森が騒いでいる。
ニュースの泣き声に反応した猛獣たちが、一斉にこちらへ向かってきていた。
ブラウスはニュースの方を向いたまま、少しずつ近づいている。
数センチずつ。
まるで見えない糸をかき分けるように。
何かを避けるように。
ニュースに声をかけながら、慎重に距離を詰めている。
なら、俺の仕事は一つだ。
ブラウスの邪魔をさせない。
ニュースの調理を止めさせない。
俺は星芯番重を前方に展開した。
黒銀色の重い番重。
深海オスミウム隕石を食って作れるようになった、星の芯の番重。
森の奥から、まず巨大な影が飛び出してきた。
猿型。
いや、ゴリラに近い。
体毛は黒く、背中には苔のような緑が生えている。
腕は太く、顔には巨大な牙。
トロルコングに似ている猛獣だ。
だがもちろん初見。
名前も知らない。
捕獲レベルも分からない。
だが――。
見える。
肩。
膝。
首の下。
そこを叩けば、動きが止まる。
そこを外せば、暴れて肉が悪くなる。
そんな感覚が、手に取るように分かる。
俺自身は初見のはずなのに。
何となく、弱そうな部分が分かる。
違う。
弱点というより、調理の手順だ。
ここは、ブラウスの山神俎板の上。
周囲の地形、空気、香り、水分、食材の気配。
それらがブラウスの技によって、巨大な調理場のように整えられている。
その恩恵が、俺にも届いているのだ。
「星芯番重落とし!」
黒銀色の番重を落とす。
水中ではない。
空気中。
重さがそのまま速度になる。
星芯番重が、トロルコングの肩へ叩き込まれた。
どん、と鈍い音。
巨体が地面に沈む。
膝が折れる。
そのまま、二枚目の番重を首の下へ軽く落とす。
重すぎると肉が潰れる。
だが、今は分かる。
どれくらいの重さで、どこに当てればいいか。
猿型猛獣は大きく目を剥き、そのまま前のめりに倒れた。
次。
二足歩行のドラゴン。
翼は小さく、脚が異様に発達している。
鱗は硬そうだが、腹の下に柔らかい筋が見える。
そこは斬るな。
先に足の外側を叩く。
俺は小さめの星芯番重を二枚、左右から飛ばした。
片方は膝。
もう片方は足首。
ドラゴンが体勢を崩す。
口から火のような息を吐こうとした瞬間、頭上から番重を落とす。
火が出る前に、口が閉じた。
そのまま地面へ倒れる。
次。
鳥獣類。
顔は鳥。
胴体は獣。
脚は猛禽のようで、爪が異様に長い。
空から斜めに落ちてくる。
速い。
だが、星芯番重はもう浮かせている。
周囲に出していた番重を、盾ではなくハエ叩きのように振る。
バンッ!
鳥獣類の側面に当たり、軌道が逸れる。
もう一枚で叩き落とす。
地面へ落ちる直前、首の後ろへ小さな番重を入れる。
意識だけを落とす。
肉は潰さない。
倒す。
次。
次。
次。
初見の猛獣しかいない。
見たことのない牙。
見たことのない鱗。
見たことのない脚。
だが、この場所では分かる。
ブラウスの山神俎板が、周囲を調理場にしている。
俺はその上で、番重と鋏を振るっている。
遠い猛獣には番重落とし。
近づいてきたら、周囲に浮かべている星芯番重で叩き落とす。
硬い甲殻を持つものは、関節に番重を打ち込んで体勢を崩す。
飛ぶものは羽の付け根。
走るものは膝。
噛みついてくるものは顎の下。
そして、どうしても止まらないものは。
「星芯鋏――圧断」
二枚の黒銀色の刃で挟む。
逃がさない。
押し切る。
ただし、斬る場所は選ぶ。
旨味が逃げない場所。
毒が回らない場所。
食材として死なない場所。
ブラウスの山神俎板がなければ、そんな判断はできなかった。
だが今ならできる。
俺の力を、ブラウスの技が調理へ変えてくれる。
戦闘ではなく、捕獲。
破壊ではなく、下拵え。
星芯番重が落ちるたび、猛獣が沈む。
星芯鋏が閉じるたび、危険な部位だけが断たれる。
森から走ってくる猛獣たちは、確かに強い。
捕獲レベルは分からないが、以前の俺なら一体一体にかなり苦戦したはずだ。
だが、今は違う。
エア。
ペア。
アトム。
アナザ。
深海オスミウム隕石。
そして、ブラウスの山神俎板。
全部が今の俺の中にある。
どさ……。
最後の一体が倒れた。
四本腕の鹿のような猛獣だった。
突進してくる角を星芯番重で受け、前脚の筋を軽く叩き、最後に首元へ番重を落として気絶させた。
俺は周囲を見回す。
倒れた猛獣。
折れた枝。
沈んだ地面。
だが、ニュースの周囲には一匹も近づけていない。
ブラウスはまだニュースに向かって歩いている。
こちらを振り返っていない。
俺を信じて、調理に集中している。
「一通り片づけたな」
俺は息を吐いた。
だが、息一つ切れていない。
自分でも、その結果に驚いている。
疲れていないわけではない。
星芯番重は重い。
星芯鋏も食欲を食う。
グルメスモックも維持している。
それでも、まだ余裕がある。
前なら考えられなかった。
零山脈でグリドに腹を殴られて吹き飛んだ時の俺とは、明らかに違う。
俺は強くなっている。
それを、嫌でも実感した。
「さて……」
このまま放置するのはもったいない。
倒した猛獣たちは、どれもかなりうまそうだ。
ニュースの調理が終わった後、食べられるかもしれない。
俺はステンレス製の番重をいくつも出した。
こういう時には、消費が少ないステンレス製の方で十分だ。
星芯番重を保存用の皿にするのは、さすがに燃費が悪い。
倒した猛獣を、一体ずつ番重に並べていく。
大きいものは切り分けず、そのまま。
小さいものはまとめる。
肉が痛まないよう、グルメスモックの薄い膜をかけておく。
はむまるが、じっと番重の中を見ていた。
「まだ食うなよ」
「きゅ……」
「分かる。俺も食いたい」
その時だった。
ニュースがまた震えた。
肉の柱の表面が波打つ。
そして。
「きゅあああああああああああ!!」
また、あの超音波のような泣き声が森に響いた。
空気が震える。
舌の上から味が消えるような感覚。
ニュースが泣いた。
「早速か」
俺は首を回した。
肩を回す。
腕を伸ばす。
軽く膝を曲げる。
ストレッチをしながら、森の奥を見る。
また、気配が動き出している。
木々が揺れ、遠くで咆哮が上がる。
次の猛獣たちが来る。
ブラウスはまだニュースに向かっている。
なら、俺はまた守るだけだ。
「来い」
俺は星芯番重を浮かべ直した。
「何回来ても、調理の邪魔はさせない」