宇宙世紀0079年1月3日。
ついに、ジオン公国は地球連邦政府に対して宣戦を布告。のちに「一年戦争」と呼ばれる、人類史上最大の惨劇の幕が切って落とされた。
開戦と同時にジオン軍が敢行した「ブリティッシュ作戦(コロニー落とし)」、そして続くルウム戦役により、地球圏の人口の半分が僅か数週間で死滅する。ミノフスキー粒子が濃密に散布された暗黒の宇宙は、巨大な火柱と、引きちぎられたコロニーの残骸、そして数多のモビルスーツの爆華で埋め尽くされていった。
しかし、この未曾有の大混乱こそ、数十年間にわたり諜報部「黒の触手(ウーブラ・テンタクル)」を育成し、世界の全情報を盗み見てきたルクレツィアにとって、最大の「収穫の好機」だった。
「連邦もジオンも、互いを全滅させることに必死で周りが見えていないわ。……レムレスを発艦させなさい。歴史の激流に押し流されて消えるはずの『果実』を、私たちがすべて刈り取るのよ」
エリュシオンの地下ドックから、可変式フレームを限界まで縮め、ただの巨大なデブリ塊に偽装した隠密輸送艦『レムレス』が、音もなく出撃した。熱源も光も一切出さない冷式推進システムが、戦火の渦巻くサイド5(ルウム)宙域へと滑り込んでいく。
ルクレツィアが諜報部を通じて事前にリストアップしていた第一の標的は、連邦・ジオンのどちらの軍閥からも顧みられず、開戦のドサクサで圧殺されかけている「一流の民間科学者や技術者たち」だった。
ルウム戦役の最中、ジオン軍のザクIIの猛攻を受け、爆発炎上する連邦軍の壊滅艦隊。その戦域の片隅に、大破した民間側の研究専門コロニーが漂流していた。連邦軍の救助艇はとうに逃げ出し、ジオン軍のMS部隊からは「残敵」とみなされて機関銃を撃ち込まれている絶望的な状況。
そのコロニーの最深部、気圧が刻一刻と低下する研究室に、突如として「影」が染み出すように現れた。
「ひっ……! じ、ジオンの陸戦隊か!?」
窒息死を待っていた連邦側の若き高分子材料研究者が、恐怖に顔を歪める。
だが、現れたのは軍服を着た兵士ではない。ノーマルスーツすら着ず、燃えるような真紅の瞳を持った銀髪の幼女――ルクレツィアだった。背後には、同じく生身で宇宙空間の気圧に耐えるリリィと、数名の下位眷属(従僕)たちが冷酷に佇んでいる。
「私はあなたを助けにきたの。地球圏の安っぽい大義名分と一緒にここで宇宙の塵になるか、それとも私の城で、その頭脳を無限に活かすか。……選びなさい」
「た、助けてくれ! 何でもする!」
「交渉成立ね」
おっさんがパチンと指を鳴らすと、下位眷属たちが研究者をカプセルに押し込み、彼が遺した膨大な研究データ、そして部屋の隅にあった「未公開の新型合金サンプル」ごと、影の中に回収していった。ニュータイプのような不確実な精神ではなく、極限状態での「生への執着」を利用した、拉致(救出)プロトコル。
レムレスはこのような「歴史の隙間」を縫うように航行し、ジオンの苛烈なコロニー急襲によって公式には『戦死・行方不明』として処理されるはずだった超一流の電子工学者、光学レンズの職人、果ては軍の優秀な兵站官まで、数十名に及ぶ最高の人材を次々とエリュシオンへと「収穫」していった。
連邦の最高機密「V作戦」の強奪
ルクレツィアの野望は人材だけに留まらない。
戦争が膠着状態に陥り始めた0079年中盤、エリュシオンの諜報部は、連邦軍がジオンのモビルスーツに対抗するために極秘裏に進めている反攻計画――「V作戦」の核心に迫っていた。
サイド7。そこでは連邦軍の最新鋭モビルスーツ(ガンダム、ガンキャノン、ガンタンク)の開発と、専用強襲揚陸艦(ホワイトベース)の建造が最終段階を迎えていた。のちにシャア・アズナブルの部隊によって強襲され、歴史が大きく動く運命の場所。
「お姉様、サイド7の連邦軍ファクトリーのネットワークに潜入させていた末端の不活性エージェント(人間の子供)から、定時連絡が入りました。『RX-78』のコア・ファイターの基本OS、および『教育型コンピューター』の初期データバッチの複製に成功したとのことです」
解析室で、リリィがルクレツィアにメモリー・シリンダーを差し出した。
ガンダムという怪物を生み出すことになる、連邦軍の技術の結晶。おっさんは、これを正面から奪い取るような愚は犯さない。ジオン軍が襲撃してくる数日前、まだ連邦軍の上層部が油断しきっていた時期を狙い、ファクトリーの清掃員として潜入させていた少年エージェントを使い、バックアップデータから音もなく「複製(コピー)」させたのだ。
「……ふふ、さすがね。これで連邦が血を流して開発した『最先端の電子兵器技術』は、そっくりそのまま私たちのものよ」
エリュシオンに持ち帰られたV作戦のデータは、チーフエンジニアのエレン、そして今回「収穫」された専門家たちの手によって即座に解剖された。
彼らは、ガンダムの「教育型コンピューター(自己学習機能)」のアルゴリズムを徹底的に解析。それを、ディザードをベースとしたエリュシオン独自のムーバル・フレーム量産機『レムル・ザイン』の戦術支援AIへと移植した。
これにより、ただでさえ吸血鬼の超感覚を持つパイロット(眷属)たちの操縦に、宇宙世紀最高峰の「予測演算能力」が加わり、エリュシオンの軍事力は連邦のニュータイプ部隊とも正面から戦えるレベルへと跳ね上がった。
一年戦争が激化し、地球圏の各地でザクとジムが互いの肉体を切り刻み合っている間も、小惑星エリュシオンは、どこまでも不気味な静寂を保っていた。
しかし、その地下工廠は今や、開戦前の数倍の規模へと膨れ上がっていた。
戦火から救われ、不老の知性を得た科学者たちが、V作戦のデータを基に、宇宙世紀の物理法則の限界に挑む兵器開発を狂ったように進めている。
ドックの片隅には、完璧にメンテナンスフリーを維持し続ける赤色のディザード(スパロボ仕様)が、絶対的な絶対防衛の象徴として鎮座している。その周囲を固めるのは、ガンダムの電子脳(OS)とHMの骨格理論を融合させた、独自の黒いMS部隊。そして、それらを前線へ運ぶ隠密戦艦『レムレス』。
「連邦もジオンも、自分たちが世界の覇権を握るために戦っていると思っているけれど……」
執務室の窓(外壁の隠密モニター)から、遠くで火花を散らす一年戦争の激戦を見つめながら、6歳の真祖の幼女は、合成血液のグラスを傾けて冷酷に微笑んだ。
「この戦争で最も価値のある『命』と『技術』を、傷一つ負わずにすべて掠め取っているのは、この私よ」
徹底した孤立主義。徹底した情報の隠蔽。
しかし、その内側に蓄えられた牙は、今や連邦やジオンをいつでも内側から食い破れるほどに鋭利に、そして巨大に成熟していた。気弱なはずのおっさんが、自らの生存のためだけに歴史の裏で繰り広げた「大収穫祭」は、世界の誰一人として気づかぬまま、完璧な終わりを迎えようとしていた。