グリドは、わかりやすく俺の技のヒントをくれる。
ただ「弱い」と言うだけではない。
何が悪いのか。
どこを変えればいいのか。
どう考えればいいのか。
それを、俺が理解できる言葉にしてくれる。
教え方が本当にうまい。
最初は、ただ口の悪い関西弁のグリーントロルだと思っていた。
いや、今でも口は悪い。
だが、修行を受ければ受けるほど分かる。
こいつは、人に教えることに慣れている。
総長という立場。
きっと、多くの仲間にも教えていたのだろう。
九百年前、地球へ攻め込んだ時。
その前、グリーントロルたちがまだ自分たちの星で生きていた頃。
グリドは、多くの部下を率いて、多くの戦いを経験して、多くの技を見てきた。
そういう積み重ねが、言葉の一つ一つに出ている。
「場合によっては、番重持ってしばけ!」
「え?」
俺は思わず聞き返した。
グリドは何でもないことのように言う。
「盾にもなる!」
「番重を……持つ?」
「そや。お前、上から落とすことしか考えてへんやろ」
「まあ……番重落としだし」
「名前に縛られるな。番重を出せるんやったら、落とすだけやなくて持て。構えろ。殴れ。受けろ」
「……なるほど」
言われてみれば、確かにそうだ。
俺は番重を上から落とすものだと決めつけていた。
だが、食欲エネルギーで番重を作り出せるなら、それを手に持ってもいい。
盾のように構えて攻撃を防いでもいい。
角で殴ってもいい。
相手の足元に出して動きを止めてもいい。
空中に並べて足場にすることだって、もしかするとできるかもしれない。
番重落とし。
その名前のせいで、俺は自分の技の使い道を狭めていた。
「ほんまはな、技いうんは使い方や。形は同じでも、使い方で別物になる」
グリドは自分の手を軽く振った。
「ただの拳でも、殴れば攻撃。受ければ防御。押せば移動。掴めば拘束や」
「番重も同じか」
「せや。お前の食欲が形にできるもんは、全部武器やし、全部道具や」
その言葉は、すごく刺さった。
俺の技は、まだ少ない。
グルメスモック。
番重落とし。
キッチンハサミ。
三つしかないと思っていた。
だが、それぞれの使い方を増やせば、できることはもっと広がる。
新しい技を増やすだけではない。
今ある技を、もっと深く使う。
それが必要なのだろう。
「次、キッチンハサミや」
グリドが言った。
「はい」
「これはめちゃくちゃ切れる」
「おお」
「やけどな、それならええ素材でできた刀で切る方がええ」
「ぐっ」
いきなり痛いところを突かれた。
確かにキッチンハサミは切れる。
腕に食欲エネルギーを集中させ、ハサミのような切断力を持たせる技だ。
だが、近接で切るだけなら、普通にいい包丁や刀を持った方がいいのではないか。
いや、言われるとその通りすぎる。
特にこの世界には、二代目メルクの包丁や、ブラウスの響金包丁ハルシアのようなとんでもない調理器具がある。
最高級の刃物と比べて、俺のキッチンハサミがどれほど優位なのか。
考えたことがなかった。
「遠距離に対応せな優位性はないで」
「遠距離……」
「伸ばす。飛ばす。挟む。切る範囲を広げる。相手の逃げ道を切る。そういう工夫がいる」
「なるほど……」
「今のままやと、腕にええ刃物つけてるだけや。便利ではある。けど、それ以上ではない」
これも刺さる。
刺さりすぎる。
だが、反論できない。
キッチンハサミは、俺の中ではかなり攻撃的な技だった。
初めて明確に敵を切断できた技でもある。
だから、どこかで満足していたのかもしれない。
でも、これから戦うには足りない。
もっと射程を伸ばす。
もっと切り方を変える。
ハサミなのだから、ただ斬るだけではなく、挟む、断つ、掴む、閉じ込める。
そういう使い方もあるはずだ。
「全部の言葉が刺さるな……」
俺は思わず呟いた。
「ええことや。刺さるうちは伸びる」
グリドは笑った。
九百年。
いや、グリドは地球に来る前から生きている。
ということは、千年以上は生きているのかもしれない。
知識と経験の圧倒的な差。
それが、こういうところに出ている。
俺が一つの技に喜んでいる間に、グリドはその技の弱点、発展性、実戦での使い道を一瞬で見抜く。
悔しい。
だが、ありがたい。
今の俺に一番必要なのは、こういう視点だ。
「よし、最後、グルメスモックや」
グリドが俺を見る。
「お願いします!」
俺は自然と背筋を伸ばした。
グルメスモック。
俺の最初の技。
毒を防ぎ、水を防ぎ、汚れを防ぎ、衝撃を和らげる。
給食着のような見た目の、食欲エネルギーの衣。
正直、見た目はかなり間抜けだ。
だが、何度も俺を助けてくれた。
エアビオトープの毒雨も。
毒沼蛇も。
零山脈の無酸素環境も。
ブラウスに着せて守ることもできた。
俺の中で、最も信頼している技だ。
それでも、グリドの一撃で砕けた。
あの時の感触は、まだ体に残っている。
胸部に拳が触れた瞬間、グルメスモックは紙のように破れた。
防具としては、まだまだ足りない。
そう思っていた。
だが、グリドは少し意外なことを言った。
「この技だけは、もう多分完成しとるで」
「え?」
俺は目を丸くした。
「いや、でもさっき一撃で砕けた……」
「それは相手がわいやからや」
「自分で言うのか」
「事実や」
グリドは当然のように言う。
「防毒、防塵、防風、なんでも防ぐ。しかもその効力は、本人の食欲エネルギーでどんどん向上する」
「まあ、それはそうだけど……」
「わいは、その形の防具、装備を見たことがない」
「そうなのか?」
「ない。柔らかい素材とは思えん強度。弾く力。包み込む力。すばらしいで」
グリドは珍しく真面目な声で言った。
「防具っちゅうのは普通、硬い。硬ければ守れる。けど、硬いだけやと衝撃は抜けへん。逆に柔らかいだけやと貫かれる」
「うん」
「お前のグルメスモックは、その両方を持っとる。受け止めるだけやない。弾く。包む。流す。場合によっては他人にも着せられる。こんな技、そうそうない」
そこまで言われると、逆にむずがゆい。
俺の頭の中に浮かんでいるのは、給食着である。
白い服。
帽子。
マスク。
園児が給食当番で着るような服。
元は防具とかではない。
たぶん、誰かを守るための鎧でもない。
食事を配るための服。
清潔に食べ物を扱うための服。
それが、なぜかこの世界では毒も衝撃も防ぐ防具になっている。
意味が分からない。
でも、それが俺の食欲の形なのだろう。
「まぁ、元は防具とかではなく、給食着とか園児が着る服なんだけどな……」
「きゅうしょくぎ? えんじ?」
「あ、いや、こっちの話」
俺は誤魔化すように頷いた。
グリドは少し怪訝そうにしたが、深くは聞かなかった。
この一か月で、俺がたまに意味の分からないことを言うのには慣れたらしい。
「とにかく」
グリドは指を突きつけてきた。
「お前が強くなれば、その分硬度は増す! 精進せい!」
「おす!」
俺は勢いよく返事をした。
グルメスモックは完成している。
ただし、それを使う俺自身がまだ弱い。
技の方向性は間違っていない。
足りないのは、俺の食欲エネルギー、細胞の統一、経験。
それは単純で、分かりやすい。
そして、逃げ道がない。
鍛えるしかない。
「番重は質と使い方。キッチンハサミは射程と応用。グルメスモックは自分自身の強化……」
俺は一つずつ確認するように呟いた。
「そうや。今のお前は、技を増やす前に、手元の道具をちゃんと見直す段階や」
「分かった」
「それができたら、次は猿武を技に混ぜる」
「猿武を、技に……」
その言葉に、胸が高鳴った。
今はまだ、ビービーダンゴムシを回すことが中心だ。
グリドの攻撃を受け流すこともできていない。
だが、いずれ。
番重落としにも。
キッチンハサミにも。
グルメスモックにも。
猿武の動きを組み込めるかもしれない。
そうなれば、俺の技はもっと変わる。
もっと強くなる。
「よし、続きやるで」
「はい!」
「まずは番重持って構えろ。殴る練習や」
「本当に持つのか……」
「当たり前や。盾にも鈍器にもなる言うたやろ」
「給食の番重で殴るの、前世の学校なら大問題だな……」
「また訳分からんこと言うとるな。早よ構え」
「はい!」
俺は食欲エネルギーを集め、手元に番重を出した。
いつもの銀色の番重。
薄くて丈夫な、俺の食欲の形。
それを両手で持つ。
少し重い。
だが、持てないほどではない。
構えてみると、確かに盾のようにも見える。
角で殴れば痛そうだ。
落とすだけではない。
持つ。
構える。
振る。
受ける。
同じ技なのに、急に可能性が広がったように感じた。
グリドとの修行の日々は続く。
零山脈の静寂の中で。
俺は、自分の技の形を、少しずつ見直していった。
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猿武編は今回の話を入れて、あと5話(内 間話2本)で終わります。
引き続きよろしくお願いします!