その日の実戦練習は、俺が何度も地面を転がされて終わった。
勝負にはならなかった。
十重・番重落としも、キッチンハサミも、グルメスモックも、グリドにはまったく通じなかった。
いや、まったくというのは少し違うのかもしれない。
グリドは何度か「悪くない」と言っていた。
だが、ダメージはない。
攻撃を受け止められ、解析され、軽く殴られて吹っ飛ばされる。
それを繰り返しただけだ。
そして今。
俺とグリドはセーフゾーンに戻り、食事をしながら話していた。
今日の料理は、岩マジログランデの干し肉とサンドリコのスープ。
そこにビービーダンゴムシを少し炙ったものが添えられている。
疲れた体に染みる味だった。
「まず総評としては、悪くないわ」
グリドが干し肉を噛みながら言った。
「本当か?」
「ほんまや。打撃の遠距離攻撃と、近接の斬撃攻撃。そんで防御のグルメスモック。バランスがええし、人間界、いやグルメ界でもかなり通用するやろ」
「……そう言われると照れるな」
俺は思わず頬をかいた。
グリドに褒められると妙に嬉しい。
こいつは口が悪いし、修行は容赦ない。
だが、九百年前のグリーントロル総長だ。
そのグリドに「通用する」と言われるのは、やはり嬉しかった。
俺の技は、完全に独学に近い。
グルメスモックも、番重落としも、キッチンハサミも、俺の食欲とイメージから自然に生まれた技だ。
それが悪くないと言われた。
正直、かなり嬉しい。
だが、グリドはそこで終わらなかった。
「だけど詰めが甘いわ」
「ですよね」
「技三つて少ないし、それぞれももっと改良の余地がある」
「ですよね……」
褒めてから落とす。
この一か月で、グリドのやり方には少し慣れてきた。
でも痛いものは痛い。
肉体的にも精神的にも。
「まぁでも、まずは持ってる技やな。いっこずついこか」
「頼む……」
俺は素直に頭を下げた。
正直、自分だけで考えていても限界がある。
猿武はもちろん、戦闘の組み立ても、グリドの方が圧倒的に上だ。
ここは恥を捨てて学ぶべきだ。
グリドはスープを一口飲み、指を一本立てた。
「まず番重落とし」
「ああ」
「あれは丈夫な素材をイメージされとる。薄いのにめっちゃ丈夫や」
「丈夫な素材……」
俺は自分の中の番重を思い浮かべる。
あの技は、食欲エネルギーで給食の番重のような箱を具現化し、それを上から落とす技だ。
なぜ番重なのか。
それは単純に、俺の食欲のイメージがそこにあるからだと思う。
食事。
給食。
配膳。
大量の料理が入った箱。
俺にとって番重は、食事を運ぶ器であり、食欲の象徴の一つなのだろう。
そして素材。
俺の中のイメージでは、たぶんステンレス製の番重だ。
前世でも、学校や給食センターで見たことがある。
銀色で、薄くて、丈夫で、重ねられる。
その印象が反映されているのだと思う。
「たぶん、ステンレス製の番重だからだ」
「すてんれす?」
「あー……錆びにくい金属、みたいな感じ」
「なるほどな。よう分からんけど、丈夫で扱いやすい金属っちゅうことか」
「たぶん」
「でもな」
グリドは空になった器を置いた。
「ああいう使い方するなら、別に薄くなくてもええやろ」
「……え?」
「番重として料理を入れて運ぶなら薄くて軽い方がええ。重ねやすい方がええ。けど、お前の番重落としは相手を潰す技や。なら薄さはいらん。軽さもいらん」
「……!」
言われて、俺は固まった。
確かにそうだ。
番重という形に引っ張られすぎていた。
食事を運ぶ道具としての番重。
重ねられる箱としての番重。
俺はそれをそのまま技にしていた。
だが、技として使うなら、別に実用品である必要はない。
料理を入れるわけではない。
持ち運ぶわけでもない。
上から落として潰す。
なら、薄くて軽い必要などない。
「イメージとかけ離れてしまうなら難しいやろうけど、もっと重い素材でいかんとな」
「もっと重い素材……」
「ほんで、お前は五とか十とか重ねとるけどな」
「うん」
「一でめちゃ重いやつ作る方が効率はええ」
「たしかに……!」
思わず声が出た。
その発想はなかった。
五重。
十重。
重ねれば強くなる。
そう思っていた。
実際、強くはなっている。
だが、重ねるたびにエネルギーは分散する。
形を複数維持する必要もある。
なら、一枚でとんでもなく重い番重を作る方が効率はいい。
理屈はすごく分かる。
めちゃくちゃためになる。
だが――。
「そんなこと、どうやるんだ?」
俺は思わず呟いた。
グリドは当然のように言う。
「まずは頭で作り出せ。なるべく重く、丈夫な一枚の番重を」
「頭で……」
「そや。行けると思ったら出してみろ。それをまずは繰り返すしかない」
「重くて丈夫……」
俺は目を閉じた。
重くて丈夫な番重。
一枚で十重より重い番重。
薄くなくていい。
重ねなくていい。
ただ一つ。
圧倒的な重さと強度を持つ番重。
何がある?
どんな素材ならいい?
全然イメージができない。
そもそも、俺はこの世界の鉱石とかをよく知らない。
食材ばかりを追っていたせいもある。
いや、美食屋を目指しているのだから当然ではあるのだが、今になって知識の偏りが痛い。
鉄。
銅。
鉛。
前世で知っている重い金属はいくつかある。
だが、鉄では弱い気がする。
鉛は重いが、丈夫というイメージではない。
この世界なら、もっと重くてすごい鉱石が存在するかもしれない。
捕獲レベル何百の鉱石とか、グルメ界の地層でしか採れない金属とか、八王の攻撃でも砕けない岩とか。
きっとある。
絶対にある。
だが、見たことも聞いたことも、触れたこともない素材を想像なんてできない。
どうする。
どうすればいい。
「……とりあえずやってみる」
「それでええ」
俺は立ち上がり、少し開けた場所へ移動した。
グリドは器を片付けながら見ている。
俺は頭上に食欲エネルギーを集めた。
イメージする。
重い。
とにかく重い。
丈夫。
とにかく丈夫。
薄くなくていい。
一枚でいい。
一枚で、今までの十重より重い番重。
銀色の番重が浮かび上がる。
だが、いつもの形だ。
ステンレス製の番重。
少し厚みはある。
だが、根本的には変わっていない。
「落とせ」
「番重落とし!」
頭上から番重が落ちる。
地面に当たり、音を立てた。
以前より少し重い。
だが、十重には遠く及ばない。
「違うな……」
「せやな」
グリドは淡々と言う。
「もう一回」
俺はもう一度イメージする。
もっと重く。
もっと丈夫に。
銀色ではなく、黒く。
いや、黒いから重いというわけではない。
厚みを増やす。
だが、厚くしただけでは番重というよりただの箱だ。
いや、箱でいいのか?
番重である必要は?
でも番重から離れすぎると、俺の食欲の形ではなくなる気がする。
形を保ったまま、素材を変える。
それが難しい。
「番重落とし!」
出現したのは、またステンレス製の番重だった。
ただし、今度はやたら大きい。
普通の番重の三倍くらいある。
落下音は大きい。
だが、動きが遅い。
当たれば痛いだろうが、グリドどころか俊敏な猛獣にも避けられそうだ。
「でかくなっただけやな」
「分かってる!」
次。
小さくしてみる。
圧縮するイメージ。
小さいが重い番重。
密度を上げる。
ぎゅっと詰める。
「番重落とし!」
今度は手のひらほどの小さな番重が出た。
それが地面に落ち、小さな穴を開ける。
「お」
グリドが少しだけ反応した。
「今のはちょっとおもろいな」
「でも小さすぎる……」
「せやな。暗器みたいには使えるかもしれんけど、潰す技としては足りん」
「難しい……!」
思考しては実践する。
実践しては失敗する。
大きめの番重。
小さめの番重。
少し厚い番重。
角が丸い番重。
異様に浅い番重。
逆に深すぎる番重。
色も形も少しずつ変わる。
だが、根本は変わらない。
出現するのは、結局ステンレス製の番重だった。
俺の中の番重のイメージが強すぎるのだろう。
給食の番重。
銀色の箱。
薄くて丈夫。
重ねられる。
その形から抜け出せない。
「くそ……」
何度目かの失敗の後、俺は地面に座り込んだ。
頭が疲れた。
体より先に脳が疲れる。
技を改良するというのは、ただエネルギーを増やすだけではない。
自分の食欲の形を理解して、そこへ新しい理屈を混ぜる作業だ。
思ったよりずっと難しい。
「全然できない」
「一日でできたら天才、いや神やで。焦んな」
グリドは笑った。
「そもそも、今のお前は素材の引き出しが少ない。知らんもんは想像できへん。見たことない味を正確に思い出せへんのと同じや」
「……つまり、もっと色んな素材を見ろってことか?」
「せや。鉱石でも、猛獣の殻でも、骨でも、樹でもええ。重い、硬い、丈夫。そういうものを食って、触って、知れ」
「食って?」
「もちろんや。美食屋やろ」
グリドは当然のように言った。
確かに、俺は美食屋を目指している。
食材を食べることで強くなる。
味を知ることで世界を知る。
なら、技の素材イメージだって、食べたもの、触れたもの、経験したものから生まれるはずだ。
番重落としを強くしたいなら、重さと硬さの味を知らなければならない。
「なるほどな……」
俺は自分の掌を見た。
今日できたことは少ない。
いや、ほとんどできていない。
だが、方向は見えた気がする。
番重落としは、まだ変えられる。
十重にするだけではない。
一枚の質を高める。
素材を変える。
密度を変える。
大きさを変える。
使い方を変える。
俺はまだ、ただ番重を落としていただけだったのだ。
「とりあえず、次の技の話や」
グリドが言った。
「え、もう?」
「番重はすぐには変わらん。考えながら育てる技や。今は他の技も見直す」
「分かった」
俺は修行を中断し、グリドの前へ戻った。
まだ頭の中では、重くて丈夫な一枚の番重がぼんやり浮かんでいる。
だが、その形は定まらない。
銀色の番重。
俺の技の始まり。
そこから先へ行くには、もっと食べなければならない。
もっと見なければならない。
もっと知る必要がある。
番重一つにも、世界の広さが詰まっていた。
次回 間話 アトムビオトープの天狗親子
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補足です。
グリドの居たセーフゾーンはグルメ界の休憩室(レストルーム)に近いイメージで、
消える木や岩、臆病な空気そのものが作り出す見えない空間の為、
時間は同じように流れています。
描写不足で申し訳ありません。
(時間の流れが違う事にしてしまうと直近の分が全部書き直しになってしまう……!)