「……自給自足の要塞が国家としての規模を持つに至った以上、兵士と技術者、奴隷だけでは組織はいずれ摩耗して自滅する。……エレン、外交官。エリュシオンの『一般民間人層(コミュニティ)』の受け入れと、その生活基盤(福利厚生)を本格的に整備しなさい」
宇宙世紀0080年代初頭。本家アクシズとの間で絶対の不可侵条約を結び、アステロイドベルトの「裏の支配者」となったおっさんは、エリュシオンの居住区の拡張に合わせて、「内政改革」を断行していた。
おっさんは知っている。人間を恐怖と義務だけで10年、20年と縛り続ければ、精神が狂うか、非効率な怠惰に逃げる。ましてや、エリュシオンには拉致された技術者や、難民から下位眷属(従僕)にならずに「人間のまま」生きることを許された民間人が、開戦を経て数百人規模にまで膨れ上がっていた。
「私の目的は、静かで快適な『老後(生存)』だ。私たちが快適であるためには、ここで暮らす人間たちもまた、健やかで幸福でなければならない。……気弱なおっさんとしての良心じゃないわ。これが一番、組織の反乱リスクを抑える『ローコストな統治』なのよ」
こうして、吸血鬼の魔城の地下深く、外の世界からは完全に遮断された「亡霊たちのユートピア」が形作られていった。
エリュシオンに暮らす民間人は、主に一年戦争の戦火や連邦の棄民政策から諜報部「黒の触手」によって救い出された「元・宇宙難民」や、拉致された技術者たちの「家族」だった。
彼らは、連邦の過酷な税金やジオンの兵役義務から100%解放された代わりに、エリュシオンの自給自足プラントの維持や、デブリの仕分けといった「軽労働」を義務付けられていた。そして、おっさんが構築した福利厚生システムは、貧困にあえぐ宇宙世紀のスペースノイドから見れば、信じられないほど手厚いものだった。
* 完全無償の「医療・防疫体制」
エリュシオンの最深部には、拉致された超一流の闇医者や連邦の軍医たちが集う中央病院が存在する。
ここでは、宇宙放射線による白血病や細胞劣化の治療が完全に無料で行われていた。さらに、おっさんの「真祖の血」を極限まで希釈し、ナノマシンのように作用させる特殊な「免疫活性剤」が住民に定期投与されていた。これにより、エリュシオンの人間は宇宙世紀のどんな人間よりも病気に強く、寿命が1.5倍近くまで延びるという、驚異的な健康を手に入れていた。
* 「水・空気・食料」の完全配給制
エレンがデブリからリサイクルした最高効率の濾過システムにより、重金属の混じらない「本物の純水」と「無菌の空気」が全居住区に24時間供給されている。
食料も、巨大な水耕栽培プラントから収穫される新鮮な野菜や、遺伝子合成された良質な肉が、労働の対価として全住民に過不足なく、かつ無償で配給されていた。連邦の貧民街のように、明日の配給に怯える日々はここには存在しない。
闇の中の「娯楽」と、おっさんのこだわり
「生きるためのインフラだけじゃ、人間は退屈で死んでしまうわ。……適度な快楽と娯楽を、合法的に与えなさい」
おっさんの中にある「前世の小市民としての記憶」が、居住区に娯楽の光を灯させた。外部の通信(テレビ放送など)を傍受することは防諜上厳禁とされていたため、エリュシオンの娯楽はすべて「内部での完全自給自足」だった。
* 「レトロゲームと映像アーカイブ」の解放
おっさんが転生時に持っていた(あるいはディザードの電子脳の片隅に残っていた)スパロボをはじめとする、西暦時代の古いゲームやアニメ、映画のデータが、エリュシオンのローカルネットワークにすべて開放された。宇宙世紀の人間たちにとって、西暦時代の2DアニメやクラシックなRPGは、逆に「極めて新鮮で贅沢なサブカルチャー」として大流行し、住民たちの精神的な癒やしとなっていた。
* 地下庭園「パレス・グリーン」でのリラクゼーション
小惑星の最も巨大な空洞を利用し、地球の自然を再現した広大な地下庭園が作られた。リサイクルされた強力なサンランプが太陽光を模し、人工の川が流れるその場所では、労働を終えた民間人たちがビール(水耕栽培の麦で作られた本物)を片手に、ピクニックやスポーツを楽しんでいた。
* おっさんの「密かな癒やし」
住民の子供たちのために作られた完全無償の「教育院」を、おっさんは定時ホログラムで時折眺めていた。趣味(幼女趣味)を全開にして直接介入することは防諜上自重していたが、自分が作った安全な「城」の中で、病気も飢えもなく、無邪気にゲームをして笑い合う10歳前後の可憐な少女(生徒)たちの姿を見ることは、おっさんにとって最高の精神的福利厚生(癒やし)だった。
エリュシオンの民間人たちは、自分たちが「吸血鬼の魔王」に支配されていることを知っている。時折、居住区の防衛のために背中から漆黒の霧の翼を生やしたリリィや、下位眷属の兵士たちが通り過ぎるからだ。
このエリュシオンは、外部との接触さえ断てば、病気もなく、飢えもなく、美味しい食事と、西暦時代の面白いゲームに囲まれて、家族と不自由なく老いていける「絶対的な楽園」だった。
「連邦の大義も、ジオンの独立も、私たちの腹は満たしてくれなかった。……私たちを救い、この贅沢な眠りを与えてくれた『真祖のお姉様』のためなら、私たちは喜んで、この命をデブリの中に捧げよう」
民間人たちの間には、恐怖を超越した、狂気的なまでの「エリュシオンへの愛国心」が自発的に育まれていた。彼らにとって、おっさんは支配者ではなく、自分たちを地獄から救い出してくれた「神聖な庇護者(神)」だった。
「やれやれ……。ただ生存コストを下げて、反乱を防ぐために福利厚生を整えただけなんだけどね。なんでこんなに拝まれているのかしら」
執務室の玉座で、6歳の真祖の幼女(おっさん)は、住民から感謝の印として捧げられた、水耕栽培の特製イチゴ(おっさんの大好物)を小さなフォークで口に運びながら、自嘲気味に微笑んだ。
完璧な防衛。完璧な内政。そして完璧な「国民の幸福度」。
宇宙世紀0080年代の激動の裏側で、誰にも知られない亡霊国家エリュシオンは、地球圏のどの国家よりも豊かで、幸福に満ちた「絶対聖域」として、その地下の楽園を完成させていた。