食卓には、茶菓子どころか豪華な食事が並べられていた。
巨大魚の切り身を薄く炙った料理。
香草を詰めて焼き上げた鳥の丸焼き。
透き通った黄金色のスープ。
星型の果実をふんだんに使ったサラダ。
どれもIGO第一宇宙食材研究所で管理されている、希少な宇宙食材を使った料理らしい。
「うまっ!」
肉を口へ入れた瞬間、濃厚な旨味が弾ける。
噛むたびに肉汁が溢れ、その中から香草の爽やかな香りが広がってきた。
「キュッ!」
隣では、はむまるが俺よりも速い勢いで皿を空にしている。
うまいから仕方がない。
それにしても。
ここで食う飯は、いつも本当にうまい。
研究所の食堂というより、高級料理店だ。
まあ、宇宙中の食材を研究する場所なのだから、当然なのかもしれない。
「それでじゃ」
食卓の向こう側。
ギタウヌさんが俺を見ていた。
「人生のフルコースについて、もう少し詳しく聞かせてもらおうか」
「ああ」
俺は手にしていた肉を飲み込み、姿勢を正した。
さっきから俺は、いろいろ情報を聞かされ、質問されていた。
なぜ人生のフルコースを知っているのか。
その意味をどこまで知っているのか。
誰から聞いたのか。
いつから覚えていたのか。
俺としては、ごく当たり前に知っていたことだった。
だが……ギタウヌさんたちにとっては、宇宙全体から消されたはずの概念。
気になるのも当然だ。
そして俺は、人生のフルコースについて、知っていることを正直に話した。
人生を通じ、自分にとって最高の八つの料理を選ぶこと。
選んだ料理が自らの食欲を形作り、グルメ細胞に刻まれること。
体内にグルメ悪魔がいた場合、悪魔による乗っ取りを防ぐ役割を持つこと。
地球のフルコースを食べ、悪魔が完全復活した時にも、自分自身の食欲を保つために必要となること。
だが、それ以上のことは知らなかった。
人生のフルコースが宇宙全体から意図的に隠されていたこと。
完成したフルコースが宇宙へ匂いを放ち、悪魔を呼び寄せること。
星のフルコースを超える可能性があること。
その辺りは、今日ギタウヌさんから初めて聞いた話だった。
「ギタウヌさん。なんだか期待されてたより知らなくて、ごめんな……」
「いやいや、十分じゃ」
ギタウヌさんは笑い、手を横へ振った。
「おぬしが人生のフルコースを知っていた。それだけでも大きなことじゃ。そして……その理由も知りたいのう」
当然、そこへ話が戻った。
俺は少しだけ黙った。
これまで誰にでも話してきたことではない。
だけど、もう隠すようなことでもない気がした。
「俺は、この時代の人間じゃないんだ」
ブラウスの手が止まった。
「この時代の人間ではない?」
「ああ」
俺は頷く。
「隕石が地球へ落ちる前の時代。俺はその頃の地球で一度生きていた」
メリスタ会長は黙って聞いている。
ギタウヌさんの目が僅かに鋭くなった。
「その時に一度死んで、この時代の地球へ転生したんだ」
「転生……」
ブラウスが小さく呟く。
「それじゃ、アマジンは前世の記憶を持っているんですか?」
「全部じゃないけどな。ところどころ抜けてるし、思い出せないことも多い。でも昔の地球のことはある程度覚えてる」
「だから、失われた食材や文化について知っていたんですね」
「たぶん」
ブラウスは驚いた表情をしていた。
だが、それも一瞬だけだった。
「なるほど」
そう言うと、何事もなかったようにスープを飲み始める。
「反応薄くないか?」
「アマジンの体に何人も居たり、不思議な事はたくさん起きてますからね。今さら転生していたと言われても……」
「それとこれとは別じゃない!?」
「そうでしょうか?」
……確かに。
グリド。
ミルカ。
マザー・グリード。
現在の俺の中身を考えれば、前世があるくらい普通なのかもしれない。
「それと俺は――終末の食客だった」
今度はギタウヌさんがはっきりと反応した。
「やはりか」
「知ってたのか?」
「確信はなかった。じゃが、アマジンという名は聞いたことがあった」
ギタウヌさんは目を細める。
「終末の食客たちは、世界が滅びへ向かう中でも、食べることを諦めなかった者たち。失われる味を記憶し、未来へ残そうとした者たちじゃ」
「俺はそんな大層なことをしてた記憶はないけどな」
「本人というものは、自分の成したことを軽く考えるものじゃ」
人生のフルコースについては、前世で見た本に書かれていた。
本というか、漫画なんだけども……。
「結局、俺が知っているのはそのくらいだ」
「十分じゃと言ったじゃろう」
ギタウヌさんは満足そうに頷いた。
「概念を残したまま転生する者が現れるとは、さすがに想定されておらんかったじゃろうな」
それからギタウヌさんは、テーブルの肉料理を自分の皿へ取り分けた。
「そういえば、メリスタから聞いたぞ」
「何を?」
「金を貯めて、自分だけの船で宇宙を巡るそうじゃな!」
「ああ!」
その話になると、俺は自然と身体を乗り出していた。
自分だけのグルメシップ。
誰かの任務で乗る船ではない。
自分が行きたい時に。
行きたい場所へ行ける船。
宇宙を巡り。
まだ誰も知らない食材を探し。
自分だけのフルコースを集める。
ずっと前からの目標だ。
「僕が全部出すと言っているのに、半分は自分で貯めると聞かなくて……」
ブラウスが苦笑する。
「当たり前だろ。俺の船なんだから、全部出してもらうわけにはいかない」
「別に気にしなくていいのに」
「気にする!」
確かにブラウスの家は金持ちだ。
ガウンさんの会社も相当大きい。
頼めば高性能な船を丸ごと用意してくれるかもしれない。
だけど、それでは違う。
「でも、もうすぐ貯まるんだ!」
美食屋の依頼。
食材の販売。
報奨金。
無駄遣いしないように少しずつ貯めてきた。
目標額まで、あと少し。
「夢のために金を貯めるのも素晴らしいことじゃ!」
ギタウヌさんは楽しそうに笑った。
「自分で手に入れた船ならば、愛着もひとしおじゃろう」
「だろ!」
「宇宙へ出たら、まずはこの我々が住んでいる赤い宇宙。この宇宙の味をしっかりと味わうんじゃ」
「もちろん、そのつもりだ!」
俺は即答した。
「俺は赤、青、緑、白、黒の宇宙で、それぞれ人生のフルコースを作るからな!」
ギタウヌさんの笑顔が固まった。
「……何?」
「それぞれの宇宙には、全然違う食材があるんだろ? だったら一つずつ作りたい」
「おぬし……」
ギタウヌさんは、信じられないものを見るような顔で俺を見た。
「他の宇宙のことも知っているのか?」
「名前くらいだけど」
「不思議な奴じゃ……」
ギタウヌさんは髭を撫でながら、俺を観察している。
「人生のフルコースを複数作るという発想だけでも、以前にはほとんどなかった。それを宇宙ごとに作るつもりとは」
「駄目なのか?」
「駄目とは言わん。どんな影響が出るか分からんだけじゃ」
「なら、作って確かめればいいな!」
「おぬしは軽いのう……」
ギタウヌさんは呆れたように息を吐いた。
それでも少し楽しそうだった。
「だが、焦るでない。この赤い宇宙は、五つの宇宙の中では一番難易度が低い」
「赤い宇宙が一番簡単なのか?」
「比較すれば、じゃ」
ギタウヌさんの表情が僅かに引き締まる。
「赤い宇宙だけでも、まだ知られていない食材や悪魔は無数にいる。まずはここでしっかりと経験を積むんじゃ」
「分かった!」
「返事だけはよいな」
「ちゃんと頑張るって!」
俺がそう答えると、メリスタ会長が手元の端末へ目を落とした。
何かの通知が入ったらしい。
しばらく画面を確認した後、顔を上げる。
「アマジン、ブラウス」
「ん?」
「次の依頼があるんだが、行けるか?」
「もちろんだ、メリスタ会長!」
「僕も問題ありません」
「頼もしいな」
メリスタ会長が端末を操作する。
食卓の上へ立体映像が投影された。
地球。
そしてグルメ界に存在する一つの大陸が拡大される。
「調査場所はここだ」
表示されたのは、エリア4。
その一角にある巨大な洞窟。
「老いの洞穴」
俺は、その名前に聞き覚えがあった。
「グルメの園へ続く洞窟か」
「ああ」
老いの洞穴。
洞窟内では、外界の通常二十万倍もの速さで時間が進む。
中へ入れば、一秒でおよそ二日。
一時間も過ごせば、二十年以上の時間が肉体へ降りかかる。
普通の人間なら、ほんの数時間で老衰し、死に至る。
しかも洞窟は数千キロ先まで続き、内部は巨大な迷宮のように入り組んでいる。
普通に進めば、どれほど寿命があっても足りない。
「本来、攻略するにはニュースを食べ、裏の世界を使う必要がある」
「ああ分かってるよ。俺たちはワープキッチンもワープロードも問題なしだ」
「流石だな」
「それで、依頼っていうのは?」
「捜索だ」
メリスタ会長の指が動く。
一人の男の顔写真が映し出された。
年齢は三十代ほど。
胸元には最上位美食屋ライセンスの紋章。
「老いの洞穴で消息を絶った、とある美食屋を探してほしい」
「捜索……」
ただの遭難者を探す依頼にしては、メリスタ会長の表情が重い。
「いつ消えたんだ?」
「外の時間で、百年以上前だ」
「百年……」
ブラウスが写真を見つめる。
「それでは、普通ならもう……」
「そうだ」
メリスタ会長は頷いた。
「すでに美食屋ではなく、悪魔になっている可能性が高い」
食卓の空気が変わった。
さっきまで料理の香りに満ちていたはずの部屋が、急に冷えたように感じる。
「グルメ細胞に悪魔を宿していた者なのか……」
俺の言葉に、メリスタ会長は重く頷いた。
「ああ間違いない」
人生のフルコースを決めないまま。
地球のフルコースを集め。
自らの悪魔を完全復活させてしまった可能性がある美食屋。
もしその男が老いの洞穴へ逃げ込んだのなら。
通常の二十万倍で進む時間の中。
百年という外の時間は、想像もできないほど長い。
人間としての意識が残っているとは考えにくかった。
「フルコースを食べた後はしばらくは何もなかった。優秀な美食屋だった為、早くに最上位となった」
メリスタ会長は映像を消した。
「だがある日突然消えた。現場を見たわけではない。悪魔が完全復活していない可能性もある」
「まぁ最悪の事態は想定しておかないとな……」
「アマジン」
メリスタ会長が、俺の目を真っ直ぐに見る。
「心してかかれ」
「おう!」
俺は立ち上がった。
「行くぞ、ブラウス!」
「はい!」
「キュッ!」
はむまるも口いっぱいに料理を詰め込んだまま、元気よく鳴いた。
俺は残っていた肉を一切れ掴み、口へ放り込む。
「ついでにアースも食おうぜ!」
「捜索任務ですよ、アマジン」
「任務のための栄養補給だ!」
「確かにそうですね。ワープロードは相当カロリー使いますから」
こうして俺たちは。
消えた美食屋を探すため。
再びエリア4へと向かうことになった。
かつて人間だった悪魔が待つかもしれない。
通常の二十万倍の速さで時が進む場所。
老いの洞穴へ。