千年後のグルメ時代   作:鳩夜(HATOYA)

86 / 87
予約投稿の時間が間違っており、一瞬87話を先に出してしまいました……。
申し訳ありません。


赤い花

 アース。

 

 原作でも、情報が少ない食材だ。

 エア、ペア、アナザに比べると、どうにも印象が薄い。

 

 もちろん地球のフルコースの一つだから、とんでもない食材であることは間違いない。

 だが、原作で捕獲に向かったのは、たしかサニーとライブベアラーだったはずだ。

 

 老いの洞穴を抜けて、グルメの園へ行った。

 抜け道を使ったとも示唆していた。

 

 どちらにしてもアースを捕獲した。

 細かい道中の記憶がない。

 

「サニーなら触覚で一切花に触れずに進めそうだな……」

 

 俺はカウンターの椅子に座ったまま呟いた。

 あの人なら、髪の触覚を無数に伸ばして、花も茎も草も踏まず、空中を渡るように進める気がする。

 

 美しく。

 しなやかに。

 

 何なら、花に触れたか触れていないかすら分からない精度で。

 俺には真似できない芸当だ。

 

 ブラウスも真面目に考えている。

 山神俎板で園の状態を読むことはできる。

 だが、読めることと、踏まずに歩けることは別だ。

 

 グルメの園は、花も茎も草も穢してはならない。

 一本踏んだだけで腐敗が広がる。

 しかも腐臭に巨大な蠅のような猛獣が集まる。

 

 戦えばさらに園が汚れる。

 倒せば解決、という場所ではない。

 今までのビオトープとは、難しさの種類が違う。

 

「現代の美食屋たちは、アースをどうやって捕獲してるんだ……?」

 

 俺が言うと、カウンターの奥でグラスを磨いていたトキサダが、静かに答えた。

 

「ここには来ぬ」

 

「え?」

 

「皆、洞穴を通る」

 

 俺は思わず聞き返した。

 

「老いの洞穴を?」

 

「そうだ」

 

「老いを恐れずに行くのか……」

 

 一秒で二日。

 一時間で二十年以上。

 

 普通の人間なら数時間で死ぬ場所だ。

 現代の美食屋でも、さすがに怖すぎるだろう。

 

 だが、トキサダは表情を変えなかった。

 

「洞穴を行けば、アースは目の前にある」

 

「目の前?」

 

「グルメの園の深部を、花を踏まずに進む必要はない。老いの洞穴を抜けた者は、アースの近くへ出る。そこならば花を避けながら行けるのだ」

 

「なるほど……」

 

 そういうことか。

 

 つまり、俺たちが通った抜け道は、老いの洞穴を避ける代わりに、グルメの園の中を自力で進まなければならない道なのだ。

 安全なようで、別の難しさがある。

 

 老いの洞穴を攻略できる者なら、アースへは近い。

 だが、俺たちは老いの洞穴を突破できない。

 

 だから抜け道に頼った。

 その結果、花を踏んではならない園を進む必要が出てきた。

 

「なら、俺たちもワープロードを覚えて洞穴を行く方がいいのか?」

 

 俺は聞いた。

 

 ニュースを食べた今、可能性はゼロではない。

 老いの洞穴を通る正攻法。

 

 ワープロードを使い、時間の流れを避ける。

 それが本来の攻略法なら、そちらを覚えるべきなのかもしれない。

 トキサダはグラスを棚に戻し、静かに言った。

 

「それもよい」

 

「よいのか」

 

「君たちなら、三年もあればワープロードを物にできるであろう」

 

「三年……!」

 

 思わず声が裏返った。

 

 三年。

 三年あれば。

 いや、三年もかかるのか。

 

 ワープロードを使えるようになるというのは、それほど難しいのだ。

 ニュースを食べた。

 時調べの一杯を飲んだ。

 裏の道の入口は見えた。

 

 それでも三年。

 才能があると言われて三年。

 

「だめだ」

 

 俺は即座に首を振った。

 

「そんなに時間はかけられない」

 

 グリーントロルの船団が来るまで、あと五か月ほど。

 しかも俺たちはアースとゴッドを食べ、また第二宇宙研究所へ戻らなければならない。

 三年なんて、絶対に無理だ。

 

「では、今ある身で考えるほかあるまい」

 

 トキサダはそう言い、口を閉じた。

 答えはくれない。

 たぶん、ここから先は俺たちが考えないといけない。

 

 俺とブラウスは、カウンターでしばらく考えた。

 

 踏まずに進む方法。

 花を傷つけない方法。

 蠅型猛獣を呼ばない方法。

 アースへ近づく方法。

 

「グルメスモックで足だけ包んで、接地圧をゼロに近づけるとか……」

 

「完全に触れないならともかく、触れた時点で駄目な可能性があります」

 

「はむまるに穴掘ってもらう」

 

「園の下を掘る方が穢れそうです」

 

「俺がブラウスを投げる」

 

「絶対にやめてください」

 

「だよな」

 

 駄目だ。

 思いつかない。

 俺は頭を抱えた。

 

「ダメだ、思いつかない!!」

 

 声に出したら、少しすっきりした。

 だが解決はしない。

 

 ブラウスも難しい顔をしている。

 このままカウンターで考えていても、たぶん進まない。

 やはり現場を見るしかない。

 

「ブラウス、もう一度行こう」

 

「もう一度ですか?」

 

「ああ。ワープロードの先の周囲だけは花がない。そこなら、じっくり観察できる」

 

 最初に出た場所。

 抜け道の出口付近。

 

 そこだけは花がなかった。

 だから俺たちは立てた。

 そこから不用意に一歩出たせいで失敗したが、出口周辺に留まるだけなら大丈夫なはずだ。

 

「観察して、何か見つけよう」

 

 ブラウスは少し考え、頷いた。

 

「分かりました。今度は絶対に動かないでくださいね」

 

「はい」

 

「絶対ですよ」

 

「はい」

 

「花を見てふらっと前に出ないでください」

 

「ごめんて」

 

 俺たちはトキサダにもう一度、時調べの一杯を少量もらった。

 舌を整え、裏の道を辿る。

 そして再び、花陰のカウンターの奥の扉から、グルメの園へ向かった。

 

 視界が歪む。

 

 今度は少しだけ慣れた。

 気持ち悪さはある。

 だが、前ほどではない。

 

 一拍遅れて戻ってくる味を、足元の道として意識する。

 

 花の香り。

 土の記憶。

 時調べの余韻。

 

 その三つが重なる場所を進む。

 ほんの数分。

 そして、視界が開けた。

 

 再び、グルメの園。

 

「……元に戻ってる」

 

 驚くことに先ほどの腐敗は完全に無くなっている。

 生命が躍動している。花がすぐさま綺麗に咲きなおしたのだろう。

 

 今回はすぐに動かない。

 俺はその場に留まった。

 ブラウスも横でじっとしている。

 

 はむまるは俺の肩で鼻を押さえるような仕草をしていた。

 匂いがきついのだろう。

 だが、しばらくそこにいると、少しずつ慣れてきた。

 

 最初は全部が強烈だった。

 だが、時間が経つにつれて香りの層が分かれてくる。

 

 甘い香り。

 青い香り。

 土っぽい香り。

 蜜の香り。

 

 それぞれ違う。

 そして、見た目も同じだった。

 最初はすべてが綺麗で、同じ花に見えた。

 

 だが、じっと見ているうちに、すべての花に違いが見えてきた。

 

 花びらの角度。

 茎の太さ。

 葉の伸び方。

 周囲の草との距離。

 それぞれが微妙に違う。

 ブラウスも山神俎板を広げ、園を読んでいる。

 

 ただし、前より慎重に。

 

 園全体を切ろうとするのではなく、見るだけ。

 触れずに、聞くだけ。

 俺も食没で呼吸を整え、目を凝らした。

 すると、一つの花が目に入った。

 

 真っ赤な花。

 

 他の花よりも色が濃い。

 花びらは大きく、厚い。

 蜜の香りも強い。

 だが、それ以上に気になったのは、その周囲だった。

 

 周りの花が離れている。

 萎縮しているように見える。

 真っ赤な花の周囲だけ、ぽっかりと空間がある。

 まるで、他の花たちが距離を取っているように。

 

「なぁ、ブラウス」

 

「はい」

 

「この花……なんだろう。欲張りだな」

 

「欲張り?」

 

「周りの場所まで自分のものにしてる感じがする」

 

 俺はその赤い花を指差した。

 もちろん、動かずに。

 ブラウスもそちらを見る。

 

「……そう言われてみると、そうですね」

 

 ブラウスの山神俎板が、赤い花の周囲を薄く示す。

 

 真っ赤な花。

 

 その花の周囲は、ほかの花が萎縮しているように離れて咲いている。

 空間がある。

 ほんの少し。

 だが、ある。

 

「電車でめちゃくちゃやばそうなやつが乗ってきて、その周囲に人がいない。そんなのに近い」

 

「例えが現代的すぎませんか」

 

「分かりやすいだろ」

 

「分かりますけど」

 

 ブラウスは少しだけ笑った。

 だが、すぐに真剣な顔に戻る。

 

「この花は、周囲の栄養か香りを強く奪っているのかもしれません。だから他の花が近づけない」

 

「この花は踏んでいいのかな?」

 

「いえ、それもきっとだめです」

 

 即答だった。

 

「ですよね」

 

「ですが、この花の周囲だけスペースがあります」

 

 ブラウスは赤い花の周囲を見つめながら言った。

 

「小さな番重で、この花を包み込むように置いて、足場にできませんか?」

 

「包み込むように……」

 

 俺はイメージした。

 番重を花の上に置くのではない。

 花を踏むのでもない。

 

 赤い花を中心に、周囲の空いたスペースへ、箱のように番重をかぶせる。

 

 花には触れない。

 周囲の草にも触れない。

 番重の縁だけを、花が空けた空間に置く。

 

 そして、その上に乗る。

 

「それいいな!」

 

「星芯番重は重すぎます」

 

「分かってる。星芯だと園が死ぬ」

 

 星芯番重は強い。

 だが、ここでは強さが邪魔になる。

 重すぎる。

 少しでも触れれば、花や土へ負担をかける。

 

「一番軽いやつにする」

 

 俺は食欲を練った。

 ステンレス製ではなく。

 星芯でもなく。

 深海で食べた黒い結晶。

 

 スティショバイト。

 

 高圧の世界で得た、硬くて軽いイメージ。

 透明感のある黒い番重。

 

「スティショバイト番重だな」

 

「……そういえば番重って、浮かせられますよね?」

 

 ブラウスがふと聞いた。

 

「浮かせるだけならな」

 

 俺はスティショバイト番重を見ながら答えた。

 正確には、番重は完全に空中へ独立して浮いているわけではない。

 俺の食欲エネルギーと、細い線のようなもので繋がっている。

 その線を通して力を送り、支えている。

 

 だから、一見すると空中に浮かんでいるように見える。

 だが、足場として使う場合は話が違う。

 

 俺がその上に乗ると、番重を支えているのも俺自身になる。

 台の上に立った人間が、自分でその台を持ち上げて空を飛べないのと同じだ。

 俺が番重の上に乗ったまま、その番重を自分の力だけで浮かせ続けることはできない。

 

 だから本来、足場にするなら地面や壁、水面、何かしら力を逃がせる場所に接している必要がある。

 

「ただし、出した瞬間だけは別だ」

 

「出した瞬間?」

 

「ああ。番重が形になる一瞬だけ、その場に固定される感じがある」

 

 完全に長く浮かせることはできない。

 だが、出現した直後のほんの一瞬なら、空中でも踏める。

 

 足を置き、蹴り、すぐ消す。

 それくらいならできる。

 

「でも、ここでそれをやるのは危なすぎる」

 

「花を踏んだら終わりですからね」

 

「そういうこと」

 

 今は空中で無茶をするより、赤い花の周囲にある空白へ、できるだけ優しく番重を置く方がいい。

 

 花に触れない。

 茎を折らない。

 草を潰さない。

 そのための足場だ。

 

「まずは一枚置いてみる」

 

「お願いします」

 

 俺は赤い花の周囲にある空白を狙う。

 ブラウスが背中から指示を出す。

 

「もう少し右です。そこは根が浅いです」

 

「ここか?」

 

「はい。ただ、花びらに近いです。もう少し低く」

 

「了解」

 

 慎重に。

 慎重に。

 

 スティショバイト番重を、赤い花の周囲へ出す。

 置く、というより、そっと添える。

 

 番重の底が地面に触れる。

 花には触れていない。

 茎にも当たっていない。

 

 草も潰していない。

 赤い花の周囲の空白に、ぴたりと収まった。

 

 腐らない。

 匂いも変わらない。

 花はそのまま。

 

「……成功か?」

 

「まだ乗っていません」

 

「そうだった」

 

 置けただけだ。

 次は乗れるか。

 俺は深呼吸した。

 ブラウスを背負い直す。

 

「しっかり掴まってろ」

 

「はい」

 

 はむまるは胸元で小さく鳴いた。

 

「きゅ……」

 

「大丈夫だ。たぶん」

 

「たぶんは不安です」

 

「俺も不安だ」

 

 だが、やるしかない。

 俺は足を上げた。

 スティショバイト番重へ、そっと乗せる。

 

 体重をかける。

 

 ゆっくり。

 ゆっくり。

 

 番重は沈まない。

 赤い花にも触れない。

 周囲の花も腐らない。

 俺は両足を番重の上へ乗せた。

 ブラウスを背負ったまま。

 はむまるを胸元に入れたまま。

 

 スティショバイト番重の上に立つ。

 

 何も起きない。

 腐臭もない。

 蠅も来ない。

 

「……成功だ!」

 

 俺は小さく叫んだ。

 

「やりましたね!」

 

 ブラウスの声も明るくなる。

 赤い花の周囲に足場を作れる。

 これなら進めるかもしれない。

 

 赤い花を探す。

 

 その周囲へ番重を置く。

 花を傷つけず、空白だけを使って移動する。

 

「ブラウス、次の赤い花は?」

 

「少し右前方にあります。ただ、距離があります」

 

「そこまで足場をつなぐ必要があるな」

 

「はい。ですが、赤い花は点々と続いています」

 

 ブラウスは山神俎板を広げ、周囲を読む。

 

 花の色。

 香りの流れ。

 周囲の萎縮。

 赤い花の位置。

 

 そのすべてを、料理人の目で見ている。

 

「僕が探します。アマジンさんは、番重を出してください」

 

「了解」

 

 俺は笑った。

 やっと見つけた。

 俺たちの進み方。

 

 サニーのように空を歩くわけではない。

 

 老いの洞穴を抜けるわけでもない。

 

 ワープロードを完全に使うわけでもない。

 

 俺たちは俺たちのやり方で進む。

 

 ブラウスが赤い花を探し。

 俺がスティショバイト番重で足場を作る。

 

 花を踏まずに。

 園を汚さずに。

 

 アースへ向かう。

 

「行くぞ、ブラウス」

 

「はい!」

 

 俺は次の赤い花を見た。

 その周囲にある、わずかな空白。

 そこへ向けて、スティショバイト番重を出す。

 花畑の上に、小さな足場が一つ生まれた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。