孤高のディザード、吸血鬼の築く理想郷   作:うまみちゃん

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15.オデッサへの「音も無き使者」

マ・クベ大佐。彼はギレンやドズルではなく、キシリア・ザビ少将が率いる「突撃機動軍」の最大最高の金脈(オデッサ鉱山基地)を任されている男だ。

 

宇宙のアステロイドベルトにおける資源採掘の滞りは、巡り巡ってジオン公国内部における「キシリア派閥の不利益」に直結する。マ・クベが不審がっているのは、ただの数字の減少ではない。このまま資源が減れば、自分が崇拝するキシリア様の地位や、彼女が進める独自のモビルスーツ開発計画に悪影響が出ることを危惧しているのだ。

 

「あの男の行動原理は、すべて『キシリア様のために』だ。ならば、こちらの外交カードも、キシリア派の利益と、他派閥(ギレン派・ドズル派)への牽制を天秤にかけた、極めて繊細な政治的取引でなければならない」

 

ルクレツィアは、自身の直属である元連邦の老外交官を呼び寄せ、マ・クベを完璧にコントロールするための「新たな交渉シナリオ」を手渡した。

 

宇宙世紀0079年11月。地球のオデッサ基地。

ジオン公国軍の命運を握る広大な鉱山地帯の司令室で、マ・クベ大佐は白磁の壺を静かに眺めながら、冷徹な思考を巡らせていた。

連邦軍の反攻作戦(オデッサ作戦)の足音が近づく中、彼の元に、宇宙の突撃機動軍(キシリア派)の兵站部門から奇妙な暗号データが届いていた。アステロイドベルトでの謎の部隊消失、そして「機雷原により接近不可」という不自然極まりない報告書。

 

「フフ……ギレン総帥の息がかかった本国の無能どもは騙せても、私の目は欺けん。あの宙域には、確実にキシリア様の不利益となる『何か』が潜んでいる……」

 

その時、マ・クベの背後の空間が、音もなく「歪んだ」。

ジオン軍の厳重な電子セキュリティも、オデッサ基地の物理的な防衛網も、すべてをすり抜けて、一人の老人がそこに立っていた。エリュシオンの外交特使――元連邦の失脚外交官だった。

 

「!? 誰だ! 憲兵ッ……!」

 

マ・クベが机の通信機に手を伸ばそうとした瞬間、老外交官は静かに、しかし絶対的な威圧感を持って1枚のホロ・シリンダーを机に置いた。

 

「大佐、声を荒げるのは得策ではありません。貴方の周囲の憲兵は、すでに我が主の『従僕(下位眷属)』によって、声を出すこともできずに眠らされています。彼らの命を奪うつもりはありません。……キシリア少将の忠臣である貴方と、建設的な対話がしたいだけです」

 

「何だと……? キシリア様の名を安易に口にするな」

 

マ・クベの目が、一瞬で冷酷な軍人のそれへと変わる。

 

「私たちは、地球圏のいかなる大義名分にも属さない。アステロイドベルトの深淵に眠る『エリュシオン』……ただの、静かな生存を望む亡霊たちの国です」

 

老外交官は、おっさんと共に何十年もかけて練り上げてきた「ハッタリと本物の武力」を組み合わせた外交書類を展開した。

ホログラムが映し出したのは、ジオンの最新鋭ゲルググ部隊が、見たこともない赤色のヘビーメタル(ディザード)と、宇宙空間を生身で駆ける不死の軍勢によって、傷一つ付けられずに一瞬で解体・無力化される戦闘記録だった。

 

「バカな……! ゲルググが、これほど一方的に……!?」

 

マ・クベの顔から余裕が消える。だが、老外交官の次の言葉が、彼の政治的本能を激しく揺さぶった。

 

「大佐。我が主(真祖の幼女)からの提案は極めて合理的です。

条件は一つ。『ジオン公国突撃機動軍は、アステロイドベルトの該当宙域を今後一切の不可侵領域とし、採掘権のすべてを我らに委ねるという裏の協定』を結ぶこと。これを受け入れるならば……」

 

老外交官は、次のデータを提示した。それは、エリュシオンの諜報部「黒の触手」が連邦軍の内部から盗み出した、オデッサへ向けて進軍中の「連邦軍・レビル艦隊の正確な兵力配置と、V作戦(ガンダム)の全性能データ」だった。

 

「……!」

 

「これがあれば、貴方は近づく連邦の猛攻を完璧に予測し、オデッサを死守できる。それは巡り巡って、キシリア少将のジオン国内における発言権を、ギレン総帥をも凌駕する絶対的なものへと押し上げるでしょう。……逆に、もしこの協定を拒絶、あるいは我が城へこれ以上の調査隊を差し向けるのであれば……」

 

老外交官の目が、妖しく紅く光った。

 

「このオデッサ作戦とV作戦の全データのすべてを、即座にギレン総帥の直属部隊、あるいはドズル中将の宇宙攻撃軍へ全面開示します。そうなれば……キシリア少将の派閥は、ジオンの兵器開発の主導権を完全に失うことになりますが、よろしいですか?」

 

完璧な政治的チェックメイトだった。

マ・クベ大佐は、目の前の「亡霊」が、連邦軍をも手玉に取るほどの圧倒的な情報力(諜報部)を誇り、かつジオンの内部の「派閥争い」まで完璧に把握していることに戦慄した。

 

彼らを敵に回して宇宙の該当宙域を無理に奪おうとすれば、その技術はすべて政敵であるギレンやドズルの手に渡り、キシリア様の野望は内側から瓦解する。

逆に、アステロイドベルトの「使えない一部の空白地帯」を書類上で彼らに引き渡すだけで、オデッサを死守し、キシリア様をジオンの頂点へと導くための最高機密(V作戦のデータ)が手に入るのだ。

 

「フフ……ハハハ! 実に合理的だ。キシリア様のため、このオデッサの資源と私の命はある。……よかろう、君たちの主の提案、私が突撃機動軍を代表して引き受けよう」

 

マ・クベはペンを取り、エリュシオンが用意した「裏の不可侵条約」の書面に、自らの血を混ぜたサインを走らせた。

 

「協定は成立だ。宇宙のあの宙域は、今日から突撃機動軍の航路図から『永久の空白地帯』として抹消される。本国のギレンの目にも触れさせんよ」

 

「賢明なご判断です、大佐。……我が主も、老後の静かな時間を邪魔されずに済むと、お喜びになるでしょう」

 

老外交官は静かに一礼すると、影に溶けるようにして司令室から消え去った。憲兵たちの精神支配も同時に解かれ、オデッサ基地は何事もなかったかのように静寂を取り戻した。

 

数日後。宇宙のエリュシオン。

コックピットの中で、6歳の真祖の幼女は、マ・クベとの交渉妥結の報告書を眺めながら、合成血液のパックをストローでチュウチュウと啜っていた。

 

「やれやれ。マ・クベのキシリアへの忠誠心を利用するシナリオがハマって本当に良かった。危うくジオン本国(ギレン)まで巻き込んだ大戦になるところだったわ」

 

ジオン公国の最大派閥の一つ、キシリア率いる突撃機動軍との間に結ばれた、絶対の「裏の不可侵条約」。

これでジオンの艦隊がエリュシオンに牙を向ける可能性は、政治的に完全に消滅した。連邦軍もエリュシオンの存在すら認知していない。

おっさんが何十年もかけて設立した諜報部、外交官、そして技術者たちの知恵が、地球圏の巨大な歴史の歯車を完璧にコントロールした瞬間だった。

 

「お姉様、これでアステロイドベルトの私たちの領域は、完全に『世界から隔離された聖域』となりましたね」

 

リリィが、誇らしげに隣で微笑む。

 

「ええ。ジオンと連邦がどれだけ地球で血を流し合おうとも、私たちの城には誰も触れられない。……さあ、エレン。ジオンから回収したゲルググのパーツの解析を急ぎなさい。一年戦争が終わるまでに、私たちの『絶対防衛艦隊』をさらに完璧なものにするのよ」

 

宇宙世紀0079年、地獄のような戦火が地球圏を焼き尽くす中。

誰にも知られず、誰にも邪魔されず、国家に匹敵する政治力と軍事力を手に入れた吸血鬼の魔城は、終わりのない静かな「老後」を満喫するため、さらなる深淵へとその根を深く、冷徹に張り巡らせていくのだった。

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