食卓には、研究所の料理が所狭しと並んでいた。
肉。
魚。
野菜。
スープ。
見たことのない宇宙食材。
香草を使った料理。
普通の白米っぽいものまである。
センターを飲ませられない。
食欲を捨てなければセンターの場所へは行けない。
悪魔共食を教える予定だったが、俺には教えられない。
話だけ聞けば、重い。
重すぎる。
だが、目の前に飯がある。
なら食う。
食ってから考える。
そう決めた俺は、さっきから皿を空にし続けていた。
「うま……これ何の肉?」
「宇宙を駆け回る星跳び鹿。低重力惑星で休んでいるときに捕獲する。筋肉の繊維が細かい」
メリスタが答える。
「めちゃくちゃ柔らかいな」
「火を入れすぎると一気に硬くなるので、扱いが難しい食材です」
ブラウスが横から補足してくれる。
「へぇ。後で焼いてくれ」
「今も食べているでしょう」
「ブラウスが焼いたやつも食べたい」
「分かりました」
「分かるんだ」
そんなやり取りをしていると、ガウンさんが大きな肉を豪快に噛みちぎりながら言った。
「メリスタが何にビビっとるか分からんけど、その気持ち、分からんでもないで」
「え?」
俺は手を止めた。
ガウンさんはグラスを置き、俺を見る。
「お前、この短期間で別人やで」
「別人……?」
「せや。最初に会った時とは、明らかに違う」
ガウンさんと初めて会ったのは、アトムビオトープだった。
ブラウスを連れ戻しに来た父親。
最上位ライセンス美食屋。
天狗族。
怪奇食天狗フーズコーポレーション社長。
高級スーツ姿で、めちゃくちゃ強かった。
正直、あの時は次元が違うと思った。
「以前、俺と戦ったらどうなるか考えたやろ?」
「うん……」
考えた。
勝てる気がしなかった。
真正面からやれば、瞬殺される。
悪魔共食を使われるまでもなく、どうにもならない。
そんな相手だった。
今も、もちろん強い。
ガウンさんは俺よりずっと上の美食屋だ。
経験も技量も違う。
だが、あの時ほど遠く感じないのも事実だった。
「正直、悪魔共食無しなら、わいとええ勝負するくらいやと思うで」
「ええ!?」
俺は思わず叫んだ。
「いや、流石にそれは言い過ぎだって……!」
ガウンさんはじっと俺を見た。
そして、次の瞬間、豪快に笑った。
「せやな! さすがに言い過ぎか!」
「言い過ぎなのかよ!」
「でも、近づいとるのは本当や」
笑いながらも、ガウンさんの目は真面目だった。
「エア、ペア、アトム、アナザ、ニュース、アース、ゴッド。これだけ短期間で食って、しかも全部ちゃんと自分の力にしとる。普通は体の方が追いつかん」
「そうなのか?」
「当たり前や。強い食材を食うだけなら誰でもできるわけやない。食ったものを自分の細胞にして、技にして、食欲にして、戦いに使う。それができる奴は少ない」
ガウンさんは肉の骨を皿に置く。
「メリスタがビビる理由も、そこやろ」
メリスタは何も言わなかった。
ただ、静かに料理を口へ運んでいる。
「にしてもお前……三か月以内言うたけど、二か月くらいしかかかってへんな!」
「いや、まだセンター食ってないしな……」
「ほぼ達成やろ。最後の敵はメリスタって訳やな」
「いや、冗談じゃないって本当……!」
俺は慌ててメリスタを見る。
メリスタは少しだけ苦笑した。
だが、その後すぐに箸を置いた。
そして深く頭を下げる。
「アマジン。本当に申し訳ない」
「えっ」
俺は驚いた。
メリスタが、ここまで深く頭を下げるとは思っていなかった。
「この状況、君自身も混乱するだろう」
メリスタの声は静かだった。
だが、いつもの軽さはなかった。
「こちらの都合で調査員として君をフルコースへ向かわせた。もちろん、君自身の意思もあった。だが、我々が君に期待している部分があるのも事実だ」
「……」
「そして今、その我々が、最後の一皿を前に君を止めている」
メリスタは頭を下げたまま続ける。
「理不尽。怒って当然だ」
「メリスタ……」
「だが、もう少しだけ待っていてくれ……」
メリスタは顔を上げた。
「どちらにしても、三か月後の侵攻。それより早くには必ず回答する」
「回答って」
「君にセンターを飲ませられるのか。取りに行かせるべきなのか。それとも別の道を選ぶべきなのか。君の身体に何が起きているのか。すべてとは言えんが、最低限、君に伝えるべきことを整理する」
メリスタの目は真剣だった。
逃げているわけではない。
隠したいだけでもない。
混乱している。
それはたぶん本当なのだろう。
黒き饗宴の悪魔に拒否された。
しかも、その拒否が普通ではなかった。
俺の中に何かがある。
メリスタたちは、それを調べている。
だから慎重になっている。
分からないわけではない。
でも、納得できるわけでもない。
「わ、分かったよ……メリスタ」
俺は頭をかいた。
「そんな頭を下げないでくれ。俺だって調査員として回らせてもらったことは感謝してるんだ」
フルコースを巡れた。
ブラウスと出会った。
はむまるとも出会った。
グリドとも出会った。
フワ爺、トキサダ、いろんな食材。
普通なら、十五歳の俺がここまで行けるはずがない。
それは間違いなく、研究所の特別許可があったからだ。
「俺もちょっと短気だったよ」
「いや、短気にもなる」
メリスタは苦笑した。
「だが、ありがとう」
少しだけ空気が緩む。
それを見ていたガウンさんが、今度は俺に向かって言った。
「なら、それまでどうするんや?」
「いや、急だし決まってないな……」
センターが保留。
悪魔共食も教えられない。
グリーントロルの侵攻までは、まだ少し時間がある。
だが、何をすればいいのか。
正直、分からない。
修行か。
食材探しか。
ワープロードの練習か。
両親に会うか。
「ほんならアマジン、飯でもどうや?」
ガウンさんが言った。
「飯?」
「お前の両親も誘って食う言うてたやろ?」
「ああ。そんな話してたな!」
そういえば、言っていた。
アマジンの両親も一緒に、ガウンさんのレストランで飯を食わせると。
あの時はまだ先の話だと思っていた。
でも、今なら。
センターを止められている今なら。
ちょうどいいのかもしれない。
「オレのレストランで飯食わせたる」
ガウンさんは胸を張った。
「センターはまだやけど、達成しとるようなもんやしな!」
「おおお、ガウン様!」
俺は思わず立ち上がった。
「まじですか!!」
「約束は守るで!」
ガウンさんは豪快に笑う。
「ほな準備せい!」
「はい!」
「返事早いですね」
ブラウスが呆れたように言った。
「飯だぞ。しかもガウンさんのレストランだぞ」
「僕も楽しみですけど」
「だろ!」
両親に連絡しないといけない。
いきなりガウンのレストランに招待する。
しかもブラウスもいる。
ガウンさんもいる。
俺がここまで食べてきた話もできるかもしれない。
いや、危険な話はどこまでしていいか分からない。
でも、両親と飯を食う。
それだけで、少し心が軽くなった。
そうして俺たちは早速支度を始めた。
ブラウスは荷物を整える。
はむまるは胸元で「きゅ」と鳴いた。
俺は両親へ連絡を入れる準備をする。
ガウンはすでに、どこかへ指示を飛ばしていた。
巨大企業の社長らしい速度だ。
会議室を出る直前、ガウンさんは少しだけ足を止めた。
「メリスタ」
「何だ」
「オレにも納得いく回答、頼むで」
その声は、さっきまでの軽さとは違っていた。
ブラウスの父親。
最上位ライセンス美食屋。
そして、アマジンをここまで見てきた一人としての声だった。
「ああ」
メリスタは静かに頷いた。
「本当にすまない」
「謝罪はもうええ。次は答えや」
「分かっている」
ガウンさんはそれ以上言わなかった。
ただ、背を向けて歩き出す。
俺たちはその後を追った。
研究所の外には、ガウンさんのキャンピングモンスターが待っていた。
巨大な猛獣。
だが、内装は高級ホテルのように整っている。
動く別荘。
いや、動くレストランに近いかもしれない。
「すげえ……」
「乗り心地は保証するで」
ガウンさんが笑う。
俺、ブラウス、はむまる。
そしてガウンさん。
俺たちはキャンピングモンスターに乗り込んだ。
センターはまだ食べていない。
問題は何も解決していない。
俺の身体のことも、黒き饗宴の悪魔の拒否も、まだ分からない。
でも今は。
両親と飯を食う。
そのために向かう。
俺は窓の外に見える第二宇宙研究所を見た。
メリスタはまだ、あの白い建物の中にいる。
答えを探している。
なら、俺も待つ。
ただし、腹を空かせながら。
「よし」
俺は拳を握った。
「まずは飯だ」
「本当にそこに戻るんですね」
ブラウスが笑った。
キャンピングモンスターはゆっくりと動き出した。