千年後のグルメ時代   作:鳩夜(HATOYA)

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グルメデバシー

「ブラウス、さすがだな! マジでうめえよ……!」

 

 俺は思わず声を上げた。

 エリア七の森の中。

 巨大な樹の根元に腰を下ろし、俺たちは少し遅めの朝食を取っていた。

 目の前に並ぶのは、森で見つけた食材たちだ。

 

 ビービーダンゴムシ。

 

 ミサイルサボテン。

 

 どちらも、俺が前世で『トリコ』を読んでいた頃に見覚えのある食材だった。

 ビービーダンゴムシは、丸まった体を焼くと外側が香ばしく、中はふわりと甘みのある蒸し肉のようになる。

 ブラウスは殻を軽く割り、内部の旨味を逃がさないように火を入れていた。

 

 噛むと、ぷつりと弾ける。

 

 中から濃厚な肉汁と、豆のような香りが広がった。

 

 ミサイルサボテンは、名前の通り油断すると弾け飛ぶ危険な植物だ。

 近づくと先端が震え、一定以上の刺激を受けると実をミサイルのように発射する。

 俺は番重落としで動きを止め、ブラウスが慎重に実を外した。

 

 そのままでは刺激が強すぎるらしいが、ブラウスは外皮を薄く削り、内側の果肉だけを取り出していた。

 

 軽く炙ると、酸味と甘みが増す。

 

 口に入れると、舌の上で小さく弾けるような刺激があり、その後に爽やかな甘さが来る。

 トリコで見た食材を、自分で捕って、自分の目の前で料理してもらって食べる。

 

 それだけで胸がいっぱいになる。

 

 だが、エリア七の森が面白いのはそれだけではなかった。

 前世の記憶にない食材も、わんさかある。

 

 アロエメロン。

 

 外皮はアロエのような厚い緑色で、中もアロエのような粘りがある。

 最初に見つけた時は、メロンなのかアロエなのかはっきりしろと思った。

 だが、ブラウスが薄く切って冷やすように処理すると、粘りの中に驚くほど瑞々しい甘さがあった。

 

 喉を通る時に、体の熱をやわらげてくれる。

 森の湿った暑さにちょうどいい。

 

 ミントリ。

 

 ミントの味がする鳥。

 

 名前は少し雑だが、実際に食べると衝撃だった。

 羽をむしると、肉から爽やかな香りが立つ。

 ブラウスは脂の多い部分と淡白な部分を分け、携帯鍋で軽く蒸した。

 

 口に入れると、鶏肉に似た旨味の後から、ミントの清涼感が鼻を抜ける。

 

 肉なのに爽やか。

 

 爽やかなのに、しっかり肉。

 

 意味が分からない。

 だが、うまい。

 

「これ、俺が一人だったら絶対焼いて終わりだったな……」

 

 俺がしみじみと言うと、ブラウスは少し嬉しそうに笑った。

 

「焼くだけでも美味しい食材はあります。でも、食材ごとの癖に合わせれば、もっと美味しくなります」

 

「それができるのがすげえよ」

 

 今回、ブラウスの装備は前より増えていた。

 

 携帯鍋セット。

 

 小型の加熱板。

 

 簡易蒸し器。

 

 数種類の調味料。

 

 保存用の小瓶。

 

 そして、もちろん響金包丁ハルシア。

 

 ただし、走るのに邪魔にならない程度に抑えられている。

 前回、エアビオトープで動けなくなった経験があったからだろう。

 荷物は増えたが、無駄は少ない。

 料理人として必要なものだけを選んで持ってきている。

 ブラウスは、それらの道具とハルシア包丁を使い、食材を丁寧に調理していく。

 

 巨大な森の中。

 

 足元には太い根。

 

 頭上には見たこともない鳥や虫。

 

 周囲にはいつ猛獣が出てきてもおかしくない気配。

 そんな環境なのに、ブラウスの手元だけは小さな厨房のようだった。

 

 包丁が動く。

 

 鍋が温まる。

 

 香りが立つ。

 

 食材が料理へ変わっていく。

 俺はその光景を見ているだけで、胸がいっぱいになった。

 

 うれしい。

 めちゃくちゃうれしくて、涙が出そうだった。

 

 こんなにすぐにブラウスと再会できるとは思ってもみなかった。

 エアビオトープで別れた時、俺は正直かなり寂しかった。

 

 あれだけの料理人。

 しかも同年代。

 もう一度会えるとしても、ずっと先だと思っていた。

 

 それが、次のフルコースの森に入ってすぐ再会である。

 運命と言いたくなる。

 

 いや、ブラウスの父親に放り込まれただけなのだが。

 

 それでも、今こうして一緒に食卓を囲んでいる。

 俺が食材を捕り、ブラウスが料理する。

 この形があまりにも心地よかった。

 

 言いたくなる。

 

 もうコンビになってくれ。

 

 俺と。

 

 残りのフルコースも一緒に取りに行こう。

 

 俺が食材を探す。

 

 お前が料理する。

 

 二人で食う。

 

 きっと最高の旅になる。

 喉元まで出かかった。

 だが、俺は言わなかった。

 

 ブラウスのことは、少しだが分かっているつもりだ。

 彼は料理が好きだ。

 心から料理だけをしていたいと思っている。

 

 食材調達に興味がないわけではないかもしれない。

 だが、命懸けで猛獣と戦い、危険区を進むことを望んでいるわけではない。

 

 俺が一緒に来てほしいと言えば、ブラウスはたぶん困る。

 優しいから、断りにくい顔をする。

 

 それは嫌だった。

 

 食欲は自由であるべきだ。

 俺が美食屋になりたいように、ブラウスも料理人でありたい。

 なら、俺の食欲をブラウスに押しつけてはいけない。

 そう思って黙っていると、ブラウスがふと口を開いた。

 

「父さんに言われました」

 

「ん?」

 

 俺はミントリの肉を飲み込んで、ブラウスを見た。

 ブラウスは携帯鍋の火加減を見ながら、ぽつぽつと話し始める。

 

「少しだが見ていた、と」

 

「見ていた?」

 

「はい。エアビオトープでのことです」

 

 俺は眉をひそめた。

 ブラウスの父親。

 あの息子を毒雨草原に放り込んだ天狗族の父親。

 どうやら完全に放置していたわけではなかったらしい。

 

「『お前一人では無理だっただろう?』と言われました」

 

「……まあ、あれは一人だときつかったな」

 

「はい。僕は確実に無理でした」

 

 ブラウスは苦笑した。

 

「それから、父さんはこう言いました。同じ年くらいで、お前のレベルについていく美食屋。いや、見習いか。この飽食時代にそんなやつは滅多といない。出会いを大事にしろ、と」

 

 俺は少し黙った。

 ブラウスの父親。

 やばい人だと思っていた。

 いや、今でもやばい人ではある。

 

 息子を危険区へ投げ込む親を、普通とは言いにくい。

 だが、見てはいた。

 考えてはいた。

 ブラウスに何かを伝えようとしていた。

 荒療治にもほどがあるが、少なくとも息子のことを全く見ていないわけではないのだろう。

 

 ブラウスはポシェットを探った。

 そして、一本の筒を取り出す。

 

 卒業証書を入れる筒に似ている。

 ただし、それより一回り小さい。

 表面は深い黒に近い銀色で、所々にグルメマテリアルらしい模様が走っている。

 

「これ、あげます!」

 

 ブラウスはそれを俺に差し出した。

 

「グルメデバシーって言います」

 

「グ、グルメデバシー?」

 

 聞き慣れない名前に、俺は思わず聞き返した。

 

「簡単に言うと通信機です」

 

「通信機?」

 

「はい。正式名称は、グルメデバイスシリンダーです」

 

 グルメデバイスシリンダー。

 略して、グルメデバシー。

 名前の響きが少し不思議だ。

 だが、見た目はかなり便利そうだった。

 ブラウスは筒の側面を軽く押す。

 すると、筒の一部が開き、中から薄いタブレットのような板が引き出された。

 画面には、すでにブラウスの連絡先らしき表示がある。

 

「これには、大きく三つの機能が備わっています」

 

 ブラウスは説明を始めた。

 

「一つ目は通信機能です。登録した人物と会話やメッセージのやり取りができます」

 

「普通に便利だな」

 

「危険区内でも、ある程度は通信できます。完全に遮断された場所や特殊な環境では無理ですが、通常の端末よりは強いです」

 

「かなり便利じゃないか」

 

 俺が驚いていると、ブラウスは少し得意げに続ける。

 

「二つ目は、食材鑑定機能です」

 

「それなら俺も簡易食材鑑定キットを持ってるぞ」

 

「アマジンさんのは、買い切りの物ですよね?」

 

「ああ」

 

 簡易食材鑑定キット。

 俺が使っているのは、危険区用の一般的なモデルだ。

 食材名、捕獲レベル、食用可否、毒性、簡単な調理方法などを表示してくれる。

 十分便利だ。

 だが、ブラウスは首を振った。

 

「買い切りの鑑定キットは、手動でアップデートしなければなりません」

 

「あー……」

 

 俺は少し嫌な顔をした。

 その通りだ。

 変化する捕獲レベル。

 増える食材。

 新たに判明する調理方法。

 危険性の見直し。

 それらの情報は、定期的に更新される。

 しかし、俺の簡易食材鑑定キットは買い切り型だ。

 最新情報を入れるには、手動でアップデートしなければならない。

 しかも、その費用が高い。

 美食屋候補の財布には地味に痛い。

 

「でも、このグルメデバシーの食材鑑定機能は違います」

 

 ブラウスの目が少し輝いた。

 

「自動更新版です!」

 

「自動更新……!」

 

「はい。その名の通り、新しい情報があればアップデート更新をしていけます。さすがに宇宙食材鑑定キットのように宇宙全域を網羅しているわけではありません。でも、地球内の食材情報ならかなり優秀です」

 

 俺は思わず筒を見つめた。

 通信機能。

 食材鑑定機能。

 

 しかも自動更新。

 

 危険区に入る美食屋候補にとって、これほどありがたいものはない。

 ブラウスはさらに説明を続ける。

 

「三つ目は、記録機能です。筒からタブレットを引き出して、冒険記録や食材メモを書き込んだり、撮影したりできます。グルメIDとも同期できますし、必要なら紙の冒険ノートをスキャンして保存することもできます」

 

「なんて便利そうなアイテム……」

 

 俺は本気で感動した。

 今まで冒険ノートに手書きしていた記録も好きだ。

 だが、食材情報や映像を残せるのはかなり大きい。

 

 しかも通信もできる。

 

 ブラウスに料理の相談もできる。

 

 食材鑑定も最新。

 

 最高すぎる。

 

 だが、同時に気づいてしまう。

 

「っていうか、相当高いだろこれ」

 

 俺が言うと、ブラウスは目をそらした。

 

「えっと……父が、出会いを大事にしろと」

 

「値段は?」

 

「……」

 

「ブラウス?」

 

「料理人に値段の話は野暮です」

 

「高いんだな」

 

 絶対に高い。

 見た目からして高い。

 機能的にも高い。

 

 俺の簡易食材鑑定キットとは桁が違う気がする。

 

 受け取っていいのか、かなり迷った。

 だが、ブラウスは筒を両手で持ち、目を輝かせて差し出してくる。

 

「これでいつでも話ができますね!」

 

「……」

 

「調理してほしい食材が出てきたら、いつでも言ってくださいね!」

 

 その言葉を聞いて、俺は何となく理解した。

 

 この気持ちは、とても嬉しい。

 

 ブラウスが俺との出会いを大事にしてくれている。

 

 また話したいと思ってくれている。

 

 料理をしたいと思ってくれている。

 

 それは本当に嬉しい。

 

 だが同時に、ブラウスの中の思いも変わっていない。

 

 調理だけしたい。

 

 食材調達に自分から突っ込むのではなく、料理人として食材と向き合いたい。

 

 だから、このグルメデバシーなのだ。

 一緒に旅する約束ではない。

 けれど、離れていても繋がれる道具。

 俺が食材を見つけたら、ブラウスに相談できる。

 ブラウスは料理で応えてくれる。

 それは、彼なりの距離感だった。

 俺は筒を見つめた。

 そして、笑った。

 

「ありがとう! じゃあ借りておくよ!」

 

「あ、あげますって言ったのに」

 

「高そうだから借りるってことにしとく。いつかちゃんと返すか、同じくらいの食材で礼をする」

 

 ブラウスは少し考え、それから頷いた。

 

「では、すごく美味しい食材を期待しています」

 

「任せろ!」

 

 俺はグルメデバシーを受け取った。

 ずっしりとした重みが手に伝わる。

 ただの道具ではない。

 ブラウスとの繋がりだ。

 

 これから先、俺が一人で旅をする時も、食材を見つけた時も、料理に迷った時も、この筒を開けばブラウスと話せるかもしれない。

 

 それは、とても心強かった。

 俺はポシェットにグルメデバシーをしまう。

 少し膨らんだが、問題なく入った。

 

 その後、俺たちは食事を片付けた。

 

 アロエメロンの皮は食材鑑定の結果、乾燥させれば保存食になるらしい。

 ブラウスが小さく切って、後で加工できるようにしてくれた。

 ミントリの骨は出汁が取れるらしく、携帯鍋に少しだけ残してある。

 ビービーダンゴムシの殻は、粉にすると香ばしい調味料になるそうだ。

 

 何でも使える。

 

 料理人の目は本当にすごい。

 

「さぁ、そろそろ行くか」

 

 俺は立ち上がった。

 グルメスモックの裾を軽く払う。

 ブラウスもケースを背負い直し、頷いた。

 

「はい」

 

 エリア七の森は、まだ深い。

 この先には零山脈がある。

 

 酸素のない静寂の場所。

 

 サンドリコ。

 

 そして、ペアの泉。

 

 危険は多い。

 だが、腹は満ちている。

 隣には料理人がいる。

 ポシェットには、グルメデバシーがある。

 俺は森の奥を見据えた。

 

「行こうぜ、ブラウス」

 

「はい、アマジンさん」

 

 二人並んで歩き出す。

 巨大な森の中で、白い給食当番が二人。

 その姿は、やっぱり少し間抜けだった。

 だが、今の俺にはそれが少し誇らしかった。

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