エリア2。
始まりの大陸。
生命の起源とされる大陸。
原作では、ここにGODが現れた。
地球のフルコースのメインディッシュ。
神の食材。
かつて世界中の国々が奪い合い、その存在を巡って戦争まで起きた究極の食材。
俺にとってGODは、どうしてもそういうイメージだった。
最終決戦。
戦争。
三虎。
アカシア。
そしてトリコ。
そういう、原作終盤のすべてが詰まった食材。
そのはずだった。
だが、この千年後の現代では――。
「えー、右手に見えますのが、ゴッドビオトープ名物、大湿原でございまーす」
案内用の自動音声が、やたら明るい声で説明している。
俺たちは今、ゴッドビオトープの入口近くにいた。
目の前に広がっているのは、果てしない大湿原。
水草が揺れ、浅い水面が太陽の光を反射し、遠くで巨大なカエルのような影が跳ねている。
空には水鳥型の猛獣が飛び、湿原の中にはオタマジャクシのような生き物が大量に泳いでいた。
観光地としては、かなり整っている。
道もある。
休憩所もある。
研究施設も見える。
警備員もいる。
危険区域の表示はあるが、エアやペアやアトムの時のような、入った瞬間死ぬかもしれない緊張感はあまりない。
「……ここが、GODの場所」
俺は呟いた。
もっとこう、世界の終わりみたいな場所を想像していた。
雷が鳴っていて、空が割れていて、地面から食欲が噴き出していて、近づくだけで細胞が震えるような。
そういう場所を。
しかし現実は、大湿原。
しかも案内音声つき。
さらに、入口近くには土産物屋まである。
GOD饅頭。
GOD風味せんべい。
ゴッドビオトープ限定カエルまんじゅう。
やめろ。
俺の中のGODの威厳が、どんどん削られていく。
「アマジンさん、大丈夫ですか?」
ブラウスが横から声をかけてきた。
「大丈夫じゃないかもしれない」
「え?」
「俺の中のGODが今、土産物屋に負けてる」
「どういう意味ですか」
「説明しづらい」
始まりの大陸。
生命の起源。
GODが現れた場所。
だが、現代ではここがグルメ界の中で一番開発が進んでいる場所らしい。
理由は単純だ。
GODが重要すぎたから。
地球のフルコースのメイン。
人類にとって特別な食材。
そして、研究対象としても最重要。
だからこそ、原作時代からわずか数年後には、IGOと再生屋協会が養殖に成功していたらしい。
地球のフルコースの中で、養殖化が一番早い食材。
それがGODだった。
やはりメイン。
その気合の入り方も、ほかとはかなり違ったのだろう。
戦争の原因にもなった食材を、安定して管理し、増やし、流通させる。
それは、原作後の世界において最優先課題だったのかもしれない。
理屈は分かる。
分かるのだが。
「GODって、もっとこう……幻の……」
「幻ではありますよ。天然物は今でもほとんど存在しませんし」
「でも養殖はめちゃくちゃ進んでるんだろ?」
「はい」
「土産物屋もある」
「はい」
「GOD饅頭もある」
「食べますか?」
「後で食う」
「食べるんですね」
食べる。
それは食べる。
だが、今はそれより本命だ。
この大湿原には、オタマジャクシの状態からカエルの状態まで、GODがたくさんいるらしい。
オタマジャクシのGOD。
子ガエルのGOD。
成体のGOD。
天然に近い大型個体。
研究用に分けられた品種。
食用に調整された個体。
説明パネルに、そんな分類がずらっと書かれていた。
俺の頭が追いつかない。
GODがたくさん。
GODのオタマジャクシ。
GODの品種管理。
GODの成長段階別観察エリア。
すごい。
すごいんだが、何か違う。
原作のGODを知っている俺としては、脳がバグる。
そして俺は今、さらに衝撃の事実をブラウスから聞くことになる。
「あの、アマジンさん」
「ん?」
ブラウスが少し言いづらそうに口を開いた。
「実は、GODは最初に食べたので……」
「え?」
「僕は、二番目がエアでした」
「……」
俺は固まった。
「え?」
「ですから、僕が最初に食べた地球のフルコースはGODです。エアは二番目でした」
「……」
いや。
待て。
待ってくれ。
ブラウスは、エアビオトープで会った。
父親に放り込まれたと言っていた。
危険な場所だった。
毒雨草原。
エア。
あれが最初の試練だと思っていた。
だが違う。
ブラウスはすでにGODを食べていた。
しかも最初に。
「なんと……」
俺は震える声で言った。
「大体の美食屋候補はGODから行きますよ……?」
「……」
ガウンさん。
あなた、エアを最初に行かせるみたいな雰囲気を出していたじゃないですか。
いや、直接そう言ったわけではないかもしれない。
というよりそもそもうちの父さんに最初はエアビオトープみたいに言われてたな……!
でも……結果的に俺はそう思っていた。
ブラウスは最初エアに放り込まれた、みたいなイメージを持っていた。
「養殖化が一番進んでいて……正直、一番安全なビオトープですよ」
ブラウスは申し訳なさそうに言った。
「父さんが黙ってろと言ったので、ここまで言えませんでした……」
「ガウンさんんんんん!!」
俺は天を仰いだ。
あの天狗。
絶対面白がっていた。
俺が地球のフルコースを順番に回って、GODを最後の方に神格化しているのを知っていて、黙っていたに違いない。
いや、メリスタも知っていたはずだ。
研究所の人たちも知っている。
もしかして、知らなかったの俺だけか?
俺の中のGODのイメージが、だんだんと崩れていく。
なんだか悲しい。
いや、GODがすごい食材であることは間違いない。
間違いないのだが。
神の食材。
世界を揺るがしたメインディッシュ。
その現在が、一番安全な初心者向けビオトープ。
情緒が追いつかない。
「アマジンさん、そんなに落ち込まなくても」
「落ち込むよ。俺の中ではGODはラスボスみたいな存在だったんだ」
「食材ですよ」
「そうだけど!」
「でも、完全に安全というわけではありません」
ブラウスが少しだけ真面目な顔になった。
「入口付近や管理区域のGODは、かなり安全です。美食屋候補が最初に食べるのは、基本的にそういう個体です」
「奥は違うのか?」
「はい。奥の方に行けば、比較的大きくて強いやつがいます」
ブラウスは大湿原の奥を見た。
観光用の道の先。
湿原が深くなり、霧が濃くなっている場所。
そこには、入口付近の穏やかな空気とは違う気配があった。
大きな生命の匂い。
湿った大地。
跳ねる筋肉。
重い食欲。
確かにいる。
こっちを見ているわけではない。
だが、奥に強い個体がいる。
「せっかくなので、今回はそいつを捕獲しましょうよ!」
ブラウスが笑って言った。
「普通の候補生が食べる管理個体ではなく、奥地の大型個体を」
俺は大湿原の奥を見た。
崩れかけていたGODのイメージが、少しだけ持ち直す。
そうだ。
養殖化されていようと。
初心者向けになっていようと。
土産物屋にGOD饅頭が売っていようと。
GODはGODだ。
地球のフルコースのメインディッシュ。
そして、奥には強い個体がいる。
なら。
「ああ。そうだな……!」
俺は拳を握った。
「せっかくここまで来たんだ。安全なやつをもらって終わりじゃもったいない」
「はい」
「行こう、ブラウス」
「はい!」
胸元のはむまるが、小さく鳴いた。
「きゅ!」
「はむまるも行くか」
「きゅう……」
行くと言った直後に少し怯えた声を出した。
相変わらずだ。
俺たちはゴッドビオトープの受付で奥地への許可を確認した。
第二宇宙研究所からの特別許可は、すでに通っている。
ただし、奥地は一般候補生向けではない。
同行者確認。
装備確認。
グルメデバシーの通信確認。
緊急離脱用の転送タグ確認。
かなり丁寧に手続きをされた。
やはり、完全に安全というわけではないのだ。
受付の職員が真面目な顔で言った。
「奥地のGODは、管理個体とはいえ野性味が強く残っています。捕獲難度も通常候補生向けとは異なりますので、無理はしないでください」
「分かりました」
俺は頷いた。
ブラウスも礼をする。
そして俺たちは、整備された観光道を外れ、大湿原の奥へ向かった。
足元はぬかるみ。
空気は湿っている。
遠くで、何かが跳ねる音がした。
どぷん。
水面が揺れる。
巨大な影が沈む。
俺は思わず笑った。
崩れかけたGODのイメージが、ようやくまた少し輝き出す。
原作とは違う。
千年後の現代のGOD。
養殖され、管理され、候補生が最初に食べる食材になったGOD。
それでも、奥にはまだ、強い命がいる。
「よし」
俺はグルメスモックを軽く纏った。
「メインディッシュ、捕りに行くか」
実は原作の時点で養殖に成功しているGOD……!