「ワープロード、ワープキッチンはめちゃくちゃカロリーを消費するんだ」
「きゅ!」
はむまるが元気よく鳴いた。
今のは返事なのか。
食べ物の話に反応しただけなのか。
正直、判断が難しい。
「だから頼むから、マジで勝手に食うなよ? 計算がおかしくなったら終わりだ」
「きゅ!」
「……分かってるのか、本当に」
「大丈夫ですよ、きっと」
ブラウスが苦笑しながら言った。
「はむまるも危険なのは分かるでしょう」
「そうだな……」
「きゅ!」
はむまるは大きな姿のまま、どこか誇らしげに鳴いた。
今回、はむまるのサイズはこのままで行く予定だ。
理由は単純。
荷物持ち。
いや、正確には食糧庫だ。
地球のフルコースデザート、アース。
それを、はむまるの頬袋に詰められるだけ詰めている。
グルメの園で大量に捕獲させてもらった。
もちろん、必要以上に荒らさないように気をつけた。
はむまるの頬袋は便利だ。
大きな姿になれば、かなりの量を保管できる。
問題は、たまに中身が減ることだ。
「本当に食うなよ?」
「きゅ!」
「その返事が一番信用できないんだよな……」
俺は少し不安になりながらも、すぐ横にある穴を見た。
老いの洞穴。
入口というべきか。
出口というべきか。
グルメの園から、老いの洞穴へ入る。
「別に、こちらから探索してもいいですもんね」
ブラウスが洞穴を見ながら言う。
「そうだな。任務は人の探索だ」
俺はグルメデバシーを取り出した。
正式名称は、グルメデバイスシリンダー。
IGOから届いた任務資料がそこに表示されている。
「対象者は最上位ライセンスの美食屋であり……」
画面に名前が出る。
「IGO副会長、林膳」
「りんぜん……」
ブラウスの表情が少し引き締まる。
資料にはこう書かれていた。
IGO副会長、林膳。
アースへの道をより簡略化できるか調査している最中に失踪。
最後に確認された座標は、老いの洞穴。
「副会長って、かなり偉い人ですよね」
「ああ」
しかも、ただ偉いだけじゃない。
林膳は実力者だ。
強さだけで言えば、メリスタ所長を上回ると言われている。
「メリスタさんより強いって……」
ブラウスが小さく呟いた。
「手加減は難しいかもしれない」
「負ける気はないんですね」
「まぁな!」
俺は笑った。
「俺は宇宙を目指してんだ。まだまだ強くならねーと!」
「僕も置いて行かれないように頑張ります!」
「おう!」
林膳は、悪魔共食を使わない。
いや。
正確には使えない。
林膳は黒き饗宴の悪魔に拒否され契約に至らなかったらしい。
だが、それでも最強格。
悪魔共食なしで、最上位の中でも頂点に近い男。
資料によると、林膳は食欲エネルギーで木べらを作り出す。
それを攻撃へ転用するのだという。
「木べらって……」
俺は首を傾げる。
「料理道具だよな?」
「はい。普通は炒めたり混ぜたりする道具ですね」
「料理器具で戦うのにメリスタ所長より強いのか……」
「アマジンも番重使ってますけどね」
林膳の食欲で作られた木べらは、見た目からは想像できないほどの強度と力を持つらしい。
殴る。
受ける。
押し返す。
料理道具でありながら、武器。
「さて」
俺は洞穴を見る。
「入るぞ」
「はい。とりあえず僕がワープキッチンを開きます」
「任せた」
ブラウスが前へ出る。
両手に食欲エネルギーを込めていく。
料理人らしい、綺麗な食欲の流れだ。
すると、俺とはむまるの周囲に、シャボン玉のような空間が広がった。
薄い膜。
透明。
でも、しっかりと俺たちを包んでいる。
「これがブラウスのワープキッチンか」
「はい」
ブラウスは集中したまま答える。
「あまり早くは進めません。老いの洞穴は時間がかなりぐちゃぐちゃですから、都度調整しなければなりませんので」
「おう! 分かってるよ」
「きゅ」
「はむまるも動かないでくださいね」
「きゅ!」
「本当にお願いしますよ」
ブラウスが念を押す。
はむまるは分かっているような顔をしている。
たぶん。
「では、いきましょう」
俺たちは老いの洞穴へ入った。
・・・
・・
・
「うわ……」
入った瞬間、ブラウスが顔をしかめた。
「なんだか時間に酔いそうな場所です」
「分かる」
俺も思わず眉を寄せる。
「なんか気持ち悪いな……」
老いの洞穴。
名前だけは何度も聞いていた。
だが俺たちはトキサダの抜け道を使った事しかない。
正面から入るのは初めてだ。
中は普通の洞穴ではなかった。
壁の色が場所によって違う。
古く乾いた石のすぐ隣に、まだ濡れたばかりの岩肌がある。
地面には、何十年も前からそこにあったような苔が生えているかと思えば、そのすぐ横に生まれたばかりの芽が出ている。
空気も変だ。
一歩進むだけで、朝と夕方と真夜中が混ざったような感覚がある。
「これ、普通に歩いてたら迷うどころじゃないな。でたら一気に歳を取るのかな?」
「とります。ワープキッチンなしで進むのはかなり危険です」
ブラウスは慎重に周囲を見ている。
シャボン玉のような空間が、洞穴の歪んだ時間を滑るように進んでいく。
「とはいえ……」
ブラウスが少しだけ息を吐く。
「思っていたよりは、何とかなりそうです」
「頼もしいな」
「ただ、猛獣とはなるべく戦いたくないですね」
「なんで?」
「間違ってワープキッチンの外へ出たら終わりです」
「……それは嫌だな」
老いの洞穴の中では、場所によって時間の流れが違う。
外へ出た瞬間、急激に老いるだろう。
逆に、体の一部だけ時間がずれる可能性もある。
考えただけで怖い。
「まぁでも」
俺ははむまるの背の上で腕を組んだ。
「大体の猛獣はフェイク・プレデターで追っ払えるはずだ。安心しな!」
「その自信はどこから来るんですか?」
「グリドの技だからな!」
「ふふ。それは確かに頼もしいですね」
「きゅ」
はむまるまで頷くように鳴いた。
お前は食糧を食わないことを第一にしてくれ。
洞穴の奥から、低い鳴き声のようなものが聞こえた。
俺たちは一度動きを止める。
時間の歪み。
濃い気配。
どこかに猛獣がいる。
だが、まだ姿は見えない。
「行けるか?」
「はい。少し右へ回ります」
「分かった」
ブラウスがワープキッチンを慎重に操作する。
シャボン玉のような空間が、洞穴の壁沿いをゆっくり進む。
はむまるも大人しくしている。
俺は周囲を見ながら、いつでも番重を出せるように食欲を整えた。
林膳。
IGO副会長。
悪魔共食なしの最強の男。
本当にこの奥にいるのか。
それとも。
もう。
「……行こう」
「はい」
「きゅ」
俺たちは老いの洞穴の奥へと進んでいった。