呪い収集家の食べ歩き   作:非表示

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「私……綺麗……?」

 

 そう問いかけた黒髪で長身の女は、別段妖怪の類というわけではない。

 ただ単純に、性欲を持て余しただけの女だ。

 

 彼女は毎日のようにその十字路に現れ、男を見るとそう言って問いかけると共にマスクを外す。

 その口元の三日月はかなり広く、真っ赤な紅も相まって妖怪染みて見えるのも事実だ。

 だから巷では『口裂け女』なんて呼ばれ方をしている。

 

 彼女がそんな風になってしまった理由は彼女自身にもわからない。

 強いて言えば、そうなる直前に幽霊が出ると噂の今は使われていないトンネルに大学の友人と共に肝試しに行ったことくらいか。

 

 それからは大学でも有名なサセ子になって、時にはヤリヤーでなんでも言うことを聞く都合の良い女として飼われていたこともあった。

 けれど、そんな状態になっても尚、彼女の性欲は収まるところを知らず、自分を犯してくれる存在を求めてやまなかった。

 

 大学を卒業し就職してからもそれは同じで、社内で色恋に関する問題を起して退社するのを繰り返した。

 風俗で働き始めたが、客だけではなく店の従業員にも手を出しているとクビになることが多く、客とプライベートで会っても性欲が強すぎて逃げられる日々。

 

 年齢が進むにつれて、寧ろ性欲は強くなっていき、女性用の風俗などに金を使い過ぎて貧乏生活。今は真面な化粧品すら揃えられない。だから誰も寄ってこない。だから、こんな風に誰かを襲うしかない。

 

 そんな自分に自己嫌悪を抱いた回数なんてもう数えきれないけれど、それでも止められないのだ。

 自分がおかしいとわかっているが、止められないのだ。

 

 きっと、どこかで大変な性病を貰ってそれほど長生きせずに自分は死ぬのだろうと、女は悟っていた。

 

 それでも、自死する勇気もなくて……今夜も彼女はその十字路に男が訪れるのを待っていた。

 

 今宵、彼女が目を付けたのは高校生くらいの男だった。

 印象は薄く、顔は平凡、身長は平均より少し低い。

 そんな、普通の高校生に見えた。

 

 だが、彼女にとっては相手の年齢などさした問題ではなかった。

 その内に秘められた性欲を解消してくれるのなら、相手は誰でも構わなかった。

 ただ声をかけ、同意してくれるのなら丁重に、拒否された場合は多少強引にこの近くの自宅のベッドに連れ込むだけの話。

 

 問題はなにもない。自分の性欲を自分で抑えられないこと以外は……

 

 

「ランク2。淫欲の刻印(サキュバス・ドレス)か。うん、美味しそう」

 

 

 ただ、いつもと違ったのはその少年もまた彼女以上の『変態』だったということだ。

 彼が持つ欲求は『食欲』。しかも【呪い】に対してのみ働く食指だ。

 彼にとって、彼女の持つ呪いは美食の探求対象。その味をたしかめたくてたまらない。

 

 だから彼は――

 

「いただきます」

 

 そう言った彼の口が大きく開く。

 大きく、大きく、大きく、尋常の人間では不可能なほど巨大化して開く。

 そして、彼女を頭からかぶりついた。

 

「美味っ……」

 

 彼女の上半身を咥え込んだ状態で、彼は恍惚とした表情を浮かべる。

 涎で彼女の身体がべとべとになるのもお構いなしに、何度も何度も租借して、数分ほど噛み締めた後、その身体はやっと解放された。

 

「なに、今の……」

 

 その光景に愕然とした女は両膝をつく。

 目の前で起こったあまりにも現実離れした光景に驚くことしかできなかった。

 だから気が付かなかったのだ。あの、なにをしても解消されなかった感覚が、性欲が一般人と同レベルにまで消え失せていたことに。

 

「悪いけどお姉さんの呪いは俺が貰ったから。じゃあ、もしまた呪われたらまた会おうね。ごちそうさま。あ、俺はお姉さんのこと綺麗だと思うよ」

 

 そう言って男は歩き去っていく。

 追えるほどの気力は彼女には残っていなかった。

 

 

 

 次の日の朝、女の目覚めは『最高』という言葉では表せないほど最高だった。

 いつ何時も悩まされていたあの感覚が、一切と言っていいほどに存在しなかったのだ。

 

 それが、昨日の彼が原因で解決したのであろうということはなんとなく理解できた。

 

 彼女にとって男は、自分を救ってくれたヒーローだった。

 そして思い出す。彼は自分の呪いを「貰った」と言った。「いただきます」「ごちそうさま」と、まるで食べたような表現をした。

 

 もしかして、と女は思う。

 自分の呪いを、あの狂うような感覚を、自分の代わりに引き受けてくれたのだろうか、と……

 

 そして、それがどれだけ彼を苦しめるのか、それを知るのはこの世界で自分だけだと理解した。

 

 だからもしも彼が、自分と同じあの呪いに苦悩するようなことがあったのなら、それを『解消』することこそがきっと自分の役割であると彼女は考える。

 

「またお会いしましょう。あなた様……」

 

 気持ちのよい朝日を数年振りに浴びながら、彼女は決心した。

 呪いを探そう。そうすれば「また」彼に会える。

 

 

 そんな彼女――奈島零孤(なしまれいこ)が、独自に呪いに関する調査を進め呪術師の力に覚醒するのはそう遠くない未来の話だ。

 

 

 そして彼――秋柄慿真(あきつかひょうま)は、そんなことは知る由もなく今まで通り、ただ味が好きだからという理由で呪いを食う。

 

 

 もちろん、呪いを食ったからと言って、その呪いに罹患(りかん)するわけではない。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「はっくしゅん! なんか悪寒が……まぁいいや、さて次は雪女だっけ? どんな味がするのやら……」

 

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