千年後のグルメ時代   作:鳩夜(HATOYA)

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第4章 雲の山と宇宙研究所
ペアビオトープ退出


 零山脈を越え、ペアビオトープの管理区域へ戻ってきた。

 

 長かった。

 本当に長かった。

 

 ペアを飲んで、ブラウスと別れて、グリドと出会って、三か月修行して、はむまるが仲間になった。

 当初の予定では、ペアを飲んだらそのまま帰るつもりだった。

 少し寄り道しても、せいぜい数日。

 

 それが三か月である。

 

 人生、予定通りにはいかない。

 いや、グルメ時代ならなおさらかもしれない。

 俺の隣では、はむまるがぽてぽてと歩いていた。

 

 蔵頬ハムスター。

 

 ふくらんだ頬袋。

 

 黒い丸目。

 

 ひくひく動く鼻。

 

 そして、俺とブラウスが二人で乗れそうなくらいの大きさ。

 

 可愛い。

 可愛いが、でかい。

 

 受付へ向かうと、以前対応してくれた人がこちらに気づいた。

 

「おお、無事に帰ってきたか!」

 

 受付の人は、心底ほっとしたような顔をした。

 

「先に来た方が一人で帰っていったから、てっきり死んだと思ったぞ……」

 

「勝手に殺さないでください」

 

「いや、すまんすまん。でも子供だし正直かなり心配してたんだ」

 

 受付の人は苦笑しながら言った。

 子供だから余計に覚えていたのだろう。

 確かに、今の時代でも地球のフルコースに挑む子供は珍しいはずだ。

 

「無事でよかったよ。さ、チェックだ」

 

「はい」

 

 エアの時と同じ流れで、退出手続きが始まった。

 グルメIDの確認。

 体調スキャン。

 食歴の更新。

 ペア摂取記録の確認。

 持ち込み・持ち出し品のチェック。

 

 俺は専用コップを受付に返却した。

 

 あの時、ブラウスと一緒にペアを飲んだコップだ。

 

 中央に隔壁がついた特殊なコップ。

 

 ペアを一気に飲みすぎないように、そして性転換状態から戻れなくならないようにするためのもの。

 今思い出しても、色々と衝撃的な食材だった。

 コップを返すと、受付の人は慣れた手つきで確認し、端末に登録していく。

 

 すべて順調。

 そう思った時だった。

 

「ところで……」

 

 受付の人が、俺の隣を見た。

 はむまるが「きゅ?」と首を傾げる。

 

「ビオトープから猛獣持ち出しは重罪だぞ?」

 

「え!?」

 

 俺は思わず叫んだ。

 

「違うんです! その、来た時はポケットに入るくらい小さかったんですけど……」

 

 何を言っているんだ俺は。

 自分で言っていて無茶苦茶だと思った。

 ポケットに入るくらい小さかった猛獣が、三か月で俺とブラウスが乗れるくらい巨大化した。

 そんな言い訳が通るわけがない。

 

 はむまるは隣で「きゅ」と鳴いた。

 

 お前も何か弁解してくれ。

 

 いや、鳴くだけか。

 

 受付の人は、少しの間こちらをじっと見た。

 それから、ふっと笑った。

 

「ふ。まあいい。特別に見逃してやる」

 

「え、いいんですか?」

 

「その個体はビオトープ登録個体じゃない。少なくともこちらの管理タグはないな。外部から入り込んだか、零山脈の未登録個体だろう」

 

「よ、よかったな、はむまる!」

 

「きゅ!」

 

 はむまるは嬉しそうに鳴いた。

 頬袋が少し揺れる。

 受付の人は俺をスキャンしながら、はむまるの方も軽く確認していた。

 

「ただし、街中に連れていくなら登録は必要だぞ。大型グルメペット扱いになる可能性が高い」

 

「大型グルメペット……」

 

 たしかにペットというには大きい。

 でも猛獣というには可愛い。

 いや、前歯はすごいけど。

 

「後で手続きの案内を送っておくよ」

 

「ありがとうございます」

 

 俺は頭を下げた。

 ふと周囲を見る。

 受付の前は静かだった。

 俺が入った時は、観光客や美食屋見習い、関係者がそれなりにいたはずだ。

 だが今は、誰も入場待ちをしていない。

 

「ところで……誰も入場する人が待っていないんだね」

 

「ああ」

 

 受付の人の顔が少し曇った。

 

「実は、ちょっと前からビオトープは入場禁止になってる」

 

「そうなんですね……」

 

 現在はすべてのビオトープが規制されているらしい。

 ちょっと困ったことになってるな……。

 地球のフルコース管理ビオトープ全体に、何かが起きている。

 

 理由は分からない。

 危険度の上昇か。

 グリーントロル関係か。

 それとも別の何かか。

 俺は少しだけ嫌な予感を覚えた。

 

 その時、俺のスキャンが完了した。

 

 直後。

 

 端末から鋭いアラート音が鳴った。

 

「ん……?」

 

 受付の人がモニターを確認する。

 最初は軽い確認のつもりだったのだろう。

 だが、次第にその表情が真面目になっていく。

 俺は背筋が冷えるのを感じた。

 

「アマジンくん……」

 

「はい」

 

「君になんというか、アラートが出てる」

 

「え! 俺、ペアはコップ一杯しか飲んでません!」

 

 反射的に言い訳した。

 ペアの持ち帰りは禁止。

 飲めるのはその場で一杯。

 

 それは分かっている。

 ちゃんとルールは守った。

 変な飲み方もしていない。

 

 性転換状態で悪ふざけもしていない。

 いや、ちょっと動揺はしたけど。

 

「違う件だ」

 

「あ、違うんですか」

 

「しばらく待ってくれ」

 

「はい……」

 

 そうして俺は、はむまると一緒に別室で待機することになった。

 別室といっても、取り調べ室のようなものではない。

 管理施設内の応接室に近い場所だ。

 テーブルと椅子があり、壁にはペアビオトープの案内映像が流れている。

 はむまるは床に丸く座っていた。

 でかいので、椅子には座れない。

 

「なんだろ……何かしたかな。滞在が長すぎた?」

 

「きゅ」

 

「いや、お前に聞いても分からないよな」

 

「きゅう」

 

 はむまるは俺のポシェットを見た。

 

「食べ物はないぞ」

 

「きゅ……」

 

 残念そうにするな。

 俺も不安なんだ。

 

 アラート。

 

 ペアの件ではない。

 

 なら何だ。

 

 グリーントロルと接触したことか。

 グリドのことがバレたのか。

 はむまるの件か。

 

 それとも、グルメデバシーの記録か。

 

 色々考えたが、答えは出ない。

 しばらくすると、受付の人が戻ってきた。

 先ほどよりも少し緊張した顔をしている。

 

「待たせたね」

 

「いえ……」

 

「急になるのだが、アトムビオトープにあるIGO第二宇宙研究所に行く必要がある」

 

「え……?」

 

 IGO第二宇宙研究所。

 俺はその名前を知っていた。

 アトムビオトープに組み込まれるように併設されている、IGOの研究施設。

 

 主に宇宙食材を研究している場所だ。

 

 宇宙由来の食材。

 外宇宙生物。

 未知のグルメ細胞。

 

 そういったものを扱う研究所。

 

 俺が将来、宇宙に行くことがあるなら、世話になるかもしれない。

 その程度には知っている。

 ただ、詳しいことは知らない。

 一般向けに公開されている情報も少ない。

 そんな場所に、俺が行く必要がある?

 

「なんで俺が……?」

 

「詳しい理由は、こちらにも伝えられていない。ただ、君のグルメIDに研究所からの直接指定が入っている」

 

「直接指定……」

 

「日時も指定されている。二日後のちょうどお昼の時間だ」

 

「二日後……」

 

 近い。

 

 かなり急だ。

 

 だが、アトムビオトープはどちらにしても行こうと思っていた場所だ。

 次に向かうなら、アナザかアトム。

 

 どちらかで迷っていた。

 

 アナザは調理難度が高く、時間も特殊だ。

 アトムはアトムで、クラウドマウンテンと宇宙食材研究所が絡む。

 今の俺にどちらが向いているかは悩んでいたが、呼び出されたのなら先にアトムへ向かう理由になる。

 

「分かりました」

 

 俺は頷いた。

 

「行きます」

 

「助かるよ。それと、これが研究所から支給されている」

 

 受付の人は、端末から発券されたチケットのようなものを手渡してきた。

 見た瞬間、俺は目を見開いた。

 

「え!?」

 

 それは、キャンピングモンスター乗り放題の特急券だった。

 しかも、かなり上位のものだ。

 

 通常路線だけではなく、優先乗車、急行便、乗り継ぎサポートまで含まれている。

 普通に買ったら、相当高いはずだ。

 

「こんなの良いんですか!」

 

「ああ。渡すようにとなっていたし、大丈夫だ」

 

「ありがとう!」

 

 思わず声が弾んだ。

 移動費が浮く。

 それだけではない。

 はむまるを連れて移動するとなると、普通の交通機関では手続きが面倒になるはずだ。

 キャンピングモンスターなら、大型グルメペット扱いでも乗れる便が多い。

 これはかなりありがたい。

 

「ただし、少ないが時間もある」

 

 受付の人は少しだけ表情を和らげた。

 

「また長時間帰れないかもしれないぞ? しっかりと両親には話しておきなさい」

 

「分かった! ありがとう、おっちゃん!」

 

「おっ……まあいいか」

 

 受付の人は苦笑した。

 

「気をつけて行きなさい」

 

「はい!」

 

 俺ははむまるの頭を軽く撫でた。

 

「行くぞ、はむまる」

 

「きゅ!」

 

 はむまるは元気よく鳴いた。

 ペアビオトープを出る。

 三か月ぶりの外。

 

 まずは家に帰る。

 両親に無事を伝えて、はむまるを紹介して、またすぐに出発の準備だ。

 

 二日後。

 

 アトムビオトープ。

 IGO第二宇宙研究所。

 宇宙食材を研究する場所。

 そこに俺を呼ぶ理由。

 

 考えても分からない。

 だが、きっと何かが動いている。

 俺は特急券を握りしめ、ペアビオトープを後にした。




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