「飯行く前に……」
ガウンは俺の後ろをついてくるはむまるを見た。
丸い。
でかい。
ふわふわ。
観光地の通路を歩くには、かなり存在感がある。
「お前のペットか? このハムスター」
「え? まぁ、そんなところです」
「きゅ!」
はむまるは元気よく鳴いた。
ペットというより相棒と言いたいところだが、説明すると長くなる。
ガウンははむまるを上から下まで見たあと、当然のように言った。
「ずっとそのままのサイズやと邪魔や。蓄食縮身させい」
「ちくしょくしゅくしん?」
「お前、そんなことも知らんと飼ってたんか!」
「飼うことになったの最近なんです!」
俺は思わず言い返した。
そもそも、はむまるはグリドから突然任されたのだ。
取扱説明書などない。
グリドも何も言っていなかった。
いや、あいつ絶対知っていたはずだ。
面白がって黙っていた可能性が高い。
「蓄食縮身」
ガウンは呆れた顔で説明を始めた。
「蔵頬ハムスターは、頬袋に蓄えた栄養を一時的に体内へ圧縮することで、体を小さくする習性がある」
「体を小さく……」
「外敵から隠れるための能力や。小型化中は戦闘力も移動力も大きく落ちる。せやけど街中や建物に入る時には便利や」
「そんな能力が……」
めちゃくちゃ便利じゃないか。
というか、早く知りたかった。
家に帰った時、母さんが倒れかけたのは何だったのか。
父さんが玄関で絶句したのは何だったのか。
俺が庭で寝たのは何だったのか。
はむまる、お前、小さくなれたのか。
「はむまる、小さくなれるか?」
「きゅ!」
はむまるは元気よく鳴いた。
そして、その場で胸を張る。
黒い丸目が自信満々に輝いている。
だが、小さくならない。
「……」
「……」
「きゅ?」
「ダメそう?」
「あー」
ガウンがはむまるの頬を見た。
「お前、いっぱい詰め込んでないか? 頬袋に」
「一応、大量の食事を……」
俺ははむまるを見る。
はむまるの頬袋はふくらんでいる。
かなりふくらんでいる。
旅の途中で見つけた食材、母さんの弁当の残り、移動中にもらった軽食、いつの間にか拾った雲草の種らしきもの。
たぶん色々入っている。
というか、どれだけ入っているのか俺にも分からない。
「それや。中身が多すぎると縮めん」
「そうなのか……」
「当たり前やろ。蔵ごと小さくするようなもんやぞ」
ガウンははむまるの前に立った。
「はむまるいうんか」
「きゅ!」
「はむまる! 頬袋の食料、全部消費してええ! そんで小さくなれ!」
「きゅきゅ!」
はむまるは元気よく返事をした。
そして、頬袋をもごもご動かし始める。
「え!? 全部……!」
俺は思わず声を上げた。
全部消費。
つまり食べるということだ。
あの頬袋に入っていた食材が。
俺の大事な非常食が。
旅の備蓄が。
全部、今ここではむまるの腹の中へ消えていく。
もごもご。
もごもご。
はむまるの頬袋が、みるみる小さくなっていく。
そして、体全体がふわりと揺れた。
ぽふん。
軽い音がした。
次の瞬間、巨大だったはむまるの体が一気に縮んだ。
手のひらに乗るくらいの、小さなハムスターになっていた。
それにも驚いたが、グリドが用意したはむまる用の簡易荷具も一緒に縮んでいる。
やっぱり小さくなることは知ってたんだな……。
黒い丸目。
ひくひく動く鼻。
小さくなっても立派な前歯。
完全に可愛い。
「おお……!」
「きゅ!」
はむまるは俺の靴の上に乗って胸を張った。
小さい。
あの巨大な体が、ここまで小さくなるのか。
すごい。
すごいが、非常食が全部なくなった。
「というか、はむまるは割と誰の言うことも聞くんだな……」
「きゅ?」
「俺よりガウンさんの言うこと聞いてなかったか?」
「動物は強い奴と飯の匂いに素直や」
ガウンががっはっはと笑った。
強い奴と飯の匂い。
どちらもガウンにはあるのだろう。
はむまるが素直に従った理由が分かった気がする。
「よし、これで店は入れるな」
ガウンはそう言って、近くのレストランへ入っていった。
俺は小さくなったはむまるを両手でそっと持ち上げる。
「落ちるなよ」
「きゅ」
はむまるは俺の肩へよじ登った。
軽い。
今までの圧倒的な重量感が嘘のようだ。
ただし、戦闘力も移動力も落ちると言っていた。
今は完全にマスコット状態だ。
レストランに入ると、すぐに個室へ通された。
さすがガウン。
顔パスというか、店側の対応が異常に早い。
いや、ここはたぶんガウンの会社の系列店なのだろう。
店員たちの動きが明らかに慣れている。
席に座る。
改めて対面すると、分かる。
ガウンはすごい威圧感だ。
大きい。
強そう。
ただの筋肉質な天狗ではない。
スーツを着ているせいで、むしろ圧が増している。
社長室でも戦場でも同じように相手を威圧できるタイプだ。
目も鋭い。
鼻も長い。
そして、食欲の気配が濃い。
たぶん戦ったら負けるな。
いや、たぶんではない。
今の俺では絶対に勝てない。
そう考えていると、ガウンがにやりと笑った。
「気になるならやってみるか?」
「え!?」
俺は思わず肩を跳ねさせた。
考えていることがばれたのか?
ガウンは大きく笑う。
「がっはっは! おもろいやつやな!」
「いや、今の完全に読んでましたよね?」
「顔に出とるわ。美食屋は相手の食欲を見るんや。お前、戦ったらどうなるか考えとったやろ」
「……はい」
「正直でよろしい!」
豪快すぎる。
怖い。
でも、嫌な怖さではない。
グリドとも違う。
メリスタとも違う。
ガウンは、風のように人を巻き込む強者だ。
「お待たせしました」
店員が料理を運んできた。
大きな皿がテーブルに置かれる。
そこには、光り輝く肉と魚が盛られていた。
「ジュエルミートとジュエルフィッシュの盛り合わせです」
「ジュエルミート!!」
俺は思わず前のめりになった。
トリコで見たやつだ。
食いたかったやつ。
原作で見た、宝石のように輝く肉。
実際に目の前にあると、想像以上だった。
肉なのに光っている。
脂が宝石のようにきらめき、断面には虹色の筋が走っている。
焼き目から立ち上る香りが、もう反則だ。
そして隣には、ジュエルフィッシュ。
これは初めて見る。
魚の身が透明な宝石のように透き通り、角度によって青や金に輝いている。
鱗のように見える薄い皮が、光を反射して小さな星みたいにきらめいていた。
「ジュエルフィッシュは初めて見たけど、これもすごい……!」
レストランでこんなものが食えるとは。
現代の飽食時代、恐るべし。
いや、ガウンの店がすごいのか。
「遠慮せんと食え」
「いただきます!」
俺は手を合わせ、ジュエルミートを口に運んだ。
噛んだ瞬間、肉汁が弾けた。
甘い。
濃い。
柔らかい。
なのに歯ごたえがある。
脂が口の中で溶け、肉の旨味が宝石のように層になって広がる。
これがジュエルミート。
うまい。
まじでうまい。
次にジュエルフィッシュを食べる。
こちらは対照的だった。
透明感のある甘み。
噛むと身がほどけ、海のような香りと鉱石のような清涼感が広がる。
魚なのに、どこか果物のようでもある。
いや、魚だ。
でも宝石だ。
意味が分からないくらいうまい。
「うまっ……!」
「ええ食いっぷりや」
ガウンは満足そうに頷いた。
はむまるは俺の肩の上で鼻をひくひくさせている。
小型化中だから戦えないし移動力も落ちる。
だが、食欲は落ちていないらしい。
「はむまる、少しだけだぞ」
「きゅ!」
俺は小さく切ったジュエルフィッシュを渡した。
はむまるは両手で持って、もぐもぐ食べる。
可愛い。
ただ、さっき頬袋の食材を全部食べたばかりだよな?
「アマジン」
ガウンが肉を食べながら言った。
「エアとペアの時は、ほんま助かったで」
「え?」
「オレが出る必要がなくなったし、なんならオレが出るより絶対に成長しとるわブラウス」
「いや……俺だってすげえ助かりました!」
俺は慌てて言った。
「料理、全然できないから……ブラウスがいなかったら、エアもペアもどうなってたか分かりません」
「料理できひんてお前、学園では学んでないんか?」
「美食屋になると決めて……戦闘関係ばかり学んでて……」
「まったく」
ガウンは呆れたように眉を上げた。
「少しくらい調理の勉強もしとかんかい」
「今となっては後悔してるかも……」
本当にそうだ。
食材を捕れるだけでは駄目だ。
食べるには調理がいる。
エアもペアも、ブラウスがいたから食べられた。
グリドにも散々飯を作ってもらった。
母さんにも作ってもらった。
俺は食べるばかりで、作る方が弱すぎる。
美食屋として、これはけっこう致命的かもしれない。
「まぁ、向き不向きはある」
ガウンはジュエルフィッシュを口に運びながら言った。
「お前は明らかに捕る側や。ブラウスは作る側。相性はええ」
「そうですかね」
「ええ。せやけど最低限は覚えろ。自分一人の時に食材を台無しにする美食屋は二流や」
「はい……」
耳が痛い。
だが、正論だ。
そんな会話をしていると、個室の扉が開いた。
「父さん! 片付けまで全て終わりました!」
ブラウスが入ってきた。
少し疲れた顔をしているが、屋台をやりきった達成感もあるように見える。
「おお、お疲れさん! お前も座って食え」
「はい」
「ブラウス、お疲れ!」
俺が声をかけると、ブラウスは少し嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます。アマジンさんも、久しぶりです」
「本当に久しぶりだな。メッセージ全然返ってこないから心配してた」
「すみません……屋台がずっと忙しくて……」
「あの列見たら納得した」
ブラウスは席につき、俺をじっと見た。
そして、少し目を細める。
「アマジンさん、この三か月でだいぶ細胞が活性化してますね……」
「ああ! 修行の成果だな!」
「すごいです。前より食欲の流れが綺麗になっています」
「そんなこと分かるのか?」
「料理人ですから」
ブラウスは当然のように言った。
そういうものなのか。
やはりブラウスの感覚はすごい。
すると、ブラウスがきょろきょろと周囲を見た。
「あれ、でっかいハムスターはどこですか?」
「ここだ!」
俺は肩の上のはむまるをそっと手に乗せて見せた。
「きゅ!」
「小さくなれるんですね!」
ブラウスの表情がぱっと明るくなった。
「かわいい!」
ブラウスは指先でそっとはむまるの頭を撫でた。
はむまるは気持ちよさそうに目を細める。
小さいと本当に普通のハムスターのようだ。
いや、前歯は少し立派だが。
「蔵頬ハムスターの蓄食縮身らしい」
「なるほど。小型化中は戦闘力と移動力が落ちるはずですから、気をつけてくださいね」
「ブラウスも知ってるのか」
「妖食界では有名な種ですから」
「俺だけ知らなかったのか……」
少し落ち込む。
はむまるが「きゅ」と鳴いた。
慰めてくれているのか、飯が欲しいのか。
たぶん飯だ。
その時、ガウンが腕時計を見た。
「しまった、もう時間や!」
「時間?」
「宇宙研究所行くで!」
ガウンは立ち上がった。
切り替えが早い。
ついさっきまで飯を食っていたのに、もう出発の空気だ。
「ブラウス、食えるだけ口に入れろ!」
「ええ!? もっと味わいたかったんですけど!」
「研究所でまた食える!」
「そういう問題じゃないです!」
「アマジン、お前も行くぞ!」
「はい!」
俺は慌てて残りのジュエルミートを口に入れた。
うまい。
急いで食べるのがもったいない。
だが、呼び出し時間は決まっている。
遅れるわけにはいかない。
はむまるを肩に乗せ、俺たちはレストランを出た。
向かう先は、アトムビオトープに併設されたIGO第二宇宙研究所。
宇宙食材を研究する場所。
俺が呼ばれた理由。
ブラウスがここにいる理由。
ガウンが動いている理由。
それらが、これから少しずつ繋がるのかもしれない。
雲草の白い景色の向こうに、研究所の建物が見えた。
俺たちはそこへ向かって歩き出した。