「どれだけ優れた戦艦(レムレス)と、スパロボ仕様のディザードがあろうとも、敵の襲来を直前まで察知できなければ、ただの『反応が遅れた標的』だ。……リリィ、外交官。私たちの『目』と『耳』となる、完璧な影のネットワーク(諜報部)を立ち上げなさい」
宇宙世紀0050年代。地球圏ではサイド3が「ジオン共和国」を名乗り、連邦との緊張が年々高まりを見せる中、ルクレツィアはエリュシオンの執務室で、さらなる組織の拡張を命じていた。
ルクレツィアのサバイバル戦略において、最も重要なのは「戦闘」ではなく「戦闘の回避」だ。
連邦軍やジオン軍の艦隊がエリュシオンに向かって動く「前段階」――すなわち、彼らの作戦立案や、航路選定の情報をトップシークレットの段階で掴むことこそが、拠点を露見させないための絶対の防衛シールドになる。
「兵器の技術や外交プロトコルは整った。次は、地球圏すべての情報を裏から支配する『亡霊の耳(インテリジェンス)』の育成よ」
こうして、エリュシオン独自の諜報部、通称「黒の触手(ウーブラ・テンタクル)」の設立と、狂気的なまでに緻密な人材育成が始まった。
ルクレツィアが構築した諜報部は、真祖の「血のヒエラルキー(階層構造)」を最大限に活かした、宇宙世紀のどの国家の防諜機関(連邦軍軍務局やジオン公国国家公安局)も関知できない、完璧な暗黒組織だった。
諜報員としてスカウトされたのは、連邦の過酷な税制や戸籍の網から零れ落ちた、サイド1やサイド4の「孤児の少年少女たち」だった。おっさんの趣味(幼女趣味)が微かに働き、回収されたのは10代前半の若く、まだ何色にも染まっていない子供たちが中心だったが、その教育と訓練は凄惨なほどだった。
彼らはエリュシオンの地下施設で、元連邦の外交官や中佐、そしてリリィの手によって、3つの階層に分けて徹底的に育成・配置された。
① 末端の「不活性エージェント」(人間のままの子供たち)
* 配置:地球の連邦政府高官の邸宅のメイドや給仕、あるいはアナハイム・エレクトロニクスの工場街のジャンク回収屋、サイド3の兵器工廠の雑用係として潜入。
* 育成と隠蔽:彼らは吸血鬼化されておらず、精神操作の暗示も受けていない。なぜなら、ジオンや連邦の防諜機関が「ニュータイプ」や「嘘発見器」を使った際、精神の歪みを検知されないためだ。彼らはただ「飢えから救ってくれたエリュシオン(お姉様)」への純粋な狂信と忠誠心だけで動く。彼らが日々の雑談や、ゴミ箱から拾った書類の切れ端から得る「些細なノイズ(情報)」が、エリュシオンに集約される。
② 中核の「連絡員(中位の眷属・不老の青年たち)」
* 配置:各サイドを結ぶ定期連絡船のパイロットや、闇市場の商人として地球圏を合法的に飛び回る。
* 役割と異能:末端の子供たちが集めた断片的な情報を回収し、エリュシオンへ運ぶ役目。彼らはリリィから「薄い血」を分け与えられており、病気にならず、極めて高い空間認識能力と「他人の視覚や聴覚を一時的に欺く(認知阻害の異能)」を持つ。これにより、連邦の検問やジオンの憲兵の目を、光学迷彩のようにすり抜けて情報網を維持する。
③ 諜報部トップ・分析官(上位眷属:リリィ直属の元・連邦防諜エリート)
* 配置:エリュシオンの最深部にある、巨大な情報解析室。
* 役割:集まった何万件もの「ノイズ」を統合し、連邦やジオンの「真の意図」を割り出す。おっさんの持つ「未来の知識(宇宙世紀の歴史)」をベースにしたAIマッピングと連動し、敵の動きを数ヶ月前に先読みする。
最初の戦果:歴史の足音を「盗聴」する
宇宙世紀0070年代。ジオン公国が「ミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉」の開発に成功し、人型機動兵器(のちのザク)の基礎設計に入ったという情報が、エリュシオンの諜報部にいち早くもたらされた。
「お姉様、ジオンのジオニック社が、連邦のレーダー網を完全無効化する新粒子の散布テストを、来月サイド3近海で行うとの情報を掴みました」
諜報部のトップから上がってきた報告書を、リリィがおっさんに手渡す。
そこには、ジオン軍の最高機密であるはずの、ミノフスキー粒子散布下における戦闘ドクトリンの草案が克明に記されていた。アナハイム内部に潜入させた末端の給仕が、役員室のゴミ箱から回収したシュレッダーのクズを、エリュシオンの技術部(エレンのチーム)が完璧に復元・解析したものだ。
「ミノフスキー粒子、か。……ついにこの世界が、私の知る『ガンダムの戦場』へ向けて狂い始めたわね」
おっさんは小さな指で顎をさすり、冷徹に微笑んだ。
「ジオンも連邦も、お互いの出方を探るために必死にスパイを送り合っているけれど……まさか、その両方の通信と情報を、暗礁宙域の『亡霊』がすべて盗み見ているとは夢にも思わないでしょう」
この情報をもとに、エレンの技術部は「ミノフスキー粒子散布下でも、ディザードのセンサーシステムをどう維持し、逆に宇宙世紀の機体をどう一方的にハッキングするか」の研究を完全に完了させていた。
エリュシオンの諜報部には、もう一つの「役割」があった。
それは、「内部からの情報漏洩の完全な防止(防諜)」だ。
エリュシオンで働く人間のエンジニア(エレンやその部下たち)や、下位の従僕たちは、リリィの「絶対遵守の精神制約」の下にある。もし、彼らの脳が外部の何者か(例えば、のちに現れるララァ・スンのような強力なニュータイプ)に感応しそうになったり、情報を漏らそうとした瞬間、彼らの脳内に埋め込まれた真祖の「血の楔」が強制的に作動し、脳細胞を瞬時に融解させて痕跡を消し去るシステムになっていた。
「私たちは、地球圏のあらゆる秘密を握る。けれど、私たちの秘密は、地球圏の誰一人として握らせない」
おっさんの気弱な魂が作り出した、徹底的なまでの自己防衛の結界。
ディザードというスパロボの遺物、ムーバル・フレームを応用した隠密戦艦『レムレス』、デブリに潜む不死の生体防衛網。そして、地球圏のすべての陰謀を裏から監視する「黒の触手(諜報部)」。
国家としてのすべてのピースが、ここに完璧に噛み合った。
宇宙世紀の歴史の表舞台で、連邦とジオンが巨大な破滅へと向けて、着実にモビルスーツの開発と軍備増強を進める中、暗黒の魔城エリュシオンは、世界のすべてを見下ろす「巨大な監視塔」として、深淵の中で不気味な成熟を終えようとしていた。