千年後のグルメ時代   作:鳩夜(HATOYA)

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間話 宇宙より届く味

 IGO本部。

 

 世界中の食材情報、ビオトープ管理、捕獲レベル改定、美食屋ライセンス、宇宙食材流通。

 それらを統括する巨大組織の中枢は、今日、やけに騒がしくなっていた。

 

 無理もない。

 

 今日は、数年に一度のIGO宇宙探査隊の帰還日だった。

 空を貫くように伸びる巨大な塔。

 

 地上から宇宙まで続く、グルメスペースエレベーター。

 その軌道を伝って、いくつもの大型コンテナがゆっくりと下降してくる。

 

 コンテナ一つ一つが、小さなビルほどの大きさを持っていた。

 外装には宇宙航行時についた無数の傷が刻まれ、ところどころに未知の鉱物片や、結晶化した食材の粉末が付着している。

 

 地上の整備員たちが次々と誘導信号を出し、巨大な格納区画が開いていく。

 コンテナが着地するたび、地面が低く震えた。

 

 その光景を、白髪交じりの男が腕を組んで見上げていた。

 IGO宇宙食材研究所所長。

 

 メリスタ。

 かつては一線級の美食屋だったが、現在は研究者として宇宙食材の解析と流通管理を担っている男だ。

 

 年齢はすでに百を超えている。

 

 だが、グルメ細胞によって鍛えられた肉体はまだ衰えを見せず、背筋は真っ直ぐに伸びていた。

 やがて、宇宙探査隊の隊員たちがエレベーターから降りてくる。

 先頭に立っていた隊長が、メリスタの前で足を止めた。

 片膝をつき、深く頭を下げる。

 

「ごちそうさまです。メリスタ所長」

 

「おう、よく帰還したな!」

 

 メリスタは豪快に笑い、隊長の肩を叩いた。

 その声には、安堵と誇りが混じっていた。

 宇宙探査は、今の時代でも簡単な任務ではない。

 地球の開拓はほぼ終わった。

 グルメ界も人々が出入りする時代になった。

 

 だが、宇宙は違う。

 

 そこには未だ、地球の常識を超える食材や怪物が無数に存在している。

 安全航路が整備されているとはいえ、一歩外れれば帰還できない。

 宇宙の美食は、それほど甘くはない。

 

「全員、よく戻った」

 

 メリスタは隊員たちを見渡した。

 その後ろでは、大型コンテナの搬出作業が始まっている。

 中には、様々な食料や素材が積まれていた。

 発光する巨大果実。

 透明な殻を持つ甲殻類。

 重力に逆らって浮遊する香辛料の塊。

 冷気を発し続ける肉。

 調理しなければ音としてしか存在できないという奇妙なスープの原液。

 

 さらに、宇宙鉱物、未知の繊維、医療用に転用可能な細胞素材。

 

 どれも地球にとって貴重な資源だ。

 宇宙探査隊が帰還すると、時代は一気に十年進む。

 

 そう言われるほど、その影響は大きい。

 新しい食材が見つかれば料理が変わる。

 新しい素材が見つかれば装備が変わる。

 新しい細胞情報が見つかれば医療が変わる。

 そして、新しい航路が見つかれば、人類の食卓はさらに広がる。

 

「うむ。今回も素晴らしい収穫だ」

 

 メリスタは満足げに頷いた。

 だが、すぐに表情を引き締める。

 

「それより……例のアレは見つかったか……?」

 

 周囲の空気が、わずかに変わった。

 隊長は無言で頷く。

 

「発見することができました」

 

 そう言って、隊長は背後の隊員に目配せした。

 隊員が慎重に運んできたのは、旧式のグルメケースだった。

 現在の技術から見れば、かなり古い形式だ。

 

 厚い外殻。

 

 何重にも施された封印。

 

 手動式のロック機構。

 

 だが、その表面には宇宙の真空や高重力圏を越えてきた痕跡がありながら、不思議なほど損傷が少なかった。

 

 隊長はケースを開く。

 中には、輝くカード状のメモリが保管されていた。

 

 薄い。

 

 手のひらに収まるほどの大きさ。

 だが、表面には七色の光が走り、文字とも模様ともつかない記号が浮かんでは消えている。

 

「おおお……よくやった!」

 

 メリスタは思わず声を上げた。

 周囲の研究員たちも息を呑む。

 このメモリが見つかるのは、長い歴史の中でこれが三度目だった。

 

 誰が残したのか。

 

 いつからあるのか。

 

 なぜ宇宙の各地に点在しているのか。

 

 詳細は一切不明。

 だが、中には宇宙の食材や獣、モンスターの情報が、これでもかと記憶されていた。

 

 地球人類にとって、未知の宇宙を進むための宝の地図。

 いや、食材図鑑と言うべきかもしれない。

 

 一度目に見つかったメモリは、人類が宇宙食材の存在を体系的に理解するきっかけとなった。

 二度目のメモリは、安全航路の一部を示し、後に『宇宙の美食街道』と呼ばれる道の発見へ繋がった。

 そして、今回が三度目。

 

「今回もきっと、新たな宇宙食材の情報が記憶されているに違いない」

 

 メリスタの声が弾む。

 

「これでまた、宇宙食材鑑定キットの更新ができるな」

 

 宇宙食材鑑定キット。

 宇宙開拓において不可欠な道具だ。

 地球内の食材なら、現在の簡易鑑定キットでもある程度判別できる。

 

 だが、宇宙食材は違う。

 

 毒か、薬か。

 

 食べ物か、鉱物か。

 

 生物か、現象か。

 

 そもそも食べるという概念が通用するのか。

 

 その判断を誤れば、探査隊は簡単に全滅する。

 だからこそ、未知の食材情報は何よりも価値があった。

 

「すぐに研究所へ運べ。最優先で解析する」

 

「はっ!」

 

 研究員たちが専用の保護装置を用意し、カード状のメモリを慎重に移す。

 メリスタもそのまま研究区画へ向かった。

 

 宇宙探査隊は、宇宙の美食街道を通り、比較的安全に宇宙探索を行っていた。

 その美食街道へ入ることができたのは、もちろんこのメモリのおかげだ。

 

 メモリが示した座標を繋ぎ、宇宙空間に点在する安定した食材圏を辿る。

 危険な宙域を避け、食材と資源のある星々を巡る。

 

 その道は、人類の宇宙開拓に大きく貢献してきた。

 不思議なことに、メモリの示すゴール地点には、必ずこれが設置されていた。

 

 誰が、何のために。

 

 人類を導くためか。

 

 あるいは、何かを警告するためか。

 

 その答えは、まだ誰にも分からなかった。

 

・・・

 

 研究所の解析室では、すぐにメモリの読み込みが始まった。

 

 部屋の中央には巨大な解析装置があり、その中心にカード状のメモリが浮かんでいる。

 

 周囲を何重もの光の輪が取り囲み、細かな情報が次々とスクリーンに表示されていく。

 

 宇宙食材名。

 

 捕獲推定難易度。

 

 摂取方法。

 

 調理条件。

 

 危険性。

 

 適合するグルメ細胞型。

 

 生息宙域。

 

 関連するモンスター情報。

 

 表示されるデータ量は凄まじかった。

 一つ一つが、新しい論文を何十本も生み出すほどの価値を持っている。

 研究員たちは興奮を隠せない様子で、端末を叩き続けていた。

 

「すごい……前回のメモリより情報密度が高いぞ」

 

「この食材、重力を味として蓄積しているのか?」

 

「こちらのモンスター情報、地球基準の捕獲レベルでは表記不能です」

 

「宇宙食材鑑定キットの更新だけでなく、ライセンス区分そのものを見直す必要がありますね」

 

 次々と声が上がる。

 メリスタは腕を組み、スクリーンを見つめていた。

 

 嬉しい。

 

 研究者として、これほど胸が躍る瞬間はない。

 だが、それと同時に、妙な胸騒ぎもあった。

 

 メモリは、人類に恩恵をもたらしてきた。

 だが、あまりにも都合が良すぎる。

 

 宇宙の各地に点在し、人類が辿り着ける場所に置かれ、必要な情報を与えてくれる。

 まるで、誰かが地球人類をどこかへ導いているかのように。

 

 そして、導きには必ず目的がある。

 

「所長!」

 

 しばらくして、一人の研究員がメリスタのもとへ飛んできた。

 顔色が悪い。

 先ほどまでの興奮とは明らかに違う。

 

「所長、大変です」

 

「なんだ? 新たな航路は書いていなかったか?」

 

「いえ……食材やモンスターの情報は山ほどあります。今も読み込み中です。ですが、それとは別に気になるデータが……」

 

「別のデータ?」

 

 研究員は震える手で端末を操作した。

 解析室の大型スクリーンに、新たな画面が表示される。

 そこには、年数が書かれていた。

 そして、その下に短い文章。

 

『1-β-66-21aグリーントロルの宇宙船団の痕跡を発見』

 

『地球に向けて進行中』

 

『再び襲来する可能性あり』

 

 解析室が静まり返った。

 誰も声を出さない。

 先ほどまで食材情報に沸いていた研究員たちが、凍りついたように画面を見つめている。

 メリスタの顔からも、血の気が引いた。

 

「グリーントロル……だと……?」

 

 グリーントロル。

 かつて、グリーンニトロの軍勢と共に地球へ災厄をもたらした宇宙種族の一派。

 

 その詳細は一般にはほとんど公開されていない。

 歴史の教科書では、グリーンニトロ系外宇宙勢力とまとめられることが多い。

 

 だが、IGOの上層部や宇宙研究機関に残る記録では、はっきりと別名が残されていた。

 グリーントロル。

 

 食材を略奪し、星の生態系を作り替え、気に入った星を自らの食卓へ変える宇宙の捕食者たち。

 約千年前の危機では、伝説の美食屋と料理人たちによって撃退された。

 

 だが、完全に滅びたわけではない。

 宇宙のどこかへ散り、痕跡だけを残していたはずだった。

 

 メリスタは画面に表示された年数を凝視した。

 メモリに記録された宇宙標準時。

 

 それを地球時間に換算する。

 研究員が横で小さく呟いた。

 

「ここに書いている年数が合っているのであれば……」

 

 メリスタは、その先を聞く前に理解した。

 胸の奥が冷たくなる。

 

「……あと十か月で来るじゃないか」

 

 誰かが息を呑んだ。

 解析室の空気が、一気に重くなった。

 

 十か月。

 

 あまりにも短い。

 

 地球の防衛体制は、千年前とは比べ物にならないほど進んでいる。

 宇宙戦艦もある。

 美食屋たちも強くなった。

 

 グルメ細胞は一般化し、人類全体の戦闘力は底上げされている。

 だが、相手は宇宙から来る。

 

 しかも、かつて地球を滅ぼしかけた勢力の再来。

 楽観できる要素などなかった。

 

 メリスタの顔が、一瞬、絶望に歪んだ。

 あの危機の記録を、彼は知っている。

 

 映像も見た。

 残された証言も読んだ。

 

 伝説の美食屋たちがどれほど命を削って戦ったのかも知っている。

 そして、その伝説の多くは、もう地球にはいない。

 

 千年。

 

 あまりにも長い時間が流れた。

 今の時代の美食屋たちは強い。

 だが、あの時代の怪物たちと同じ熱を持っている者がどれほどいるのか。

 

 飽食時代。

 

 地球が豊かになりすぎた時代。

 

 未知への飢えを忘れかけた時代。

 

 そんな時代に、宇宙の災厄が再び来る。

 

 メリスタは目を閉じた。

 ほんの一瞬だけ。

 

 そして、次に目を開けた時、その瞳から迷いは消えていた。

 

「襲撃に向けて、直ちに準備を行う」

 

 低い声が、解析室に響いた。

 研究員たちが一斉に顔を上げる。

 

「名のある美食屋たちにも声をかけてくれ。宇宙経験者、フルコース適合者、特級ライセンス保持者、戦闘料理人、全員だ」

 

「は、はい!」

 

「各ビオトープの防衛レベルも引き上げろ。地球のフルコース管理区画は最優先で保護対象にする。グルメIDネットワークを通じて、緊急時の動員候補も洗い出せ」

 

「了解しました!」

 

「宇宙食材鑑定キットの更新も止めるな。敵の情報が食材データに紛れている可能性がある。メモリの全解析を急げ」

 

 次々と指示が飛ぶ。

 先ほどまでの研究所の興奮は消えた。

 代わりに、戦場のような緊張感が満ちていく。

 メリスタは大型スクリーンを見上げた。

 そこには、グリーントロルの宇宙船団の推定進路が表示されている。

 赤い線が、遠い宇宙から地球へ向かって伸びていた。

 

「だが、まずは……」

 

 メリスタは拳を握る。

 その拳から、かつて美食屋として戦っていた頃の食欲の気配が漏れた。

 

「宇宙戦艦で迎え撃つ」

 

 研究員たちが息を呑む。

 

「地球に足を踏み入れさせぬぞ」

 

 その言葉と同時に、IGO本部の奥深くで、長く眠っていた防衛システムが起動を始めた。

 地上から宇宙へ伸びるグルメスペースエレベーター。

 

 そのさらに上。

 

 静かな軌道上に並ぶ、巨大な影。

 かつて宇宙の脅威に備えて建造された、IGO宇宙戦艦群。

 飽食時代の空に、再び戦いの気配が満ち始めていた。

 

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