千年後のグルメ時代   作:鳩夜(HATOYA)

82 / 82
間話 空いた椅子

 メリスタは、また食卓に来ていた。

 

 暗い場所だった。

 広いようで狭い。

 近いようで遠い。

 

 上も下も、右も左も曖昧な空間。

 その中央に、一つの長い食卓がある。

 

 白い皿。

 黒いナイフ。

 細長いフォーク。

 空のグラス。

 

 料理はない。

 この食卓に並ぶのは、実体のある食材ではない。

 

 味の記憶。

 香りの記憶。

 

 誰かと囲んだ食卓の記憶。

 そういうものだけを好む、偏食の悪魔。

 

 悪魔共食・黒き饗宴。

 その契約食卓。

 

 メリスタが席に着くと、食卓の向こう側で、何かが笑った。

 

「最近はよくクルナ」

 

 黒い影が、椅子に座っていた。

 

 悪魔。

 

 ただし、形は曖昧だ。

 皿の上に落ちた影のようでもあり、食べ残しの記憶が人の形を真似ているようでもある。

 声は、音ではなく、食欲の奥へ直接染み込んでくる。

 

「まぁ、事情が事情なんだ」

 

 メリスタは椅子に座ったまま答えた。

 

「地球に、外宇宙勢力の侵攻が迫っている」

 

「知ってイル」

 

「だろうな」

 

 メリスタは食卓の上に、一つの情報端末を置いた。

 正確には、現実の端末ではない。

 記憶を食卓へ持ち込むために、メリスタの意識が形にしたものだ。

 

「早速だが、一人見てほしい」

 

「新しい契約者カ?」

 

「候補だ。今はそうではない」

 

 メリスタは履歴書のようなものを見せる。

 それはアマジンの情報だった。

 

 美食屋候補。

 地球のフルコース摂取履歴。

 

 エア。

 ペア。

 アトム。

 アナザ。

 ニュース。

 

 グリーントロル下位戦士撃破。

 深海オスミウム隕石摂食疑惑。

 食没、食義。

 

 グルメスモック。

 星芯番重。

 星芯鋏。

 

 各種データ。

 メリスタは、ただそれを悪魔へ見せた。

 

 その瞬間だった。

 黒き饗宴の悪魔が震えた。

 

 かちゃん。

 フォークが落ちる。

 食卓に、小さな音が響いた。

 

 メリスタは眉をひそめた。

 この悪魔が、物を落とす。

 そんな姿を、メリスタは初めて見た。

 

「……どうした」

 

 悪魔は情報を見ていた。

 いや、正確には、その情報の奥を見ようとしていた。

 アマジンという人物の食欲。

 

 その記憶。

 その食卓。

 それを覗こうとして。

 悪魔は、震えていた。

 

「無理ダ……」

 

 悪魔は、静かに言った。

 

 そして、アマジンの情報をそっとメリスタへ戻した。

 いつもなら、気に入った記憶は勝手に舐める。

 気に入らない情報は燃やす。

 食卓に置かれたものは、自分の皿だと言わんばかりに扱う。

 

 だが、今は違った。

 そっと返した。

 触れてはいけない皿を返すように。

 

「どういうことだ……?」

 

 メリスタの声が低くなる。

 

「こんなことは初めてだな」

 

「しまってクレ」

 

 悪魔は食卓から身を引くように言った。

 

「そいつの食卓の椅子……“それら”は、誰かのためにあけられてイル」

 

「椅子?」

 

「空席ダ」

 

 悪魔の声が、少し乱れている。

 

「一つではナイ。いや、一つにも見える。複数にも見える。食卓の形が定まってイナイ」

 

「何を見た」

 

「見る前に、見らレタ」

 

 メリスタは無言になった。

 食の記憶を好む悪魔が、見る前に見られたと言った。

 

「私が座ル……いや、触れただけで食われてシマウ」

 

「お前が?」

 

「そうダ」

 

 黒き饗宴の悪魔が、静かに頷いた。

 

「私ハ食の記憶を食う。だが、あれは……食われる記憶ではナイ。食わせる記憶でもナイ」

 

 悪魔は、落としたフォークを拾わなかった。

 

「食卓が、待ってイル」

 

 メリスタはアマジンの情報を見下ろした。

 

「まさか……悪魔が宿っているのか?」

 

「分からナイ」

 

 悪魔は即答した。

 

「だが、私の目でも見えないなんて、ありえナイ」

 

「見えない?」

 

「悪魔なら見えル。食欲なら匂ウ。器なら皿の形が分かル。だが、そいつは違ウ」

 

 悪魔の影が揺れる。

 

「空席だけが見えタ」

 

「空席……」

 

「誰かを待っているようにミエタ」

 

 メリスタの脳裏に、アマジンの姿が浮かぶ。

 妙な少年だった。

 

 グリーントロルと長期間接触し、無事に戻ってきた。

 友好的なグリーントロル、グリドと食卓を囲んだという。

 

 深海三万メートルの鉱石を食べ、技に変えた。

 ニュースを食べ、下位とはいえグリーントロルを倒した。

 

 そして、フワ爺に会った。

 終末の食客。

 

 意味不明な呼び名。

 古い資料に残るだけの謎。

 アマジンの周囲には、説明できない縁が多すぎる。

 

「今日はもう帰ってクレ!」

 

 悪魔が急に強い声を出した。

 メリスタは目を細める。

 

「珍しいな。お前が私を追い返すとは」

 

「その情報をここに置くナ。食卓が歪ム」

 

「……分かった」

 

 メリスタはアマジンの情報をしまった。

 

「また来る」

 

「次は普通の記憶にしてクレ。味の濃いものダ」

 

「努力しよう」

 

 メリスタは椅子から立ち上がった。

 

 食卓が遠ざかる。

 白い皿が霞む。

 黒い悪魔の影が、最後までアマジンの情報があった場所を見ていた。

 現実へ戻る直前、メリスタは小さく呟いた。

 

「アマジン……」

 

 お主は一体、何者だ。

 その問いだけが、黒い食卓の余韻の中に残った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

その美食屋、転生者につき(作者:苦笑いの妖精)(原作:トリコ)

トリコの世界を便利な3つのチートと共に生きていく。▼息抜きに書いた習作です。


総合評価:7010/評価:6.7/短編:14話/更新日時:2026年06月04日(木) 22:26 小説情報

グルメ界で、鹿でしかない(作者:トリコ世界の料理食べたい)(原作:トリコ)

起きたら背中に森が生えているシカだった。▼夢かと思ったが、しかしシカだった


総合評価:8120/評価:8.8/連載:5話/更新日時:2026年06月25日(木) 20:15 小説情報

【七色弓箭】で征くポックルに転生した男のハンター道(作者:レインボウ)(原作:HUNTER×HUNTER)

唐突に前世の記憶を思い出したポックル。溢れ出した原作知識は無垢な少年を絶望に落とす。迫り来る不運の絶頂、キメラ=アント、ザザンとパイクに作中最強格のネフェルピトーの脳くちゅ、前世の記憶と原作知識を駆使して走り出す少年は今、ハンターの道を選ぶ!▼アンチヘイトは念の為です。


総合評価:5970/評価:8.24/短編:2話/更新日時:2026年03月22日(日) 02:56 小説情報

落ちてきた地球外高度知的生命体とヒーローやることになった件について(作者:緑茶山)(原作:MARVEL)

多重転生し多数の前世の記憶を持つ高村優李の元に、ある日空から地球外高度知的生命体が落ちてきた。見るからに小さなシロクマの形だが、姿が似ているだけで別物らしい。▼そのシロクマによってマジカルパワーを得た優李は、魔法少女になる……ことは無かったが、なんやかんやでアベンジャーズの仲間入りを果たすことになる。▼真面目だったり不真面目だったり、わりかしシリアスにお送り…


総合評価:9789/評価:8.97/完結:101話/更新日時:2026年05月22日(金) 20:42 小説情報

OVA:共鳴を使わない男を、共鳴最強の世界三位にぶつけてみた(作者:檻@102768)(原作:俺の切り札は光らない)

 共鳴最強の世界三位。▼ 対するは、エニグマを握るモブ。▼ 望むカードを引き寄せる者。▼ 望むカードを引かずとも、勝ち筋へ辿り着く者。▼ 共鳴という奇跡が実在する世界で。▼ その頂に立つ共鳴使いへ、共鳴を使わない男が挑む。▼ これは、奇跡に祈らない男のエキシビションマッチ。▼※フツオくんのエニグマで、共鳴最強の世界三位に挑む番外編です。▼※一話は導入。▼※二…


総合評価:13750/評価:9.18/連載:15話/更新日時:2026年06月19日(金) 19:30 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>