アナザは、地球のフルコースの中でも、とりわけ調理方法が特殊な食材である。
その歴史は古い。
太古の料理本にも、すでにアナザの調理方法は記されていた。
ただし、その冒頭には、こう書かれている。
――食霊の門を通り、魂の世界で調理せよ。
現代の料理人からすれば、意味不明な一文である。
だが、当時の記録を紐解く限り、それは比喩ではなかった。
食霊の門。
それは、魂の世界に通じる巨大な扉である。
かつてアナザは、天敵である鯨王ムーンから逃れるため、光速を超えて泳いだ。
その時、時空が大きく歪んだ。
光すら追いつけぬ速度で逃げたアナザの軌跡は、ブラックトライアングルの一部を現実の海から切り離し、魂の世界へ接続した。
その歪みの上に建っていたのが、食霊の門である。
確認されていた門は四つ。
いずれも、ブラックトライアングルの深層に存在していたとされる。
門を通った料理人は、通常の時間から切り離された魂の世界でアナザを調理することができた。
アナザの調理には、常識外れの時間が必要だった。
百年。
あるいは、それ以上。
普通の世界で調理すれば、料理人の寿命が先に尽きる。
そのため、魂の世界での調理は必須だった。
しかし、現代における調査の結果、四つの食霊の門はすべて跡形もなく消えていたことが分かっている。
理由は不明。
長い年月による自然消滅。
グルメインフレーションによる海流の変化。
あるいは、魂の世界そのものとの接続が切れた可能性。
いくつかの仮説はある。
だが、確かなことは一つだけだ。
現代の料理人は、食霊の門を使えない。
そのため、代替手段が生み出された。
時間の流れが緩やかになるワープキッチンを備えた、特殊なキャンピングモンスターである。
ワープキッチンは、本来、調理のために時空をわずかに歪める技術である。
食材を最適な速度で熟成させ、腐敗を抑え、火入れや寝かせを安定させる。
それをアナザ専用に拡張したものが、現代のアナザ調理キャンピングモンスターだった。
だが、それでも調理には百年以上かかった。
一人の料理人が最初から最後までアナザを完璧に調理することは、長年諦められていた。
アナザの調理は、世代を超えるものだった。
作り始めた料理人が下処理を行う。
次の世代が熟成を見る。
さらに次の世代が味の調整を行う。
そうして調理のバトンをつなぎ、百年を超える時間をかけて一皿へ至る。
それが、現代におけるアナザ調理の常識だった。
だが、ある時から異変が起こった。
誰かが新技術を開発したわけではない。
特別な調理器具が発明されたわけでもない。
食霊の門が復活したわけでもない。
にもかかわらず、アナザの待ち時間は大幅に短縮した。
調理工程の一部が不要になった。
熟成に必要な時間が短くなった。
火入れへの反応が素直になった。
身の繊維がほどけやすくなり、旨味が表へ出やすくなった。
アナザ自身の肉質が、大きく食べやすく変異していたのである。
最初、研究者たちは環境要因を疑った。
ブラックトライアングルの旨潮に変化があったのではないか。
鯨王ムーンの不在が影響したのではないか。
ビオトープ管理下に置かれたことで、世代交代に何らかの変化が起こったのではないか。
様々な仮説が立てられた。
だが、本格的な調査の結果、原因はたった一人の人物の影響だったことが判明した。
ブラックトライアングルの深海で店を開く人物。
通称、フワ爺。
彼は異様なまでにアナザに愛されていた。
アナザは彼の店へ自ら近づいた。
彼の手に触れられても逃げなかった。
彼の声に反応し、彼の厨房に入り、彼に調理されることを受け入れた。
それだけではない。
観察記録によれば、アナザは世代を重ねるごとに、フワ爺に調理してもらうため、競うように食べやすく変異していった。
身はほどけやすくなった。
旨味は表に出やすくなった。
火を怖がらなくなった。
包丁に対する拒絶反応が弱くなった。
熟成に必要な時間も短くなった。
まるで、自分たちの方から料理に近づいていったかのように。
考え難い話である。
食材が、特定の料理人に調理されるために進化する。
そんなことがあり得るのか。
通常の生物学、通常の食材学では説明できない。
だが、十年以上観察を続けた調査員は、報告書の最後にこう記している。
――アナザの変異は、環境によるものではない。
――調理技術によるものでもない。
――あれは、フワ爺という料理人へ向けられた食材側の好意である。
信じがたい結論である。
しかし、記録を読む限り、そう考える他なかった。
アナザは、フワ爺に食べてもらいたかった。
フワ爺に調理してもらいたかった。
そのために、少しずつ変わっていった。
地球のフルコース、アナザ。
魂の世界で調理すべきだったその魚は、今や一人の料理人のそばで、定食として客に出されるまでになった。
食材と料理人の関係は、時に歴史すら変える。
アナザの歴史とは、その証明である。
――『アナザの歴史』
著:アールシ