千年後のグルメ時代   作:鳩夜(HATOYA)

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戻らぬ理由

 近隣惑星の赤い森で、グリドは食材を輸送機に詰め込んでいた。

 巨大な根菜。

 果実のような魚。

 肉の香りを出す葉。

 

 まだ星の生命循環から完全には切り離されていない食材たち。

 それらを、グリーントロルの兵士たちは何の感慨もなく運んでいく。

 

 主へ。

 主の回復へ。

 主の食欲へ。

 主の器へ。

 

 同じ言葉を繰り返しながら。

 

「はいはい、主のため主のため」

 

 グリドもわざとらしく声を合わせた。

 従順に働いている姿勢は見せなければならない。

 

 下位戦士。

 

 九百年ぶりに帰還した元総長。

 今の立場はそれだ。

 

 変に目立てば、すぐに疑われる。

 だから、食材を運ぶ。

 

 命令通りに。

 

 適度にぼやきながら。

 適度にふざけながら。

 適度に従っているように見せる。

 

 輸送機の腹が開く。

 そこへ食材を積み込む。

 

 星の根が切られる音。

 川の旨味が吸い上げられる音。

 大気の香りが薄くなっていく音。

 

 それらを聞きながら、グリドは顔には出さず、胸の奥で舌打ちした。

 

「……ほんま、食い方が汚いわ」

 

 小さく呟く。

 誰にも聞こえない程度に。

 

 かつて自分も、決して綺麗な食い方をしていたわけではない。

 

 地球を攻めた。

 奪おうとした。

 殺そうとした。

 

 その事実は消えない。

 

 だが、今のグリーントロル軍はそれとも違う。

 食材を食うのではない。

 星の循環ごと吸っている。

 

 そして、それを誰も疑問に思っていない。

 

 自分の腹を満たすためではない。

 主の腹を満たすため。

 自分の舌でうまいと感じるためではない。

 主の回復食にするため。

 そこには、個の食欲がない。

 

 食われたまま動いている。

 グリドには、それがどうしようもなく気持ち悪かった。

 

 輸送機の端末が青黒く光る。

 搬入量、予定値の八割。

 回復食への変換効率、良好。

 主への供給路、安定。

 表示される文字を見ながら、グリドは別の端末を懐で動かしていた。

 

 Aサイトから抜いたデータ。

 

 器の運用。

 食霊の投入。

 極限までの訓練。

 フルコース集め。

 

 食霊が完全消失しても構わない。

 次の食霊を入れるだけ。

 

 目標数値、九十八。

 そして、追記。

 計画は頓挫。

 肝心の器が消失。

 

 主にも致命的なダメージ。

 再度、器を作り直す必要あり。

 

 分かったことは多い。

 だが、肝心なところはまだ分からない。

 

「詳しいことまでは分からへん」

 

 グリドは食材を抱えながら、誰にも聞こえない声で言った。

 

「だが、確実にアマジンは何かに巻き込まれとる」

 

 アマジン。

 

 零山脈で出会った、人間の少年。

 グリーントロルである自分を前にしても、ただ恐れるだけではなかった。

 

 飯を囲んだ。

 うまいと言った。

 妙な食欲を持っていた。

 

 そして、地球のフルコースを集めている。

 それが、器の運用計画と重なりすぎている。

 

 もちろん、完全には一致しない。

 

 グリドーズは「もうじき完成する」と言った。

 ならば、マザー・グリードの側には別の器があるのかもしれない。

 

 二体目の器。

 主の中で育つ器。

 

 どこかで調整されている器。

 そう考えれば、アマジンがその器そのものとは限らない。

 

「出来れば地球に戻って知らせたい」

 

 グリドは輸送機の奥へ食材を押し込む。

 だが、地球は遠い。

 ここから地球へ戻るには、時間がかかりすぎる。

 航路を取れば記録が残る。

 勝手に離脱すれば、追跡される。

 

 下手をすれば、自分がアマジンへの道案内になる。

 それは最悪だ。

 

「それに、肝心なマザーグリードがどこにおるかまだ分からん」

 

 主。

 マザー・グリード。

 

 グリーントロルを種族ごと食った悪魔。

 この前哨基地にいるのか。

 

 船団の中枢にいるのか。

 もっと奥、赤い宇宙の深部にいるのか。

 

 データ上では、主の所在は常に伏せられている。

 食欲の流れだけがある。

 供給路だけがある。

 回復食だけが送られている。

 

 それはまるで、巨大な口がどこかにあり、その位置だけが隠されているようだった。

 

「せやから、まずは出来ることをやる」

 

 グリドは輸送機の外へ出た。

 赤い空を見上げる。

 星の香りが薄れている。

 

 このままでは、この惑星もじきに死ぬ。

 

 食材は尽きる。

 生命循環は途切れる。

 残るのは、主の回復食にされた残骸だけだ。

 

「アマジンに繋がるデータを全部消す」

 

 グリドは端末を操作した。

 Aサイトから抜いたデータの中には、地球に関する照合記録もあった。

 

 まだ断片だ。

 

 地球のフルコース。

 十五年前前後の反応。

 器候補の再検索。

 外宇宙因子。

 未照合の高反応個体。

 

 名前までは出ていない。

 

 だが、放置すればいずれ辿り着く。

 アマジンへ。

 

「そんなもん、見つけさせるかい」

 

 グリドはフェイク・プレデターの気配を薄く流し、輸送機の管理端末へ干渉した。

 兵士たちの支配線に似せた匂い。

 主の食欲に酔った下位戦士の反応。

 それを纏わせながら、管理権限の端をこじ開ける。

 

 削除は目立つ。

 

 だから、まずは汚す。

 数値をずらす。

 地球関連の照合先を別の軸へ逸らす。

 反応記録の時刻を乱す。

 候補因子の一致率を下げる。

 

 完全に消せるものは消す。

 消せないものは、探しても見つからないように濁す。

 

「ついでに、回復食を汚して効果を減衰させたるか」

 

 グリドはにやりと笑った。

 食材そのものに毒を混ぜるわけではない。

 

 それではすぐに見つかる。

 

 やるのは、もっと地味な妨害。

 回復食へ変換する際の旨味配列を少しだけ崩す。

 

 主の食欲が最も吸収しやすい順番をずらす。

 香りの流れをわずかに濁す。

 

 栄養の結び目に、別の星の渋みを混ぜる。

 食える。

 回復もする。

 

 だが、効率は落ちる。

 

 主の腹に入る前に、ほんの少しだけ鈍らせる。

 それを積み重ねる。

 

「下位戦士にしとくには惜しい働きやろ」

 

 グリドは小さく笑った。

 もちろん、こんな妨害だけでマザー・グリードを止められるとは思っていない。

 

 だが、時間は稼げる。

 

 アマジンが特定されるのを遅らせる。

 主の回復を鈍らせる。

 器の完成を少しでも遅らせる。

 その間に、何かを掴む。

 

 主の居場所。

 器の所在。

 

 地球侵攻の詳細。

 そして、倒す方法。

 

「そんで必ず……」

 

 グリドは赤い空の向こうを睨んだ。

 

「わいがぶっ倒す」

 

 言ってから、自分で少し笑った。

 勝てるかどうかは分からない。

 

 いや、普通に考えれば勝てない。

 

 九百年前ですら、主は自分たちを食った存在だ。

 今はまだ完全ではないとしても、その食欲は基地全体を覆っている。

 

 真正面から挑めば、食われるだけだろう。

 

 それでも。

 逃げたまま終わる気はなかった。

 

 九百年。

 

 支配から逃げて、生き延びた。

 その自分が、最後まで逃げるだけでは面白くない。

 

「アマジン」

 

 グリドは小さく呟いた。

 

「お前は、お前の飯を食っとけ」

 

 自分にできることは、ここでやる。

 

 地球へ戻れなくても。

 直接知らせられなくても。

 あの少年が主の皿に乗せられる前に、少しでも道を濁しておく。

 

 グリドは端末を閉じた。

 輸送機の搬入完了表示が灯る。

 

 食材は積み終わった。

 任務は順調。

 

 表向きは。

 

「下位戦士グリド、食材積載完了。Aサイトへ帰投する」

 

 通信を入れる。

 返答はすぐに来た。

 

『了解。予定航路で帰投せよ』

 

「はいはい、了解や」

 

 グリドは輸送機へ乗り込んだ。

 赤い森が遠ざかる。

 星の生命が吸い上げられた跡が、黒い傷のように地表へ残っている。

 その光景を見ながら、グリドは目を細めた。

 

「……ほんま、気に食わんわ」

 

 輸送機は赤い空を抜け、宇宙へ上がっていった。

 

・・・

・・

 

 Aサイト 最深部

 

 赤い光も、黒い闇もない。

 ただ、巨大な食欲だけが満ちている空間。

 そこに、グリドーズは膝をついていた。

 

「グリドーズよ」

 

 声がした。

 女とも、獣とも、母とも、飢えともつかない声。

 甘く、重く、逃げ場のない声。

 

「はっ!」

 

 グリドーズはさらに深く頭を下げた。

 

「グリドが帰還したと言いましたね」

 

「はい」

 

「九百年前に消えた、逃げた味」

 

 声が笑ったように揺れる。

 

「戻るべき味が、自ら皿へ戻った」

 

 グリドーズは沈黙する。

 

 主の声には喜びがあった。

 だが、それは家族の帰還を喜ぶものではない。

 失くした食材が戻ってきた時の喜びだ。

 

 逃げた味をもう一度噛めるという、飢えの喜び。

 

「監視をつけなさい」

 

 声が言った。

 グリドーズの瞳がわずかに動く。

 

「……分かりました」

 

「支配の線が薄い。あれは一度、皿の外へ落ちた味です」

 

「はい」

 

「逃げた味は、また逃げる」

 

 空間がわずかに歪む。

 グリガードの背に冷たいものが走った。

 

「逃がしてはなりません」

 

「承知しました」

 

「そして、あれが何を見たか。何を持ち帰ったか。何を隠しているか」

 

 声は、ゆっくりと続けた。

 

「すべて、見なさい」

 

 グリドーズは頭を下げたまま答えた。

 

「はっ」

 

 声は遠のいた。

 だが、食欲だけは残っている。

 

 重く、甘く、粘つくような食欲。

 グリガードは立ち上がった。

 

 その顔に、感情はほとんどない。

 だが、目だけが鋭かった。

 

「グリド……」

 

 かつての総長。

 九百年前に消えた男。

 今は下位戦士として帰還した男。

 

 だが、主は警戒している。

 ならば、警戒する理由がある。

 

「監視をつけろ。とりあえず下位戦士の奴でいい」

 

 グリドーズは部下へ命じた。

 

「対象はグリド。行動、通信、食材搬入記録、すべてを確認しろ」

 

「はっ!」

 

 部下たちが散っていく。

 

 グリドーズは空を見た。

 グリドが帰ってくる。

 

 食材を積んで。

 従順な顔をして。

 

 だが、主は見逃さなかった。

 逃げた味は、また逃げる。

 グリドーズは低く呟いた。

 

「グリド……お前は……」




いつも見ていただきありがとうございます。

ここまで朝昼晩の1日3話更新で進めてきましたが、
終盤に入ってきたため、今後は1日1話くらいのペースで更新していきます。

評価やお気に入り登録などまだの方はぜひお願いします!

引き続き楽しんでいただけると嬉しいです。

また、オリジナル作品も次話を投稿しました。

良ければマイページからどうぞ!
https://syosetu.org/user/489660/
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