全復活させてしまった可能性がある美食屋。

 

 もしその男が老いの洞穴へ逃げ込んだのなら。

 通常の二十万倍で進む時間の中。

 百年という外の時間は、想像もできないほど長い。

 人間としての意識が残っているとは考えにくかった。

 

「フルコースを食べた後はしばらくは何もなかった。優秀な美食屋だった為、早くに最上位となった」

 

 メリスタ会長は映像を消した。

 

「だがある日突然消えた。現場を見たわけではない。悪魔が完全復活していない可能性もある」

 

「まぁ最悪の事態は想定しておかないとな……」

 

「アマジン」

 

 メリスタ会長が、俺の目を真っ直ぐに見る。

 

「心してかかれ」

 

「おう!」

 

 俺は立ち上がった。

 

「行くぞ、ブラウス!」

 

「はい!」

 

「キュッ!」

 

 はむまるも口いっぱいに料理を詰め込んだまま、元気よく鳴いた。

 俺は残っていた肉を一切れ掴み、口へ放り込む。

 

「ついでにアースも食おうぜ!」

 

「捜索任務ですよ、アマジン」

 

「任務のための栄養補給だ!」

 

「確かにそうですね。ワープロードは相当カロリー使いますから」

 

 こうして俺たちは。

 

 消えた美食屋を探すため。

 再びエリア4へと向かうことになった。

 

 かつて人間だった悪魔が待つかもしれない。

 通常の二十万倍の速さで時が進む場所。

 

 老いの洞穴へ。

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