千年後のグルメ時代   作:鳩夜(HATOYA)

46 / 46
デッドフォースマンティス

 クラウドパントリーへ足を踏み入れた。

 雲の食料庫。

 そう聞いていた通り、そこは不思議な空間だった。

 白い雲の壁に、色とりどりの食材が生えている。

 

 雲の棚のような場所には、果実のようなものが並び、壁際にはきのこが群生していた。

 足元にも、柔らかい雲草とは違う、弾力のある苔のような食材が広がっている。

 

 食材の匂いが濃い。

 

 甘い匂い。

 

 土の匂い。

 

 肉の匂い。

 

 そして、血の匂い。

 

 グルメパントリーの奥に、一匹の猛獣がいた。

 何かをむさぼっている。

 ぐちゃり。

 

 ばきり。

 

 硬い殻を砕くような音が響く。

 多くの猛獣がいると思っていた。

 だが、周囲に気配は少ない。

 おそらくすでに逃げたのだろう。

 ガウンの気配かもしくは……。

 どちらにしてもあそこにいるのは、その気配にあてられても逃げなかった猛獣。

 

 俺は足を止め、グルメデバシーを構えた。

 ブラウスにもらったグルメデバシー。

 その鑑定機能を起動する。

 表示が出た。

 

【デッドフォースマンティス】

 

【捕獲レベル85・D】

 

 捕獲レベル85。

 

 強さD。

 

 巨大なカマキリだった。

 普通のカマキリとは比べものにならない。

 体長は俺の何倍もある。

 細長い胴体は黒緑色に光り、外骨格は金属のような艶を持っている。

 そして、腕。

 

 鎌が四つあった。

 

 二本ではない。

 

 四本。

 

 左右二対の巨大な鎌が、むしゃむしゃと食材を切り裂きながら動いている。

 ゴッドとほぼ同格の猛獣。

 そう考えると、今までの俺なら体が固まっていたかもしれない。

 だが、不思議と恐怖はなかった。

 目の前にいるのは、確かに強い猛獣だ。

 油断すれば切り裂かれる。

 でも、エアビオトープで感じた絶望とは違う。

 グリーントロルを初めて見た時の、内臓を握り潰されるような恐怖とも違う。

 

 俺はただ、思った。

 

 こいつ……うまいのか……?

 

 デッドフォースマンティスが、こちらに気づいた。

 複眼がぎょろりと動く。

 口元から、食べかけの食材がぼとりと落ちた。

 

 次の瞬間。

 

 四つの鎌が振るわれた。

 

 速い。

 

 雲の床を削りながら、斬撃が一気に迫る。

 

「番重」

 

 俺は食欲エネルギーを前方へ集中させた。

 ステンレスの番重。

 ただし、昔の薄い箱ではない。

 グリドとの修行で形を変えた、厚く、重く、持って使う番重。

 それを盾のように構える。

 

 ギィンッ!!

 

 四つの鎌が番重にぶつかった。

 

 重い。

 

 だが、受けられる。

 手首に衝撃が走る。

 足場の雲が沈む。

 けれど、崩れない。

 グルメスモックが体の各所を自然に補強している。

 

 意識しなくても、攻撃を受けた場所が勝手に硬くなる。

 猿武の基礎。

 細胞が、守り方を覚えている。

 

 見える。

 

 次の攻撃が。

 鎌の動き。

 足の重心。

 羽の震え。

 首の角度。

 

 デッドフォースマンティスが四本の鎌を引き戻し、交差させるように振るおうとする。

 俺は番重を少し傾けた。

 鎌の一本を滑らせる。

 もう一本を受ける。

 残り二本が横から来る。

 

「キッチンハサミ」

 

 右腕に食欲エネルギーを集める。

 刃を作る。

 

 挟む。

 切る。

 

 グリドに言われた。

 切るだけなら良い刀でいい。

 この技を使うなら、挟め。

 

 止めろ。

 ずらせ。

 動きを奪え。

 

 俺は迫る鎌の付け根を狙い、キッチンハサミを閉じた。

 

 ザンッ。

 

 一本目の腕が落ちる。

 デッドフォースマンティスが甲高い声を上げる。

 だが、止まらない。

 残り三つの鎌が同時に迫る。

 

 俺は小さな番重を足元に出した。

 それを踏み台にして、体を横へずらす。

 

 鎌が雲の床を裂いた。

 

 その瞬間、俺はもう一度キッチンハサミを振るう。

 今度は飛ばす。

 

 短い刃を、食欲エネルギーの塊として射出する。

 

 ザシュッ。

 

 二本目の腕が裂ける。

 完全には切断できなかった。

 だが、動きは鈍った。

 

 見える。

 

 もう、分かる。

 

 こいつの攻撃は速い。

 でも、速いだけだ。

 恐怖で体が固まるほどではない。

 俺は番重を両手で持った。

 

 重く。

 

 さらに重く。

 

 一枚の厚い番重。

 

 落とすのではなく、持って叩きつける。

 デッドフォースマンティスが残った鎌を振り上げた。

 俺は一歩踏み込む。

 グルメスモックが足を支える。

 雲の床に沈み込む前に、猿武で体の重心を整える。

 そして、頭部へ番重を叩きつけた。

 

 ズトン……。

 

 鈍い音がした。

 

 デッドフォースマンティスの頭が雲の床へ沈む。

 複眼の光が消えた。

 巨体がぐらりと揺れる。

 そして、その場に倒れた。

 終わった。

 

「……」

 

 俺はしばらく、その場に立っていた。

 あっけなかった。

 いや、弱かったわけではない。

 油断すれば危なかった。

 鎌の一本でもまともに食らえば、グルメスモック越しでも大怪我をしたかもしれない。

 

 でも、勝てた。

 かなり余裕を持って。

 

 俺はゴッドにびびりすぎていたのかもしれない。

 少なくとも数値上は、ゴッドと同じ強さの敵。

 それを、たやすく倒せるところまでは来ている。

 

 エアを食べた。

 

 ペアを飲んだ。

 

 グリドに鍛えられた。

 猿武の基礎を会得した。

 技も、少しずつ形を変えた。

 その結果が、今ここにある。

 

「もっと……自分を信じていいのかもしれないな」

 

 俺は小さく呟いた。

 それから、デッドフォースマンティスの状態を確認する。

 肉は硬そうだ。

 だが、鎌の付け根や胴体の一部から、濃厚な匂いがする。

 ブラウスなら何とかしてくれるだろう。

 いや、何とかどころか、きっとうまくしてくれる。

 俺はデッドフォースマンティスを食欲エネルギーの番重に乗せた。

 

 重い。

 

 だが、持てないほどではない。

 ついでに、雲の壁に生えていたきのこを採取する。

 白く丸い傘。

 触れると少しふわふわする。

 グルメデバシーで確認すると、クラウドマッシュルームと表示された。

 雲の水分と美食物質を吸って育つきのこらしい。

 匂いはかなり良い。

 

「よし」

 

 俺はデッドフォースマンティスとクラウドマッシュルームを抱え、ブラウスたちの元へ戻った。

 クラウドテーブルへ戻ると、ガウンがすぐに気づいた。

 

「おー! Dの猛獣倒したか!」

 

 ブラウスが目を丸くする。

 

「デッドフォースマンティス……! かなり良い食材です!」

 

「ブラウス、早速調理や!」

 

「はい!」

 

 ブラウスはすぐに動いた。

 疲れていたはずなのに、食材を前にすると目が変わる。

 響金包丁ハルシアを取り出し、デッドフォースマンティスの外骨格を確認する。

 

 鎌。

 

 腕。

 

 胴体。

 

 腹部。

 

 節ごとに包丁を入れる位置を見極めていく。

 俺にはただ硬いだけに見える外殻を、ブラウスは迷いなく切り開いていった。

 

「この鎌の内側、身が詰まってますね。焼きに向いています。胴体は少し癖があるので、クラウドマッシュルームと一緒に蒸しましょう」

 

「おお、ええ判断や」

 

 ガウンが満足そうに頷く。

 ブラウスはてきぱきと調理を進めていく。

 外殻を割り、身を取り出し、筋を外し、火を入れる。

 クラウドマッシュルームを薄く切り、デッドフォースマンティスの身と合わせる。

 

 やがて、香りが立ち始めた。

 

 香ばしい。

 甲殻類に近い匂い。

 

 そこにクラウドマッシュルームのふわっとした香りが混ざる。

 俺の腹が鳴った。

 戦った後だから余計にうまそうだ。

 

「アマジン、どや? 自信ついたか?」

 

「Dはもっと強いと思ってた」

 

「せやろな。ゴッドにビビりすぎやったって事や。もっと自分の強さを信じてもええ。さ、飯や!」

 

「いただきます!」

 

 ガウンは俺がDというランクを恐れすぎていた事を見抜いていた。

 それを克服するきっかけをくれた。

 

 ゴッドイコール地球最強生物という頭がどうしてもあった。

 でも今は違う。

 倒せる。ゴッドだってきっと。

 

・・・

・・

 

 デッドフォースマンティスの鎌肉を食べている途中、ガウンがふと口を開いた。

 

「アマジン」

 

「はい?」

 

「メリスタ所長に伝えたグリドの情報、ちょいちょいフェイク入れとったやろ」

 

 俺は肉を噛む手を止めた。

 ブラウスも、調理道具を片付けながらこちらを見る。

 

「……やっぱり分かるよな」

 

「もろバレや」

 

 ガウンは当然のように言った。

 

「メリスタ所長にも、もちろんバレとる」

 

「う……」

 

 やっぱりか。

 いや、分かっていた。

 あの人の目を見て、完全に誤魔化せるとは思っていなかった。

 グリドと出会った場所。

 セーフゾーンのこと。

 

 修行の内容。

 旅立つと言っていたこと。

 

 俺は大事な部分を話しながらも、少しずつぼかした。

 とぼけたりもした。

 全部を正直に話していいのか分からなかったからだ。

 グリドのことを守りたかったからだ。

 

「やけどな」

 

 ガウンは鎌肉を豪快に噛み切った。

 

「同時に、めちゃくちゃ伝わったことがある」

 

「……」

 

「お前が、そのグリドってやつを大事にしとるってことや」

 

 俺は何も言えなかった。

 ガウンは続ける。

 

「だから、それ以上追及せんかったんやろ。メリスタ所長もな」

 

「……少しだけ迷ったんだ」

 

 俺は正直に言った。

 

「グリーントロルってバレたら……グリドは殺されてしまうと思った」

 

 エアビオトープで見たグリーントロル。

 人を喰った化け物。

 あれと同じ種族だと知られたら、グリドも同じように扱われるかもしれない。

 

 捕まえられるかもしれない。

 殺されるかもしれない。

 研究材料にされるかもしれない。

 

 そんなことを考えた。

 

 だから、全部は言えなかった。

 

「グリドに色々教えてもらったんだ」

 

 俺は小さく続ける。

 

「強さも、大事なことも」

 

 猿武のこと。

 技の使い方。

 恐怖も食材だということ。

 

 自分の食欲は自分のものだということ。

 はむまるのこと。

 

 九百年ぶりの食卓。

 あの時の、グリドの笑顔。

 

「俺にとって……大事な人なんだ」

 

 言ってから、少し不思議な気持ちになった。

 

 人。

 

 グリーントロルを人と呼んでいいのかは分からない。

 でも、俺にとってグリドはただの猛獣でも、ただの外宇宙生物でもなかった。

 

 師匠だった。

 飯を一緒に食べた相手だった。

 大事な存在だった。

 

 ガウンはしばらく黙って俺を見ていた。

 それから、少しだけ表情を緩めた。

 

「その気持ち、大事にせえ」

 

「え?」

 

「お前は、見た目とか匂いとかに囚われん」

 

 ガウンはそう言った。

 

「それは素晴らしいことや」

 

 俺は目を瞬かせた。

 ガウンは続ける。

 

「美食屋は、食材を見る。匂いを見る。気配を見る。危険かどうかも判断する。せやけどな、それだけで全部決めたらあかん時もある」

 

 ガウンの視線が、少し遠くなる。

 

「悪魔みたいな匂いがしても、悪魔とは限らん。猛獣みたいな見た目でも、ただ腹を空かせとるだけかもしれん。人間みたいな顔しとっても、ろくでもない奴は山ほどおる」

 

「……」

 

「お前は、そのグリドってやつと飯を食ったんやろ」

 

「うん」

 

「なら、その食卓で感じたもんを信じろ」

 

 ガウンはそう言って、俺の肩を叩いた。

 相変わらず痛い。

 

「その気持ちは大事にせえ」

 

「……うん」

 

 俺は頷いた。

 グリドを守りたかった。

 あの場で、それが正しかったのかはまだ分からない。

 

 でも、少なくともガウンは否定しなかった。

 それだけで、少しだけ胸の奥が軽くなった。

 ブラウスが静かに言う。

 

「僕も、アマジンさんがそう言うなら……そのグリドさんに会ってみたいです」

 

「ブラウス……」

 

「だって、アマジンさんにそこまで言わせる相手ですから」

 

 俺は少し笑った。

 

「うん。いつか会わせたい」

 

 グリドはもう、あのセーフゾーンにはいないかもしれない。

 どこへ向かったのかも分からない。

 

 それでも、また会える気がした。

 いや、会いたいと思った。

 

 その時は、ブラウスの料理を食べさせたい。

 はむまるも一緒に。

 

 そして、もう一度言いたい。

 ごちそうさまでした、と。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

その美食屋、転生者につき(作者:苦笑いの妖精)(原作:トリコ)

トリコの世界を便利な3つのチートと共に生きていく。▼息抜きに書いた習作です。


総合評価:6846/評価:6.68/短編:14話/更新日時:2026年06月04日(木) 22:26 小説情報

【七色弓箭】で征くポックルに転生した男のハンター道(作者:レインボウ)(原作:HUNTER×HUNTER)

唐突に前世の記憶を思い出したポックル。溢れ出した原作知識は無垢な少年を絶望に落とす。迫り来る不運の絶頂、キメラ=アント、ザザンとパイクに作中最強格のネフェルピトーの脳くちゅ、前世の記憶と原作知識を駆使して走り出す少年は今、ハンターの道を選ぶ!▼アンチヘイトは念の為です。


総合評価:5964/評価:8.25/短編:2話/更新日時:2026年03月22日(日) 02:56 小説情報

うす汚ねェクルタ族の血を増やしてやるし!(作者:黒岩)(原作:HUNTER×HUNTER)

なんか~あーしが旅出てたらなんか故郷滅んでてマジヤバイんだけど~……ウケない。とりま故郷再興っしょ!▼クルタ族のギャルでグルメハンターが適当に過ごします。


総合評価:7032/評価:8.35/連載:18話/更新日時:2026年06月13日(土) 18:00 小説情報

転職のスキル授かったらそりゃ全職極めるに決まってんだろ(作者:水色の山葵)(オリジナル現代/冒険・バトル)

人より道のりは長いが、ダンジョン中毒の彼にはあまり関係がない。


総合評価:6037/評価:8.33/連載:10話/更新日時:2026年06月16日(火) 01:46 小説情報

殴る方の加茂(作者:分真鷲太郎)(原作:呪術廻戦)

パッとしない方のノリトシ君を、魔改造してみました


総合評価:6122/評価:8.68/連載:5話/更新日時:2026年05月14日(木) 19:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>