千年後のグルメ時代   作:鳩夜(HATOYA)

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先ほど87話を一瞬出してしまったので、今日投稿しちゃいます!


アースの花畑

 赤い花を目印に、俺たちはグルメの園を進んでいた。

 俺の背中にはブラウス。

 胸元には小型化したはむまる。

 

 足元には、小さく展開したスティショバイト番重。

 

 赤い花の周囲だけにある、わずかな空白。

 そこへ番重を置き、足場にする。

 

 花にも、茎にも、草にも触れない。

 

 それだけを意識して進む。

 最初は一歩一歩が怖かった。

 少しでもずれれば、また花が腐る。

 

 腐臭が広がり、巨大な蠅のような猛獣が集まる。

 

 あれはもう勘弁だ。

 だから、慎重に。

 ゆっくり。

 確実に。

 

 そう思っていた。

 だが、進むにつれて、赤い花の間隔がだんだん広がっていった。

 

「ブラウス、次は?」

 

「右前方です。ただ、少し距離があります」

 

「少しって?」

 

「今までの倍くらいです」

 

「それは少しじゃないな!」

 

 赤い花は見えている。

 だが、そこまで足場がない。

 

 歩けない。

 花を踏めない。

 草も踏めない。

 

 出来れば避けたかったが……空中でつなぐしかない。

 

 俺は息を整えた。

 スティショバイト番重を一枚、前方の空中に出す。

 

 足で触れる。

 その瞬間に蹴る。

 

 踏み続けない。

 体重を乗せすぎない。

 

 触れて、飛び出す。

 

 下に落ちてしまう前に、すぐさま番重をしまう。

 次の番重を出す。

 

 また蹴る。

 しまう。

 出す。

 

 足場を残さない。

 

 余計な圧を園にかけない。

 番重がある時間は、一瞬だけ。

 足が触れ、俺の体が前へ進む、その瞬間だけ。

 

「うお……!」

 

 自分でも驚いた。

 番重の出し入れの速度が、めちゃくちゃ速くなっている。

 前なら、一枚出して、置いて、乗って、それから次を考えていた。

 

 今は違う。

 

 必要な瞬間に出す。

 使い終わった瞬間に消す。

 

 星芯番重で戦い、ニュースの園で護衛し、グリーントロルを相手に全力で使った。

 その経験が、ここで生きている。

 

 番重は、落とすだけの技ではない。

 盾でも、足場でも、踏み台でも、移動補助でもある。

 俺の食欲が作る、瞬間の器だ。

 

「アマジン、次は左です!」

 

「おう!」

 

 ブラウスの声に合わせて、俺は空中に番重を出す。

 足先で触れる。

 

 飛ぶ。

 すぐ消す。

 

 次の赤い花の周囲へ、軽く着地する。

 

 腐らない。

 花は無事。

 

 成功。

 

「よし!」

 

「この調子なら行けます」

 

「だな!」

 

 そう言った瞬間だった。

 空気が鳴った。

 

「アマジン、きます!!」

 

「おう!」

 

 ブラウスの警告とほぼ同時に、俺は右側へスティショバイト番重を出した。

 次の瞬間。

 

 ガン!

 

 強い衝撃。

 番重が大きく揺れる。

 目に見えない弾丸のような風が、番重にぶつかった。

 

「エアバレット……!」

 

 風の弾丸。

 

 まるで侵入者を拒むような風だった。

 花を傷つける者。

 園に入った者。

 その動きを見て、どこからともなく撃ってくる。

 

 ガン!

 ガン!

 

 今度は左、上。

 俺はそのたびに番重を出した。

 

 出しっぱなしにはしない。

 

 ガードする瞬間だけ出す。

 エアバレットが当たる。

 

 すぐしまう。

 

 次の弾丸の方向へ、また出す。

 結果的にかなり燃費がいい。

 

 常に周囲へ番重を出して防御するより、ずっと消費が少ない。

 これも、ニュースの護衛戦で身についた感覚だ。

 

 猛獣の攻撃を全部受けるのではなく、必要な瞬間に必要な場所へ器を置く。

 今なら、それができる。

 

「右下!」

 

「見えてる!」

 

 ガン!

 

「上!」

 

「任せろ!」

 

 ガン!

 

「前方、二発!」

 

「まとめていく!」

 

 俺は斜めに番重を出し、二発の風弾を滑らせるように受け流した。

 風の弾丸が番重の表面を擦り、横へ流れていく。

 

 花には当たらない。

 園は汚さない。

 

 守る。

 進む。

 

 両方やる。

 

 背中のブラウスが、山神俎板で赤い花の位置と風の流れを読んでくれる。

 俺はそれに合わせて番重を出す。

 俺一人なら、とっくにミスしていた。

 

 ブラウス一人でも、ここは進めなかっただろう。

 二人だから進める。

 

 それが、少し嬉しかった。

 やがて、風が変わった。

 

 香りが濃くなる。

 さっきまででも十分すぎるほど濃かったのに、さらに奥から何かが来る。

 

 花の香り。

 蜜の香り。

 大地の香り。

 

 そして、莫大なカロリーの匂い。

 

「アマジン!」

 

「分かるぞ!」

 

 俺は思わず笑った。

 

「すげえ濃い匂いがしてきてる!」

 

 もうすぐだ。

 

 この匂いだけで疲れが飛ぶ気がする。

 さっきまでの緊張も、番重の連続使用の疲れも、花を踏む恐怖も、全部吹き飛ぶ。

 食欲が前へ出る。

 細胞がざわつく。

 

 アース。

 

 近い。

 

「前方、少し開けています!」

 

 ブラウスが言った。

 見ると、確かに花がない場所があった。

 

 道ではない。

 広場でもない。

 

 ただ、そこだけ花が生えていない。

 赤い花と同じように、周囲の花が萎縮して、ぽっかりと空間を開けている。

 

 だが、赤い花ではない。

 

 もっと強い何かの周囲に、花が遠慮しているようだった。

 

「そこに降ります!」

 

「了解!」

 

 俺は最後のスティショバイト番重を足場にして跳んだ。

 空中でエアバレットが一発飛んでくる。

 番重を一瞬出して弾く。

 

 そして、その花のない場所へ降り立った。

 

 腐らない。

 臭いもしない。

 

 成功だ。

 

「着いた……!」

 

 俺はブラウスを背中から下ろした。

 そして、前を見る。

 目の前に、アースの花畑が広がっていた。

 

 美しい大きな花。

 

 その上に、まるでソフトクリームが乗っているようなものがある。

 白く、淡く、少し緑がかったクリーム。

 花の中央から盛り上がり、ふわりと渦を巻いている。

 

 見た目は完全にソフトクリームだ。

 

 だが、その存在感が違う。

 やはり大きさは、俺が思っていたより小さい。

 原作では、五百メートルくらいの高さがあった。

 

 それに比べると、目の前のアースは大玉スイカほどの大きさだ。

 だが、たくさん生えている。

 

 一つではない。

 

 花畑のように、いくつも。

 現代のアース。

 管理され、増え、育った地球のフルコース。

 

 それでも、この匂い。

 この存在感。

 

 小さいからといって、価値が低いわけではない。

 むしろ、一つ一つに恐ろしい密度のカロリーが詰まっている気がする。

 

「ブラウス!」

 

「はい」

 

「どうすれば! どうすれば食べれる!」

 

「落ち着いてください!」

 

 ブラウスに怒られた。

 仕方ない。

 

 目の前にアースだ。

 

 落ち着けという方が無理だ。

 ブラウスはアースの花に近づいた。

 足元は花のない空間。

 ここだけは踏んでも大丈夫らしい。

 

 彼は響金包丁ハルシアを抜かない。

 代わりに、両手をそっと差し出す。

 

「アースは、ここまで来たらもうゴールみたいなものです」

 

「そうなのか?」

 

「はい。無理に切る食材ではありません。こうやって、そっとすくいあげるんです」

 

 ブラウスはソフトクリームのような部分の下に、手を滑り込ませた。

 

 花から剥がすのではない。

 折るのでもない。

 持ち上げるのでもない。

 

 下から、そっとすくう。

 まるで、花が差し出してくれたものを受け取るように。

 アースが、ふわりと持ち上がった。

 

「おお……!」

 

 俺も真似しようと手を伸ばす。

 アースの下に手を入れる。

 

 そっと。

 そっと。

 

 そして、すくいあげる。

 

「え! おっも……!」

 

 予想外の重さだった。

 見た目はふわっとしたソフトクリーム。

 柔らかそうで、軽そうで、手に乗せたら溶けそうなほど繊細に見える。

 

 なのに、めちゃくちゃ重い。

 大玉スイカくらいの大きさ。

 

 いや、それ以上に重い。

 

 ずしりと腕に来る。

 星芯番重ほどではない。

 だが、食材としての密度が異常だ。

 

「莫大なカロリーが詰まっているのも納得かもしれない……!」

 

 俺は腕に力を入れながら言った。

 アースは、ふわふわしている。

 

 でも重い。

 柔らかい。

 でも崩れない。

 

 甘い香り。

 大地の香り。

 花の香り。

 

 それらがすべて、手の中から溢れてくる。

 

 食いたい。

 今すぐ食いたい。

 

 ここで。

 

 この最高の景色の中で。

 

「ここで食べれば景色は最高ですが……」

 

 ブラウスが言った。

 

「ある程度回収したら、一度戻りましょう」

 

「ええ!?」

 

 思わず声が出た。

 

「ここで食べないの!?」

 

「はい」

 

「なんで!?」

 

 ブラウスはアースの花畑を見回した。

 その表情は、真剣だった。

 

「なんだか、ここで食べるのは駄目と言われている気がします」

 

「駄目と言われている……」

 

「はい。ここはアースが生える場所であって、食卓ではないのかもしれません」

 

 ブラウスがそう言うなら、きっとそうなのだろう。

 アナザの時も、ニュースの時も、ブラウスは食材の声を聞いていた。

 俺には、ただ食いたいという気持ちが前に出ている。

 

 だが、ブラウスは違う。

 食材と向き合う料理人だ。

 

「ブラウスがそう言うなら、そうした方がいいな……」

 

「ありがとうございます」

 

「でも食べたい」

 

「戻ったら食べましょう」

 

「戻ったら絶対だぞ」

 

「はい」

 

 俺たちはグルメケースを取り出した。

 アースを慎重にすくいあげ、できるだけ詰め込む。

 大きさは大玉スイカほど。

 

 一つ一つが重い。

 

 大量に持ち運ぶのは難しい。

 それでも、食べる分、ブラウスが調理する分、トキサダにも分けられる分。

 

 可能な限り回収した。

 

 アースの花は、すくい取られた後も枯れない。

 しばらくすると、中央の花びらがゆっくり閉じる。

 また時間をかけて、アースを実らせるのだろう。

 俺たちは手を合わせた。

 

「ありがとうございます」

 

「いただきます、は戻ってからだな」

 

「そうですね」

 

 ブラウスも静かに頭を下げた。

 

 そして、戻る準備をする。

 

 赤い花の足場を使い、花陰のカウンターへ戻る。

 行きよりは慣れているはずだ。

 だが、油断はしない。

 

 アースを持っている。

 絶対に落とせない。

 

「どうせなら、バーでみんなで食うか!」

 

 俺が言うと、ブラウスは笑った。

 

「そうですね!」

 

 トキサダにも食べてもらおう。

 はむまるにも少し。

 

 もちろん俺も食う。

 いや、かなり食う。

 

 アースの香りを抱えながら、俺たちは来た道を戻り始めた。

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