妖食グルメタワー。
その建物は、遠くから見ても異様だった。
天に向かって真っすぐ伸びる巨大な塔。
しかし、ただの高層ビルではない。
形状は、まるで羽団扇の持ち手をそのまま地面に突き刺したようなビルだった。
細く、長く、だが異様な存在感がある。
上層部はわずかに反り、周囲には天狗の羽を思わせる装飾が重なっている。
怪奇食天狗フーズコーポレーション本社。
そして、その最上階には、ガウンさんのレストランがある。
俺たちは一足先に到着していた。
両親は別の送迎で来る予定だ。
なので俺は、入口近くまで迎えに出ていた。
・・・
妖食グルメタワー前。
そこに、俺の父さんと母さんは立っていた。
なぜか、めちゃくちゃ怯えていた。
「あなた……本当に場所あってる……?」
「いや、間違いないよ……というか、送迎の人がここで降ろしてくれたんだし……」
二人は巨大なタワーを見上げている。
父さんは額に汗を浮かべ、母さんはバッグを両手で握りしめていた。
「どうしましょう……万が一、割り勘とかならうちは破産するわ……!」
「その時はグルメローンを組めば……」
「何百年のローンよ!!」
何を言っているんだ。
「あ、父さん、母さん!」
俺は手を振った。
「アマジン!」
二人が同時にこちらを見る。
その顔に、さっきまでの緊張とは違う安心が浮かんだ。
俺はグルメタワーの入口から駆け寄る。
「どうしたの? そのまま上がってこればよかったのに!」
「アマジン!」
母さんが俺の両肩を掴んだ。
「水以外頼んじゃ駄目よ!」
「え!?」
何を言っているんだ。
「いや、もう色々用意してくれてるよ。ガウンさんが奢ってくれるんだ!」
「ガウン……さん……?」
父さんと母さんの表情が固まった。
その名前を知らないわけではないらしい。
怪奇食天狗フーズコーポレーション社長。
最上位ライセンス美食屋。
天狗族の大物。
現代グルメ業界でも、相当な有名人だ。
「ちょっと、ブラウス君のお父さんって……?」
「ガウンさんだよ!」
俺が普通に答えると、母さんが思わずよろけた。
「母さん!?」
父さんが慌てて支える。
「アマジン……すごい人と知り合いになったんだね……!」
「いや、俺というかブラウスのお父さんだけど」
「それがすごいんだよ……!」
父さんの声が震えている。
そんなにか。
いや、確かにすごい人だけど。
「大丈夫だって。ガウンさん、めちゃくちゃ気さくだから」
「気さくって言葉で片づけていい相手なのかしら……」
母さんはまだ顔が青い。
ともかく、このまま入口で震えていても仕方ない。
「じゃあ行こう!」
俺は二人を連れて、妖食グルメタワーへ入った。
・・・
タワーの内部は、外観と同じく独特だった。
高級感はある。
だが、普通の高級ビルとは違う。
柱には木目のような模様があり、壁には羽根や団扇を思わせる装飾がある。
照明は淡い赤と金。
どこか妖しい。
でも、不気味というより、美しい。
俺たちは案内係に導かれ、中央団扇ビルの最上階へ向かった。
高速エレベーターに乗る。
外壁が透明になっていて、上昇するにつれて街が一気に小さくなっていく。
「すごい景色だ……」
父さんが呟いた。
「きっと二度とお目にかかれないわ。目に焼き付けましょう」
母さんが真剣な顔で外を見ている。
両親のテンションがなんだかおかしい。
でも、気持ちは分かる。
俺だって初めて見たらびびる。
雲に近づいていくみたいだ。
街の光が下に広がり、遠くにはビオトープの緑も見える。
巨大な料理皿の上に、世界が盛りつけられているようだった。
そして、エレベーターが静かに止まる。
扉が開いた。
そこに、白髪の少年が立っていた。
「ブラウス! 連れてきたよ!」
「アマジンさん!」
ブラウスが微笑む。
母さんが一瞬で表情を柔らかくした。
「あら、ブラウス君! 写真で見るより可愛いわね!」
「えっ」
ブラウスが少し赤くなる。
「アマジンさんのご両親ですね! 本日はお越しいただきありがとうございます」
ブラウスは丁寧に頭を下げた。
「料理の方は僕が作ります! ゆっくり楽しんでください」
「おお! ブラウスが作るのか! 楽しみだ!」
俺は思わず声を上げる。
ブラウスの料理。
しかもガウンさんのレストランで。
こんなの期待しかない。
「ブラウス君が料理を……」
母さんは感動したように見ている。
「アマジンがいつもお世話になっているみたいで、本当にありがとうね」
「いえ! こちらこそ、アマジンさんには何度も助けられています」
ブラウスがまっすぐ言う。
両親が俺を見る。
何だその顔。
ちょっと誇らしそうな顔をするな。
恥ずかしいだろ。
俺たちはブラウスに案内され、部屋に入った。
・・・
部屋は、想像以上だった。
高級な装飾。
床には深い色の絨毯。
壁には妖食界の伝統模様が描かれている。
天井には羽団扇を模した巨大な照明。
そして、全面ガラス張りの窓からは、外の景色がよく見えた。
街が遥か下にある。
空が近い。
雲の流れすら、料理の湯気のように見える。
広い部屋に、テーブルは一つだけ。
巨大なテーブルではない。
家族で囲めるくらいの大きさ。
でも、配置も照明も完璧で、まるで世界の中心に食卓だけが置かれているようだった。
ガウンさんは、俺たちに気がつくとすぐ近づいてきた。
「おお! アマジン君のご両親!」
相変わらず高級スーツ姿。
真っ赤な肌。
長い鼻。
圧倒的な存在感。
だが、笑顔は豪快だった。
「あ、あの、本日はお招きいただきありがとうございます」
父さんと母さんが同時に頭を下げる。
めちゃくちゃ恐縮している。
「いやいや!」
ガウンさんは大きく手を振った。
「ほんま、うちのブラウスがアマジン君にめちゃくちゃ世話になってるんや!」
「いえ、そんな……」
「こんなお礼しかできんけど、楽しんでいってや!」
こんなお礼。
いや、場所がもう普通じゃない。
父さんと母さんは恐縮しきっている。
でもガウンさんは、本当に自然だった。
気取っていない。
偉そうでもない。
ただ、飯を食わせるぞという顔をしている。
そういうところが、なんだかすごい。
全員が席につく。
俺の隣には父さんと母さん。
向かい側にガウンさん。
ブラウスは最初、厨房へ入っていった。
はむまるは俺の膝の上で、すでにそわそわしている。
「はむまるも食べていいからな」
「きゅ!」
鳴き声が元気だ。
そして、料理が次々と運ばれてきた。
・・・
最初の皿は、薄い紫色のスープだった。
表面に金色の油が浮かび、香りがふわりと立つ。
妖食界のご飯というと、なんとなく目玉とか、ぐろいものばかりだと思っていた。
いや、実際そういうものもある。
目玉っぽい食材。
舌のような肉。
動く根っこ。
初見だと少し怯む見た目の料理もあった。
だが、それだけではなかった。
あやかしのような妖艶感が漂う、美しい料理もたくさんあった。
光の角度で色が変わる刺身。
白い煙をまとった山菜。
羽根の形に焼かれた肉。
赤い宝石みたいな果実のソース。
妖しいのに、美しい。
怖いのに、うまそう。
妖食界という名前にふさわしい料理だった。
「いただきます!」
俺は喜んで食べた。
バクバク食べた。
うまい。
めちゃくちゃうまい。
スープは見た目より優しい味だった。
紫色なのに、どこか懐かしい出汁の味がする。
山菜は噛むたびに香りが変わり、肉は口の中で羽のようにほどける。
「うっま!」
「アマジンさん、少し落ち着いて食べてください」
ブラウスが途中で皿を運びながら注意する。
「無理。うまい」
「ありがとうございます」
ブラウスが少し嬉しそうに笑う。
母さんは、俺が食べる姿をじっと見ていた。
「アマジン、本当にちょっと見ない間に立派になったね」
「そうかな?」
「そうよ。顔つきも変わったわ」
父さんも頷く。
「前よりずっと頼もしく見えるよ」
そう言われると、少し照れる。
「フルコース集め、なかなか大変だったからね!」
俺は笑って言った。
実際、大変だった。
毒雨草原。
零山脈。
アトムビオトープ。
ブラックトライアングル深海。
食域の森。
グルメの園。
ゴッドビオトープ。
死にかけたこともある。
怖いこともあった。
でも、全部うまかった。
全部、今の俺になっている。
「アマジン君はほんま逸材やで!」
ガウンさんが大きな声で言った。
「こんな短期間にフルコース集めた奴は他で初めて見た。しかもおもろいことに、普通はGODから行くのに、エアから始めとる!」
「え! そうなんですか……?」
父さんが目を丸くする。
俺は父さんを見る。
「いや、ほんとだよ! 父さんがまずはエアビオトープって言うからそこから行ったのに」
「えっ」
父さんが固まる。
母さんがじっと父さんを見る。
「ほんと、適当ねあなたは……」
「いや、その、エアって……家から一番近かったしね」
「そんな理由だったの!?」
俺は叫んだ。
父さんが申し訳なさそうに笑う。
「まぁでも、そのおかげでアマジンとブラウスは巡り合えたわけや」
ガウンさんが笑って言った。
「そういう意味では、一番感謝するべき人や!」
「そ、それはそうか」
父さんが少し照れたように頷く。
確かに。
父さんが適当にエアと言わなかったら、俺は最初にエアビオトープへ行かなかったかもしれない。
ブラウスとも出会わなかったかもしれない。
そう思うと、父さんの適当さも、少しだけ運命みたいに思える。
「父さん、ありがとう」
「えっ」
「エアって言ってくれて」
父さんは驚いた顔をしてから、少しだけ目を細めた。
「どういたしまして」
母さんも笑った。
その会話を楽しみながら、食事は続いた。
・・・
途中から、ブラウスも席についた。
「料理はもう大丈夫なのか?」
「はい。仕上げは厨房の方に任せられます」
「じゃあ食おう!」
「はい」
ブラウスは丁寧に手を合わせる。
はむまるも専用の小皿をもらい、頬袋を膨らませすぎないようブラウスに注意されながら食べていた。
「はむまる、入れすぎです」
「きゅ……」
「後でまた出しますから」
「きゅ!」
両親はそのやり取りを微笑ましそうに見ている。
「本当に仲良しなのね」
「うん」
俺は頷いた。
仲間ができた。
相棒もできた。
俺は一人で美食屋を目指していたはずなのに、いつの間にか食卓はこんなに賑やかになっている。
それが嬉しかった。
食事は最後まで最高だった。
妖食界の料理は、不思議で、綺麗で、怖くて、うまい。
ブラウスの繊細な調理と、ガウンさんの豪快な食材選び。
その両方が合わさったような食卓だった。
父さんも母さんも、最初は緊張していたが、途中からは普通に楽しんでいた。
母さんは何度も「おいしい」と言い、父さんは料理の名前を聞いては驚いていた。
俺はその姿を見て、胸の奥が温かくなった。
よかった。
連れてこられてよかった。
・・・
そして、帰宅の時間になった。
両親は何度もガウンさんに頭を下げていた。
「本当にありがとうございました」
「いやいや! またいつでも来てや!」
「いつでもだなんて、とんでもないです……!」
母さんはまだ恐縮している。
ブラウスも丁寧に見送ってくれた。
「またぜひいらしてください」
「ブラウス君、本当にありがとうね」
「こちらこそ、ありがとうございます」
俺たちはグルメタワーの入口まで降りた。
送迎車が待っている。
夜の街に、タワーの光が落ちている。
父さんと母さんは、少し名残惜しそうに俺を見た。
「アマジン」
母さんが言う。
「残りのフルコース、気をつけてね」
「うん。分かってるよ!」
俺は笑って答えた。
センターのことは、まだ詳しく話していない。
グリーントロルの侵攻も、全部は話せない。
話せば心配する。
いや、もう十分心配しているだろう。
それでも、俺は笑った。
安心してほしかった。
俺は大丈夫だと。
美食屋になるのだと。
そう伝えたかった。
でも、次の瞬間、我慢できなくなった。
俺は二人に抱きついた。
「アマジン?」
「どうしたんだい?」
父さんと母さんの声が近い。
懐かしい匂いがする。
家の匂い。
普通の食卓の匂い。
朝飯。
夕飯。
母さんの小言。
父さんの適当なアドバイス。
俺がこの世界で生まれてから、ずっとあったもの。
俺は強く抱きしめた。
「ありがとう」
それだけ言った。
父さんと母さんは少し驚いたあと、優しく俺の背を撫でてくれた。
「こちらこそ」
「無理しすぎないでね」
「うん」
絶対に死なせない。
地球と両親は、俺が守る。
そう心の中で誓った。
グリーントロルが来る。
俺の身体に何かがある。
センターはまだ食べられない。
分からないことばかりだ。
でも、守りたいものは分かっている。
この食卓だ。
この人たちだ。
俺は父さんと母さんから離れ、笑った。
「また連絡する!」
「待ってるよ」
「ちゃんと食べるのよ!」
「食べすぎなくらい食べてるよ!」
「それはそれで心配よ!」
母さんが笑う。
父さんも笑う。
送迎車の扉が閉まる。
二人を乗せた車が、ゆっくりと夜の街へ走っていった。
俺はその背中を見送った。
隣でブラウスが静かに立っている。
はむまるが胸元で小さく鳴いた。
「行こう、ブラウス」
「はい」
俺は妖食グルメタワーを見上げた。
羽団扇の持ち手のような巨大な塔。
その上で食べた食卓の温かさを、俺は忘れない。
センターを食べる。
美食屋になる。
そして、守る。
俺はもう一度、夜空の向こうを見た。
どこか遠い宇宙にいる敵へ向けて。
静かに拳を握った。
週末は1日2投稿という事で……