一面、草原だった。
白い星だと思っていたレコル星の地表には、意外にも緑が広がっていた。背の低い草が風に揺れ、その波がどこまでも続いている。
だが、静かすぎる。
聞こえるのは、風が草を撫でる音だけ。
鳥の声もない。
虫の羽音もない。
遠くで猛獣が吠える声も聞こえなかった。
知識の海から弾き出された直後ということもあって、余計に現実感が薄い。
「アマジン、先ほど見た伝説の美食屋ですが……どうやら約千年前、地球での出来事の記憶みたいです」
「そうなのか!? てか俺も戦いをしっかり見たかった……」
千年前……グリーントロルが攻めてくる前にホワイトディメンションが地球に侵攻したと以前見た覚えがある。
もし今、トリコが生きているとすれば赤鬼青鬼だけでなく、白鬼の力も使いこなしていそうだ。
だが、さっきのは青鬼と赤鬼の力しか使っていなかった。千年近く前で、まだそこまで行っていない状態だったのだろう。
そして、赤鬼はトリコと一体化して対話が不能になっていたと記憶している。
それが対話出来るようになっていた。
以前アールシが言っていた、グリド達と一緒に飯を食べる方法につながる手がかりかもしれない。
しかし……何故この星で地球の記憶が見えたのだろうか。
今は考えていても仕方がないか。
「アールシ、このレコル星に住んでたんだよな?」
俺が聞くと、アールシはしばらく草原を眺めたあと、静かに頷いた。
「ええ。ただ、私も後で思い出したのですが……アマジン。君と同じく、私はこの星でグルメビッグバンの前に生きていました」
「俺と同じ……」
俺は思わずアールシを見る。
前世。
グルメビッグバン以前の世界。
そして、終末。
そこまで共通しているとは思わなかった。
「その後、地球のように文明を取り戻せなかったのでしょう。だから一番近く、生命の音がある地球で再び転生した――と、私は予想しています」
「なるほど……」
ブラウスも考え込むように周囲を見る。
「その仮説が正しければ……フワ爺さんたちの星も、同じような状態なのでしょうか……」
俺は首を振った。
「この目で見るまで分からないぞ!」
二人がこちらを見る。
「レコル星だって、まだ何も分かってないんだ。だったら冒険しようぜ!」
アールシは少しだけ目を丸くしたあと、穏やかに笑った。
「そうですね。素晴らしい行動力です。考えているだけではいけませんね」
「だろ!」
「まぁ、アマジンは早く食べられるものを探したいんでしょうけど……」
ブラウスがさらっと言う。
「え!? いや、はむまるが腹をすかしてるからな!」
「きゅ!?」
肩の上ではむまるが、完全に巻き込まれた顔をした。
「ほら、腹減ってるって」
「今のは絶対、違うって言ってますよ」
「そんなことない!」
「きゅう!」
「ほら!」
「否定が強くなりましたね」
俺は聞かなかったことにした。
アールシはそんな俺たちを見ながらも、すぐに表情を引き締めた。
「どちらにしても、調査はすべきです。この星が見えた時から……少し違和感があるんです」
「違和感?」
「グルメビッグバンの影響で、地球は大きくなりました」
「ああ」
「同じように、レコル星も肥大化が進んでいると踏んでいました。ですが……」
アールシは一度言葉を切り、足元の草を見る。
「レコル星は、大きくなるどころか少し小さくなっている気がします」
「小さく?」
アールシはしゃがみ込み、土へ手を触れた。
草は確かに生えている。
緑も濃い。
ぱっと見れば、生命のある大地に見える。
だが。
「草は生えていますが、土にみずみずしさを感じられないです」
俺も足元を見る。
言われてみれば、確かにおかしい。
草は生きている。
なのに、大地から生命の厚みを感じない。
俺はそのまま草原へ仰向けに寝転がった。
「アマジン?」
「ちょっと待って」
背中。
肩。
足。
地面と触れている場所へ意識を集中する。
すると、ほんのわずかだが違和感があった。
「アールシ、違和感はたぶん合ってる」
「何か分かりましたか?」
「なんていうか……寝転がると吸われる感じがする」
「え?」
ブラウスもすぐにしゃがみ込み、掌を地面へ押し当てた。
しばらく目を閉じていたが、やがて眉を寄せる。
「本当です。気がつかないほどわずかですが、カロリーを吸われています」
「やっぱりか」
俺は起き上がった。
「地球の奥深くにも存在している、グルメ細胞入りの隕石が表面に来ているのか?」
グルメ細胞。
星そのものを変えるほどの力を持つ存在。
それが大地の近くにあるなら、何かしらの影響が出てもおかしくない。
だが、アールシはすぐに首を振った。
「考えにくいですね」
「そうか?」
「隕石がもし表面に近い場所まで来ていたなら、ここは荒れ地になっている可能性が高いです。グルメ細胞の影響が強すぎれば、生態系そのものが極端に変質します」
アールシは周囲の草原へ視線を巡らせる。
「ですが、ここには草が生い茂っている。弱ってはいても、環境そのものは維持されています」
「じゃあ、別の何かが吸ってるってことか」
「可能性は高いです」
「謎だな……」
俺は腕を組み、少し考えた。
ただ、考えていても答えは出ない。
「ブラウス、怪しい方向分かるか?」
「そうですね……」
ブラウスは再び掌を地面につけた。
目を閉じ、流れを探る。
カロリーが吸われている。
なら、その流れにも向きがあるはずだ。
しばらくして、ブラウスが顔を上げた。
「こっちでしょうか。かなり弱いですが、流れが一方通行になっています」
ブラウスが指したのは、草原のさらに奥。
見た目には、他と何も変わらない。
地平線まで続く緑。
でも、その先へ何かが集まっている。
「よし、なら向かおう。はむまる!」
「きゅい!」
はむまるが俺の肩から飛び降りた。
そして、体が一気に膨らむ。
小さな蔵頬ハムスターだった姿が、みるみる巨大化していき、俺たち三人を十分に乗せられる大きさになった。
「やっぱり便利だな、お前」
「きゅ!」
はむまるの背中には、抜け毛で作られたサドルも一緒に巨大化している。
ただし、サドルは二つ。
「サドルは二つしかないから、二人で使ってくれ。俺は後ろで立ってる」
「分かりました」
ブラウスとアールシがそれぞれサドルへ座る。
俺は最後尾。
巨大化したはむまるの背中で立ち上がり、前方を見る。
草原しかない。
障害物もほとんどない。
走るには最高の場所だ。
「はむまる!」
「きゅい!」
「草原だから走りやすいだろう! 全力ダッシュだ!」
「きゅい!!」
次の瞬間、はむまるが地面を蹴った。
草が大きく揺れ、緑の波が左右へ割れる。
「うおおお!」
「速いです!」
「記録します」
「アールシ、今それやるの!?」
「必要ですから」
はむまるはさらに速度を上げた。
風が顔へぶつかり、草原の景色が後ろへ流れていく。
俺はその先を見つめた。
大地から少しずつ奪われているカロリー。
そのすべてが、一つの方向へ流れている。
なら、その先にはきっと何かがいる。
レコル星を小さくしている何か。
生命の音を薄くしている何か。
「行くぞ、はむまる!」
「きゅい!!」
俺たちは、ブラウスの指した怪しい方向へと一気に駆けていった。