宇宙探索大型戦艦、はむまる号。
その名前を聞いた時、最初に驚いたのはブラウスだった。
次に驚いたのは、たぶん船の設計担当者たちだ。
なにせ、宇宙探索大型戦艦という物々しい正式分類に対して、船名がはむまる号である。
だが、船長がはむまるなのだから仕方ない。
「きゅい!」
その船長は今、俺の肩の上で胸を張っていた。
いや、胸を張っているというより、頬袋を膨らませているだけかもしれない。
はむまる号は、グリーントロルたちが乗っていた戦艦と比べると半分以下のサイズだった。
それでも、十分すぎるほど広い。
外から見た時も大きいと思ったが、実際に中へ入ると印象はまるで違った。
通路は広く、天井も高い。
壁には食欲エネルギーの流れを示す細い光が走り、船全体が静かに呼吸しているように見える。
「広いですねー」
ブラウスが目を輝かせながら周囲を見回した。
「図面で見るのと、実際に入るのは全然違います!」
「だろ!」
俺は思わず胸を張る。
「ブラウス、案内するぜ!」
「お願いします!」
「では、私たちは自分たちの荷物を整理いたします」
アールシがそう言った。
その隣で、トキサダが静かに頷く。
「我も、置くべき物を置いておくのである」
「わしは水槽を見るかのぉ」
フワ爺がのんびりと言う。
「船に水槽とは、なかなか面白いのぉ」
アールシたちはそれぞれ、自分たちの場所へ移動していった。
俺はブラウスを連れ、船内を回り始める。
「まずここが操縦部屋だ」
はむまる号の中心部。
前方には巨大な観測窓があり、外の宇宙が見える。
操縦席は複数あるが、中央の席だけ少し大きい。
そこには、はむまる用の小さな専用台座がついていた。
「船長席だな」
「本気で作ったんですか?」
「もちろんだ!」
「きゅい!」
はむまるが当然だと言わんばかりに鳴いた。
「操縦できるんですか?」
「たぶんできない!」
「きゅ!?」
「いや、緊急時は自動操縦があるから大丈夫だ!」
「そこは大丈夫なんですね……」
操縦部屋の隣には、食事をする場所がある。
大きなテーブル。
人数が増えても対応できる広さ。
窓の外を見ながら食事ができるようになっている。
「ここで飯を食う」
「最高ですね」
「だろ。宇宙を見ながら飯だぞ」
「調理する側としても、かなり気合が入ります」
「期待してる!」
次に向かったのは、トキサダが管理するバーだった。
照明は少し暗く、木目調のカウンターがある。
棚には、まだほとんど何も入っていない。
だが、トキサダの銀色のシェイカーが置かれただけで、もう店のような雰囲気になっていた。
「ここはトキサダの場所だな」
「本当にバーみたいですね」
「本人はバーではないって言いそうだけどな」
「言いそうですね」
その近くには、アールシの書斎がある。
壁一面に記録端末を並べる棚。
紙の本を置くための保管庫。
星の記録を投影するための丸い装置。
何もない状態でも、すでにアールシの部屋という感じがしていた。
「アールシはここで記録をまとめるらしい」
「すごい量になりそうですね」
「たぶん、俺たちが食ったもの全部記録するぞ」
「それはありがたいですね」
「変なことも記録されそうだけどな」
さらに奥には、フワ爺の水槽があった。
ただの水槽ではない。
小さな部屋一つ分が、透明な水槽になっている。
中には深海用の水圧調整装置があり、温度や塩分濃度も変えられる。
「フワ爺用の水槽だ」
「人用の部屋というより、完全に環境再現施設ですね」
「あの爺さんなら、ここで深海定食の仕込みとか始めそうだよな」
「ありえます」
そして、キッチン。
はむまる号には、温度の異なる三つのキッチンがある。
一つは通常調理用。
一つは高温調理用。
一つは低温、冷凍、真空、宇宙食材用。
ブラウスはそこに入った瞬間、目の色を変えた。
「これは……!」
「どうだ?」
「最高です。温度帯ごとに完全に分けてある。香りが混ざりにくい構造になっていますし、食材ごとの圧力調整もできます」
「ブラウス用にかなり広く取ってあるからな」
「ありがとうございます。ここなら、宇宙食材の調理にも対応できます」
「頼むぜ!」
その先には、巨大な食糧保管庫があった。
地球のフルコース。
保存用の食材。
非常用の高カロリー食。
食没用の備蓄。
はむまる専用の頬袋連動倉庫。
はむまるがその文字を見た瞬間、目を輝かせた。
「きゅい!」
「勝手に食うなよ」
「きゅ……」
「今、ちょっと残念そうにしただろ」
「きゅ」
さらに農場もある。
船内の一画に広がる、小さな緑の区画。
土もあり、水もあり、人工太陽もある。
長期航行中でも最低限の野菜や香草を育てられるようにしていた。
「農場まであるんですね」
「ああ。長期間、船内にいることもあるだろうからな」
「素晴らしいです。新鮮な香草があるだけで料理の幅がかなり変わります」
「だろ!」
各人のプライベートルームも完備している。
俺の部屋。
ブラウスの部屋。
はむまる用の小部屋。
トキサダ。
アールシ。
フワ爺。
そして、まだいくつか空き部屋もある。
誰かが増えるかもしれない。
何かを保管するかもしれない。
宇宙では、何が起こるか分からないからだ。
「永住できそうですね」
ブラウスが感心したように言った。
「まぁ、実際未知の星に行くんだ。長期間船内にいることもあるだろうからな」
俺は食糧保管庫の壁を軽く叩く。
「食没や地球のフルコースも持ってきてるとはいえ、そこらへんはしっかり管理しないとな」
ブラウスが少し驚いた顔をした。
「アマジン」
「うん?」
「いつもは結構適当な感じですが……なんだか違いますね」
「あたりめーだ!」
俺は即答した。
「それだけ宇宙は危険だからな!」
「はい」
「死んだら飯は食えないぞ!」
ブラウスは一瞬きょとんとして、それから笑った。
「そうですね!」
「きゅい!」
はむまるも同意するように鳴いた。
そうだ。
死んだら飯は食えない。
宇宙で油断する理由なんて、それだけで十分なくなる。
船内を一通り回った後、俺たちは操縦部屋に集合した。
トキサダは静かに壁際へ立ち、フワ爺は椅子に腰かけている。
アールシはすでに記録端末を開き、星図を投影していた。
ブラウスは俺の隣。
はむまるは、船長席の台座に座っている。
妙に偉そうだ。
「アールシ、レコル星の座標は?」
俺が聞くと、アールシは淡々と答えた。
「赤宇宙基準座標、R花弁第三内周。銀河腕記録層、七七一九。中心深度、零点〇〇九C。時空潮流補正、マイナス二・四。星名、レコル」
「なるほど」
正直、聞いてみたものの全部は理解できなかった。そこは後で調べるとしよう。
だが、必要な情報は分かる。
俺は座標を入力し、星図上で場所を確認した。
赤い宇宙。
その中に広がる銀河の一つ。
地球のある領域から見れば、かなり内側。
中心へ寄った位置だ。
「これ……だいぶ内側だな」
「ええ」
アールシが頷く。
「以前より、少し中央に寄っています」
「中央って何ですか?」
ブラウスが質問した。
そういえば。
「宇宙について、全然説明してなかったな」
「はい。地球の食材やグルメ界のことは分かりますが、宇宙の構造はまだ勉強中です」
「なら、ざっくり説明する」
俺は星図を指さした。
「この宇宙には、中心がある」
星図の中心に、巨大な黒い点が浮かぶ。
その周囲に、光の渦のようなものが表示された。
「宇宙の中心に存在する場所。かつて美食の神々が暮らしていた世界だと言われている」
「美食の神々……」
「ああ。想像もつかない神の食材が、無数に溢れているらしい」
俺は中心の黒い点を見る。
「百三十七億年前。この地で、食欲のインフレーションが起こった。グルメエネルギーが一気に爆発して、五つの宇宙のもとが誕生した」
ブラウスは真剣に聞いている。
はむまるは半分分かっていなさそうだが、船長席で頷いている。
「きゅ」
「お前、分かってるのか?」
「きゅい」
「絶対分かってないな」
アールシが星図を操作すると、中心から五つの巨大な領域が花びらのように広がった。
赤。
青。
緑。
白。
黒。
「中心にあるのが、いて座A*。いてざ・エースターと読む」
「それが宇宙の中心なんですね」
「そうだ。少なくとも、俺たちが今いる赤い宇宙では、中心座標の目印になっている」
俺は五つの花びらのような宇宙を見た。
「いて座A*を中心に、五つの宇宙がある。赤、青、緑、白、黒。花びらのように分かれていて、普通ならそれぞれの宇宙を行き来することはできない」
「普通なら、ということは方法があるんですね」
「ああ」
俺は笑う。
「宇宙のフルコースを食べることで同期する。そうすれば、別の宇宙へ行けるようになる」
「宇宙のフルコース……」
「俺たちがこれから集めるものだ」
ブラウスの目が少し輝いた。
「なるほど。食べることで、宇宙そのものと波長を合わせるわけですね」
「たぶんそういうことだな」
俺は再びレコル星の位置を見た。
「んで、問題はここだ。中心に寄っている。つまり、銀河系ハビタブルゾーンから外れそうな位置なんだ」
「銀河系ハビタブルゾーン?」
「生命が比較的安全に暮らせる銀河内の領域のことだ。地球みたいな星が安定して存在できる場所だな」
俺は中心部に近い赤い領域を指さす。
「でも、中心に近づけば近づくほど危険になる。星の密度も違うし、重力も、放射線も、時空の流れもおかしくなる。何かある可能性はあるが、到底普通に行ける場所じゃない」
「レコル星は、その危険域に近いんですね」
「ああ。完全に外れているわけじゃない。でも、だいぶ内側だ」
ブラウスはしばらく星図を見つめていた。
そして、ぽつりと言った。
「アマジン……」
「うん?」
「アマジンからこんな難しい話の解説を聞く日が来るとは思いませんでした」
「いや、俺だってちゃんとする時はするから!」
「すみません。少し感動しました」
「感動の方向がおかしいだろ!」
「きゅい!」
「はむまるまで頷くな!」
トキサダが小さく笑った気がした。
フワ爺も、ほっほと肩を揺らしている。
「まぁ、難しい話は置いておきましょう」
アールシが静かに言った。
「まずは、そちらの方向へ向かいましょう」
「ああ、そうだな!」
俺は操縦席の前に立つ。
星図には、レコル星へ向かう航路が表示されている。
赤い宇宙の中を進む、最初の旅路。
俺たちの船。
はむまる号の最初の航海。
「そんで、うまそうな場所があれば寄るぞ!」
「やはりそうなりますか」
ブラウスが笑う。
「当然だ!」
「記録しておきます」
アールシが端末に何かを打ち込む。
「初航行方針。目的地、レコル星。途中に美味しそうな場所があれば寄る」
「それ記録するのか!?」
「正式な方針ですから」
「きゅい!」
はむまる船長が鳴いた。
どうやら承認されたらしい。
俺は前方の宇宙を見た。
青く丸い地球が、少しずつ遠ざかっている。
その先には、見たことのない星々が広がっている。
前世から憧れていた宇宙。
この世界で生きて、食って、戦って、ようやく辿り着いた場所。
俺は笑った。
「行くぞ、はむまる号!」
「きゅい!!」
船体が静かに震える。
グルメマテリアルの外装に光が走り、食欲エネルギー炉が低く唸る。
はむまる号は、ゆっくりと地球の軌道を離れた。
目指すはレコル星。
食が記録から消えた星。
そして、宇宙のフルコースのスープが眠るかもしれない星。
そうして俺たちは、宇宙へ出発した。