「ただの亡霊として環境を整えるだけでは、いずれ限界がくる。地球環境の再生を本格化させ、人間の人口を私たちの管理下に置くためには、地上の正式な『統治権(プラットフォーム)』がどうしても必要だ」
太平洋上空を音もなく飛行する『レムレス・テラ』の最高指揮官席で、おっさんは小さな腕を組み、冷静に地上の世界情勢を睨みつけていた。
宇宙世紀0087年。地球上は「ティターンズ」と「エゥーゴ(カラバ)」の激しい内戦によって無政府状態に近い混乱に陥っていた。連邦政府の統治能力は著しく低下し、地方の小国や未承認の独立自治領域は、明日をも知れぬテロや軍事侵攻に怯えている。
「狙うべきは、連邦の目が届きにくく、かつ広大な土地を持つ未開発地域……アフリカ東部の旧独立自治領『キリマンジャロ外縁のハルツーム共和国』ね」
そこは、ティターンズの巨大な軍事基地(キリマンジャロ基地)の影に隠れ、絶え間ない軍事徴用と貧困にあえぐ、人口数十万人の小さな国だった。
この国を丸ごと『掌握』する。ただし、アステロイドベルトの本拠地(エリュシオン)の存在は、徹底して隠蔽したままだ。
突如として地球上に現れた「正体不明の謎の独立組織」として、地上の主権を合法的に奪い取るのだ。
ルクレツィアが放った一言により、数十年間培ってきた「諜報」「政治」「吸血鬼の異能」のすべてを動員した、国家転覆作戦が幕を開けた。
軍閥の「脳」を挿げ替える作戦は、ディザードのパワーランチャーに火に点すまでもなく、極めて静かに、かつ冷酷に始まった。
深夜、ハルツーム共和国の首都にある大統領府。そこでは、国民の食料を横流しして私腹を肥やす独裁者が、ティターンズから買い叩いた旧式のモビルスーツ(ジムキャノンなど)の配備計画にほくそ笑んでいた。
「……その醜い数字の計算は、もう終わりにしなさい」
突如として、大統領室の防弾ガラスが「サラサラ」と砂のように崩れ落ち、闇の中から漆黒のドレスを纏ったリリィ、自由に行動できる人間のチーフエンジニア・エレン、そして格式高いスーツを着た老外交官が姿を現した。
「な、何奴だ!? 憲兵ッ……!」
独裁者が腰のピストルに手を伸ばそうとした瞬間、リリィの真紅の瞳が妖しく発光した。
真祖の血を引く上位眷属が放つ魔力の波動。ニュータイプの精神共鳴などという生ぬるいものではない。脳のシナプスを力技で書き換えるオカルトの楔(高速で放たれた眷属の血)が、男の首筋を貫いた。
「が、あ、ああぁ……」
「これより、この国の予算、軍権、そして全ての主権を我が主へと奉納しなさい。貴方はこれからも『大統領』の椅子に座り続けるけれど……その中身は、私たちの忠実な人形よ」
「……御意、我が主……」
僅か数分。一滴の血も流すことなく、国のトップとその側近たち全員の「脳」が、エリュシオンの下位眷属(従僕)へと挿げ替えられた。
翌朝から、ハルツーム共和国の政治・軍事・経済のすべてが、ルクレツィアの手のひらの上で回り始めた。
福利厚生による「人心の掌握」と、絶対防衛網の構築
「脳を挿げ替えただけでは、国民が飢えて暴動を起こす。次は、私たちが培ってきた『破格の福利厚生』をこの国の国民全員に味合わせなさい。それと同時に、周辺勢力が攻めてきても『完全に拒絶できる』だけの絶対的な防衛線を地上に構築するのよ」
ルクレツィアの命令により、『レムレス・テラ』のコンテナから、これまで蓄積されてきた技術と物資が一斉に地上へと投入された。
「奇跡の水と食料」の供給エレンの開発した超効率水質浄化プラントが、重金属と砂漠化で濁った現地の河川を一晩で「純水」へと変え、水耕栽培で増殖させた大量の新鮮な小麦や遺伝子肉が、貧民街の全住民に無償で配給された。
長年住民を苦しめていた熱帯の感染症や放射性汚染による病魔も、特製の免疫活性剤によって僅か数週間でこの国から完全に「消滅」した。住民たちは涙を流して、突如現れた「お姉様」を神聖な庇護者として熱狂的に支持し始めた。
地上の「生体ジャングル防衛網」の敷設、攻められても大丈夫なように、ルクレツィアは宇宙の「生体デブリ防衛網」の思想を地上へと応用した。
ハルツーム共和国の国境沿い一帯に、エレンたちが開発した「宇宙世紀の汚染物質を急速に分解する特殊ナノ菌床」を散布。僅か数日で、不毛の荒野が、熱線や実弾を吸収・減衰させる特殊な高密度高分子植物による「超巨木ジャングル」へと変貌した。
このジャングルの樹木の中や地下には、心拍も体温も排熱もない、リリィの血を分けた数百人の「下位眷属(不死の兵士たち)」が、生きた防衛部品として埋め込まれた。レーダーにも光学センサーにも一切映らない彼らは、敵のモビルスーツが国境を一歩でも跨いだ瞬間、地面や樹木から音もなく現れ、機体の駆動系を素手で破壊・無力化する「絶対的なネズミ捕り」となった。
そして、この国の「中心の牙」として、首都の中央広場に、その赤色の巨体が姿を現した。ヘビーメタル・ディザード。地球の重力を物ともせず佇むその未知の機体は、装備された強化パーツの恩恵により、砂漠の砂塵を吸い込もうともスパロボのシステムが瞬時に四肢を洗浄・修復し、完全なメンテナンスフリーで稼働し続ける。
さらに、ガンダムのOS(教育型コンピューター)のアルゴリズムをフィードバックした独自の黒いMS部隊数機が、ディザードの周囲を固めるように密かに配備された。
表舞台への「融和的」なる狼煙
「準備は整ったわね。……外交官、世界への宣言を。態度はあくまで『友好的(フレンドリー)』に。不必要な敵意を買うのは、気弱なおっさんの心臓に悪すぎるからね」
宇宙世紀0087年。地球上のすべての通信回線、テレビモニター、そして連邦軍やティターンズ、エゥーゴの軍事回線に、突如としてハルツーム共和国からの映像が強制介入(ジャック)した。画面に映し出されたのは、格式高い玉座に座る、銀髪紅眼の極めて美しい6歳の幼女(おっさん)の姿だった。
その表情は冷酷な侵略者のそれではなく、どこか穏やかで、慈愛に満ちた笑みを浮かべている。左右にはリリィ、そして老外交官が静かに控えている。
『地球連邦政府、ティターンズ、そしてエゥーゴの皆様。――初めまして。私はハルツーム自治領の代表を務めるルクレツィア・ヴィスティリアです』
鈴を転がすような、淑やかで友好的な幼女の声が、地球圏全体へと響き渡る。
『本日を以て、ハルツーム共和国は、これまでの腐敗した軍閥統治を終了。不条理な戦争や貧困から国民を守るため、私たちの組織が主権を預かり、完全なる「中立の自治領」として再出発することをお知らせいたします』
ジャブローの連邦本部や、各勢力の司令部が静まり返る。画面の幼女は、どこまでも物腰柔らかに語りかける。
『私たちは、貴方たちの政治的な闘争(グリプス戦役)に介入する意思は一切ありません。ティターンズの皆様も、エゥーゴの皆様も、私たちの国へはどうぞ安心してお立ち寄りください。疲弊した兵士たちの休息、民間人への医療支援、そして我が国が開発に成功した「地球環境の急速な緑化・浄化技術」の提供など、地球に生きる同胞として、私たちはあらゆる勢力に対して温かい協力を惜しまない約束をいたします』
しかし、映像がハルツームの国境沿いへと切り替わった瞬間、世界の上層部は息を呑んだ。画面に映し出されたのは、最新鋭のガンダムのOSを搭載した黒い独自MS部隊、そして無傷のまま圧倒的な風格を放つディザード(HM)の姿。そして、どのようなセンサーでも内部を透過できない、不気味に蠢く「巨大な超緑化ジャングル」の防衛線だった。
『ですが……私たちは、平和と生存を何よりも愛しています。もし、私たちのこのささやかな善意(中立)を公然と踏みにじり、我が領土へ武装組織を侵入させて対話を拒む者がいるならば……』
幼女は、グラスに入った赤い液体を上品に口に含み、ふわりと微笑んだ。
『その時は、私たちの愛するハルツームを護るため、全力で「お引き取り」願うことになります。……私たちは、平和的な隣人として貴方たちと握手ができる日を、心から楽しみにしているわね』
通信は静かに切断された。アステロイドベルトの本拠地(エリュシオン)の存在は完全に闇に伏せたまま、突如として地上に出現した「圧倒的な技術と防衛力を持つ、友好的な謎の第三勢力」。気弱だが冷静なおっさんが、地球環境の再生と自分たちの生存のために構築した完璧な「地上の盾」は、世界を深い困惑と戦慄に包み込みながら、冷戦の幕を開けるのだった。